第三話 思い出とゴリラビンタ
牛丼屋の前。三人は店から追い出された後も話し合いと言うには少し騒々しい会話を続けていた。
「いや、まず最初にな。戦隊の名前! なんだその名前?」
「ポンコツ戦隊ですか? それは『東ヒー』の人が勝手に……」
「また『東ヒー』ですか……。なにやら陰謀の匂いがしますね」
「いや、しないよ。コイツらポンコツなのは確かだし。他の連中も相変わらずなのか?」
「それが、その……」
坊主頭のヒーロー、ミドリ君は言葉を濁す。その姿に若干の違和感を覚えるローラさん。
「ん? うん、まあ、色々とありそうだな。とりあえず話聞くから、ちょっと場所変えよか?」
駅前の派出所から警官がやって来た。ローラさんを見て拳銃に手をかける。
「おい、君! そのゴリラから早く離れるんだ!」
ローラさんは冷静に応える。
「あ、すいません。今取り込み中なので……」
拳銃に手をかけたままの警官が、対応に困って棒立ちになっている。
「て言うか、ゴリラって誰の事?」
どう見てもゴリラでしかないローラさんが警官に尋ねた、若干の威嚇を交えながら。
「とりあえず場所変えよか、なんの話かまったく分からん」
そしてローラさんとヨシダさん、そしてミドリ君の三人は駅から離れた高台にある神社へと歩き出した。
一人取り残された警官は軽いパニック状態から回復し、そして自分の職務を思い出した。
「なんだあのゴリラ……。お、応援呼んだ方がいいかな……」
***
ローラさんはかつての記憶をたぐる。彼らがまだ薬物戦隊と名乗っていた頃の事を。
当時はゴリゴリ団も旗揚げ間もない頃だった。初めての仕事は幼稚園の送迎バスを丸ごと誘拐する事。悪の秘密結社のたしなみとも言える最も基本的な仕事だった。
「よーし! なんとか上手くいったな。身代金の要求はヨシダさんに任せて、お前らは園児の様子を見といてくれ! とりあえず暑いし、この子らにアイスでも買ってきてあげて」
「イッー! イッー! イッー!」
「おっ、いい返事だな。これが初仕事だからな、やっぱりお前らも気合い入ってるな」
「イッー! イッー!」
「…………ああ、そうだな。これから頑張らないとな」
「イッー! イッー! イッー!」
「ゴメン。なに言ってるか分からん。普通にしゃべってくれるか?」
そんなローラさんと戦闘員の会話をよそにヨシダさんが電話で身代金の要求をしていた。
「あっ、どうもお世話になっております。ゴリゴリ団と言います。はい、はい、そうです、お宅の息子さんはお預かりしています。つきましては身代金を……」
「待てぇい!」
どこからか響く声。それはゴリゴリ団の悪事を許さないという決意に満ちた声だった。
「はい、ただいまオープニングセールとなってまして、身代金は一人五千円のところ、ただいま三千円となっております。よろしかったらポイントカードも作りませんか? ええ、ご家族が一人誘拐されるごとにポイントが加算されます」
「それ以上の悪事は、このアヘンジャーが許さない!」
ゴリゴリ団の悪事を許さないという決意に満ちた声。ただし若干遠慮がち。
「はい、三〇ポイントたまりますとゴリラのぬいぐるみと交換できます。あ、必要ないですか。いえ、もしよろしかったらいつでも承りますので……」
「……あのー、すいません。僕ら、アヘンジャーっていいます。これ、誘拐ですよね? 僕ら止めに来たんですけど……」
電話中のヨシダさんが『ちょっと待ってて』のジェスチャー。その動きに所在なさげに立ち尽くす声の主。
「はい、すいません。では連絡の方、お待ちしております」
電話を切ったヨシダさんが、声の主に声をかける。
「すいません。電話中だったもので。それでどちら様ですか?」
「あっ、もういいですか? いえ、大丈夫です。僕らも暇なんで。じゃあ、そろそろ始める? あれ!? どうしたの? おい、アヘンレッド!? アヘンレッド!? 大丈夫?」
緑色の全身タイツを着た青年が、必死の形相で赤い全身タイツの身体を揺すってる。そこにローラさんもやって来た。
「おい、なにしてんの? おいおい、どうしたんだよ、この赤いの!? 瞳孔開きっぱなしじゃないかよ! 大丈夫か? 救急車呼ぶ?」
それが薬物戦隊アヘンジャーとゴリゴリ団のファーストコンタクト。その後、アヘンレッドは病院へ。そのまましばらく入院となった。
以降、アヘンジャーとゴリゴリ団の関係は続いた。事あるごとにゴリゴリ団の前に立ちはだかるアヘンジャー。立ちはだかったはいいが、必ず問題が起きる。
レッドの昏倒から始まって、ブルーの錯乱、イエローは嘔吐が止まらなくなり、グリーンは禁断症状に苦しんだ。そしてピンクが失踪。
問題が起こるたびにローラさんは彼らの相談に乗っていた。時には鉄拳制裁もあった、しかし彼らはローラさんを『兄貴』と呼び慕っていた。
そしてそんな彼らの一員であるアヘングリーンが今、再びローラさんの前に現れた。
***
すっかり薄暗くなった神社の境内には三つの影。ローラさんとヨシダさん、そしてミドリ君。
ミドリ君は牛丼屋での騒動から落ち着きを取り戻し、幾分冷静に話ができるようになっていた。
「どうもお久しぶりです。すいません、ちょっと動転しちゃって。実はローラさんを探していたんです」
ミドリ君はポツリポツリと現状を語り始めた。彼曰く、アヘンジャーは全員が逮捕された事で活動停止。それぞれの刑期に若干の違いはあったが、出所したら活動の再開を約束していた。
しかし彼らを支えていたカレーショップ『マリファナカレー』の店主は、彼らよりもずっと長い刑期だった。
麻薬の不法所持だけでなく、売人である事も発覚したためだった。
「ああ、あのカレー屋、そんな事までしてたんだ……」
「一度も食べに行った事なかったですけど、行かなくて正解でしたね」
「カレー屋の親父さんはいまだに服役中です。余罪が山ほど出てきちゃって」
もはや救いようのない話だった。その後、拠点を失ったアヘンジャーは人知れず解散。そしてそれぞれ別の道を歩み始めた。
「アヘンレッドはまた捕まりました。どうしても止められなかったらしくて。アヘンブルーは更生しましたけど、連絡したら『もう関わりたくない』って言われました。アヘンイエローは親父さんを真似てカレー屋を開店したんですけど、潰れました。今は借金取りに追われて行方不明です」
「うわぁお!」
どうでもいい話と判断したローラさんは適当なリアクションで聞き流した。
「アヘンピンクは今、風俗で働いてます」
「ちょっと詳しく教えて」
ローラさんが食いつき、ヨシダさんがドン引きした。
「僕はいまだにヒーローへの憧れが捨てられなくて、他の仲間と一緒に新しい戦隊を作ったんです」
「いや、そんな事はどうでも……。あっ、ゴメン。それ本題な。その辺、詳しく説明して」
ミドリ君は再び戦隊を結成した。しかし、寄せ集めの戦隊ヒーローでは活動もままならない。一人減り二人減り、そしてまた別のヒーロー候補を加える。そんな事の繰り返しだった。
「最後には『東ヒー』の人たちからポンコツ戦隊なんて呼ばれるようになって……」
「まあ、ポンコツだしな」
「ポンコツですね」
「それで今更虫のいい話かも知れませんけど、僕にはローラさんしか頼れる人がいなくて」
「まあ、出所した時点で連絡くらいは欲しかったな」
「ポンコツですね」
「お願いします! 僕に力を貸してください!」
「でもなんで俺なの? だって俺、怪人だよ? 悪の秘密結社の首領やってんだよ?」
「え? いや、でも、ゴリゴリ団は潰れたって聞いたんですけど。だから今ならローラさんも僕らの仲間になってくれるって思って、それでローラさんを探してたんですよ」
「ポンコツですね」
「ヨシダさん、なんか怒ってる?」
「ローラさん、お願いします!」
「だからちょっと待てって!」
「ピンクさんの話、詳しく聞いたらいいんじゃないですか? どうぞお気になさらずに」
「え!? 違うよ! そんなんじゃないよ! 別に興味なんてないよ、ホントに」
どうでもいい話で盛り上がる三人は気付いていなかった。既に神社の境内は、彼らを敵視する集団によって囲まれている事に。
「僕はローラさんと一緒にやっていきたいんです! 僕と一緒に戦隊ヒーローやってください!」
ローラさんの気持ちは揺れた。どうしてこんなタイミングで? そんな疑問が頭を占める。昨日はゴリゴリ団の再始動を支援するという男が現れた。そして今、かつての敵が自分を頼ってる。
唐突に現れた分岐点にローラさんはまた頭を抱えた。
「ゴメン……。ちょっと考えさせてくれないかな……」
「でもローラさん、クジョウさんの話はどうするんですか?」
「うん、そうなんだよね。ああ、そうだ! おい、ミドリ君。君、クジョウって男知ってる? 『東ヒー』のヤツなんだけど、妙に胡散臭いヤツなんだけど……」
「クジョウですか? ちょっと分かんないですね、『東ヒー』の職員って言っても結構いますし」
三人の会話は唐突に打ち切られる事となる。突如現れたヒーローの叫びによって。
「そこまでだっ! それ以上の悪事は、俺たちが許さない!」
突然の事に驚く三人の周囲を二十人ほどの男たちが囲んだ。そして一人が前に出て、大声を張り上げる。
「グンマー戦隊! クロマツファイブッ! 前橋のトラ、クロマツイエロー!」
名乗りを上げた者は一歩下がり、そして別の男が前に出る。
「戦車戦隊! パンツァーファイブッ! 命を大事に、メルカバブラック!」
同じようにまた別の男が前へ。
「俺のズボンが嵐を起こす! ノーヘルライダー、パンタロン!」
以下同文。
「地球のみんな、オラに元気を……」
「ゴメン、ちょっと待って。いや、マジで止まれ。お前らまさか全員一人ずつ名乗るつもりか? 待ってられん、ちょっとそこ並べ! 全員ビンタするから」
ローラさんがキレた。二十人ほどのヒーローに囲まれながら、四人目が名乗っている最中にキレた。
「いや、て言うか、お前らバラバラだな。なんかもう一人ずつツッコまないとダメなのか、これ?」
確かに彼らを囲むヒーローたちは全員が違うコスチュームを身につけていた。ある者は全身タイツ。ある者は殴られた瞬間に壊れそうな精密機械を身体中に着けている。
名乗りを途中で止められたヒーローは黙っていられなかった。キレたローラさんに怒鳴り返す。
「おいっ! まだ俺が名乗ってる最中だろ! お前、状況分かってんのか!」
いきり立ってローラさんへと近付いてくるヒーロー。その距離は既にローラさんの射程距離。それが分かっているヨシダさんとミドリ君は、心の中で合掌する。
薄暗い神社の境内にゴリラの咆哮が響く。
「お前さっき『オラ』って言ってただろ、なんで『俺』って言い直した? どっちかにせえよ! あと、『お前』って誰に言ってんだ、ゴラァアアッ!」
咆哮の後に続いたのは、壮絶な破裂音。ローラさんの『ゴリラビンタ』がヒーローの顔面に炸裂した。
空気が弾けるさまが目に見えるような衝撃。ただのビンタ。そのはずだった。だが、その場にいた誰もが見た。ビンタが顔面にヒットした瞬間、まるで空気が歪むように衝撃が拡がっていくのを。
誰も動かない。周囲にいたすべてのヒーローが、目の前で起きた事に呆然としている。ヒーローが食らったビンタの衝撃の余波を、自分たちも受けているかのように。
空中で数回転するヒーロー。顔面にビンタを食らっただけなのに、まるでトラックにはねられたようなリアクションを見せた。そして頭から落ちる。
「アレは痛いよぉ」
何度か食らった事のあるミドリ君がつぶやく。
「あの……、救急車呼びますか?」
ヨシダさんが他のヒーローたちに声をかけた。
「チッ、チキショウ! なんなんだよ、コイツ。オイッ! ぜっ、全員で一斉に……」
誰かが叫んだ。だが、その叫びは断ち切られた。地響きと共に疾走するローラさんが眼前に迫り、叫びは悲鳴へと変わろうとしていた。だが、その悲鳴すら上げられない。
「コイツって誰に言ってんだっ!」
既にどうしてキレてるのかも覚えていないローラさんが、再び『ゴリラビンタ』。二人目のヒーローが神社の石畳に沈んだ。
その場にいたヒーローたちの視線がローラさんに集中する。その隙に境内のすみに避難するヨシダさん。遅れてミドリ君もついていく。
「彼らもヒーローですよね。ミドリ君、本当にローラさんとヒーロー活動するつもりなんですか?」
ヨシダさんはわずかに非難するような目をミドリ君に向ける。彼女はヒーローオタク。彼女の目の前にいる統一されていないヒーロー集団についても多少の知識はあった。
「もうヒーローの時代じゃないのかも知れないですね……」
ヨシダさんの言葉に、ミドリ君は悲痛な顔で目を伏せた。彼女の言葉がミドリ君の心をえぐる。ローラさんによって次々と倒されていくヒーローの悲鳴を聞きながら、彼もまたヒーローの時代が終わっていた事を理解しつつあった。




