第二十八話 ローラさんVSビルダーレッド
渋谷区、原宿駅前。現在もローラさんは『ホワイト』の怪人を相手に戦闘を続けていた。周囲を取り囲んでいた戦隊たちは後ろに下がり、その戦いを見つめている。
「なんだよ、あのゴリラ。化け物みてえに強え……」
戦隊たちは戦慄していた。そして自分たちでは勝てない事を悟っていた。繰り返させるビンタ。はじき飛ばされる怪人。ほとんどの怪人は一撃で動かなくなった。半数が倒された頃には、怪人たちもうかつに近寄らなくなった。しかし変化は絶えず起こる。
最初の変化は周囲の野次馬だった。見た目化け物の怪人を相手に、一人で奮戦するゴリラに誰ともなく歓声を上げ始めた。気が付けば原宿駅前は『ゴリラコール』が繰り返される。
「なんだ、これ…………。悪くないな……」
ニヤリと笑うローラさん。徒党を組む戦隊たち、そしてそこに加わった怪人たち。多くの野次馬にとって、そのゴリラこそその場で唯一のヒーローに見えた。
ローラさんは距離をとる怪人たちに手招き。一際大きくなる歓声。だが、その歓声とゴリラコールも戸惑いに変わる。その場の騒乱を大きく上回る地響き。そしてパトカーのサイレン。誰かが叫んだ。
「おいっ! 巨大ロボだ!」
野次馬の一人が遙か遠くを指差す。その先にはゆっくりと明治神宮へと向かう巨大ロボがいた。ローラさんはつぶやく。
「アホ丸出しだな……。こんな場所であんなモン乗ってきて……」
巨大ロボの拡声器から、無駄に大音量の声が響く。
「この東京の平和を乱すヤツは俺が許さない! ライダーも怪人も、俺がすべて片付けてやる!」
ローラさんは呆れ顔でツッコむ。
「最近の若い子ってみんな、あんな感じなの? まず『俺』って誰? そこは名乗れよ、ちゃんと」
そんなツッコみを聞いた戦隊の一人が、所在なさげに答える。
「あれ……。多分ワカバヤシ君だよな……。この間、中古の巨大ロボ買ったって言ってたし……」
ローラさんはため息をつきながら怪人に襲いかかる。唐突にゴリラビンタを食らった怪人が、また一人倒れた。残りの怪人がツッコむ。
「いやいやいや、ちょっと待って。これはアレじゃない? 『よし、みんなであの巨大ロボなんとかしよう!』とか言っちゃう流れだろ!」
ローラさんは淡々と答えた。
「知らん」
そしてまたゴリラビンタ。五分後、原宿駅前の怪人と戦隊ヒーローは壊滅した。軽く柔軟体操をしてからローラさんは明治神宮へと向かう。不敵な笑いを浮かべながら、ローラさんは次の敵を探した。
***
はたして発端はなんだったのか、もう誰も気にしていなかった。明治神宮で散発的に起きる戦闘。戦隊とライダーの衝突が始まっていた。
現場にいる『東ヒー』の関係者はクジョウ一人だけ。残りの職員はすべて渋谷の本部を動いていなかった。ヒーローを支援する組織は、ヒーローの暴走を見て見ぬフリでやり過ごす事を決めた。
だが、その決定はすぐさま撤回される。組織の創設者の怒りを買ってしまったから。その創設者は、現場にただ一人いた『東ヒー』の関係者であるクジョウの元へとやって来た。
六十を過ぎた老齢でありながら、いまだ伝説と呼ばれる男。初代ライダーが明治神宮へとやって来た。
浅黒い肌と引き締まった肉体。無骨で精悍な顔だちは年齢を感じさせない。ライダーはクジョウに問いただす。
「クジョウ君だったね。これは一体どういう事なんだ?」
渋い声のライダーは決してクジョウを責めている訳ではなかった。だが、クジョウはその態度に苛立ちを抑えられなかった。
「どこかのご立派な人が、海外出張とやらでして、まともに組織をまとめてくれないから、この有様ですよ」
普段のクジョウなら、もう少し巧妙に感情を隠す。だが、今はその余裕すらない。周囲の騒乱がクジョウに与える影響は、あまりにも大きかった。
ヒーローを憎むクジョウの前で起きた、ヒーロー同士の乱闘。
怪人を憎むクジョウに差し伸べられた、怪人への誘い。
そして怪人にもかかわらず奔放に生きる者が示した、クジョウ自身への理解。
クジョウの苦悩は、既に彼の存在意義すら見失うほどに深くなっていた。そして目の前に現れたヒーローの頂点。クジョウは彼に襲いかかる事すら考えていた。勝ち目などまったく無いのに。
ライダーは物思いに耽るように目を閉じた。そして一呼吸おいてからクジョウに告げる。
「そうだな……。発端はさておき、これはすべて私の不徳の致すところと言う事か……。分かった、では私もこの混乱を収めるために力を尽くそう」
クジョウは思った、『どこまでも尊大なバカだな。どうやって収める? 力ずくか?』
「クジョウ君。こちらの指示を聞くヒーローを集めてくれ。それから警察に連絡して、明治神宮から野次馬を遠ざけてもらう。この騒乱の被害をできるだけ小さく抑えなければいけない」
「集めたヒーローは?」
「戦闘を続ける者を各個撃破だ。ヒーロー同士の争いなどあってはならないが、それでも起きてしまった以上、止めるしかない。たとえ力ずくでもだ」
『だと思ったよ。バッタ野郎』
クジョウは心の中でライダーを罵った。
『確かに、この騒乱はあまりにもやり過ぎだ。あのゴリラのせいで、事が大きくなりすぎた。だが、見方を変えれば千載一遇の好機ってヤツかもな……。この騒乱で多くのヒーローは身の程を知るだろう。ヒーローを名乗るバカもきっと減る。あとは、あのゴリラとこのバッタ野郎をぶつければ……』
苦悩を心の奥底に封じ、クジョウは理想とする世界を思い描く。そのために生きていると自分に言い聞かせる。
『俺の理想に一歩近付く……。そうだ……、まずは数を減らす事だ。ヒーローも怪人もいない世界への道。これはその第一歩なんだ』
***
明治神宮、北参道。簡単に言えば明治神宮へと至る道の一つ。代々木駅から四〇〇メートル程度の場所にその入り口がある。
明治神宮御苑の北側に位置する入り口から、真っ直ぐ伸びる道を進めば大鳥居がある。木造の鳥居としては国内最大と言われる大鳥居を境にして、そこから南に続く道は南参道。
ビルダーレッドとイエローの二人は、北参道から明治神宮へと入っていた。
「なあ、レッド。あの巨大ロボ追い越しちゃってよかったゴリ?」
「さすがに街中で暴れさせる訳にもいかないだろう。アイツの目的地もこの場所のはずだ、ここで迎え撃とう」
「ちょっと待つゴリ。とりあえず戦力を集中させようゴリ。この辺りの戦隊に、大鳥居に集まるように連絡するゴリよ」
「なあ、そのしゃべり方なんとかならないのか?」
「いや、俺も面倒くさいんだけどさ……。俺もキャラを大事にしたいって言うか……」
「はあ……、まあいい。あの巨大ロボは、恐らく戦隊が乗ってるんだろうな……。だとしたら、それは俺たちの責任でもある。アイツを止めよう」
イエローはレッドの話を聞いていなかった。既にスマホを使って周囲の戦隊に連絡を入れている。
「まあ、真面目にやってくれるんなら、それでいいんだがな……」
「はあ!? なにを言ってるゴリ? 俺はレッドと北参道にいるゴリよ!」
スマホに向かってイエローが叫んでいる。唐突な事態にレッドがイエローを見つめる。通話をやめてスマホをポケットにしまったイエローがレッドに告げる。
「俺の偽物が現れたってよ。今、南参道だ」
さすがにくだらないキャラ設定は捨てていた。北参道から真っ直ぐ伸びる道を指し示す。二人は走り出す。ミツオを襲った上に、そのミツオを利用したイエローの偽物。
レッドは怒りに燃えていた。イエローは単純に興味を持っていた、そして一つの答えに行き着いていた。
『さらわれた俺の恋人って、もしかして偽物の恋人なんじゃね? だとしたら許せねえ。俺ですら彼女なんていねえのに! 俺の偽物のくせに!』
やはりイエローも怒りに燃えていた。かなりどうでもいい理由で怒り狂っていた。
北参道入り口から、大鳥居まで約六〇〇メートル。一気に駆け抜ける二人。そして彼らは目にする。
大鳥居周辺のすべての戦隊もライダーも、そして怪人も分け隔て無く張り倒したゴリラの姿を。
「ん? 新手か? よし、かかってこい」
ローラさんはノリノリだった。
レッドは走る速度を抑える事なく、状況を理解する。周囲のヒーローと怪人の惨状を見て、目の前のゴリラの強さを推し量る。
戸惑う事なく変身するレッド。目の前のゴリラはそれだけ強いと判断した。決めポーズも、決めぜりふも無し。一気に変身して、そのまま駆け抜ける。
レッドの身体の表面を、赤い光が駆け巡る。次の瞬間にはレッドの身体は強化スーツに包まれていた。筋肉をそのまま膨張させたようなシルエット、頭部を護るヘルメットの内部には周囲を解析するセンサーが装備されている。周囲の状況や、解析結果は網膜に直接映し出される。
レッドの網膜に映し出されたローラさんのデータは、『測定不能』
瞬間的に装着された強化スーツが、鍛え抜いた肉体の運動性能を更に高める。踏み出した足が大地を蹴り、そして人間の限界を超えた速度を叩き出す。
突風のようにローラさんへと向かうレッド。その勢いを殺す事なく、そのまま渾身の一撃をローラさんの顔面に叩き込んだ。
『なんだコイツ……』
二人は同時に同じ事を考えた。レッドの拳はまだローラさんの顔面に当たったまま。それでもローラさんは微動だにしない。拳から伝わる、まるで巨木を殴ったような感触。それまでの戦闘経験が、まるで役に立たないと思い知らされた。
そしてローラさんは、一瞬で間合いを詰めた男の拳を受けながら、それまで倒した戦隊とはレベルが違うと感じ取った。
ローラさんは拳を受けたまま、渾身のゴリラビンタを繰り出す。そのビンタは轟音を発しながら空を切った。
レッドは戦慄した。ただのビンタ。それが轟音と暴風をともなって迫り来る。寸前のところで避ける事ができた。だがヘルメットのすぐそばをかすめていったゴリラの手のひらが、まるで死神の鎌に思えた。
『どっちも化け物だな……』
その繰り出された互いの一撃を眺めながらイエローは思った。まるでレベルが違う事を理解した。
元よりビルダーファイブは、レッド一人が特出して強かった。レッド一人に対して、残りの四人が挑んでも勝てないほど。
イエローは小学生の頃からレッドを知っている。飽くなき克己心、それを体現するような男。互角にやり合えたのは中学生の頃までだった。
日に日に強くなっていく親友。それは頼もしくもあり、そして寂しくもあった。その親友と互角に渡り合うゴリラが目の前にいた。
イエローも変身した。強化スーツを身にまとい、そして動き出す。レッドの後ろを駆け抜けて、倒れている戦隊を抱え上げる。そのまま隣の怪人も引っ張り上げてその場を離れる。
ローラさんとレッドはまた攻撃を繰り出す。今度もレッドは攻撃を避けた。しかしレッドの攻撃は当たる。一度目の攻撃では微動だにしなかったローラさんもわずかに怯む。
その間にもイエローは周囲を駆け抜けて倒れたヒーローを救い出す。二人の戦いに手を出しても足手まといにしかならない。そう理解したイエローは周囲の怪我人の救助を優先した。
一瞬だけ、ローラさんとイエローが目を合わせた。親友と互角に渡り合うゴリラを見て、イエローは思う。
『コイツが俺の偽物? いや、違う。コイツは『本物』だ……。たまたま俺に似てただけ……。スゲえな、コイツ。何者だか知らねえけどよ。もしも出会い方が違ってたら、一緒にメシでも食いに行きたかったな……』
周囲の怪我人を端に集め、そしてイエロー自身も距離をとった。そしてレッドに声をかける。
「レッド! 遠慮すんな、全力でやれ!」
レッドは笑う。イエローはいつもそうだった。自己鍛錬にのめり込む自分をいつも支えてくれる。今もそうだ。
ローラさんも笑う。
「ああ、怪我人が周りにいたから戦いづらかったのか。悪かったな、それは気付かんかった」
「気にするな、もう大丈夫だ」
レッドは強化スーツの手首につけられた端末を操作した。手のひらから光を放ち、その光の中から赤いダンベルが出てきた。
重さ二〇キロのダンベル。それがレッドの武器。ローラさんが顔をしかめた。
「そんな重いモン、簡単に避けられるだろ?」
ローラさんの言葉に、レッドは安い挑発で応じる。
「避けるのか?」
笑顔で睨み合う二人。ローラさんは安い挑発に乗った。
「避けねえよ、来い!」
その言葉が終わる瞬間には、レッドの攻撃が始まっていた。参道に敷き詰められた玉砂利が爆発したように弾ける。レッドの踏み込みが、敷き詰められた石を砕き、はじき飛ばす。
その踏み込みは轟音と共にレッドを加速させる。一歩で距離を詰め、二歩目の踏み込みで全身の力を拳に伝える。
レッドの豪腕が唸り、ダンベルが驚異的な速度でローラさんを襲う。
『ゴキンッ!』
鈍く重い音が響く。どれだけの破壊力があるのか想像もできないレッドのダンベルが、ローラさんの顔面に命中した。それでもローラさんは動かない。ただ一言つぶやいた。
「お前も避けるなよ」
ローラさんの豪腕が唸る。開いた手のひらで風を裂く。それは轟音を生み、そこから発生する衝撃波だけで人を吹き飛ばせるように思えた。
その轟音は二度空を切った。これがレッドに対する三度目のゴリラビンタ。
『バズンッ!』
バカデカいタイヤが破裂したような音。レッドの頭が弾け飛ぶ。頭部を護っていたヘルメットが粉々に砕け、飛び散った。
だが後ろに大きくのけぞった姿勢のまま、レッドは動きを止める。それ以上、倒れる事無く背筋で身体を支えている。
焦点の合っていない目をローラさんに向けて、ひきつった笑いを浮かべる。
「避けるまでもない!」
レッドの言葉にローラさんが笑う。呼吸を整えながら、レッドも笑って応じる。
***
二人の戦いをよそに、明治神宮に巨大ロボがやって来る。レッドとイエローが入ってきた北参道から、ゆっくりと地響きと共にやって来る。
そして『ホワイト』の拠点があった代々木公園には、初代ライダーの呼びかけに応じたヒーローたちが集結していた。
戦隊との抗争を終わらせるために、ビリオンも明治神宮へと向かっていた。
そしてゴリゴリ団を乗せたオンボロのライトバンも、明治神宮へと向かっていた。




