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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
間章

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95/124

√1

番外編で、第二王子殿下と、ちょっとだけカリブラコア家次女もいるお話です。シャルルが7歳くらいのときのお話でしょうか。

タイトルに意味はありません。

 セドリック・エドワルドは弟のことが嫌いだ。

 何をされたから嫌いというわけでもないし、嫌いだからといって何かをするわけでもないが、ただただ嫌いだ。


 セドリックは生まれついてから身体が弱かった。

 安静に暮らしていれば生命の危機があるほどというわけではなかったが、それでも体の弱さは王位継承者の候補として実質除外されるに足る理由だった。兄であるエンド・エドワルドが申し分のない才気を示していたこともあり、セドリックの人生は療養に費やされることが幼くして決まっていたようなものだった。

 何も期待されていなことは分かっていた。誰かに必要とされることもなく、何かを必要とされているわけでもないことだって分かっていた。

 ただ、それでも寂寥感はいつも付きまとった。

 セドリックは大人びた少年であり、また聞き分けも良かったが、それでもまだ十にも満たない子供だった。だから、大人に認めて欲しかった。それなのに、自分には他人に認めてもらえるような素養がないことを自覚していた。

 そんなセドリックの目に付いたのは、優秀で才能あふれる兄ではなく、弟のシャルルだった。

 シャルルは決して勉学が優秀なわけではない。武芸が得意だという話も聞いたことがない。セドリックよりも年下だというのに、早々に王位継承から外されるような縁談まで組まれている。

 けれども、王宮の誰もが弟のシャルルに注目をしていた。

 それが羨ましかった。一体なにが原動力なのかわからないけれども、弟は自由に生きているようで、とても眩しかった。眩しすぎて、うっとうしくて、それでいて目を離せなくて、だからセドリックは弟のことが嫌いだった。

 兄弟という縁でこの広い王宮にいても顔を合わせなければいけない機会がある。そういう時はいつだって、必死に笑みを貼り付けて嫌悪の感情を表にださないように苦慮していた。

 嫌いで、妬ましくて、無視できればそれが一番なのに行動を追ってしまう。セドリックにとって、シャルルはそういう存在だった。


 セドリックから見たシャルルは、いつだって自由に生きていた。縛られるものなんてないかの言うように、好きに生きているように見えた。

 無断で外出する度に側近のオックスに手間を掛けさせ、王宮の調度品を壊しては使用人に鬼の形相で追いかけられることなんて日常茶飯事だ。この間なんて庭に生えている木に登ろうとしたものの庭師に発見されて本気で叱られて、それでも懲りずに木登りを敢行しようとしたので、部屋に三日ほど軟禁された。そうして軟禁が解除されれば早速外に抜け出し、花壇に生えている雑草を毟って口に入れてびーびー泣き出していた。どうやら相当まずかったらしい。いや、そもそも何で食べたし。


 セドリック・エドワルドはシャルル・エドワルドという弟のことが嫌いだったし妬んでもいたが、最近はそうでもなくなった。

 なるほどみんな違ってみんないい。他人の振り見て我がふり直せ。ただの慰めのような言葉が実は真実だと悟ったセドリックは、自分の境遇に折り合いを付ける分別を自然と身に付けていた。

 そうしてシャルルを叱る使用人が「セドリック殿下を見習ってください!」という言い回しを常套句にし始めた頃、シャルルがセドリックにあるプレゼントて渡して来た。


「兄さま! これあげる!」


 そう言ってシャルルが差し出したのは、一掴みの草花だった。

 なんだこれ。なにか、高度な嫌がらせだろうか。王宮の庭から引っこ抜いてきたとおぼしき、まだ土がついているそれをプレゼントとして差し出されたセドリックが頭を悩ましていると、シャルルは笑顔で答えを言った。


「これ、やくそーだよ! クリスの家のやくそーえんで生えてたのとおなじなんだ。にわに生えてたから、持ってきた! あ、でもすごくまずいから、兄さまも気をつけてね?」


 そう言ってシャルルは退室して行った。満面の笑顔で手を振ったシャルルと、申し訳なさそうな顔をしていたオックスの対比が印象的だった。


「薬草、か」


 手渡された草花を見て、セドリックはポツリと呟く。

 きっと自分の体調を気遣ってくれたのだろう。しかも、試食までしたのだ。

 もちろんセドリックは、効用もわからない生のまま薬草を食べるような無教養ではない。薬というのは毒にもなりうるものであり、専門家の手によって調合されて処方されるべきものだ。

 だからセドリックはその薬草を弟の期待した使い道には費やさなかった。

 花瓶にその花を生けて、飾っておいた。

 弟と、仲良くしよう。

 そう思えた日だった。




 あくる日、セドリックのもとに婚約者のイグニア・カリブラコアが訪問した。

 セドリックと、カリブラコア侯爵家の次女であるイグニアとの婚約は、もちろん二人の意思によって決められたものではない。いままでのセドリックにとって彼女の相手は半ば義務的なものだった。

 ただこの日、セドリックはこの婚約者とももっと歩み寄ってみようという気持ちを持っていた。


「花が、好きなの?」


 彼女にも、きっと自分の知らない部分がある。そんな当たり前なことに気が付いて、いままで知ろうともしなかったことを知ろうとも思ったから、時折花瓶に

目をやるイグニアに、いままで聞いたこともない、一歩踏み込んだ質問ができた。

 いつもは当たり障りのない受け答えしかしないセドリックの質問にイグニアは一瞬だけ驚いたようだが、すぐに表情をほころばせた。


「ええ。実は、妹の名前がお花にちなんだものらしくて」


 姉妹の仲が良いのだろうか。

 頬を緩ませて花を見るイグニアの横顔に、少しだけ見とれる。決して兄妹仲が良くはないセドリックには、少しうらやましく感じたし、見習おうかとも思えた。


「そっか。かわいい妹なんだね」

「いいえ? ものすごくかわいくない妹ですわ。根暗で毒舌で人の言うことに耳を貸さない上に、身内にすらちっとも心を開かない、懐かない猫みたいな最低最悪の妹ですの」

「そ、そっか」


 まさか予想外の返答に、セドリックはたじろぐ。

 女の子は難しい。

 こんなすごくいい笑顔で毒を吐けるのだから、いっそすごい。


「ええ。最近は妹とは比べものにならないくらいもったいない友達が、ようやくできてくれたみたいなのですが……あら?」


 また知らなかったことを知って気圧されるセドリックをよそに、花瓶に生けてある草花を観察していたイグニアは不意に顔を困らせた。


「ええと、セドリック様……」

「ん? どうしたの?」


 イグニア・カリブラコアはおそるおそるという顔だ。

 言っていいものか悪いものか。迷った末に言葉に出してみたという戸惑いをありありと浮かべたまま指摘する。


「これ、観葉植物でも薬草でもなく、ただの雑草ですけど、どうして飾っているのでしょうか……?」

「……え?」


 婚約者から知らなかったことを教えられたセドリックは、びきりと顔を引きつらせた。





 セドリック・エドワルドは弟のことが嫌いだ。

 弟のシャルル・エドワルドは自分勝手の礼儀知らずで物知らずである。

 だからセドリックは、いつか元気になったら、シャルルの頭を一発殴って懇々と礼儀と常識について説教してやろうと心に決めている。

 その決意を忘れないため、弟からもらった雑草は一輪だけ押し花にしておいた。

もともと書籍購入特典SSにしようかと考えつつも、初登場キャラなのでこっちに載せることに。


他の特典SSもこんな感じなので、参考になればと(販促)


ちなみにセドリックは基本的に、登場しません。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス 【書籍化】
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