第二十四話 ガバガバ理論の謎ヒーロー
大森駅前、ミドリ君は殺気立ったライダーの集団に囲まれていた。それは異様な光景にも見えるが、辺りの通行人はチラ見した程度で素通りしていく。ライダーの集団が街中で迷惑行為を繰り返すのは日常になっていた。
「ねえ、本当にどうするの? このままじゃ、あのミドリ君とかいう人、やられちゃうわよ」
ゴトウダはヨシダさんに尋ねる。だが、当のヨシダさんはまるで関心がない様子だった。
「それよりゴトウダさん、このロープなんとか解けないですかね」
ライダーたちに取り囲まれたミドリ君よりも、自分の身が心配だった。ヨシダさんもゴトウダも両手を縛られたまま。走って逃げ出せない事もないが、ヨシダさんはまず両手を自由にする事を考えていた。
「わっ、分かりました。戦います……。え!? ちょっと待って! 待って、待って! っ痛った! ちょっと……」
ミドリ君が戦う覚悟を見せた瞬間に、ライダーが殴りかかる。怯んだミドリ君はそのままフルボッコ。
「ねえ、ヨシダさん。あのミドリ君って人、メッチャやられてるけど……」
「ガラスの破片でなんとか……。痛っ、指切っちゃった……」
「聞いてる? メッチャやられてるけど、強いんじゃなかったの?」
「いえ、多分ライダーには勝てないと思いますよ。ああ、これ、スッゴくキツく縛ってある……。痺れてて分からなかったけど内出血してる……」
ミドリ君は延々とフルボッコ状態だった。ただその状態が延々と続いている事自体、不自然な光景だとはまだゴトウダも気付いていない。
「ちょっと待って。待ってください。今、変身しますから。僕、変身するからちょっと待ってください」
「知るか、ボケッ! 死ねよ、マジで!」
罵倒されながらのフルボッコ。変身する暇すら与えてもらえない。しばらく殴られ続けて、ようやくアスファルトの地面に倒れたミドリ君をライダーの集団が笑っている。
そのミドリ君は息も絶え絶えになりながら、なぜか倒れたまま服を脱ぎ始めた。
「ねえ、ヨシダさん。あのミドリ君って人、なんか脱ぎ始めたんだけど……」
「あっ、ちょっと解けてきた……」
一見、薄情そうに見えるヨシダさんの振る舞いだが、彼女はミドリ君をよく知っている。だから彼女は自分の身を第一に考えていた。少なくともミドリ君はライダーの集団にやられる事がないと分かっていた。
倒れながら脱ぎだしたミドリ君に、笑っていたライダーもなぜか恐怖を感じ始めていた。どう考えても狂ってるとしか思えない行動。フルボッコにされた状態からの脱衣。訳が分からないまま、脱ぎ続けるミドリ君を汚い物を見るような目で見つめた。
そして全裸のミドリ君が起き上がる。まったくの全裸。いわゆる『すっぽんぽん』、その状態でいきなり口上をのたまうミドリ君。
「くっそぉお、よくもやったな、ライダーども。これ以上、好きにさせると思うなよお」
どこか棒読みで全裸のオッサンがファイティングポーズを決める。通行人が悲鳴をあげ始めた。なぜかスマホで撮影を始めた者までいる。ライダーはドン引きだった。
「いや、マジでお前なんなの? なんで裸になったの?」
それまでヘタレだったミドリ君は、妙なドヤ顔でライダーを挑発する。
「ふっふっふっ、なぜ裸になったかって? では、見せて……、あっ、ちょっと待って。まだ終わってないから。痛い痛い、まだやめてって。変身させてって」
挑発の最中にまた殴られたミドリ君。さっさと話を終わらせたいライダーが本気で殴った。それでもミドリ君は倒れない。殴りかかったライダーに見当違いのクレームを入れる。
「なんで殴るの? まだ変身してる途中でしょ! 変身が終わるまで待ってるのが、ヒーローのマナーでしょ!」
まずヒーローは街中で全裸にならない。
「最近のライダーってみんなそんな感じなの? モラルってあるでしょ? まずお互いに変身してから……」
ミドリ君のクレームの中で、今度は本気のライダーキック。渾身の跳び蹴りが、ミドリ君の顔面に命中する。それでもミドリ君は倒れない。その時、ゴトウダは初めてミドリ君の持つ異能に気が付いた。
「ねえ、ヨシダさん。あの子……、タフ過ぎない? ライダーが本気で攻撃してるのに……」
「ええ、そうなんです。私も理由はよく知りませんけど、若い頃から色んな薬物に手を出して、妙な特異体質になったそうです。その特徴の一つが『異常な打たれ強さ』なんです」
「なるほどね……。ライダーには勝てないけど、負ける事もないって訳ね。じゃあ、なんで裸なの?」
「あっ、解けました。ああ、やっぱり痕が残ってるなあ」
「手首の痕なんてどうでもいいでしょ。鏡見てみなさいよ。顔、凄いわよ」
ライトバンの窓ガラスに映った自分を見て、軽く呻き声を上げるヨシダさん。
ライトバンの外ではライダーたちもミドリ君の異能に気が付き始めていた。全力で攻撃しているのも関わらず、平然と立ち上がる男。そして全裸。
理解の埒外にいるミドリ君にライダー全員が戦慄していた。自分が優位に立ったと思い込んだミドリ君は、妙にキレッキレな動きで決めポーズ。右手にはスタンガン。
「へんっ! しんっ! 大ミドリ!」
かけ声と共に、ミドリ君はスタンガンを自分の胸に押し当てる。そしてスイッチを押した。『バシッ』と小さな音が響く。スタンガンが放電する音と光。事態が飲み込めず呆然とするライダー。
胸に押し当てられたスタンガンから、ミドリ君の胸部へと五万ボルトの電流が流れた。常人なら意識を失うほどの衝撃。だが、ミドリ君は倒れない。それどころか、彼の体内では五万ボルトの電流が、彼を異質な存在へと変化させ始めた。
胸部から流れ込む電流。それを受け止めた彼の細胞が、なんかよく分からん変化を起こす。肥大化し、増殖していく細胞。激しく彼の身体が変化していく。
「なによ、あれ……」
「あれがミドリ君の特異体質のもう一つの特徴。『巨大化』です」
電流の力で膨れあがる体躯。そこには常識など微塵もない。バカが起こす奇跡。
「夢はでっかく『ビッグなヒーロー』、ただいまメンバー募集中! 薬物戦隊……」
ミドリ君の口上は途中で断ち切られた。目の前で強大化していくミドリ君を見たライダーたちは、恐怖に囚われ、そしてそれを振り払うように叫んだ。
「殺せぇえええええええええええっ! あの化け物をぶち殺せぇえっ!」
ライダーの総攻撃。巨大化したミドリ君は全長三メートル。だが、やはりフルボッコだった。
「痛い、痛い、痛いって。痛いってば! ホントにやめて、ホント、ちょっと、待って、いたたた、痛いって」
殴る、蹴る、投げ飛ばす。ライダーには珍しく武器まで取り出した。それでもミドリ君はその攻撃を『痛い』の一言で済ませてしまう。だが、最後はミドリ君がキレた。正確には『泣いた』
「やめてって言ってるでしょ! んー! どーーーん!」
妙なかけ声と共に放たれたのは、ただの『突き飛ばし』。両手を前に突き出すだけの攻撃とも呼べない動作。
「もー! どーーーん! はい! どーーーん!」
泣きながらライダーたちを突き飛ばすミドリ君。その威力はやたらと強かった。吹っ飛ばされるライダーたち。最初の数人が吹っ飛ばされた時点で、彼らは逃げる事を選択した。そして一人がヨシダさんとゴトウダの乗るライトバンへと近付いてきた。それを追うミドリ君。やはりマヌケなかけ声が響く。
「はい、どーーーん!」
なぜかミドリ君の両手はライダーではなくライトバンへ。衝撃が車内の二人を襲う。そしてライトバンは大きく車体を揺らして、そのまま横転してしまった。
車内の二人は悲鳴を上げながら車内の壁や床に叩きつけられる。ヨシダさんはバッグの中身をぶちまけて、ゴトウダの頭にはゴリセンが命中した。
「それ、どーーーん!」
ライトバンの外ではまだミドリ君がライダーたちを突き飛ばしている。数人のライダーは珍妙なバイクに乗って逃げ出した。ライトバンから這いだしてきたヨシダさんはミドリ君を睨みつける。
「ゴトウダさん。ちょっとそのゴリセン貸してもらえますか?」
「結構重いわよ。なんなら私がやるけど」
二人は暴れ回るミドリ君へと近付いていった。近付いてくる人影を思わず突き飛ばそうとするミドリ君。
「はい、どっ…………あ、すいません。ヨシダさんでしたか」
ようやく暴れ回る事をやめたミドリ君は屈み込んでヨシダさんを見つめた。そこにヨシダさんはゴリセンを振り下ろす。金属製のハリセンが、甲高い爆発音にも似た打撃音を響かせる。
ミドリ君が頭を抱えてうずくまり、そしてようやく騒動が収まった頃に警官がやってきた。
「すいません。ヒーローの方ですか? 駅前でそういうパフォーマンスはちょっと……」
三人はそのまま乗ってきたライトバンを盗んで逃げ出した。
***
大森駅前でのバカ騒ぎの最中も、事態はめまぐるしく進行していた。ライダーたちがミドリ君との戦闘を開始する前の電話。ビルダーファイブの拠点への電話が、事態を急速に変化させていた。
「俺の恋人? そんなモン、いないゴリよ。いや、知ってるって言われても……。で、ソイツら何者ゴリ?」
中野のファミレスで食事中のビルダーイエローは、拠点の事務員から連絡を受けていた。イエローへの妙な脅迫電話のようなもの。それについて、事務員は念の為本人に知らせる事にした。
「ライダー? ライダーが俺の恋人を誘拐したって言ってるゴリ? まあ、イタズラだろうけど……、明治神宮で引き渡し? ふん、ふん。まあ、一応、その場所に行ってみるゴリよ。俺の恋人ってのにも興味あるし」
同席していたレッドが眉をひそめる。
「俺も行こう。イタズラというよりも罠かも知れん。なにがあるか分からんから、念の為全員集めるか?」
「いや、さすがにそこまではしなくていいゴリよ。並のライダーなら俺とレッドでどうにかなるだろうし」
そして食事を終えた二人は、明治神宮へと向かった。
***
ビルダーファイブのレッドとイエローが動き出した事は、即座に東京中のヒーローが知るところとなった。
ネット上ではその話題が方々で取り上げられ、多くの耳目を集める。一時間もしないうちに、ヨシダさんを誘拐したライダーのSNSアカウントが発掘される。
「イエローの女、誘拐したったwww」
そんなバカな発言が、あっという間にネット上に広がる。
「ローラさん! これ見てくれっす!」
ゴリゴリ団の拠点。ダラダラとネットをしていたハセガワが、その話題を見つける。晒されていたアカウントには、殴られて鼻血を出しているヨシダさんの写真がアップされていた。
妙に冷静なように見えるローラさんは、自分のタブレットで状況を調べる。なにも言わずにタブレットを見つめるゴリラ。その脇ではハセガワが酷く動揺していた。そんなハセガワの動揺をよそにのっそりと立ち上がり、そして一言。
「ちょっと明治神宮まで行ってくる」
ローラさん、マジギレモードだった。
***
ミドリ君の暴走によって事なきを得たヨシダさんだったが、ライトバンを運転したまま仏頂面だった。一度横転したライトバンをミドリ君に戻させたものの、車体のアチコチが壊れているらしく、ただ走っているだけでもガタガタと揺れている。
しかし彼女を苛立たせているのは、それだけではなかった。ライトバンの横転に巻き込まれた時に、彼女のスマホは壊れてしまっていた。電源は入っているようだが、画面にはなにも表示されない。
「とりあえずいったん拠点に戻りますね。あっ、そう言えばゴトウダさんはどうしますか? このまま工房に帰るって訳にもいかないですよね」
「そうね。少し貴方たちの拠点でかくまってもらおうかしら」
ライトバンの後部座席で窮屈そうにしているミドリ君には、二人ともノータッチだった。
***
「なにが起きてんだよ、一体……」
渋谷区神南、代々木公園。クジョウは機動隊から借りている人員輸送車の中で、頭を抱えていた。
傍らにはノートパソコン。クジョウはそれを使い、ゴリゴリ団の拠点を監視していた。事態が急変しているのは明らかだった。
「そのヨシダってのを誘拐したのは何者なの?」
マダム・クリマーが尋ねる。クジョウは無言で首を横に振る。確かにネット上では誘拐犯の素性は特定されていた。だが、クジョウはネット上の噂を鵜呑みにはしていない。
「どうやらゴリラ男はコッチに向かってるようです……。ネットでは人質の引き渡しの場所が明治神宮だと噂になってる」
「みたいだね。気のせいかも知れないけど、表も少し人が増えてきたみたいだよ」
ネット上の噂は一気に拡散し、そして事態の急変を面白がっている野次馬も集まり始めていた。
「クジョウ。アタシたちはどうする?」
「まずは静観ですね……。それぞれの動きが分からない。ビルダーファイブや、ライダーたちがどう動くのか……。俺たちの目的は、全面戦争を避ける事です。だけど今じゃ誰が誰と対立しているのかも分からない」
マダムは二股に裂けた舌をチョロチョロと出しながら笑う。
「それならまずゴリゴリ団のお留守番を始末するかい?」
クジョウは顔を上げて、マダムを見つめる。その目には迷いが浮かぶ。
「ゴリゴリ団の首領はコッチに向かってる。ソイツはライダーとやり合うんだろ? じゃあ、ほっとけばいい。ソイツが勝とうが負けようが、バカやってるうちに拠点と仲間を潰しておこうって算段だよ」
マダムは艶めかしく微笑む。マダムがクジョウを見つめる目は、とても優しく、そして慈愛に満ちていた。
「クジョウ。アンタ、怪人になりなよ。このままじゃ、アンタ壊れちゃうよ。アンタがアンタのままでいたいなら、暴れるんだよ。心のままにね」




