第十三話 その火は燃え広がっていく
ローラさんによる戦隊襲撃事件。その火は渋谷のラブホテル街から二つの場所へと燃え広がる。
一つはラブホテル街のすぐ近く。井の頭通りに面した商業施設の地下、『東ヒー』本部。本来なら帰宅しているはずの時間に、数名の職員が深刻そうに顔をつきあわせている。
「どうなってるんだ、一体……」
「これまでもヒーロー同士のいさかいはありましたけど、さすがに今回のはマズいかも知れませんね……」
職員たちはパソコンのモニターに表示された動画を繰り返し見ている。ゴツいライダーが戦隊を次々と倒していく映像。
無駄に高画質な動画は状況を細部まで雄弁に語る。
「このコスチューム、手作りですよね。ちょっと雑な作りと言うか……」
「なあ、あのスクーターのナンバープレート見てみろ。見覚えないか?」
「ヒーローに貸し出していた備品の一つです。書類上ではヒーローから返却された後、倉庫にしまわれていたはずです。念の為、確認してきましたが倉庫から消えていました」
「なあ、この水着の女……、しょんべん漏らしてないか?」
「大変ですよ。本人が『動画を消してくれ』って泣いてます」
「いや、無理だろ、それ。そんな事よりこのライダー、恐ろしく強いな…………」
「まるで本気を出してませんね。それにこの体型……、類人猿系の怪人に見えませんか?」
「怪人がライダーのフリをして戦隊を襲撃? ありえんだろ、それは。なんの意味がある?」
「多分、単にゴツくて足が短いってだけですよ。ビルダーイエローもこんな体型してますし」
「まあ、アイツら全員ゴリラみたいなもんだしな」
動画は繰り返し再生されている。細部まで観察し、情報を得ようとしている。軽口を叩いているが、全員が事態の深刻さを理解していた。
ヒーロー同士のいさかいは珍しくない。ただこの数ヶ月であまりにも頻発するようになっていた。特に渋谷は深刻だった。『東ヒー』の本部があり、そして繁華街でもある。必然的にヒーローが集まってくる。
ましてや観光名所やパワースポットとしても名高い明治神宮周辺の騒動は隠蔽する事も不可能だった。
その上、今回はいさかいの現場が動画で配信されてしまった。模倣するライダーや、報復を考える戦隊が現れても不思議ではない。
「とにかくこれ以上の騒動は自重するように、全ヒーローに通達してくれ」
「腕の立つヒーローほど、言う事を聞きませんけどね……」
「最悪の場合……、『ホワイト』の連中を呼ぶしかない」
白怪人の自警団『ホワイト』。基本的には白怪人は『東ヒー』の管理下に置かれているが、扱いづらい上に一般市民やヒーローからの受けも悪い。それだけに一カ所に集めて隔離しているような状態が続いていた。
結果、彼らは結束を深めて、更に面倒な勢力へと成長していった。それが『ホワイト』。
「余計に悪化させてどうする!? 『ホワイト』は檻からだすな!」
東京の東側を檻と呼び、そして白怪人を蔑む。これまではそれで通った。トラブルが起きていない内は、些細な事だと思われてきた。所詮は怪人、管理するのが当然。そう思われてきた。
それも平和だった頃の話。火は更に燃え広がっていく。
***
東京都中野区。サブカルの聖地と言われる事もある中野ブロードウェイのすぐ近く。そこにビルダーファイブの拠点があった。ごく普通のトレーニングジム。風変わりな点と言えば、入り口にデカデカとビルダーファイブのポスターが貼られているくらい。
少なくとも地元の人間は、そこがビルダーファイブの拠点だとよく知っている。メジャーマンほどの人気はないが、それでも彼らを一目見ようとやって来るファンも多い。
トレーニングジムは営業時間が終わっていた。大手のジムと違い、そこは深夜の営業などしていない。その一般客のいないジムでビルダーレッドは部下からの報告を聞く。
「ミツオ君がやられました。ライダーらしいんですけど、正体は不明です。誰も見た事ないヤツです」
「ミツオは新しい仲間と一緒に新戦隊を立ち上げようとしていたって聞いたぞ。その連中はどうした?」
「全員やられたそうです……。少なくとも三人はもうヒーローを辞めると……」
「そうか……。彼らにも試練が訪れたという事だな。しかし、それを乗り越えてこそヒーローじゃないのか? 彼らが真のヒーローとして……」
「いや、自分らに言われても……」
控えめだが食い気味にツッコむ部下。彼らのほとんどは現役のヒーローだが、ミツオと同様にビルダーファイブの配下としてセコく実績を稼いでいる連中。
ビルダーファイブのリーダー、ビルダーレッドには『組織を大きくしよう』とか『勢力を拡大しよう』という野心はない。純粋に街の平和と自己鍛錬を活動の目的としている。だが、その一方で面倒見のいいリーダーでもあり続けている。
そのため、ビルダーレッドの周囲には人が集まってくる。少しばかり暑苦しく面倒な性格ではあるが、彼を頼る者、彼に憧れる者は少しずつ増えていった。
そして現在。ビルダーファイブは戦隊ヒーローとしてはメジャーマンに次ぐ力を持つと言われる程の大勢力となっていた。
結束こそ緩いが、ビルダーレッドが号令をかければ都内のヒーローが大挙して集まる。一般受けを狙いすぎているメジャーマンは、その狙い通り一般人からは好かれているが、同じヒーローたちからは距離を置かれていた。
事実上、ビルダーファイブは戦隊ヒーローのまとめ役と言ってもいい立場に立っている。
そんなビルダーファイブのリーダー、ビルダーレッドは珍妙なアクセサリーを手でもてあそびながら深く息を吐く。
「それで相手は本当にライダーなのか? アイツらもヒーローだ、そう無茶な事はしないと信じていたが……」
「正直、まだ分かりません。これまでの活動実績がまったくないヤツなんです」
ビルダーレッドは眉をひそめる。
「新しくヒーローになったヤツか、それとも地方から出てきた田舎者か……。どちらにしても野放しにはできないな」
こうしてビルダーファイブの傘下は、ゴリライダーの捜索を始めた。それは当然、ライダーの縄張りへと踏み込んでいく事を意味している。
誰もヒーロー同士の戦いは望んでいない、今のところは。だが、やはり火の手は徐々に大きくなっていった。
***
そしてゴリゴリ団の拠点。部屋に引きこもったハセガワをよそにローラさんとヨシダさんの二人は出かける準備を始めていた。
「今度は訳の分からんライダーのフリはしなくていいんだよね?」
「はい、戦隊に見せかけようにも戦えるのがローラさん一人ですから。その代わり、なるべく姿を見られないようにして欲しいんです」
「ライダーごっこの後は、闇討ちか…………」
ローラさんのため息を無視して、ヨシダさんが真剣な顔で問いかける。
「ところでハセガワ君の事なんですけど……」
「ああ、アイツ部屋に逃げたな。まあ、いいんじゃない。別に来ても役に立たないし。今度は撮影係も要らないんでしょ?」
「…………気付いているんですよね、ハセガワ君の脳の事」
見た目は幼女、中身はオッサン。そうは言っても『中身』とはなんだろう。ハセガワの場合、それは『記憶』だった。幼女がオッサンの記憶を持っている。端的に言えば、ハセガワはそういう存在になりつつある。
「身体が幼女になった。それも突拍子もない話ですけど、問題は脳です。ハセガワ君の脳はオッサンの脳ですか、それとも幼女の脳ですか」
ハセガワは酒が呑めない。ただ以前のハセガワは違っていた。『彼』自身がそう言っている。だが『彼女』になって以来、酒は呑めなくなった。
単純に味覚も内臓もすべて幼い子供のものになってしまったから。そして脳もそうなりつつある。思考や話し方は三十代としては幼すぎた。
「別にあんな三十男、いくらでもいるよ」
「こんな時間に『おねむ』になっちゃう三十男も珍しくないですか?」
ハセガワは中身まで子供に近付いている。その事は付き合いの短いローラさんにも分かっていた。そしてハセガワ自身もそれに気が付いている。
ローラさんはノックもせずにハセガワの部屋のドアを開けた。案の定、ハセガワはもう眠っていた。静かにドアを閉めて、そのまま部屋の前から離れた。
「もうその話よそう。今は何にもできないし、アイツも一年くらい幼女やってんだから、少しは変わっていくだろ」
外見の変化に精神が病んでいく怪人のように、ハセガワの精神も幼女へと変わっていこうとしていた。
拠点の二階から一階へと階段を降りる。そしてエレベータで地下出口まで。その間、二人は無言だった。二人はハセガワが心配だった。これからハセガワはどうなってしまうのか。幼女のハセガワが、身も心も幼女になってしまうのを想像して、二人は同じ事を考えた。
『あれ? 別に問題ないかも……』
二人は同じ事を考え、そしてそれが結構酷い事だと理解していたため、それを口に出す事はなかった。
二人は微妙な笑顔のまま、地下駐車場へと辿り着く。
「なんで笑ってんの?」
「ローラさんこそ」
二人揃って苦笑い。ハセガワがこのまま幼児化していくのを、どこか楽しみにしている二人がいた。
「かわいいですよね、ハセガワ君」
「まあ、かわいいっちゃかわいいかな。でもなんとかしてやらないと」
「うーん。そうですね。なんとかしないと」
二人とも話を合わせていたが、『別にこのままでもいいんじゃね』という本音は結局口には出さなかった。
***
ローラさんとヨシダさんの二人は、軽トラックで大田区の蒲田まで来ていた。発展しているようで微妙に雑多な街。駅前やそこから延びるアーケードは賑わっているものの、少し大通りからそれると下町風の街並みが広がる。
駅周辺の建物は高層建築と呼べる物ではなく、看板だらけの雑居ビルが並ぶ街並みはどこか垢抜けない。
駅から少し離れたところに見える大きな専門学校の建物だけが、近代的なたたずまいを見せる。
「で、この辺がライダーの拠点になってんの?」
「ええ、正確にはライダーの拠点が集まっている地域です」
ライダー・ファウンデーションは自身の敵を倒したり目的を果たしたライダーたちの集まりだった。そこに目的を果たせなかったライダーや現役のライダーが助けを求めた事で組織として成長していった。
「ちなみに『バッタ野郎』こと伝説のライダーとはあまり仲が良くないそうです」
「バッタ野郎って……。まあ、でもアイツと揉めてるなんて、結構見所のありそうな連中だな」
「ローラさんのライダー嫌いって、もしかしてバッタ野郎が原因なんですか?」
「ん? うん、まあ、それはいいよ。そんでどうすんの、これから」
「はい。まず人気のない路地をこのまま軽トラックで走り続けます。多分、渋谷と同様にこの街でもライダーが変身したままパトロール的な事をやっているはずですね。そこを襲います」
「今度は姿を見られないように、闇討ちでね。そこが引っかかるんだよなあ」
「ガマンしてください。ゴリラ型の怪人ってバレたら台無しです」
一応、今度は戦隊ヒーロー風の全身タイツを身につけている。後はヘルメットさえかぶっていれば、ゴリラだと一目でバレる事はないだろう。
だが体型や動き方を見れば、分かる人には分かってしまうかも知れない。特に渋谷で戦隊ヒーローを襲ったヤツと同一犯だとバレたら、計画はすべて台無しになる。
「ですから、なるべく見つからないように襲ってください。できれば後ろから一撃で仕留めてもらえると助かります」
「何気に酷いね。まあ、やるけど」
そして二人は軽トラックで夜の蒲田を走る。蒲田はライダーの拠点が密集している街。この街で更に火をともす。今度はライダーを襲う。映像は残さない、同じ手口を使えば二つの事件が同一犯だと疑われてしまう。
「一応、色々と武器も用意してみました。渋谷の事件とは共通点をできるだけ少なくしたいんです。だからなるべくなら武器を使ってもらえますか」
ローラさんは数ある武器の中で、一番殺傷能力が低そうな物を探した。そしてなぜか武器の中に含まれていたソレを見つけて、思わず手に取った。
「これいいな。これにしよ」
ローラさんが満面の笑みで手にした武器は、真っ白で大きなハリセンだった。




