第二話 ヨシダさんは一般人
クジョウからの申し出を聞いた翌日。相も変わらずローラさんは労働に汗を流していた。昨日はクジョウを追い返し、そして『明日もうかがいます』と言い残していったクジョウに『いや、マジで来ないでくれ』と返した。
それでもローラさんは予想していた。
「アイツ、今夜も来るんだろうなあ」
ローラさんには容易に想像出来た。怪人『幼女男』を引き連れてやってくるクジョウの姿を。
「て言うか、幼女男ってなんだよ……。ん? そういやヒーロー見習いとか言ってたな」
バイトの休憩時間。ローラさんはおもむろに携帯電話を取りだした。そして少し悩む。果たして電話をかけるべきか……。しかし今は彼女の知識が必要だ。ローラさんはそう思い、かつての女幹部『ヨシダさん』に電話をかけた。
ヨシダさんは二十代後半の一般人。別に特殊な能力がある訳でも無い。彼女はただのヒーローオタクだった。高校時代にバイトとして設立間もないゴリゴリ団に加わった。設立時の仲間は辞めていき、彼女はゴリゴリ団に所属し続けていたため、組織内では一番の古株となっていた。
ヨシダさんはぱっと見かなり地味な女性。二十代後半にも関わらず、現在まで異性と交際した事がない。
性格は真面目で内向的。ヒーローに関わる仕事をしたかったが、なにを間違えたのかゴリゴリ団に入ってしまう。しかしその間違いに気が付いた頃には、ゴリゴリ団は彼女にとって居心地のいい場所になっていた。
そのヨシダさんは、かつての戦闘員との訴訟の際にもローラさんと彼らとの間で仲裁を買って出て、早期の和解に大きく貢献してくれた。
かつての仲間たちの中で、今でもローラさんが信頼している唯一の人物であった。
「もしもし、ヨシダさん? ゴメンね、今大丈夫?」
「ご無沙汰してます、ローラさん。もう少しでバイトに行かないといけないので、あまり時間は無いんですけど……」
「ああ、そうか……。ゴメンな。ちょっと聞きたい事があってね。すぐ済むから」
迷惑をかけたと恐縮するローラさんに対して、当のヨシダさんはその電話を喜んでいた。かつての上司、それだけの関係だったが、彼女にとっては十年近く共にした仲間。そして尊敬こそしていないが、それでも親しみを感じる友人と感じていた。
ゴリゴリ団の破綻から彼女とも距離を置いていた。なにより真面目でヒーローの知識も豊富だった彼女なら、別の秘密結社に行ってもやっていけるだろうと確信していた。
その彼女から『バイト』という言葉を聞いて少しばかり不安を感じるローラさん。ゴリゴリ団の破綻は未来ある若者の将来に傷をつけてしまったのだろうか、そんな思いがよぎる。
ゴリゴリ団の活動再開。それは自分自身のためだけでなく、かつての仲間も救ってやれるんじゃないか。そんな考えがローラさんの迷いを更に深めていく。
「あ……、あのさ。東京都ヒーロー支援機構って知ってるよね? そこの活動内容とか詳しく教えて欲しいんだ」
「ええ!? ローラさん、ヒーローに転職するんですか? 今は難しいですよ」
「いやいや、そういう事じゃないんだ」
ローラさんは慌てて否定する。ヒーローに転職? その発想は無かった。そんな事を考えながらも、携帯電話を持つゴリラは一瞬だけ正義のヒーローとなった自分を想像した。
その後、気を取り直してヨシダさんに昨日の出来事を打ち明けるローラさん。クジョウからの申し出と、怪人『幼女男』について。
「なるほど……。『東ヒー』が悪の秘密結社に援助ですか……。あり得ない話とも言えないですかね……。ローラさん、東京にどのくらいの数の秘密結社が確認されているかご存じですか?」
「ええ……。どのくらいって言われてもなあ。秘密結社なんだから確認された時点でダメだろっていうのは置いといて、まあ一〇〇や二〇〇はあるんじゃないの?」
「ゼロです。現在、東京には悪の秘密結社は存在しません。なにかがうごめいているとか、陰謀を企む連中がいるなんていう噂すらありません」
ローラさんは呆然とした。本職の怪人だった以上、現在の悪役不足については知っているつもりだった。だが、不足どころかゼロという事になっているとは予想もしなかった。
「三ヶ月前の事です。テレビにレギュラー番組も持っていたメジャーヒーローたちが、宇宙から来たとかいう勢力を潰してしまったんですよ。一年くらい戦っていたんですけどね。
それでも番組は終わらせられないし、グッズも売っていきたい。そんなヒーロー側の思惑もあって、彼らもハッピーエンドとはいかなかったんです。
数週間にわたって番組は総集編とかで引き延ばしていたんですけど、今は小さな秘密結社とかも潰しに行くんですよ。
しかも視聴率は好調です。なにしろ弱小組織なら苦戦もしません。酷い時は三〇分番組の中で一つの組織を潰してしまうくらいですから。今じゃ大人もストレス解消に彼らの番組を観ているくらいです」
そしてメジャーヒーローによる悪役狩りは加速した。悪役不足は更に酷いレベルに達していた。
「とにかく悪役がいないんです。それも強い悪役が。ヒーローたちは必死に悪役を探してます。この間、動画サイトに遊び半分で『悪の秘密結社を旗揚げしてみた』って動画をあげた人がいたんです。その人どうなったと思います?」
ローラさんは唸り声を上げた。それはニュースにも取り上げられた事件。ネットで秘密結社の旗揚げを宣言した少年がいた。その宣言は即座に話題となり、そして驚くほどのスピードで少年の個人情報が晒された。
結果、少年の自宅には彼を倒そうと考えたヒーローが大挙して押しかけた。少年とその両親が泣きながら謝罪している姿は、どのニュース番組でも取り上げられていた。
もちろんその少年の動画はタダのネタだった。少年は冗談のつもりだった。そして押しかけたヒーローたちも、少年を悪だと思っていた訳じゃない。ただヒーローとしての活動を求めた結果だった。
「だから『東ヒー』がヒーローの支援だけでなく、悪の秘密結社にも支援の手を広げるのはあり得ない話じゃないと思います。
だけど公にはしないでしょうね。ある程度ヒーロー側にコントロールされる事になりますし、なにより支援が公になりそうになったら全力で潰しに来るでしょうね」
やっぱり甘い話には裏がある。ローラさんはため息を一つ。そんなローラさんの心情も知らずにヨシダさんはうれしそうに声を弾ませる。
「でも、『東ヒー』の支援を受けられるなら、資金には困らないんじゃないですか? それに怪人の派遣もしてくれるなんて」
「え? 『東ヒー』ってそんなに金持ってんの?」
「一応政府から援助が出てるって話ですよ。ほら、『東ヒー』の本部ビルも凄く大っきいじゃないですか」
悪の秘密結社が政府の資金援助を受ける? その荒唐無稽な話にローラさんは眉をひそめた。
「いや、断った方がいいと思ってんだけどね。ヨシダさんはどう思う?」
まるで受話器から鼻息が出てきそうなくらいに激しい息づかい。ヨシダさんの興奮が手に取るように分かる。
「もちろんやりましょうよ! ゴリゴリ団の復活ですっ!」
その後、電話を切ってまたため息。ヨシダさんは地元のスーパーでバイトしているとの事だった。そのバイトも今日で辞めると鼻息荒い。『まだ決めてないから』とヨシダさんを落ち着かせるローラさん。
怪人『幼女男』についてはヨシダさんもなにも知らなかった。ただ今夜までにヒーロー名鑑やネットの噂を拾い集めて、幼女の姿をしたヒーロー見習いについて調べておくと約束してくれた。
繰り返しため息をつく。ゴリラと一般人女性、それに幼女の姿をしたオッサン。これで一体なにをやれと?
***
そしてバイト帰り。またローラさんは電車に揺られる。相変わらず奇異の目で見られるローラさん。今日は少し汗臭くなっている。一応身だしなみには気を使うゴリラなので、獣臭さは無い。
地元の駅に辿り着いたローラさんを待っていたのはヨシダさん。二十代後半の女性。長い髪を軽く束ねた、野暮ったいメガネの女性。薄いベージュのスカートに白いYシャツ。なんとなく文学少女にも見える装いだが、実際はただのヒーローオタク。
そのヨシダさんを見てローラさんは足早に駆け寄る。拳を軽く握り、その拳でも体重を支える四足歩行で駆け出すローラさん。
駅を利用する人たちの悲鳴が響く。ローラさんを見た者は誰でも二度見三度見をする。それも落ち着いたローラさんを見た時の話。
駅の構内を疾走するローラさんは、マジゴリラよりも怖い。清々しいほどの笑顔。そんなゴリラが二〇〇キロの巨体でドシンドシンと地響きをともなって走っている。
誰もが惨劇を予想したが、その予想に反してゴリラは地味な妙齢の女性に謝罪の言葉を述べる。
「ゴメンね、待たせちゃった?」
「いいえ、今来たところですから」
会話だけ抜き出せばデートの始まりにも聞こえる会話。しかし片方はゴリラ。そして駅の構内は悲鳴が飛び交う地獄絵図。
「じゃあ、ご飯でも食べにいこっか? 俺がおごるから」
「いいですよ、そんな。とりあえず駅から出ましょうか」
そして二人は駅を離れた。後に残されたのは呆然とした駅の利用者。混乱を収めるために駅員が声を張り上げる。
「えー、お客様。ご安心ください。あれはゴリラじゃありません。ゴリラっぽい人です」
しかしそんな事を言いながらも駅員は思った。『でも本当はゴリラだろ……。似てるなんてレベルじゃないぞ』
ローラさんを見慣れている駅員すら困惑していた。駅の混乱をよそに平然と駅から出て行くローラさんを見つめて思った。『とりあえず走るのは止めて欲しい、マジで怖いから』、切実にそう思った。
***
二人は駅の近くにある牛丼屋で食事。おごると言いながら牛丼屋にしか連れて行けないローラさんは苦笑いをしながらまた謝る。
「ホント、ゴメンな。もっといい店連れて行きたいけど……」
ヨシダさんは笑顔でローラさんの言い訳を遮る。
「いいんですよ。私も牛丼好きですから」
そして二人はカウンター席で牛丼を食べながら話し合う。
「まずは、すいません。ローラさん」
「え!? なに?」
「やっぱりバイト辞めてきちゃいました」
「なにしてんの!?」
「いえ、今回の話は受けるべきだと思います。だから私もゴリゴリ団に戻ろうと思って……」
ヨシダさんは小さくなって照れたような笑いを浮かべる。それを見たローラさんはまたため息。もう一日の内に何度ため息をついているかも分からない。
「でも、どうしたらいいか、分かんないんだよね……。少なくとも以前のやり方じゃダメだった。それで破綻したんだし。じゃあ、どうするって話なんだよ」
ローラさんの言葉にヨシダさんも神妙な顔を見せる。確かに二人には明確なビジョンがない。悪の秘密結社を再建する理由、それは酷くくだらない。
ローラさんの理由。それは『他の生き方を知らないから』
ヨシダさんの理由。それは『以前の結社が楽しかったから』
どちらにしても悪の秘密結社を再建する理由としては、あまりにもくだらない。だが二人はまだ気が付いていない。二人の理由の中に、別の理由も含まれている事に。
ローラさんはヨシダさんのためにも再建の必要があると考えていた。そしてヨシダさんもローラさんのためにも再建の必要があると考えていた。
お互いに思いやり、そして想い合っている事に二人とも気付いていない。
牛丼を食べながら、二人は話し合った。そうしている内に、二人のいる牛丼屋に坊主頭の男が酷く慌てた様子で飛び込んできた。
坊主頭の男は真っ直ぐローラさんの元へ。そして驚くローラさんの作業着を掴みながら、涙目で言った。
「ローラさん……、やっと見つけた……」
ローラさんと坊主頭の男は初対面ではなかった。しかしその男はローラさんの知る人物とはあまりにも雰囲気が違い過ぎていた。そのため、ローラさんは目の前の男がかつての知り合いだと気付かない。呆然とした顔で坊主頭を眺める。そこにヨシダさんが助け船を出した。
「ローラさん。この人、『ミドリ』君じゃないですか?」
「え!? ミドリ君? あれ、ホントだ! おお、ずいぶん変わったなあ。今なにしてんの?」
その坊主頭の男はローラさんにとってかつての敵、そして面倒を見た未熟なヒーロー。薬物戦隊アヘンジャーの一員、アヘングリーンだった。
「ローラさん、お願いです! 僕らのリーダーになってください!」
「はあ!?」
「ポンコツ戦隊ゴミレンジャーのリーダー、ゴミレッドになってください!」
「なんかよく分からんが、とりあえず帰れっ!」
三十秒後、三人は牛丼屋から追い出された。




