第4章
第4章
「ファッションショー、大成功だったそうだな。おめでとう。ケビーが褒美に一週間休みをくれるそうだ。君が打ち上げのパーティーにも出ないで帰ったと言って、オレに連絡が来た」
ファッションショーが終わった深夜、リオンはブライトと住む、ホテルへと帰った。
「そう…ですか」
「どうした?この前帰って来た時より顔色が更に悪くなってるぞ。何かあったのか?」
「何も…ただ少し、初めてのファッションショーに疲れたんだと思います。もう寝てしまっても良いですか?」
「ああ。それは良いが、晩飯は食べたのか?」
「いいえ、食べたいと思わないので」
「それでも何か食べた方が…そうだ、ホットチョコレートはどうだ?」
「すみません、もう寝ます。おやすみなさい」
リオンはそう言うとさっさとパジャマに着替えてベッドへ入ってしまった。
自分を守るように抱き締め、丸まった寝方。
「本当に、疲れてるだけ…か?」
帰って来た当初、大袈裟に言えば別人かと思った。
顔の色とかそんな問題じゃない。
翼を奪ってさえ、失われなかった神々しさが今のリオンには無いのだ。
むしろ、消えてしまうんじゃあないかと思うくらい、儚い。
そんなリオンの姿はブライトの心を痛ませた。
リオンのボスはブライトの全てを奪った相手だ。
だから、リオンがブライトの為に稼ぐのは当然。
なんて、まるで自分に言い聞かせる呪文が遠く聞こえる。
今は、本当にそうか?という疑問の声の方が強い。
振り払うように一呼吸し、どんな理由の上でも、ブライトはリオンの休暇中、彼の心の回復に心血を注ごうと決めた。
だが、決めて三日でお手上げ状態だった。
酒を勧めれば断られ、アミューズメントパークには興味無し、豪勢な食事も小鳥が啄む程度であまり美味しそうでは無い。
ならば、女かと良い所へ連れて行けば彼と出会って初めて、絶対零度の眼差しをされ、さっさとホテルに帰り一日中部屋に引きこもってしまった。
「なあ、悪かったよ。悪気は無かったんだ。最近君の元気が無いから、ああいう所も良いのでは無いかと。引きこもってばかりじゃあ身体に悪いぜ。…そうだ、天気も良いし、今日はそこの公園まで散歩をしないか?そろそろ花壇の花も満開だろう。」
「そうですね、二度とあのような場所に僕を連れて行かないと約束するなら、良いですよ」
「約束しよう」
二人は連れ立って公園へと出向いた。
ブライトの言うように確かに花が満開で、リオンが綺麗ですねと言うから、ブライトは少し安心した
美しいものを美しいと感じる、心の余裕はまだあるようだ。
花壇の前に立っていると、貧相な格好をした老婆が人形を片手に杖を突いてリオンの元へやって来た。
「天使様、これは私の息子です。この子に恵みが訪れるようにどうか祝福を下されませんか?」
どうやら、老婆にはリオンが天使に見えているようだ。あながち間違いでは無い。
ブライトは人形に?という疑問を抱いたが、老婆からリオンが恭しく人形を受け取った際に疑問を打ち消した。
「可愛らしいお子さんですね。もちろん、僕で良ければ」
祝福の言葉。というより歌だ。リオンの口から放たれる音は、天上に響き、空気に溶け、それでいて優しく魂に沁みてゆく。
ブライトの瞳からは涙が流れた。
愚か者に翼を奪われようと、堕天使だろうと、彼はやはり天使なのだ。ブライトは唐突に、もっとリオンの事を知りたいと思った。だって彼は天使なのだから、そう遠く無い未来にあっさりとブライトの前から消えてしまうのだろう。
だから、出来る限り多く、リオンのことを知り、覚えておきたい。友人とも違うし、家族でも無ければましてや恋人ですら無い。でも、リオンはいつの間にかブライトにとって特別な存在になっていたから。
「ありがとうございます。天使様。息子も喜んでおります」
「ノンさん、良かった、ここに居たのね。皆んな待ってるから戻りましょう。すみません、ノンさんが何かご迷惑でも?」
祝福を受けた息子を返され老婆がお礼を述べた後、エプロン姿の白髪混じりの女性が、駆け寄ってきた。
「いいえ、ノンさんの可愛い息子さんにご挨拶をさせて頂いただけですよ」
「…そうですか」
女性は、ノンさんがだいぶ昔に息子を失って人形を息子だと思い込んで生きてきたこと、ノンさんは近くの施設で暮らしていること、更にお礼を述べ、良ければ今度遊びに来てくださいと言い、あと、応援していますとコッソリ付け加えてノンさんを連れて去って行った。
「僕達もそろそろ帰りませんか?」
振り返ったリオンが眩しいのは傾いてきた日差しのせいだけでは無いだろう。沈み行く太陽と同じ色した瞳が輝いている。
「ああ。なあ、リオン」
「はい?」
「君のことが知りたい。今の事じゃなくても良い、人間だった頃のことでも、何でも構わないから話してくれないか?」
腕を取り、真摯に求めるブライトに対し、
「そうですね。では、帰ったらお話しします」
リオンは少しだけ困ったような、でもブライトにリオンのことが知りたいと言われて照れ臭いような、はにかんだ笑顔を見せた。