第二十二話 炎は静かに燃え上がる
渋谷を中心に多くのヒーローたちが動き始めた。様々な思惑の中で、誰もが先の見通せない混沌をさまよっていた。
マダム率いる『ホワイト』の実働部隊が明治神宮の目の前にある、代々木公園に拠点を築き上げた日。ヒーローたちは緊張に包まれながらも、『Re』決起集会後のような混乱は一切起こらなかった。
その拠点の辺りにいる通行人にも、ヒーロー同士の衝突が近い事など予想もできないほど平穏な一日だった。
その翌日。
ビルダーレッドはビリオンの要求を無視した。レッドはイエローを信じた。つまり一連の『Re』を巡る騒動にビルダーファイブは関係ないと。
当初は中心人物だったミツオは、元々ビルダーファイブの取り巻きの一人だった。だが、『Re』の名を名乗るヒーローが増え始めた現在、誰もミツオの事を覚えていない。
むしろ『Re』同士で手柄を競い合い、強い『Re』こそ本物だと言われ始めた。
「しかしな、こちらが『我々には関係ない』と言ったところで、相手が信じなければどうしようもない」
ビルダーファイブの拠点であるトレーニングジムには、ビルダーファイブ全員が集合していた。
ビルダーレッドに向き合う四人。イエロー、ブルー、ブラック、ピンク。全員私服だったが、実は一瞬で装着できる強化スーツを所持している。
スマホ状の変身アイテムを使い、彼らは強化スーツを身にまとったヒーロー、ビルダーファイブへと変身する。
鍛え抜いた肉体と、そして現代の水準を大きく超えた技術力で作られた強化スーツ。それが彼らの武器。
言いかえれば他の武器は無い。そのため戦闘時は素手か、その場にある適当な物で攻撃する。
「そこでだ、俺たちで探し出そうと思う。その偽物のイエローをな」
レッドの提案に全員が賛同した。にも関わらずレッドは渋い顔を見せる。
「だが、どうしたらいいと思う?」
全員が苦笑い。体育会系で気のいい兄ちゃんのレッドは、多くの人から慕われているが、彼にアドバイスを求める者はいない。基本的に脳筋スピリチュアル野郎である事は、よく知られていた。
「とりあえず中野ブロードウェイの中にある占い師のところへ……」
「ちょいちょい、レッドさん。そんな事しても見つからないから」
現役の女子大生であるビルダーピンクがツッコミを入れる。女性としてはかなりの大柄で筋肉質な体型。そして合気道の有段者。基本的にスピリチュアル方面には興味が無い。
「しかし、今のところ手がかりは無いんだ。その決起集会とやらに参加した連中にも聞いたが、誰もその偽物とはまともな話をしてなくてな」
「うほ、うほ」
「すいません。こんなバカな事、本気でできるヤツあんまいないですよ」
「じゃあ、やっぱりイエローがライダーにケンカ売ったんですかね?」
「そうなるな……」
「うほぉ!」
「もしくはここにいるのが偽物か……」
「うぉっほおう! ……ゴメン。ちょっとキャラ変えていくわ。えっと、とにかく俺はライダーとケンカなんてしてないゴリよ?」
「どこのバカが、こんなバカのフリなんてしてんのよ……」
ビルダーピンクが頭を抱えた。少しの間をおいてから、気を取り直したピンクが話を戻す。
「ああ、それでね。イエローのフリをしてるバカの事なんだけど、ちょっと気になる事があるの」
全員の注目が集まったその先に、ピンクが買ったばかりのノートパソコンを出した。ノートパソコンのモニターに表示されているのは、少し前に話題となった動画。
「ん!? おい、ちょっと待て! これって……」
「そう。最初にミツオ君がライダーに襲撃された時の動画です」
そこにはライダーのフリをしたローラさんが、ミツオと素人戦隊を襲撃している姿が映し出されている。
「イエローか……。いや、違うな。イエローよりも一回りデカい」
「コスチュームに騙されましたね。この動画じゃ見た目ライダーですし、普通はこんな動画サイト、大きな画面で見たりしないですからね」
「最初からミツオははめられてたって事か?」
ピンクは小さくうなずく。そしてパソコンを操作して、もう一つの画像を表示する。
『無能結社ゴリラ軍団、経営破綻!』
そんな見出しが躍るニュースサイト。日付は半年前。そこにはかつてのゴリゴリ団が経営破綻した経緯が取り上げられていた。
「あー。なんかこのニュース見覚えあるゴリよ。なんか親近感があるって言うか……」
「このゴリゴリ団って組織の首領だった怪人が、今のところ行方不明。白怪人にも登録されてないみたい」
「名前は?」
「怪人『ニシローランドゴリラ男』、通称ローラさん。最後に目撃されたのが、大田区の大森」
「ちょっと待って!? 大田区ってライダーの縄張りじゃん。あっ、縄張りゴリよ」
「イエロー。今度ボケたらもう合コンセッティングしないからね」
「ピンク……。それは勘弁してやってくれ。て言うか、お前がセッティングしてたのか。なんか、苦労かけてすまんな……」
レッドの言葉にビルダーピンクは深くため息をついた。それから数十分の間、ピンクの愚痴が続いた。空気も読まずにボケるイエローが何度も合コンを台無しにした事、そして懲りずに合コンのセッティングを頼んでくるしつこさについて、延々とピンクは愚痴り倒した。
「とにかくだ、話を戻そう。ミツオをはめたのはゴリラ男。そしてソイツはライダーの縄張りに潜伏している。そういう事になるな? となると、最悪の事態を想定しておく必要があるな」
最悪の事態。つまりビリオン・ライダーがすべての黒幕である可能性を指している。それならば最初から解決の道は無い。ビリオンの狙いは『ビルダーファイブから仕掛けてきた』という大義名分を作る事にあるから。
もちろん、それは間違いだった。だが彼らはそんな事を知らない。
一度頭に思い浮かべてしまった予想を打ち消すのは難しい。ビルダーファイブはライダーとの決戦も視野に入れて行動を開始した。
***
「じゃあ、行ってきますね。ついでにお土産にお菓子でも買ってきましょうか?」
ゴリゴリ団の拠点、相変わらず営業していないゴリゴリカレーでは、ヨシダさんが出かける準備をしていた。
「ほんじゃ、俺は激辛カラ○ーチョと、なんか甘いヤツ」
「なんか極端っすね。って言うか、そんなのだったら自分がドンキー行って買ってきますよ」
武器職人ゴトウダに注文していたローラさん専用ハリセン『ゴリセン』が完成したという連絡が入った。そしてヨシダさんは一人でそれを受け取りに行く所だった。
「でも、そんなに嫌ですか? ゴトウダさん、悪い人じゃなさそうですけど」
「うーん。別にオカマだとかはいいんだけど、なんか違うんだよな、アイツ」
「そうっすね。どっか狂気を感じるっす」
「分かりました。じゃあ、行ってきますね」
そう言ってヨシダさんはゴリゴリカレーを出た。拠点を出て一番近いバス停からバスに乗り、そして大森駅まで。そこから一駅で蒲田。ただし一駅と言っても歩いて行くには遠い。
大森駅前に到着したヨシダさんは、ノンビリと辺りを見回していた。つい先日までローラさんが住んでいた街。
以前のゴリゴリ団が破綻した後、失業した怪人にも理解のある希少動物のような不動産屋を探し、そしてローラさんに紹介したのはヨシダさんだった。
失意のローラさんを励ましつつも、生活に追われて会う機会は減っていった。その期間にローラさんが暮らしていた街。
ヨシダさんは駅前で空を見上げる。高いビルの上に広がる空をボンヤリと眺めていた。
そのすれ違いにはお互いが気付かなかった。道路一本隔てた反対側の歩道を歩いていたのはミドリ君。ローラさんを捜し求める彼は、前日に引き続き大森の街を歩いていた。
ヨシダさんは電車に乗り、蒲田へ。電車に揺られながら、窓の外を眺めてボンヤリと物思いに耽る。
『ローラさんに一体なにがあったんだろう……』
彼女は疑問に感じていた。ローラさんの変節について。ローラさんは基本的に粗暴なゴリラだが、意外にも悪事は好まない。
それが悪の怪人として間違っている事は確かだが、そのローラさんに変化が起きていた。『シビルウォー・プラン』と題したヒーロー同士の衝突を誘発させる企みにせよ、以前のローラさんなら多分もう少し強く反対していただろう。
そのローラさんを変えたのはクジョウ。その事実に二人とも気付いていないが。
『クジョウさん……。あの人と出会ってローラさんは少し変わった。でも、あの人って、ただの根暗なサラリーマンにしか見えないんですよね……』
クジョウが白怪人である事実は、既にクジョウ自身によって記録を消されている。
『でも、このままローラさんが悪の怪人として活躍してくれれば……』
彼女は期待していた、最強の怪人『ニシローランドゴリラ男』が東京中のヒーローを相手に、その雄志を見せつけてくれる事を。
物思いの中、電車は蒲田へと到着した。電車を降りてホームの階段を上がる。そして違和感に気付く。悪の秘密結社の幹部と言えど、ヨシダさんは素人。そのヨシダさんにも分かるほどの異様な気配。
蒲田駅の改札口の周辺には複数のヒーローがいた。ライダーの拠点が密集している地域であるにも関わらず、そこには戦隊ヒーローの姿も確認できた。
『あれってサバ・ライダー!? それにあそこにいるのは山田レンジャーのレッド……』
戦隊とライダーたちが駅の改札口周辺を歩いている。時折、威嚇しあうように視線を交わす。それでも戦闘まではいかない。
『一体、どういう事……。とりあえず、急いでゴリセン受け取って帰ろう』
ヨシダさんは足早にゴトウダの元へと向かった。
ゴトウダの店。『ゴトウダ工房』は蒲田駅から五〇〇メートルも離れていない。だが、その途中でもやはりライダーや戦隊ヒーローの姿を見かける。
目を合わせないように足早にゴトウダ工房に急いだが、その工房が見える道まで辿り着いた時、ヨシダさんは息をのんだ。
工房の周囲には、複数のライダーたちがたむろしていた。既に全員が変身した状態。道を引き返そうかと思ったが、そこは一本道だった。不自然な動きは注目を集めてしまう。
ヨシダさんはスマホを取りだして、その画面に集中しているフリをしながらライダーの集団に近付いていった。そして辺りを観察する。
工房の周囲には五人のライダー。工房の正面にあったシャッターは強引にこじ開けられたのか、シャッターがひしゃげて歪んだ状態で開いていた。
工房の奥には更に二人のライダー。そして暗がりでハッキリとは見えないが、倒れているゴトウダらしき人影。
『どうする……。助けるか、このまま逃げるか……』
悩んだところで助ける手段は持ち合わせていない。だが、自分たちのせいでゴトウダを巻き込んでしまったのは間違いない。その思いが判断を鈍らせた。
工房の前を通過して、そのまま歩き続けるヨシダさんの肩が突然掴まれた。
「ねえ、お姉さん。君、この間ゴリラと一緒にこの店に来てたよね」
助ける手段はなかった。だが、既に逃げる事もできなくなっていた。
「お姉さん、地味なカッコしてるけどさ。さすがにゴリラ連れて歩いてりゃ目立つよ」
軽い口調とは裏腹に、ヨシダさんの肩を掴む手は恐ろしいほど力強かった。店内へと連れ込まれるヨシダさん。中に倒れていたのはやはりゴトウダだった。
暴行を受けて負傷しているゴトウダに、ヨシダさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「おい、クソオカマ野郎。この間、ゴリラと一緒に来てコイツを注文したのは、この女だよな」
そう言って一人のライダーが床に転がっていたやたらとゴツいハリセンを蹴っ飛ばした。分厚い真っ赤なハリセン。よく見れば表面に木目状の模様が見える。
しかしライダーに蹴っ飛ばされてコンクリートの床にぶつかる音は、妙に金属的だった。
ヨシダさんは冷静に状況を観察した。そしてまずはとぼけて見せた。
「あっ、あの……。一体なんですか? なんの事か、よく分からないんですけど」
そんなヨシダさんの言葉に対して、返ってきたのはライダーの拳。肩を掴んでいたライダーは、もう片方の手でヨシダさんの顔面を殴りつけた。
「ちょっと!? アンタ、なんて事すんの!」
「うるせえぞ、クソオカマ野郎! テメエは黙ってろ、こっちは仲間もやられてんだよ!」
ヨシダさんの鼻から大量の血が流れ出た。目は涙でにじんでいる。それでも彼女はひかなかった。ライダーを睨みつけて、開き直りにも似たセリフを吐き捨てた。
「手加減してくれたんですか? そうですよね、手加減しないと、私、死んじゃいますもんね」
声は震えていた。鼻血で呼吸もままならない、そして涙が頬をつたう。それでも彼女は一歩もひかない。
「なんだよ、この女……」
この日、これから起こる出来事は、東京中のヒーローと怪人の間で語り継がれる伝説となる。そして彼女は、この日を境に『女帝ヨシダ』と呼ばれるようになった。
ただし多くの勘違いと、尾ひれのつきまくった噂でできた伝説だが。




