第十七話 ミツオさん、出番ですよ
渋谷区道玄坂。ラブホテル街の路上にライダーが横たわっている。それも五人。少し離れた場所に駐められているファミリーカーからそれを見つめるゴリゴリ団。
「それにしても弱かったな、アイツら。あの中に改造人間っていたの?」
「三人目ですね。あの跳び蹴りしてきた人です」
「ああ、そっか。アイツ、俺の身長くらい跳び上がってたもんな。でも弱かったな」
「あんま弱かった、弱かったって言っちゃ可哀想っす。ローラさんがゴリラ過ぎるんすよ」
「ゴリラ過ぎるってなに? そこは『強すぎる』じゃないのか?」
「待ってください。ミツオ君が来ました」
「オッケーっす。じゃあ、自分ちょっと行ってきます」
以前、ローラさんがミツオ率いる素人戦隊をぶちのめしたのと同じ場所。そこに今回はライダーが横たわっている。幸い、襲撃時に目撃者はいなかった。しかし、時間が経てばそこに当然通行人もやって来る。
複数の通行人が倒れているライダーを見かけ、その内の一人は通報までしてしまった。警察、あるいは救急車がやって来るまで恐らく五分程度。
その時間内にミツオが来なければ予定が狂ってしまうはずだった。しかし彼はやって来た。思いの外、時間を守る人間だったようだ。
ほんの数日前、自分が痛めつけられた場所に呼び出されたミツオ。呼び出した『ゴリーヌ』と名乗る女性に真意も分からないまま、彼にとっては忌まわしい場所へとやって来た。
そして彼が目にするのは倒されたライダーの姿。通行人の一人がライダーたちを介抱していた。
『なんだ、これ……。一体なにがあったんだ?』
ミツオは私服だった。さすがに意味もなくヒーローのコスチュームは身につけない。それだけにミツオは誰の目にも『一般人』だった。
その一般人に向かってやって来る一人の幼女。長い銀髪がやたらと目立つ小さな女の子。それが一般人のはずのミツオにスマホを構えて声を弾ませる。
「すんません。写メ撮っていいっすか? 自分、見てたっすよ。凄い格好良かったっす」
唐突な幼女の言葉に絶句するミツオ。通行人も、そしてライダーを介抱していた人も、一斉にミツオに目を向ける。
「ちょっと待ってくれ。君、なに言ってんの? 俺はたった今、ここに来たばかりで……」
幼女はにこやかに、そして執拗にミツオを追い込む。
「もう変身解いちゃったんすか? できたらもう一回変身して欲しいっす」
周囲の視線がミツオを刺す。
「君がやったのか? どうしてライダーたちにこんな事を……」
倒れたライダーの瞳孔や脈拍を確認していた善良な市民は、ミツオに対して非難の声を上げた。狼狽するミツオは幼女に目を向ける。そこには可愛らしい顔とは不釣り合いな、感じ悪い笑顔を浮かべた幼女がいた。たとえるなら『ヒッヒッヒッ』という笑い方が似合いそうな笑顔。
「じゃー、写メ撮るっす。ポーズお願いしまーす。あと、目線もプリーズっす」
通行人が幼女に声をかける。幼女が見た事を知りたくて、野次馬が彼女の元に集まってくる。
「いやー、凄かったんすよ。あのライダーたちがこの辺りで暴れてたんすよ。ラブホから出てくるカップルを威嚇したりして。そこにあの人が現れて、あっという間にライダーたちをボコッちゃったっす」
一〇〇パーセント作り話。訳も分からず狼狽するミツオ。そして妙に納得したような通行人。
「そう言えばさ、最近多いよな。ヒーローたちの乱闘とか……」
「このライダーたちってさ、朝からこの辺ブラブラしてたんだよな。目立つから気になってたんだけどさ。あっ! じゃあ、この人がライダーを退治してくれたの?」
幼女は笑顔で応える。
「そうっす。格好良かったっす!」
「へえ、凄いね。君もヒーローなの?」
「いや、それにしたってやり過ぎだよ。一人死にかけてるよ。まあ、救急車呼んだから大丈夫だと思うけど……」
幼女の言葉に称賛と非難が巻き起こる。そしてミツオは考えるのをやめた。彼もさすがに気が付いた。自分がはめられている事に。
「じゃー、ポーズお願いしまーす」
何事もなかったようにスマホを構える幼女。同じように野次馬もスマホを取り出す。呆然と立ち尽くすミツオを、なにも知らない野次馬はこぞって撮影した。
ミツオは自分のスマホの着信音で我に返る。自分を撮影する野次馬を制したいのはやまやまだが、誰がなんのために自分を陥れようとしているのかが分からない。そこに恐怖を感じていた。
辺りを忙しなく見回してから、ミツオは現実逃避するようにスマホを取り出す。そこにはメールの着信を知らせるアイコンが表示されていた。
『このまま立ち去ってください。追って連絡します』
ゴリーヌからのメール。スマホを見つめている間に幼女は消えていた。それでも野次馬たちは撮影を続けている。
道玄坂の喧噪に紛れる音。どこかのタレントの記者会見を思わせるほど、立て続けに響き渡るスマホのシャッター音。そして逃げ出すように駆けだしたミツオが、堪えきれず吐き出した叫び声。近付いてくる緊急車両のサイレン。
その音に興味を持った者もいた、だがすぐに別の事に関心は移っていく。道玄坂の喧噪の中では、そんな音も日常に過ぎなかったから。
そんな日常を彩る音の中で、静かに走り去るファミリーカーのエンジン音に興味を持った者は誰もいなかった。
***
「さあ、早速拠点に戻ってネット工作を始めましょう」
ヨシダさんがウキウキしながらハンドルを握っている。
「なんか嬉しそうだね。とりあえず安全運転でね」
どこか心配そうにヨシダさんを見つめるローラさん。付き合いの長いローラさんですら、ちょっと引くほどのテンションのヨシダさん。
「自分もいい仕事したっす。でも通行人が思ったよりも増えちゃったっす。あのバカ、来るのが少し遅かったっすね」
「まあ、その辺も含めて利用していきましょう。あの野次馬もみんな撮影してましたし、もしかしたら私たちよりも話を盛り上げてくれるかも知れませんよ」
「自分らだけでやるよりは効率がいいかも知んないっすね、確かに」
***
この日から、ネットを中心に新しいヒーローが語られるようになった。名前は『ライダー・イーター』、ミツオ自身がそう名乗ったという事になっている。その名前は明らかに宣戦布告だった。
蒲田の街でビリオン・ライダーがつぶやく。
「クソガキが、死にたいらしいな……」
ビルダーレッドが苦悩する。
「ミツオ……、お前一体どうしちまったんだ……」
その頃、ミツオは震えていた。自宅に戻る事もできず、都内某所のネットカフェで一人泣きながら震えていた。
***
「きっとミツオ君、今頃大喜びですね。憧れのヒーローになれたんですから」
ゴリゴリ団の女幹部に人の心など無かった。帰りにドンキーで買い物してから拠点に戻った三人は、早速ネット工作の準備を始めていた。
「俺も手伝うけど、ちょっと待ってて。設定が上手くいかなくて……」
ローラさんは新しいタブレットを買ってもらってご満悦だった。嬉しそうに新しいタブレットの初期設定をしている。
「まあ、手数があった方がいいっすけど、もう凄いっすよ。ライダー・イーター、結構盛り上がってるっす」
三台のスマホを器用にいじりながらハセガワが言った。その内の一台をローラさんとヨシダさんに向けて画面を見せる。
スマホの画面は有名なSNSの中で『ライダー・イーター』の文字列を検索した結果が表示されていた。
「ちょっと貸してください。へえ、いいですね。もう盛り上がってますよ、『ライ・イー』」
「なにその略し方? そんな風に略すの?」
「すんません、ちょっとダサいっす」
「じゃあ、なんて略しますか。ラー・イーですか? 略称って結構大事ですよ。話題を盛り上げて、流行らせるなら使いやすい略称がないと」
「ネットじゃもう『Re』って略されてるっすね。これでいいんじゃないっすか」
「それで行きますか。じゃあ、ハセガワ君、盛り上げて行きましょう『Re:ミツオ』を」
「なんすか、それ? パクってるような、パクってないような」
「ミツオから始める異世界生活」
「ああ、パクってたんすね。別に異世界じゃねえっす。あと、ダサいっす」
「このタブレットいいわあ。ブラウザの起動が速い速い」
「ローラさん、話聞いてたっすか?」
ゴリゴリ団の三人はせっせとネット工作に明け暮れた。そしてミツオはライダー狩りの主犯として追われる身となった。
しかしミツオに追従する者も現れる。様々な理由でライダーに憤る者たちがミツオを称賛する。
『さあ、ミツオ君。貴方がリーダーです。『Re』として、彼らを率いてライダーに戦いを挑みましょう。貴方が戦う必要はありません。貴方の元に集うヒーローを指揮すればいいんです』
ヨシダさんがミツオにメールを送る。それを横から覗き込みながらローラさんがニヤリと笑う。
「じゃあ、俺はその中に紛れ込めばいいんだね?」
ヨシダさんも笑顔で応える。二人の満面の笑みに、ハセガワはドン引きしていた。
「これ……、ミツオ君、最後は死ぬパターンっすね……」
***
ゴリゴリ団のえげつない企みが進行している最中に、クジョウは東京都の東側、墨田区に来ていた。
墨田区で最も有名なランドマークと言える、東京スカイツリーを見上げながらクジョウは深く息を吐く。
これから『ホワイト』の連中がアジトとして使っている喫茶店へと向かわなければいけない。だが、クジョウは彼らを嫌っている。そして彼らもクジョウをこころよくは思っていない。
クジョウ・ナオトは改造人間だった。オラウータンの可変型改造人間。ただし現在は変身できない。ほとんどの可変型は変身の時にアイテムを必要とする。たとえば『変身ベルト』
クジョウの場合、それはブレスレットだった。だが、それも今は『東ヒー』が管理している。
「丸腰で獣と交渉か……。運が悪けりゃ、殺されるかもな」
クジョウは『東ヒー』の職員であり、そしてその手腕を認められてはいる。だが、白怪人である事実は消えない。
『東ヒー』の同僚の中には、彼を厄介者と蔑む者もいる。そして厄介者同士で話をまとめろとでも言うように、こうして檻に派遣された。
東京スカイツリーを眺めながら、クジョウは路地裏へと入っていく。そこは寂れた街。東京スカイツリーとその周辺は常に賑わっている。だが道路一本へだてれば、そこは東京スカイツリーに客を取られた商店街のなれの果てが広がる。
クジョウはその寂れた街の中にある、看板すら壊れている喫茶店へと辿り着いた。店名は読めない。看板のアチコチが割れている上に、薄汚れている。
傍目には営業しているようにすら見えないだろう。店先に窓はあるが、その窓も分厚いカーテンに閉ざされ中の様子はうかがえない。
喫茶店の扉の前で深呼吸を一つ。そしてドアノブに手をかける。平静を装って、ドアノブを回す。開いた扉の奥から、あからさまな殺意を感じながらクジョウは喫茶店へと踏み込んだ。
『ホワイト』はもちろん、白怪人すべてが『東ヒー』の管理下にある。だが、決して彼らは忠実な部下などではない。
『東ヒー』の職員に手を出せば、ヒーローの大群に追われるだけ。だから手を出さない。だが、彼らのプライドを傷つけた時はその限りではない。
喫茶店の中は異様な雰囲気だった。ありていに言えば、鬼畜の巣窟。喫茶店の中にいるどの顔を見ても殺気立っている事が分かる。明らかに歓迎されていない。店のカウンターにいる男が口を開く。
「坊や。店、間違えてないか」
ぶっきらぼうに一言だけ。だが彼らが来客を拒んでいる事くらいは良く分かる。クジョウは大きく息を吸って、できる限り明瞭に、そして力強く言った。
「東京都ヒーロー支援機構のクジョウだ。マダムに話がある。『マダム・クリマー』に」
店内の殺気が大きく膨れあがった。クジョウはあえて傲慢に振る舞う。見かけだけの礼儀正しさなんて意味がない。この場では力か知恵を示す必要がある。
そしてクジョウの『手札』はたった一つの指輪。クジョウはポケットの中のそれを指でもてあそびながら、『ホワイト』のトップに立つ女が現れるのを待った。




