第二十九話 俺たちゴリラーズ!
明治神宮、大鳥居前。二種類の轟音が立て続けに響く。
『ガキンッ!』『バズンッ!』『ガキンッ!』『バズンッ!』『ガキンッ!』『バズンッ!』
延々と繰り出される攻撃。傷ついて倒れていた怪人やヒーローたちも呆然とそれを眺めている。
まるでレベルの違う戦い。あるいは、戦いとすら呼べない『根性試し』。お互いに全力の攻撃を繰り出し続けるだけの『対話』
あるヒーローは疑問に思った。
『どうして避けない?』
ある怪人は冷静に分析する。
『カウンターだ。相手の力を利用すれば……』
どちらも間違いだった。これは『根性試し』、小細工を使った方の負け。他の誰にも理解できない、ローラさんとビルダーレッドだけのルール。
だが、いずれ終わりが訪れる。このまま行けば、どちらかが、あるいは両方が力尽きる。
『二人とも死んじまう……』
ビルダーイエローは苦悩した。止めるべきか、それとも見守るべきか。その苦悩をもてあそぶように地響きが足下を揺らす。
近付いてくる巨大ロボ。赤に青に黄色、そして黒に金。玩具のような配色の巨大ロボが、ゆっくりと近付いてくる。すでに巨大ロボは明治神宮の北参道まで到達していた。
レッドの動きが止まる。ローラさんが顔をしかめる。そして一言。
「お前の番だぞ」
その場の全員が思った。
『いや、順番とか関係無いだろ。なんだこの戦い……』
レッドは拳の握ったまま、親指で背後の巨大ロボを示す。
「アイツは戦隊のモンらしくてな、ある意味で俺たちの責任でもある。すまんが、これで終わりだ。アイツを止めないといけなくてな」
『根性試し』の相手だったゴリラは笑顔で言ってのける。
「手伝おっか?」
レッドは苦笑した。そしてローラさんの提案を拒む。
「さすがに怪人の手は借りられん。これは戦隊の問題なんだ」
「お前、細かいな。でも、あんなモンがここで暴れたらエラい事になるぞ。たとえばこの大鳥居。アレがぶつかって壊れでもしたら、誰が責任とんの?」
レッドは指先で頬をかく。確かにローラさんの言っている事は正論だった。更に言えば、既に北参道の入り口にある鳥居は破壊されていた。
レッドはローラさんに尋ねる。
「お前はなにがしたいんだ? 俺たちヒーローを争わせるのが目的だったんじゃないのか?」
「まあ、うちのヨシダさんはそんな感じだったみたいだけどな、俺はちょっと違う。見たかったんだよ、『理想』に挑むヤツがどれくらい覚悟してんのか」
レッドは眉をひそめた。ローラさんの言っている事をまったく理解できない。
「まあ、こっちの話だ。じゃあ、あの巨大ロボ、ぶっ壊すか」
二人は巨大ロボに向かって歩き出す。その光景を眺めていた者たちは、考える事すらままならないほど困惑していた。ただ、巨大ロボに挑む二人を黙って見つめていた。その中で一人だけ彼らの後をついていく男がいた。
「兄さん。ちょい質問。アンタの恋人ってどうなったゴリ? ライダーに誘拐されたって聞いたけど」
イエローがローラさんに声をかける。
「あ!? 兄さんって誰の事よ? あ、俺!? ああ、まあ恋人って言うか……。まあ、うちの幹部なんだけど……」
ヨシダさんを恋人と言われて狼狽えるローラさん。しどろもどろになりながら、なんとか無事だと答える。
「なにがあったのかは知らないが、無事ならなによりだ。まあ、その辺の事も後で説明してもらいたいがな」
「説明って、要するにお前らを引っかき回してたら、ライダーがブチ切れたってだけだよ。まあ、さらったヤツらは全員探し出して殺すけどな」
「できればヒーローの前で、そういった発言は控えて欲しいな」
レッドは苦笑い。彼は既にローラさんに対して戦意がなかった。全力をぶつけ合った相手に敬意すら抱いていた。
イエローのヘルメットが小さなブザーを鳴らす。ヘルメットのセンサーが至近距離でローラさんの解析を進めていた。それがたった今、終了した。
イエローの網膜に、再解析の結果が映し出される。つい数分前は『測定不能』だった解析結果が更新される。
***
改造人間:固定型
モデル :ニシローランドゴリラ
要素比率:人間二〇パーセント ゴリラ八〇パーセント
安定度 :『極めて安定』 知能低下、肉体崩壊などの兆候は見られず
データベース検索結果:
怪人『ニシローランドゴリラ男』通称『ローラさん』
『ゴリゴリ団』元首領
備考 :『ゴリゴリ団』二〇一六年二月、経営破綻
特記事項:『初代ライダー』級の完成度を誇る改造人間
敵対行為は一切避ける事を推奨する
***
『マジかよ……。初代と互角? 化け物レベルじゃねえか……』
レッドは怪訝そうな目をイエローに向ける。ヘルメットでイエローの表情は分からないが、それでも親友が動揺している事は分かった。
「どうした? なにか問題でもあるか?」
イエローはヘルメットをとって放り投げた。これ以上、表示されたデータを読み気にもなれなかった。
「いや、うちの大将も化け物なんだなって思ってな。大したヤツだよ、ホントに」
ヘルメットをとったイエローに対して、ローラさんが驚愕の表情を浮かべる。
「お前、ゴリラじゃねえか!」
「兄さんがそれ言いますか……。じゃあ、今から『ゴリラーズ』結成って事で」
「待ってくれ、イエロー。そこには俺も入るのか?」
「いや、結成しねえよ! なんだゴリラーズって!」
「ほら、今だけは仲間みたいなもんだし」
彼らのすぐ目の前には巨大ロボ。常人なら踏みつぶされて終わりになるような『体格差』。巨大ロボは全長一五メートル。五階建てビルと同じくらいの高さ。
並のヒーローなら逃げる。そもそもヒーローなら巨大ロボに乗る側だが。
「まあ、なんでもいい。コイツを止めるぞ! 行くぞ、ゴリラーズ!」
妙にノリのいいレッドが叫ぶ。実は仲間に入りたかった。強化スーツを着たレッドとイエローは、スピードだけならローラさんを大幅に上回る。
先行はレッド。一気に間合いを詰めて、巨大ロボの足首にダンベルを叩きつける。動きの止まった巨大ロボに対して、イエローは大きく跳躍。巨大ロボの膝関節を狙ってローリングソバット。
大きく体勢を崩した巨大ロボの巨体を、ローラさんが飛び乗って、そのままスルスルと登っていく。無駄な装飾だらけの巨大ロボの表面を掴んで登っていく。
あっと言う間に巨大ロボの肩まで登り切ったローラさんは、そのまま巨大ロボの顔面にゴリラビンタ。顔面を模した装甲が大きく歪む。そしてできた隙間に指を突っ込んで、一気に装甲を引き剥がす。
「………………えっ、なんで…………」
顔面の装甲の奥にはコックピット。そして呆然としている搭乗者。ヒーローのはずだが、中にいた男はアロハシャツにサンダル。そして若干の酒気帯び。
「はーい。ゴリラーズでーす。とりあえず死ね!」
問答無用の前蹴り。顔面への一撃で巨大ロボの酒気帯び運転をしていたヒーローは意識を失った。結局ローラさんもノリノリだった。
搭乗者を失い制御が効かなくなった巨大ロボはそのまま崩れ落ちる。そして明治神宮の森に倒れ込み、多くの樹木をなぎ倒す。
その寸前で巨大ロボから飛び降りていたローラさんは、ボリボリと頭を掻く。
「あちゃー、やっちゃったか。結構大事だな、これ」
「まあまあ、兄さん。とりあえずここで止められたんだからオッケーゴリよ」
「はあ、ようやく片付いたな……」
レッドのため息交じりの言葉の直後。三人は聞こえてくる轟音に言葉を失う。更なる地響き。そして悲鳴。
三人はそれぞれ違う方向の空を見上げる。そしてそれぞれが別の巨大ロボを目にしていた。
たった今倒した巨大ロボと同タイプが一体。そして更に巨大なモノが二体。その上空には航空力学をガン無視したような設計の飛行機が飛んでいる。黒いブロックに人間の頭部に模したパーツと翼をつけたような飛行機を眺めながらレッドがつぶやいた。
「あれ……、合体するタイプだよな……」
「あれも上野のバイク屋で売ってるゴリ?」
「そのバイク屋スゲえな!? 今度、その店教えて」
明治神宮は四体の巨大ロボに囲まれていた。三人はそれをただ見上げる事しかできなかった。
***
代々木公園、野外ステージ前。初代ライダーによって集められたヒーローたちが、緊張した面持ちで初代ライダーと対面している。
「諸君! 現在、我々ヒーローは危機に瀕している。許されるはずのないヒーロー同士の戦闘が、ここ明治神宮で行われている。我々はこれを座してみている訳にはいかない。
いまこそライダーと戦隊の垣根を越えて、一丸となってこの危機に対抗しよう! 平和のため、正義のため、共に戦おう!」
初代ライダーの宣言にヒーローたちが歓声を上げる。それは戦隊とライダーの混成部隊。総数七〇人程度だが、実力のある者が揃っていた。
それを遠くから眺めるクジョウは呆れかえっている。
『平和のため? 正義のため? それを暴力で示すのか? バカの集まりだな……、これがヒーローの限界だ』
混成部隊は明治神宮へと行軍を開始しようとしていた。目的は内部で戦闘するヒーローの排除。そこに『話し合い』という選択肢はない。ただの殲滅戦。戦闘している者は、誰であれ攻撃が許される。
『あのバカどもは本気で分かってないのか……。バカどもが介入すれば、騒ぎが大きくなるだけだと』
クジョウは嗤う。愚かなヒーローたちが、お互いに潰し合う。それを特等席で観戦できる幸運を心から喜び、そして嘲笑う。
しかしクジョウもまた混沌に巻き込まれていく。初代ライダーの元へノコノコやって来た『東ヒー』の職員によって。初代へのご機嫌取りだけで出世したような小物が、クジョウに耳打ちする。
「どうなってる……。『ホワイト』の連中は、この騒ぎの元凶を潰しにいったんだよな。どうしてソイツらと連絡がとれなくなったんだ?」
「なんだって?」
「だから、マダムだよ。定時連絡の時刻を過ぎてる。お前の無線にはなんの報告もないのか? どうすんだ、まさかあのヘビ女、逃げたんじゃないだろうな?」
クジョウは無線機の電源を切っていた。人員輸送車に戻って、無線機の電源を入れる。そしてマダムに呼びかけた。
「ああ、クジョウ。よかった、ようやく返事がもらえた。さっきからずっと連絡入れてたんだ」
無線機から聞こえてくるのは、ナマコ男の声だった。
「聞いてくれ。マダムがやられた。倒されちまったんだ」
クジョウの背後には、『東ヒー』の職員が立っていた。無線の会話を聞いていた職員はいやらしい顔で笑う。
「なんだ、逃げた訳じゃないのか。まあ、いい。ソイツは独断で行動した。適当なヒーローを連れて、身柄を拘束してこい」
「なにを言ってるんだ?」
「分からないのか。余計な問題を増やすなって事だよ。いいか、この騒ぎに怪人を持ち込んだのは俺たちじゃない。アイツらが勝手に動いたんだ。これはそういうシナリオにするんだよ。アイツらはこの混乱に乗じて破壊活動を始めようとしていた、そういう事にでもしておけ」
小心者の職員は自分の責任問題に発展する可能性を危惧している。そして必死にクジョウに対して『自分に責任は無い』と繰り返している。
その職員の顔面を、クジョウは思いっきり殴りつけた。改造人間のクジョウは、変身前でも常人とはかけ離れた怪力を持っていた。
そのクジョウの拳は、人間である『東ヒー』の職員にとって致命的な破壊力だった。人員輸送車の中で、まったく動かない職員。呼吸すらしていない。
クジョウは人員輸送車の外に出た。そこでは先ほどの歓声が嘘のように静まりかえっている。そこでなにが起きているのか、もうクジョウには興味も無かった。
そのまま静かに代々木公園を離れた。そして渋谷の『東ヒー』本部へと向かう。そこに保管されている自分の『変身アイテム』を手に入れるために。
***
代々木公園、野外ステージ前。クジョウは静かに姿を消していた。その事に気が付いている者はいない。
誰もが二人のライダーに注目していた。一人は伝説の男。初代ライダー。そしてその伝説と向き合う男は、ビリオン・ライダー。
クジョウがマダムと連絡を取るために人員輸送車の中に入ったと同時に、ビリオンが代々木公園に到着した。
そのビリオンに対して放った初代の言葉が、決定的な亀裂を発生させた。
「ビリオン。マンティスの話は聞いている。君がやったんだな。私は君をライダーと認める事ができない。今すぐ変身ベルトを外すんだ」
唐突な宣言。情報の不足している中で、初代はビリオンが騒乱の元凶だと考えていた。彼が衝突を回避しようとしていた事など知りもしない。
騒乱の最中に、変身ベルトを身につけて現れた時点で、彼は『クロ』と判断されてしまった。
「ライダーさん。アンタ、なにを言ってんだ? 誰が認めるって? 誰がライダーだって?」
ビリオンの言葉は支離滅裂だった。初代はビリオンの逆鱗に触れていた。
「勝手に改造された俺がなんだって? ライダーじゃねえって言うんなら、俺は怪人だって言いてえのか? 好き好んで身体をいじられた訳じゃねえよ! ああ!? どうすんだ! この場にいる雑魚を使って、俺を潰すつもりか!?」
初代は淡々と答える。
「私は争いを好まない」
「お前が争い以外の手段で物事を解決した事があったのか? 暴力以外に俺たちに取り柄なんてねえだろ!」
激情のまま、ビリオンは変身ベルトに手をかける。
「やめるんだ、ビリオン!」
ビリオン・ライダーは初代と同様に、自ら望んで改造人間になった訳ではない。父を殺され、そして自身は改造手術を受けさせられた。
その仇敵は自分自身の手で叩き潰した。だが父も、そして自分の身体も元には戻らなかった。
彼はライダーになりたかった訳ではない。それ以外の選択肢が無かっただけ。そのビリオンに突きつけられた言葉。
『君をライダーと認める事ができない』
その言葉はビリオンが背負ってきた苦悩を嘲笑った。ヒーローらしく脳天気に『変身!』などと叫ばない。無言のまま、ビリオンは姿を変えていく。
初代は動かない。変身すらしない。そして静寂が訪れた。睨み合う二人を前に、ヒーローたちは動く事もできなかった。




