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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第三章 ライダー・イーター
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第十六話 ライダーの死

 唐突な死。それは理不尽でも、不条理でもない。ごく普通の日常。誰だって死ぬし、今日も誰かが死んでいる。

 それでも死は重い。それが人に慕われていた者であればなおさらだった。


 マンティス・ライダーの死はあまりにも唐突で、あまりにも異常だった。パチンコ屋の駐車場での撲殺。しかも彼は変身した状態だった。

 不意を突かれた訳ではない。変身して、戦闘態勢に入った上での敗北。しかし疑問も残った。マンティス・ライダーは二十年も前に宿敵を打ち倒し、今は雑貨店の経営者に過ぎなかった。

 そんな人物がなぜ殺されたのか。様々な噂が流れた。新たな敵の出現、あるいはライダー同士の決闘。どれも憶測の域を出ていない。

 しかし、同じように憶測に過ぎないにもかかわらず、多くの者に信じられている噂があった。


『マンティス・ライダーは戦隊ヒーローに殺された』


     ***


「ローラさん、やり過ぎっす。さすがに殺しちゃマズいっす」


 ハセガワは朝のワイドショーを見ながら、ローラさんにツッコむ。


「ちょっと待って。なんで俺なの? 俺、昨日の夜は家から出てないよ」


 ローラさんがうろたえる。確かにローラさんは昨夜拠点を出ていない。ローラさんはヨシダさんに同意を求めたが、彼女はテレビに映し出されたマンティス・ライダーの名シーンから目を離さない。


「子供の頃、憧れてたんですよね。マンティス……。惜しい人を亡くしました……」


 そんなヨシダさんの言葉にローラさんがへそを曲げる。


「いや、ライダーだよ? 別に死んだっていいじゃん。むしろ殺す気で行こう、もうバンバン殺そう」


「なに、ふてくされてんすか。ゴリラがふてくされたって餌はもらえないっすよ」


 テレビでは夜に放送される追悼番組の予告が流れていた。早速録画しようとリモコンをいじるヨシダさん。それを見て、ローラさんはやはりへそを曲げている。


「いやな。ヒーローがああして死んだりすると、みんなやっぱり悲しむじゃん。だけどさ、俺らからしてみたら元から生き死にの勝負してた連中だからね。そりゃ死ぬよ。俺の知り合いだって何人も死んでるし、俺だって何度も死にかけてるよ」


「まあ、そうかも知れないっすね。確かに戦闘員とか怪人が何人死のうが、誰も気にしてないっすね」


「そうそう、そこが腹立つんだよ。俺がガキの頃な、下積みから始めないといけないから、改造手術受ける前は戦闘員やってたのよ。そん時もな、結構死んでんだよ、仲間が。俺なんて何回葬式出たか……」


「やっぱ葬式とかやるんすか……」


「当たり前だろ。お前な、戦闘員だって家族とかいるんだぞ」


「ああ、キツいっすね。そう考えるとライダーとか戦隊って外道っすね。毎週大量虐殺してるような感じっすか」


「そうそう。毎週な。そんでよ、もっと酷いのは怪人よ。ほら、怪人って改造手術受けてるけどよ、やっぱりその技術とかが極秘だったりすんのよ。だから毎週証拠隠滅のために爆破されんの。普通にキックとかで倒されても爆殺。怪人なんてベッドで静かに死ぬ事も許されないの」


「ああ、そう言えば昔の怪人って大体最後は爆発してたっすね。結構ムチャクチャっすね」


「葬式の時とか酷いぞ。俺の先輩で、ナマケモノ男って怪人がいたんだよ」


「仕事しなさそうっすね」


「いや、結構熱血漢って感じでな。仕事に情熱を持ってて、働き者だったよ」


「もう意味が分からないっす」


「いや、その人が倒された時もな、最後は爆発よ。病院連れてったら助かったんじゃないかな。だけど爆発。いい人でさ、戦闘員のみんなも泣いてたよ、あの時は」


 しみじみと語るローラさん。夜の追悼番組の録画予約を済ませたヨシダさんも話に耳を傾けていた。


「そんで葬式だよ。まず遺体がない。棺桶が空っぽだよ。そんで遺影もない。当時の結社が写真くれなかったからよ。だから代わりに動物園に行ってナマケモノの写真撮ってな」


「不謹慎っすけど、それ動物の葬式になってるっすね。ペット葬っす、完全に」


     ***


 江戸川区葛西。クジョウは自室のパソコンの前で苦渋に満ちた顔をしている。パソコンにつながっているヘッドホンを装着して、現在のローラさんたちの会話を盗み聞きしていた。

 彼らに提供した拠点。その内部は盗聴器と隠しカメラだらけだった。盗聴器は店の外にある中継器を通してクジョウのパソコンへと音声を送る。それはすべて録音されている。そして監視カメラの映像も。

 クジョウは現在の会話を盗み聞きしながらも、監視カメラの映像を過去にさかのぼって確認していた。

 監視カメラの映像を見た限りでは、確かにローラさんは昨夜、拠点を離れていない。


『アイツの仕業じゃないのか……、じゃあ、一体誰が……』


 マンティス・ライダーの死は、『東ヒー』にパニックをもたらしていた。彼らはマンティス襲撃を戦隊ヒーローだと決めつけていた。そしてヒーロー同士の戦争に震えた。

 マンティスの死が明らかになった直後、蒲田を拠点にするビリオン・ライダーが声明を発表した。


『マンティスの悲劇を乗り越えるために、我々は結束する。そして必ず報復する』


 その短い声明にライダーたちは喝采をあげた。犯人はいまだ不明。にもかかわらずライダーたちは戦闘態勢に入った。

 そして『東ヒー』は『ホワイト』を介入させる事を決定した。クジョウの仕事は『ホワイト』の出撃メンバーの選別。さすがに『ホワイト』の総力を渋谷に投入する訳にはいかない。

 まるで戦争前夜の様相。クジョウに限った話ではなく、ヒーローと彼らを支援する者はこれから始まる惨劇を予想して震えた。


 クジョウは盗み聞きを継続していた。『ホワイト』の連中に会うのはいつでもいい。どうせアイツらは獣みたいな連中だ。本部には『捕まらなかった』とでも言っておけばいい。

 だが、ゴリラがこの件に絡んでいないのなら、これ以上三人のバカの会話を聞き続けているのも不毛に思えていた。そんな時、ヨシダさんの言葉にクジョウは息を呑む。


『でもマンティスさんって独力で悪の秘密結社を壊滅させた人ですよね。そんな人を撲殺できるヒーローってかなり限られてくるんじゃないですかね。強くて、なおかつ戦う手段が素手か鈍器のヒーロー。今度、クジョウさんに聞いてみますね』


 その言葉にクジョウは考えを巡らせた。確かにマンティスは引退したロートルだ。だが、それでも改造人間だ。しかも撲殺された時は変身もしていた。そんなヤツを倒せるほどの存在……。


『マンティスの力が全盛期からどれだけ衰えているかだな……。もしも全盛期からそれほど衰えていないとすれば…………。それに戦闘スタイルか……、あの女、ただのバカじゃないな。素手か鈍器、そんな戦い方をするのは……』


 クジョウの頭に思い浮かんだのは二人。ビルダーレッドとビリオン・ライダー。クジョウはその両者とも面識がある。

 クジョウはヘッドホンを外し、そして出かける準備を始めた。


『これ以上推測を重ねても意味がないな。どうせ『東ヒー』は犯人捜しをしないだろう。犯人がヒーローである事が分かったら、その時点でヤツらは沈黙する』


 それが結論だった。クジョウの予想通り、マンティス殺しの容疑者はかなり絞られている。それでも『東ヒー』は動いていなかった。


『さて、確か獣たちの頭領は、あのヘビ女だったな……。面倒な相手だ』


 クジョウは考えるのをやめて、職務に戻った。クジョウの自宅は東京の東側。『東ヒー』が檻と呼ぶエリアで彼は暮らしていた。

 ごく普通のマンションを出て、ごく普通の街並みの雑踏に紛れてクジョウは歩く。街はいたって平穏だった。ごく普通に暮らす一般市民の中に、戦争が近い事を知っている者はいない。


     ***


「じゃあ、マンティスの話はもういいや。俺たちに関係なさそうだし。あとさ、アレはどうなったの? 確かミツオとかいうヤツ」


 ミツオの名前が出た瞬間、ヨシダさんは不敵な笑みを浮かべた。そして応える。


「驚かないで聞いてください。実は……、忘れてました」


「なんで!? ソイツを利用してなんかやらかすんじゃなかったの?」


「いえ、ハリセンとかマンティスの話があって、すっかり忘れてました。そう言えば、メールは来てたんですよ。私たちに協力する気みたいです」


「なんか適当っすね。これからどうすんすか?」


「そうですね。やっぱり予定通りにやっていこうと思っています。ただマンティスの一件でライダーたちも警戒していると思うんですよね」


「そんなのはどうでもいいよ。こうしてテレビ見てんのも退屈だし」


 思わずハセガワは吹き出してしまう。退屈しのぎにヒーロー狩り。まったく悪の秘密結社はやる事がえげつない。


「じゃあ、行きましょうか。今日はライダーを最低一人は血祭りにします」


「一人でいいの? ハリセン使っていい?」


「一人でいいんです。ハリセンはダメです」


 ヨシダさんはスマホでメールを送る。場所を指定して、ミツオを呼び出すために。


     ***


 潰すライダーは一人で十分だった。だが、考えが甘かった。マンティスが殺された翌日とあって、単独行動が多いと言われるライダーたちも今日は徒党を組んでいた。

 標的は渋谷周辺を徘徊しているライダー。ぶっちゃけ誰でもよかった。ただ前回同様、目撃者がいてはいけない。


「じゃあ、アレにしよ。ライダーが五人。どれも大した事なさそうだけど」


 再び道玄坂。ラブホテルの看板が並ぶ様も既に見慣れた光景に思えた。今回のレンタカーは軽自動車のファミリーカー。ローラさんは後部座席でぬいぐるみのフリ。器用に口元を動かさずに話をしている。


「ちょっと待ってくださいね。一応、確認してますから。うん、そうですね。確かに大した事はなさそうです。あ……、でも一人だけ改造人間がいますね」


「ローラさん、大丈夫っすか。こないだの素人とは訳が違うっすよ」


「ゴメン、ちょっと待って。お前ら、俺も改造人間って忘れてない? もしかしたらマジゴリラだと思ってない?」


 ヨシダさんとハセガワは揃ってローラさんから目をそらした。


「もういいや、とりあえずさっさと片付けてくるから」


 ローラさんは若干ふてくされながらファミリーカーから降りた。そして当たり前のようにラブホテル街を歩き、ライダーの集団へと近付いていく。

 ライダーの一人がローラさんに気付き、そして声を上げた。


「おいっ! お前ら、気をつけろ! イエローだ!」


「イエロー!? どうしてこんなところに?」


「俺たちを殺りに来たって訳か。一人で来るなんて舐めやがって……」


「すげえ、マジでゴリラと見分けがつかねえ」


「東京ってすんげえなぁ。街中にゴリラ歩いてんのか……」


 五人のライダーが一人ずつ口を開く。だが、その後が続かない。五人全員に緊張が走る。その五人を前にどこか気の抜けた態度のローラさん。後ろを振り返りファミリーカーのヨシダさんに視線を送る。


『コイツら、誰かと間違えてないか……。イエローって誰? 戦隊でイエローなんて死ぬほどいるだろ……』


 ヨシダさんに声をかけようかと思ったが、当のヨシダさんは他人のフリをしている。当たり前だが、ここでローラさんの仲間だとバレる訳にはいかない。

 だがライダー五人と相対するゴリラを前に、無関心を装うのはかなり無理があった。


「おいっ! なんだアイツら? オマエの仲間か?」


 一人目のライダーはそこで終了。ライダーがヨシダさんを指差した瞬間に手加減抜きのゴリラビンタ。ビンタの衝撃でヘルメットが砕け、空中で二回転したライダーがアスファルトに崩れ落ちる。

 さすがのローラさんも自分の不手際を反省する。不用意にヨシダさんに目を向けたせいで、ライダーの注意が彼女にも向いてしまった。

 一人目を瞬殺したローラさんは完全に本気モードだった。反省したゴリラは強い。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。もう帰るよ、渋谷にはもう来ねえ、それでいいだろ」


 残ったライダーがいきなりの撤退宣言。それでもゴリラは止まらない。


「ほぉぁあああああっ!」


 ローラさんの謎の奇声。咆哮と言うべきだが、どこか間が抜けている。叫びながらの前蹴り。二人目が胸部のプロテクターだった破片を撒き散らしながら吹き飛んだ。


「ラ、ライダーキック!」


 動揺しつつも三人目のライダーが反撃した。ローラさんの顔面に向かって跳び蹴りを放つ。


「あ!?」


 ローラさんは襲い来るライダーの足を無造作に掴んだ。空中で固定されるライダーの足。もちろん勢いまで止まる訳ではない。勢いのまま、自分の膝で顔面を強打するライダー。それでも足を放さないローラさん。ライダーはそのまま地面に頭を打ちつけた。

 ローラさんは一歩前に踏み出す。足下で呻き声を上げるライダーの頭部を踏みつけながら、残り二人のライダーを睨みつける。


 既に二人のライダーに戦意はなかった。だがローラさんは再び奇声を上げる。そして哀れなヒーローを蹂躙した。

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