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最終章

最終章



自分に出来ることなら何でもしようと思った。いつも、辛い顔をし、泣いてばかりいて、お酒や男に溺れる事でしか救いの無い彼女が、少しでも僕がする事で喜んでくれるならそれで良かった。

『お前なんか産みたくなかった』

『お前さえ居なければ』

慈しんでもらった記憶なんて無い。思い出には暴力と暴言ばかり。

でも、僕にとっては愛し、愛を乞いたいこの世の全て。



「僕はミリィに、そんな母親の面影を、重ねていたみたいです。横顔とか話し方とかちょっと似ていたから」


生前、僕は身体を売っていました。美少年に金を払う変態って結構多いんですよという告白から始まって、リオンはミリィとの関係や先日のファションショーで起きた事までブライトに話してくれた。


ホテルに帰って、何だか椅子に座って向かい合う気分じゃなかったから、明け方に朝日が一番美しく見え、リオンが気に入っている大きな窓の下の壁を背に、温かいココアを片手に二人で肩が触れ合うほど密着して座り込んでブライトは静かにリオンの話を聞きいっている。


「天使になれたのは、母親とその恋人が口論の末、逆上した男が母を撃ち殺そうと銃を発砲し、僕が庇い撃ち殺されたからだと神は仰言いました」

ブライトは悲しみを覚え慰めるようにリオンの頭を撫でた。

「そうか…じゃあどうして神はせっかく天使にした君を堕天使にさせたんだ?」


「僕に生前、唯一優しくしてくれた人が居ました」


客との待ち合わせ場所で、誰も気に留めなかったボロいシャツとジーンズを履いただけの寒そうな幼いリオンを見て、通り掛かった男は、


「どうした?こんな季節にそんな格好で?ちょっと待ってろ」


道路を渡ってワゴン車で売っているホットチョコレートを買い、リオンの元へ戻って来てそれを渡し、自分が着ていたコートも脱いでリオンに着せてくれた。


「あげるよ。どれだけ着込んでいたとしても、道中見掛けたそんな薄着の君を思い出す度に、俺には寒く感じてならないからな」


返そうとするリオンに微笑みを浮かべ、諭し、じゃあ、名乗りもしないで悪いが急いでるから。と男は去って行った。男の存在は暗い場所に立つ汚れたリオンを瞬きの間だけ射した一条の陽光のようで、慣れないせいで、目に痛く涙が溢れた。

男がくれたコートはとても高い物で、母親に売り払われてしまったが、男との出来事がずっとリオンを温め続けてくれた。


「僕は彼を側で見守り続けたかった。神は、彼にはもう救いの道は無く、これより罰を与える。見守りをやめ、我が元に戻りなさいと仰言いましたが、僕は言い付けに背きました」


「それで堕天使にされたのか?やはり神は身勝手だな。男は結局、どうなったんだ?」


「…祈ったのですが、甲斐無く」


首を振るリオンに、死んだのか、とブライトは思った。


「ですが、僕は信じています」


とても澄んだ瞳で言うから、リオンにそうまで信頼を寄せられる神を羨ましく感じ、あんな神にそんな価値は無いだろうと心中で悪態をついた。


「モデルの件なんだが、苦しいならもう辞めても良い」


「え?ですが違約金が…」


「気にするな。どうにでもなる。それに、実は会社をまた、始めようと思ってるんだ。最初は小さく貧乏な会社だが、君と俺を養うくらいは稼いでみせるさ」


何もかもから立ち直って吹っ切れた、とても良い表情で笑うから、リオンも笑顔で頷き返した。

あの日、ホットチョコレートとコートをくれた男がそこには居た。

ブライトはリオンの信頼に応えたのだ。



翌朝、リオンに何が食べたいか聞けば、初めて貴方が作ってくれたポテトサラダだと言うから、また、ハムも入れずに作ってやった。

ポテトだけのこれが気に入ったのかと聞けば、


「誰かの手料理って、このポテトサラダが生まれて初めてでしたので」


と応えたから、今度、料理教室にでも通おうと心に誓った。


「では、行くか」


朝食を終え、二人はケビーの元へ向かった。




「やあ、珍しいね。二人が一緒に来るなんて契約した時以来じゃないかな」


「そのことなんだが、悪いがリオンは今日限りモデルを辞めさせてもらう」


「すみません、ケビー社長。僕を辞めさせて下さい」


お辞儀をし謝意を述べるリオンにケビーは一暼をくれ、


「ふーん。良いけど、莫大な違約金が掛かるの忘れて無いよね?」


淡々と告げる。


「ああ、後で振り込んでおく」


「お世話になりました」


要件はそれだけだとリオンの背に手を当て促し、踵を返した。


「ちょっと待って。その子がブライトにとってそんなに大事ってことか?」


「ああ…」


答え、振り返れば、黒い銃口がリオンを狙っていた。


「……何のつもりだ?ケビー」


「キミの妻は、彼女はオレにとって最愛の人だったんだ。それなのにキミが妻にして更に死なせた。でも、キミは全然平気みたいだ。なら、オレがキミを苦しませれば良いと思って、キミのお気に入りであるリオン君をグリノフやミリィに妬ませ様々な嫌がらせをするように仕向けたのに、二人共そんな晴れ晴れとした顔をして去るんだもの。もう、コレしか無いかなって」


無表情だが、冗談では無く本気なのだと確信させる。


「よせっ、ケビー」


「そうだね、実際オレはリオン君に何の恨みも無いからこんな事はしたく無い。だったら、ブライト、そこの窓から飛び降りてくれる?」


我儘な御坊ちゃまが、使用人に対して、川に飛び込んでザリガニでも取ってきて、という口調で命じる。


「彼女もきっと高い所から落ちるのは怖かっただろうね。キミも彼女の恐怖を感じるんだ。さあ、早く」


「……わかった」


「ダメですっ!何をわかってるんですか!?」


ブライトは足早に窓へと近づき、開け、身を乗り出す。


「やめて下さいっ、お願いですっ!!ケビーさんもっ、引鉄なら僕に向けて引いても良いですからっ、彼はたった一人の僕の救いなんですっ!!」


「すまなかったな、リオン。巻き込んだ事も、翼の事も。謝って済むことじゃあないが、もし、神に会ったら文句も言うかも知れないが、何でもするから君に翼を戻してくれと頼み込んでみるよ」


ブライトはリオンへ優しい笑顔を見せ、仰向けで窓から飛び降りた。


「ブライトさんっ!」


リオンは向けられた銃口を物ともせず、ブライトを追い、窓から外へと飛び出す。


「リオンっ」


追って来たリオンを視界に捉え地面に叩きつけられた時に少しでも守れればと腕を伸ばし、リオンを捕まえる。

が、その必要は無かった。


リオンの背に真っ白い対の翼。


「リオン、君、羽が…」


「はい。神は僕達をずっと見守っていて下さったみたいです」


にっこりと微笑んで言う。


リオンが飛んでいるおかげで二人はゆっくりと地上に降り立った。


早朝のせいか、はたまた、神の思し召しか目撃者はケビー以外に誰も居らず、ニュースやネットに晒されずに済んだ。


「ケビーは?」


遠過ぎて表情は確認出来ないが、窓から呆然と見下ろしている。


「警察へ?」


「いや、これじゃあ説明が付かないし、後で一発殴ってから和解出来るように努めるよ。あいつは君にも酷い事をしたが、それで良いかな?」


「はい。良いと思います」


「…一番、酷い事をしたのは俺だ。本当にすまなかった。君にこそ、俺は罰せられるべきだ」


「いいえ、神の忠告を聞かず、意地を通して、見守り続けた甲斐がありました。貴方はあの時僕を救ってくれただけでは無く、今の僕の信頼に応えて下さいました」


「リオン、それって…」


聞こうと思った言葉を紡ぐより先にリオンの姿が消えてしまった。

きっと、神の身元に帰ったのだろう。


忘れていたが、今は真冬で、空からリオンの羽色をした雪が降って来た。



ブライトの立ち上げた会社は瞬く間に中小企業から大企業になった。

昔と同じく、どデカいビルも建てた。

でも以前と違うのは、慈善事業にも力を入れ、貧困に喘ぐ人や会社に無償で融資をし、忙しい中で経営指南もやっているのと、あとは、


「こんな所にいるより、ブライトを見守っている方が楽しいですと神様に素直に言ったらまた堕天使にされてしまいました。なので、またよろしくお願いします」


と、艶やかな真っ黒い翼を羽ばたかせてやって来て、人の食べ物を飲み食い出来るように進化したのだと、ホットチョコレートとポテトサラダ好きな堕天使が、社長と楽しくお喋りしている所を社員に度々目撃されるようになった事だとか。


やはり堕天使の姿は、社長以外には見えない仕様になっていて、目撃した社員には、社長、大丈夫かな、などと心配されているそうですが。

お読み下さり、ありがとうございました。

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