第十五話 ヒーローに向いていない男
件名 :秘密の戦隊を結成しませんか?
差出人:ゴリーヌ・ゴリノビッチ
初めまして。ゴリーヌ・ゴリノビッチと申します。もちろん偽名です。訳あって今は素性をお教えする事ができません。
現在、私たちはライダー・ファンデーション内で予定されている『オークション』に大きな憂慮を抱えております。この様な行為を果たして見過ごしてもいいのでしょうか? そしてその行為から始まるであろう彼らの暴走を許してもいいのでしょうか?
私たちはそれを禁忌と知りながら、ライダー派の暴走を防ぐために行動を起こしたいと思っています。つきましてはこの抗争の引き金となった貴方にも、汚名をそそぐ機会を提供したいと思います。
貴方の軽率な行動から始まった一連の混乱を収めるためにも、ぜひ私たちに協力してください。
また、私たちの行動は決して賛同を得られない事だと理解しております。そのため、すべての行動を秘匿して実行する方針です。このメールについても、他言なさらないようにお願いします。
貴方のヒーローとしての誠実さと不屈の精神に心から期待しています。
***
『なんだ、これ……』
メールを読んだ最初の感想はその一言だった。ミツオはスマホの画面をまだ見つめている。
『オークションってなんだ……。いや、それより俺の軽率な行動ってどういう意味……』
ミツオはスマホの画面を凝視したまま動かない。そのミツオの様子を見ていた男が、苛立った様子でジムから顔を出した。
「おいっ! ミツオ君、なにやってんだよ。レッドさん、ずっと待ってんだぞ!」
声をかけてきたのはミツオと同じようにビルダーファイブに面倒を見てもらっているヒーローの一人。今日はヒーローとしてではなく、ジムの会員としてトレーニングに来ていた。
「レッドさんに呼び出されてんだろ? なんで急いで来ないんだよ」
ミツオは愛想笑いを浮かべて適当に調子を合わせた。頭の中はいまだに混乱したままだったが。
ミツオはジムに入る。あまり広くはないトレーニングジム。ミツオがビルダーレッドを見つける前に、そのビルダーレッドから声をかけられる。
「おう、ミツオ。やっと入ってきたか。ジムの前で突っ立ってるからどうしたのかと思ったよ。ちょっと待っててくれ、もう一セットやってから話をしよう」
ビルダーレッドはミツオに笑顔を向けながら、異常に大きいダンベルを握っている。ベンチに右手と右膝を乗せて、左手に持ったダンベルを腕の力だけで引き揚げる。それを延々と繰り返していたようだ。
ミツオは少し怯えながらそのトレーニングを見つめる。自分では両手でも持ち上げられないようなダンベルを片腕で何度も引き揚げる様を見て、ミツオは自分の無力さを思い知る。自分にもしもこれだけの力があれば、そう思わずにはいられなかった。
「さて、午前中はこれくらいにしておこうかな。ははっ、悪いな。待っている間、暇だったからトレーニング始めちまった」
ビルダーレッドは明るく笑う。その笑みに卑屈な笑顔で応えるミツオ。そのままビルダーレッドにうながされて、ミツオは奥のスタッフルームへ。
スタッフルームは狭い事務所。本来ならミツオでもあまり入る事はない。スタッフルームにはゴリラっぽい男と事務員の女性がいた。
ゴリラっぽい男は部屋の奥にあるソファーで、正体も定かではない謎のどんぶりを食べていた。事務員の女性は軽く会釈をした後、そのまま事務員としての仕事を続けている。
ゴリラっぽい男が手招きをしてミツオを呼ぶ。そしてジェスチャーで『そこに座れ』と自分の対面のソファーを指差す。そして口を開いた。
「うほ、うほ、うほほ」
呆れたようにビルダーレッドが声をかける。
「いや、イエロー。これ、結構真剣な話なんだよ」
イエローと呼ばれた男は、笑いながら姿勢を正す。
「ああ、そうだったな。まあ、俺のキャラだし、そこら辺は分かってくれよ」
ゴリラっぽい男は、ビルダーイエロー。あくまでゴリラっぽい男で、ゴリラではない。ただし、体型から顔までゴリラに激似ではあるが。
普段はジムの指導員。現在二十六歳、これまでの二十六年の人生の内、二十年間はあだ名が『ゴリラ』だった。そして残りの六年は『子ゴリラ』だった。
ビルダーレッドはイエローの隣に座り、そして姿勢を正した。真剣な目をミツオに向けて本題を切り出した。
「じゃあ、昨日の事、聞かせてくれるか」
それからの話し合いについて、ミツオが記憶している事はほとんどない。ただ目の前が歪み、そして悲鳴を上げたい気持ちで一杯だった。
自分は被害者だった。そのはずだった。道玄坂をヒーロー気取りでパトロールしていたら、突然背後からゴツいライダーがやって来た。バイクで自分たちを追い抜いた後、眼前に立ちはだかり、そしてあっという間に全員が倒された。そのはずだった。
「俺も動画は見たよ。お前たちがやられる直前のな。ただ目撃者の証言ってヤツがあってな、先に仕掛けたのはお前たちだって言われてるんだ」
目の前が暗くなる。そしてほんの数分前のメールを思い出す。
『貴方の軽率な行動から始まった一連の混乱を収めるためにも……』
ミツオは叫びたかった。『違う、俺たちじゃない』、だが声が出ない。座っているのに、足下がふらつく感覚がある。立っている訳じゃないのに、膝から崩れ落ちそうになる。
平衡感覚を失い、そしてビルダーレッドの声すら遠くに聞こえる。
「一体なにをしたんだ?」
なにもしていない。
「この件で戦隊派とライダー派が本格的にぶつかる事になるかも知れない」
俺はなにもしてない。
『お前がすべての原因だ』
そんな事は誰も言ってない。ただミツオは自分自身がそう責められているように感じた。気が付けば涙を流している。小さな声で『信じてください』とつぶやく。
ビルダーレッドは深く息を吐いて言った。
「分かった。お前を信じる。俺は人を疑うのが苦手なんだよ。だから信じるぞ、ミツオ」
ビルダーイエローはどんぶりからイカの足をつまみ上げた。それを口に放りこみ、そして二人のやりとりを穏やかな顔で眺める。
ミツオは心から安堵した。そしてビルダーレッドに対して改めて尊敬の念を抱く。自分にこれだけの度量があれば。そんな事を考えていた。
不意にさっきのメールを思い出す。唐突に送られてきたメール。秘密の戦隊への誘い。その事をビルダーレッドに相談するべきだろうか。ミツオは悩んだ。レッドは信頼できる、レッドなら俺の相談に乗ってくれる。そう思いながら、もう一つの思いが口を重くする。
ミツオの悩みまでは見通せないビルダーレッドは、ほんの少しだけミツオの背中を押してしまう。心からの善意で、引き金を引いた。
「ミツオ。お前はまだ未熟だ。俺が守ってやるよ。今度の件も、お前ははめられたのかも知れない。だから、俺たちに任せろ。なにも心配するな」
ビルダーレッドはミツオを元気づけようとした。目の前で涙を流しながら無実を訴える後輩を、彼は見捨てる事ができなかった。そんなビルダーレッドの思いに対して、ミツオはこう思った。
『俺は……、この人に認めてもらいたい』
未熟だ、守ってやる、任せろ、心配するな。そんな言葉がミツオを打ちのめす。そして最後にもう一撃。
「ミツオ。お前、しばらくヒーロー活動はやめておけ。とりあえずほとぼりが冷めるまでな」
数分後、ミツオはビルダーレッドに礼を言ってジムを後にした。そして歩きながらスマホを取りだして、もう一度メールを読む。
『自分の不始末は、自分でけりをつける』
ミツオは覚悟を決めた。ヒーローであり続けたい男は、憧れの男から認めてもらいたい一心で暗闇に飛び込んだ。
***
一人のヒーローが闇へと堕ちた。正体も分からない謎の女性からの誘いを、悩んだ末に受け入れた。ミツオはメールを送る。自分にできる事があるのなら、なんでもやらせて欲しいと。
そんな自分の思いをしたためたメールは、わずか数秒でヨシダさんの元に届いた。だが、当のヨシダさんはそのメールの着信に気付いていなかった。
「ですから、なんでハリセンなんですか? もっといい武器だってあったでしょ」
どうでもいい話に全力だった。
「いや、なんかハリセンっていいよね。ロマンがあるよな、ハセガワ」
「え!? いや、こっちに振られても困るっす。確かに武器の中にハリセン入れといたの自分っすけど」
「そうですね。ハセガワ君、どうしてハリセンなんて買ってきたんですか? それも聞いておきましょう」
誰かの覚悟は見事に空回りしていた。東京の西は燃え上がり、南は混沌の中に沈んでいる。その事をゴリゴリ団の三人は気にもしていない。
「そう言えばさ、ヨシダさん。蒲田にライダーが集まってんのってなんだったの? クジョウとかから聞いてないの?」
「いえ、今はライダーよりもハリセンです。ライダーなんかどうでもいいです」
「身もふたもないっす」
「ええ、確かにクジョウさんに確認してみましたよ。蒲田にライダーが集まっているのは、彼らの内部抗争が始まりそうだからです。私も今朝知りました」
「ちょっと待って。それ大事な事じゃない?」
「ですがローラさん。考えてもみてください、これからライダーや戦隊と戦っていく上で、手持ちの武器が本当にハリセンでいいんですか?」
「すげえこだわってるっすね。ハリセンってそんなにダメっすか」
「ダメに決まってます。第一、見てください。昨日使ったハリセン、もうボロボロじゃないですか」
「いや、ドンキー行って新しいの買ってくるっすよ。すぐ行ってくるっす」
「だからちょっと待って。ライダーの内部抗争ってなに?」
「ローラさん、今はハリセンの話です」
「いや、一回落ち着こう。まず俺たちの目的ってなに? ライダーと戦隊をぶつける事だよね。そのライダーが内部でグチャグチャになってんなら……」
そこでローラさんは言葉を切った。ボロボロのハリセンをヨシダさんが握りしめている。ローラさんは思った、『ああ、これからしばかれるんだな……』
***
東京都大田区蒲田。駅からわずかに離れた場所の雑居ビル。その最上階に一人のライダーがいた。
黙々とパソコンのモニターを眺めて仕事をしているその男は、ビリオン・ライダーという。
メールのチェックを済ませて、急ぎの返信が必要なものだけ対応する。そしてそれが終わった後、男は豪華な椅子の上で大きく背伸びをした。
まるで男の仕事が終わるのを待っていたかのように電話が鳴る。少しばかりの休息が、これで無くなったと男はため息を一つ。男は不機嫌そうに電話を取った。
「ビリオンか? 今度のオークションについて、考え直してもらえたか?」
「ああ、アンタか。あのな、話し合いで済ませようってのはもう甘いよ。話し合いは何度もしたろ? でもアンタらは理解しなかった。じゃあ、しょうがないって事だよ」
「本気なのか? 本気でライダーを金でまとめようって言うのか?」
「人聞きが悪いな。アンタな、バッタにせよ、なんかよく分からんモンにせよ、金がなかったら食っていけないだろ。だから金のあるヤツが仕切ったらどうかって言ってんだよ。オークションなんて言い方すんな、金を一番出せるヤツがライダーの頭って事にしようって言ってんだよ」
「そんなヤツに誰がついて行くと思う、誰もお前になんか従わない」
「そんで、金のないアンタにも誰も従わない。だから戦隊どもに舐められる」
「…………あれはお前の仕業か……」
「人聞きが悪いな。このセリフ、二度目だぞ。第一、アレってなんだ? 渋谷で戦隊襲ったヤツの事か? アレなら俺も知らん。どっかのバカが面倒を起こしやがっただけだ。あのな、あんなのが好き勝手に暴れてんのも、オマエらがキッチリ組織まとめてないからだろ」
「組織……、そんなつもりじゃなかった……。そうだろ、俺たちはライダーだ。徒党を組む事なんてほとんどない。協力し合う事はあったよ、だけど組織として動く事なんてなかった。俺の力が足りていないのはよく分かってる。だからもう一度だけ……」
「おい、『カマキリ』。オマエ、いい加減にしろよ。もう終わりだ。オマエの時代じゃない」
「ビリオン! お前はヒーローじゃないのか! 俺たちの仲間じゃないのか! ライダーを束ねて、悪党の真似事でもするつもりか!」
「カマキリ、これで三度目だ。オマエ、『人聞きが悪いな』」
ビリオン・ライダーはそのまま電話を切った。何度か電話が鳴り響いたが、すべて無視した。
そして翌日、蒲田にある大型パチンコ店の駐車場でマンティス・ライダーの遺体が発見された。
ライダー・ファウンデーションの設立メンバーの一人で、現在も幹部を務めていたマンティスは無残に撲殺されていた。




