第十八話 怪人の自警団『ホワイト』
クジョウは動かない。周囲の殺気に気圧されながらも、その場から逃げ出すような真似はしない。
「なあ、兄ちゃん。『東ヒー』の名前出しときゃ、五体満足で帰れると思ってんのか?」
あからさまな威嚇。クジョウは辺りを見回す。店内にはクジョウ以外に八人いる。そのほとんどが人間に見えるが、恐らくは全員改造人間。
人間とは思えない姿をした者もいる。固定型の改造人間。よく見れば鎖につながれている。
『まともにやり合えば、勝ち目は無いな……』
クジョウは自分の力を過信していない。仮に彼が自由に変身できたとしても、この場の全員を敵に回せば殺される。
救いがあるとすれば、まだ敵に回していないという事。そして少なくとも『東ヒー』の依頼を告げるだけなら、殺される事まで心配する必要は無い。
もっとも、口の利き方一つで彼らを怒らせる可能性もあるが。
「この店には立ち入るなって約束になってなかったか?」
カウンターの男がそう告げる。しかし、クジョウにとっては初耳だった。
「それが本当ならすまなかった。しかしこちらもマダム・クリマーに会わなければならなかったのでね」
「ずいぶん落ち着いてるな、兄ちゃん。死なない程度に教育が必要か?」
駆け引きもへったくれもない。クジョウの予想していた通り、彼らは獣と大して違いがなかった。
その場の全員がクジョウを威嚇している。その中で、クジョウはいきなり『手札』を切った。ポケットから、二匹のヘビが絡み合うようなデザインの指輪をとりだした。
そのアイテムの意味を知っている者は誰もいなかった。ある者は訝しげに見つめ、ある者は興味深そうに見つめる。
「これはマダム・クリマーの変身アイテム。コイツをマダムに提供したい。その代わりにやってもらいたい事があってな。もちろん力ずくで奪ってもいいぞ」
その場の全員に動揺が広がる。クジョウは優位に立った。それを確信して話を続ける。
「だが知っているよな。無許可の変身アイテム所持は違法だ。俺が生きて帰らなければ、次にやって来るのはヒーローの大群。こっちとしても、それはそれでありがたい。なにしろ明確な敵ができれば、くだらない仲間割れも収まってくれるかも知れないからな」
全員の顔を見回す。彼らはそもそもクジョウがやって来た理由を知らない。唐突に現れた男を大人げなく威嚇しているだけ。
カウンターの男が一人の改造人間に目線で合図を送る。それからクジョウに向き直った。合図を受けた男は店の奥へと消えていった。
「待ってくれ。今、マダムを呼びに行った。仲間割れって言ったな、どうも渋谷辺りがきな臭いって噂だが……」
「まあな。マダムは奥か? 彼女が来てから話すよ。彼女の側近なら、お前たちにも動いてもらわないといけない」
「じゃあ、一番奥の席だ。マダムはそこにしか座らない」
クジョウは狭い喫茶店の奥で、殺気立った改造人間たちを束ねる女傑を待った。
改造人間と一口に言っても、その種類は多様である。多くの改造人間は、改造人間の祖と言われる緑川博士の技術から作り出されている。
だが、例外もある。宇宙人の技術、古代の魔法、異次元の意志。そんな現在でも解明されていない謎理論から生まれた改造人間もいる。
この街で『ホワイト』をまとめている『マダム・クリマー』もその一人。いまだに彼女の経歴には謎が多かった。
分かってる事は、彼女が『シロヘビ』の改造人間である事。学名『エラフェ・クリマコホラ・エフ・アルビノ』の霊力を宿した女性。
厳密に言えば改造されている訳ではない。ただ細かい分類に応じた呼称が無いだけ。だから彼女も『シロヘビ』の改造人間と呼ばれている。
待つ事、数分。奥へマダムを呼びに行った男が戻ってきた。どこか情けない表情を浮かべている。カウンターの男が尋ねる。
「おい、マダムはどうした?」
「いや、まだ寝てて……。一応、顔くらい洗ってくれって言ったんだけど……」
その男を押しのけて、一人の女性が奥から現れた。
「もー、なんでこんな時間に来てんのお。今、何時だと思ってんのよお」
「マダム、昼です。普通なら起きてます」
「アタシはついさっき寝たの! ぶっちゃけ眠いの!」
「でも、あの男がマダムの指輪を持ってて……」
「は? アタシ、指輪なんて持ってないけど……」
現れたのは寝ぼけた顔の女性。顔立ちは整っている。化粧をすれば妖艶な美女に化けるかも知れない。だが、今は寝ぼけた顔と寝癖でボサボサの髪、そして着ている服は緑色のジャージ。縫い付けられたボロボロの名札には『3-B ナカタ』と書かれている。
クジョウは頭を抱えた。『バカばっかりだ……』、そう思わずにいられなかった。
カウンターの男とマダムが言葉を交わす。ようやく目が覚めてきたマダムが訝しげにクジョウを見つめている。
ゴシゴシと手で目元をこすり、そして手ぐしで髪を整えながらクジョウの待つ席へ。
「アンタが『東ヒー』の人? 確かクジョウっていう怪人崩れがいるって聞いた事はあったけど、それがアンタね」
マダムの言葉に全員の緊張がほぐれる。その中の一人が言った。
「おいおい、兄ちゃん。アンタも改造人間なら、そう言ってくれよ」
カウンターの男もどこか親しみを感じる笑顔を向ける。
「なんか飲むかい? まあ、仕事で来たんだろうから酒はマズいだろうけど」
クジョウは少し意表を突かれた。彼らの改造人間に対する仲間意識は思いのほか強かった。それでもマダムの目は警戒の色が残る。
「それで、なにしに来たの? アタシの指輪を持ってくるくらいなんだ、とんでもない厄介事を押しつけようってんだろ?」
***
話し合う事、数十分。クジョウはこれまでの経緯を説明した。戦隊派とライダー派の衝突。既に死者まで出ている事。そして、その鎮圧に『ホワイト』の手を借りたいという依頼。
「アンタら、バカなんじゃないの? 戦隊とライダーがぶつかるだけでも厄介なのに、そこにアタシらまで放りこんでどうすんの?」
予想外の正論にクジョウは苦笑いを浮かべる。彼女の言い分は正しい。事実、『東ヒー』内部でもそう主張している者は多い。
「怯えてるんだ、ドイツもコイツも。だから過剰な反応をしちまう」
「はあ、力の衝突を力で止めようって訳ね……。余計酷くなるって考えなかった?」
「上司の命令には逆らえなくてね。まあ、責任とるのは俺じゃない」
「アンタ、結構悪い奴だね。前はどこの結社にいたの?」
「…………アルルカンだ。怪人としては活動しなかった」
「へえ、有名どころだねえ。なんで活動しなかったの?」
「俺は失敗作でね」
マダムの表情が曇る。そのまま目を伏せて一言つぶやいた。
「ああ、ゴメンね……」
彼女は『失敗作』の一言で多くの事を察してくれた。
「でもさ、こうして『東ヒー』で働いてるんなら、まだマシじゃない。他の『失敗作』に比べたら幸せ者だよ、アンタ」
他の失敗作。クジョウもそれについては多くを知らない。それを察したマダムが言った。
「見に行くかい? 知っておくべきだよ、アンタも」
マダムは席を立った。クジョウもそれにつられて立ち上がる。その後、待つ事三十分。髪を整え、化粧をほどこし、薄汚れたジャージから白いブラウスと黒い皮のタイトスカートに着替えた、見事なほど妖艶な美女へと化けたマダム・クリマーと共に、クジョウは怪人の墓場へと向かった。
***
改造人間と怪人。本質的にはほぼ同じ。広義の意味で人間を超越した者が改造人間と呼ばれ、その中で悪に堕ちた者が怪人と呼ばれる。
科学技術の産物であるクジョウも、そして超自然の力を宿したマダムも、どちらも改造人間に分類され、そしてどちらも怪人と呼ばれていた。
しかし怪人と呼ばれる者の中で、その呼称を受け入れている者は少ない。
クジョウはアルルカンという組織によって改造手術を受けているが、手術は失敗に終わり組織から狙われる羽目になった。
厳密に言えば、クジョウは悪の秘密結社の構成員ではない。誘拐され、そして無理矢理手術を受けた人間。したがって本来なら怪人とは呼ばれないはず。
「だけどアンタはアルルカンで手術を受けた。それだけで『怪人』呼ばわりされちゃってる訳ね」
墨田区から歩いて葛飾区へ。目的地は小菅にある東京拘置所。クジョウとマダムの二人はそこに向かっていた。
「結局のところ、正義のヒーローに属していなけりゃ、全部悪党だ。俺はなにもしちゃいないのにな」
「まあ、アタシは悪い事、結構やって来たからねえ。怪人って呼ばれるのも仕方がないけど」
マダムはなぜかクジョウに心を開いているように見えた。打ち解けたように見えるマダムにクジョウは尋ねた。
「そう言えば疑問があった。どうしてマダムは『ホワイト』のトップに立ってる? 正直、そのままでは強そうにも見えない」
「あはははは、ハッキリ言うねえ。うん、変身しなけりゃアタシはただの美人だからねえ。なんでだろうね、他の連中がアタシを支えてくれるのは……」
改造人間には固定型と可変型がある。クジョウとマダムは共に可変型。普通なら固定型よりも弱い。
「でもね、強さだけじゃどうにもならないって事だよ。たとえば固定型は強いよ。でも、知能がドンドン下がっていくでしょ。強いだけじゃ狂犬と一緒。駆除されて終わり」
『ホワイト』の組織構成は変身できる可変型が上位に立ち、そして知能で劣る固定型が戦闘員扱いになっている。
「固定型は時間が経つほどに知能が衰えていくし、それにともなって凶暴になっていくだろ? そんな連中をなんとかしつけてやるには、力だけじゃ無理なんだよ」
『ホワイト』の構成員には定期的に『変身アイテム』が貸し出される。ただし恒久的な所持は認めていない。一時的に変身アイテムを身につけていても、貸出期間が終われば返却を求められる。
可変型が派閥を作り、権力を手にする事を避けるための処置。変身アイテムが貸し出された可変型は一時的に『ホワイト』の上位に立つが、返却すればその地位からおりる事になる。
その中で、変身アイテムが貸し出されていないマダムが、『ホワイト』のトップであり続けているのは不自然な事だった。
***
ゴリゴリカレー店内。相変わらずネット工作を続けるハセガワと、すっかり飽きてしまい動画サイトで暇を潰しているローラさん。ヨシダさんは近所のドンキーへ買い物に行っていた。
「そう言えばローラさん。ローラさんって他の改造人間の知り合いっていないんすか?」
「あ? ああ、どうかな……。みんな死んだんじゃないかな」
「いきなり重いっすね。いや、ゴリゴリ団って改造人間ローラさん一人じゃないっすか。ここら辺で戦力の増強とかできないかなって」
「ああ、そういう事ね。まあ、無理だな」
「即答っすか!?」
「昔のゴリゴリ団でも改造人間っていたんだよ。だけどな、保健所に引き取ってもらった……。うちじゃ面倒見れなくなったから」
「もう完全に大型のペット扱いっすね。面倒見れなくなったってどういう意味っすか?」
「俺は大丈夫みたいだけどな、改造人間って段々頭がおかしくなっていくんだよ」
「その言い方だと、ローラさんの頭は大丈夫みたいに聞こえるっす」
「その言い方だと、俺の頭は大丈夫じゃないって聞こえるんだが……」
「まあ、それはいいとして、頭がおかしくなった改造人間ってどうなるんすか?」
「確か小菅にある東京拘置所に拘禁されるんじゃなかったかな」
「そこに頭がおかしくなった改造人間が閉じ込められてんすか……」
「食えなくなったヒーローが看守やってる区画があってな……。まあ、お前は知らなくていいよ」
「いや、自分もローラさんの面会に行く事があるかも知れないっす」
「お前、ふざけんなよ!」
ローラさんとハセガワは相変わらずくだらない話を続けている。一方その頃、ヨシダさんはドンキーのパーティーグッズ売り場で悩んでいた。
『ローラさんはハリセンがお気に入りなんですよね……、でもやっぱりハリセンはダメです。いや、でも鉄製のハリセンとか作れば……。いやいや、ハリセン持った怪人なんておかしいですよ』
どこまでもローラさんには甘いヨシダさん。この後、彼女は決心する。ローラさん専用ハリセン、『ゴリセン』の開発を依頼する事を。
『でもお高いんでしょうね……。お金、足りるかな……』
既にクジョウから受け取った資金は残りわずかだった。




