第二十三話 通りすがりの援軍
大田区蒲田、武器職人ゴトウダの店『ゴトウダ工房』店内。
ヨシダさんはライダーに囲まれていた。背後のライダーには肩を掴まれ、動く事もできない。そのヨシダさんに対して放たれる殴打。
加減しているとは言え、改造人間の拳は強力だった。それでもヨシダさんの心は折れない。彼女はあらためてライダーたちに失望していた。
「貴方たちなんてヒーローじゃない!」
鼻血で呼吸もままならないヨシダさんが叫ぶ。その叫びを嘲笑うライダーたち。
「彼氏の自慢でもしたいの? でも、お前の彼氏もヒーローじゃなくなるよ。俺たちが潰すからな」
ライダーの発言に、一瞬言葉を失うヨシダさん。彼らの言葉の意味が分からなかった。動揺を見せないように、慎重に考えを巡らせる。
『彼氏? ヒーローじゃなくなる? 一体なにを……、あっ!?』
思わず口元に笑みが浮かぶ。最悪の事態には、まだなっていない。ライダーたちは、ヨシダさんをビルダーイエローの恋人だと思い込んでいる。そう気が付いた。
暴行を受けて横たわるゴトウダに目を向ける。ヨシダさんを見つめているが、ゴトウダの目はヨシダさんを非難しているようには見えない。殴られたヨシダさんを気遣うような目で見つめている。
『守秘義務かな? それとも私たちの味方をしてくれているのかな? ともかくゴトウダさんはローラさんの事をしゃべってない』
ライダーたちはなにも知らなかった。ただ『Re』決起集会の話を聞き、その場にビルダーイエローがいたという噂を信じているだけだった。
そのビルダーイエローらしきゴリラが、ゴトウダ工房に武器を買いに来ていたという噂を耳にして、彼らはやって来た。そしてヨシダさんはその現場にノコノコと現れてしまった。
「なあ、お姉ちゃん。アンタの彼氏呼び出してくれない? もちろん一人で来るようにね」
ヨシダさんはただライダーを睨みつけるだけ。言葉は一切返さない。そこにまた拳が襲いかかる。繰り返し殴られるヨシダさん。ゴトウダの悲鳴が遠くに聞こえる。ヨシダさんは思った。
『これがヒーローの末路。強い力には誰でも憧れる。その力を得れば、世の中の役に立ちたいと願う。だけど、その力を活かせるのは、敵がいる時だけ。敵がいなくなれば、どれだけ強い力でもアッサリと堕ちる』
だから彼女はローラさんに憧れた。最強の怪人でありながら、ダラダラ生きるマヌケなゴリラに。元から悪の怪人のくせに、決して堕ちたりしないゴリラに。
「なんだよ、この女。手加減してるとは言っても……、これ以上殴ったら死ぬぞ」
「……、とにかくこの女にイエローを呼び出させないと……。いや、携帯奪っちまえば連絡先くらい分かるぜ」
彼女の肩からさげたバッグに手を伸ばすライダー。ヨシダさんは、そのライダーの顔に血が大量に混じったツバを飛ばす。
激高したライダーは大きく拳を振りかざすが、それを別のライダーが止めた。
「もうよせ! 本気で殺す気か? しゃべれなくなっても困るだろ。とにかく場所を変えようぜ。人が集まってきても面倒だ」
「どうする? ビリオンさんの所に連れて行くか?」
「ああ、そうだな。これでビルダーイエローを潰せりゃ、俺たちも幹部になれるかも知れねえ」
「なあ、このバカみたいなハリセンも持って行こうぜ。コイツでイエローを潰すってのも面白そうじゃね」
「いいね。ついでにオカマも連れてけ。蒲田で妙な商売やってたんだ、ビリオンさんに渡せば喜んでぶち殺すだろうぜ」
ライダーたちは勝ち誇ったように意気揚々と、ヨシダさんとゴトウダを連れ去った。
***
それから三十分後。彼らは暴力の怖さを思い知る。ライダーたちは強い、少なくとも常人と比べれば。しかし、上には上がいる。拳はおろか、姿さえ見せずに彼らを震え上がらせた男がいた。
それはビルダーイエローでも、ローラさんでもなかった。彼らに死の宣告をもたらし震え上がらせた男は、ビリオン・ライダーだった。
「余計な事をしやがって、バカどもが。オマエら全員殴り殺してやる」
ライダーたちは意気揚々とビリオン・ライダーに連絡を入れた。そのビリオンからの返答がそれだった。
ビリオンは戦隊との衝突を望んではいなかった。彼に言わせれば『金にならない』から。彼の元にビルダーファイブからの連絡は無い。だが、今朝から大田区全域で戦隊ヒーローの姿が目撃されている。
ビルダーファイブの思惑は分からなかったが、ビリオンは配下のライダーすべてに『戦闘は控えろ』と厳命していた。
にも関わらず、たった今、配下のバカから連絡が入った。『ビルダーイエローの恋人を誘拐した』と。
これで戦争は不可避となった。少なくともビリオンはそう判断した。それならばどうする、ビリオンは自らに問いかけ、そして答えの代わりに変身ベルトを身につけた。
***
「どうしよう……。俺ら、このままじゃビリオンさんに殺される……」
薄汚いライトバンと、それに併走する珍妙なバイクの集団。そのライトバンの車内には両手を縛られたヨシダさんとゴトウダ。それにライダーが三人。一人は運転していたが、残りの二人はヨシダさんとゴトウダを見張っていた。
しかし、見張りと言っても彼らにはその余裕も無い。今では頭を抱えて呻き声のようなつぶやきを漏らしている。
「ヤベえよ……。なんでビリオンさん怒ってんだよ……」
「どうすんだよ、あの人だろ? マンティスさん殺したの……」
「バカッ! つまんねえ事言ってんなよ! あの人が殺る訳ねえだろ!」
「でもよぉ、あの人、ずっとマンティスさんと揉めてたし……。俺ら、マジで殺されるかも知れねえ…………」
呻き声のようなつぶやきの後、沈黙が車内を支配した。ヨシダさんは彼らの観察しつつ、逃げ出す機会を待った。
ライトバンは一度東京を出て、神奈川へ。しかし、また戻ってきて蒲田を通過。彼らに行く当ては無い。その間、彼らはヨシダさんの目の前で自分たちの窮状をバカみたいにしゃべり続けた。
『マンティス殺しの犯人はビリオン? 確かにビリオンなら殺せる……。でも、どうしてこのライダーたちまで殺すなんて言ってるの? もしかしてビリオンは戦隊と争いたくなかった?』
「なあ、こういうのはどうかな……」
一人のライダーが恐る恐る口を開いた。
「予定通り、俺たちでイエローを潰しちまうんだよ。コッチには人質だっているし」
「バカッ! ビリオンさん怒らせて、まだやるつもりかよ」
「でも、このままじゃ、どっちにしろビリオンさんに殺されるし……。それによ、このお姉ちゃんどうすんだよ、このまま帰らせたらビルダーファイブに殺されるぞ」
既にヨシダさんの顔面は腫れ上がっている。確かにこのまま帰ったら、イエローではなくローラさんが彼らを殺すだろう。
「やるしかねえのか……」
そして薄汚いライトバンは路肩に車を駐めた。併走していた他のライダーたちも同様にバイクを駐めて話し合いを始めた。迷走して辿り着いたその場所は蒲田から一駅しか離れていない大森の駅前。
「イエローをマジで潰すのか? でもビリオンさんがマジギレしてんだぜ」
「ちょっと待ってくれ。潰す必要あんのか? 渋谷から手を引かせるってのはどうかな?」
「え!? どういう意味?」
「ほら、俺ら今、渋谷の件で揉めてんだろ。どっちの縄張りにするかって。あの件を、人質と引き替えに解決すんだよ。人質を返して欲しかったら渋谷から手を引けってな」
「元は渋谷の話だもんな。それを解決すりゃ、ビリオンさんだって機嫌直してくれるよな」
なんの当てもない言葉。勝手に甘い夢を見て、勝手に期待しているようなものだった。
***
車内ではゴトウダがヨシダさんに話しかけていた。
「ねえ、大丈夫? もの凄く痛そうだけど」
「もの凄く痛いです……。ところで、ゴトウダさん、どうしてローラさんの事、彼らに話さなかったんですか?」
「……ん? そうね。なんかいいじゃない、彼って。昔気質の怪人って感じで」
「そうなんですか? いえ、私は昔の怪人って知らなくて……。と言うか、ゴトウダさんっておいくつですか? あっ、レディーに年齢を聞くなってボケはやめてください」
「…………貴方のツッコみってなんか遊びが無いわね。あの子呼んできて、あの幼女」
「別にうちのツッコみ担当って訳じゃないんですけど……、あれ!?」
ライトバンの外を見て、目を丸くするヨシダさん。そのヨシダさんを見て、同じように目を丸くするゴトウダ。
「一体、どうしたの?」
「逃げるチャンスが、外を歩いてました」
ライトバンのすぐそばを、死んだような目でミドリ君が通り過ぎようとしていた。
***
「いいから聞けよ。だからビルダーイエローの恋人を誘拐したって言ってんだよ。ああ、そうだよ。あのゴリラの彼女だよ。いねえってなんだよ。こっちは誘拐したって言ってんだよ。いいから、イエローを出せ! メシ食いに行った? ふざけんな!」
ライダーの一人がビルダーファイブの拠点であるトレーニングジムへと電話していた。だが、まったく相手にされなかった。そもそもイエローに彼女はいない。電話に出ていた事務員もそれは知っていた。
「とにかく、イエローの恋人は預かった。だから、イエローに伝えておけ。渋谷から手を引かねえと彼女がどうなっても知らねえぞってな。いいか、今すぐに明治神宮まで来いって伝えろ。そこでイエローの彼女を返してやる」
計画性もクソもない行動。電話を切ったライダーがもどかしさのあまりに苛立っている。もはや自分たちでもなにをしているのか分かっていない。
「メシ食いに行ってんのか……。なんかのんきだな、彼女が誘拐されたってまだ気が付いてねえのか?」
「ゴリラだからな。バナナの方が大事なんだろ……」
そんなくだらない話の最中に、放置していたライトバンから騒動が起こる。唐突に響く衝撃音。そして粉々に砕け散ったライトバンの窓ガラス。
両手を縛られていたゴトウダが、頭突きでライトバンのサイドガラスを突き破っていた。
ガラスの割れた窓から頭を突き出しているゴトウダ。ライダーが呆然としていると、なぜかゴトウダが絶叫した。
「痛ってぇえええええええっ! マジで痛え! アンタ、鬼!? 普通、こんな事やらせる?」
同じように両手を縛られていたヨシダさんが、ゴトウダが割った窓から顔をのぞかせた。そして通りすがりのミドリ君に声をかける。
「すいません。ちょっと手を貸してもらえますか?」
「…………えぇぇぇ……」
唐突に窓を突き破って現れたゴツいオカマとヨシダさん。ミドリ君は驚くよりも先にドン引きしていた。
そして気が付けばライダーに取り囲まれている。
「おいっ! なにやってんだ、オマエら」
「クソッ! 戦隊の仲間かよ!?」
「…………えぇぇぇ……」
ミドリ君はまだドン引きしていた。状況が理解できないまま、殺気立ったライダーに取り囲まれたミドリ君。そんなミドリ君をよそに腫れ上がった顔のヨシダさんは笑顔でライダーたちに言った。
「あっ、この人、私の仲間です。助けに来てくれたみたいです。じゃあ、頑張ってください」
「マジかよ、チクショウ!? って、お前一人かよ!」
「え!? コイツ、一人で来たの? バカじゃねえの、さっさとやっちまうか」
「…………えぇぇぇ……」
「ねえ、ヨシダさん。あの人、大丈夫? なんかドン引きしっぱなしだけど。それになんかヘタレのオッサンって感じで、ヒーローにも見えないんだけど」
頭からダラダラと血を流しながらゴトウダが言った。そんなゴトウダにヨシダさんは笑顔で応える。
「大丈夫です。あの人、見かけはヘタレですけど、実は結構強いんです」
「…………えぇぇぇ……」
確かにミドリ君は戦う覚悟を決めていた。だが、あまりにも唐突に降って湧いた災難にただドン引きする事しかできなかった。
「ミドリ君、スタンガン持ってますよね? まさか持ってないんですか!? アレがなかったらただのヘタレじゃないですか」
「………………いや、持ってますけど……」
「じゃあ、さっさと使ってください。時間ないんで早めに!」
「……いきなり、そんな事言われても……」
殺気立ったライダーに取り囲まれながら、ミドリ君はいきなり後悔していた。
「やっぱり関わるんじゃなかった…………」




