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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十三歳編

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 学園の入学式。

 私が悪役令嬢として過ごすと決めた場所の、最初の舞台だ。その晴れ舞台で、私は物理的に一段高い壇上に登っていた。

 当然のように主席での入学を果たした私は、新入生代表としての祝辞を任されている。地位と能力を兼ね備えた私に任されるのは、当たり前のことだった。

 そうして壇上へ上がっても、緊張はない。

 講堂に集まっているのは、学園の全生徒が五百人ばかり。人数こそ揃っているとはいえ、まだ若輩の彼らでは一国の運営に携わるべく生まれた高位貴族の末席に連なる私を緊張させるには、いささか迫力が足りない。

 体を力ませるような緊張はなく、しかし栄誉の舞台を与えられたとき特有の高揚感もなかった。

 私の胸に、ぽっかりと穴が空いていた。

 ここ一ヶ月ほど、ミシュリーとロクに顔を合わせていない。ミシュリーだけではない。シャルルともサファニアともレオンともマリーワとも、意図して距離を開いている。

 悪役令嬢としての私には、もったいない人たちだからだ。

 ミシュリーは必要以上に落ち込んでいないだろうか。シャルルは癇癪を爆発させてオックスあたりに八つ当たりをしているのかもしれない。サファニアあたりは、いじけてて、それをレオンがうまくなだめてくれているだろう。マリーワは……きっと、いつもとなにも変わっていないはずだ。


「……」


 親しくしていた人たちから私を抜いた風景を思うと、ぽっかり空いた胸に風が吹き込む。心地よい清涼感はなく、真冬の隙間風のような痛みを伴う感覚だ。

 心の欠落を表しているこの穴は、きっと私の最期の時が訪れるまで塞がることはないだろう。それでいいと思うし、最初から覚悟していた。

 慣れ親しみ始めた心の穴を感じながら、私は携えていた紙をゆっくりと広げる。

 意外とこういう催事の様式はどこも変わりがない。祝辞の書かれた紙を広げて口上を述べる手順は、前世と全く一緒だ。拡声器の類はないから、声を張って読み上げなければいけないが、それは単なる技術水準の差であって、様式の違いだというわけでもない。

 そうして素直に祝辞を述べようとした私だったが、ふと思いとどまった。

 ここでは悪役令嬢としてなにかをしなくてはいけないということはない。私は四年間の学園生活を悪役令嬢として過ごすつもりではあるが、決められたイベントはミシュリーが入学する二年後から開始される。

 入学後は、適度に愚か者で傲慢なわがまま娘に見えるように演技して振る舞うつもりではあったが、入学式くらいは無難にこなさそうと思っていた。エンド殿下に指摘されるまでもなく、その準備は終えていたのだ。

 だが、考えが変わった。

 私はこれからノワール家の恥さらしにならなければならない。ノワール家の実子である私が落ちぶれ非難されるからこそ、養子であるミシュリーはヒロインとして一層光り輝き立場を確固たるものにしていくのだ。

 その行程でも、私は最善を尽くさなければならない。

 周りに合わせることのない傲慢な性格で、貴族の振る舞いをロクに身につけていない教養なしで、愚かしいまでに愚鈍な感性の持ち主。それが、私が目指すべき悪役令嬢のクリスティーナ・ノワールだ。

 いまは、せっかく全校生徒が私に注目している。悪役令嬢としての私を印象付けるのに、こんないい機会はない。

 いまの私の評判は、才気あふれる淑女である。マリーワにしつけられて頑張った私が得た評価は当然のものではあるが、悪役令嬢として活動していくには足を引っ張るものでもある。

 それをぶち壊さなければならない。そうしてこその悪役令嬢だ。

 そして、こうした厳粛な場でアホのように見える名乗りを、そういえば私はよく知っていた。


「……ふっ」


 それを思いついたのならば、迷う必要などなかった。

 吐息のような笑みを漏らした私は、祝辞の口上が書かれた紙を真っ二つに破り捨てる。突然の行動に、ざわりと周囲がざわめく。その反応に気を良くしてしまった私は、なんだかんだで目立ちがたりなのだろう。

 久しぶりに気分が高揚した私は、さらに注目を集めるために、あえて一歩前に出る。そうして壇上から総勢五百人余りの生徒の動揺を見下ろして、にやりと笑った。


「ここにいるほとんどの諸君は始めましてだな。私のことを知っている人間も、知らない人間もいるだろう。改めてこの場にいる全員に理解できるよう、公爵家の長子として生まれた私のことを端的に教えてやる」


 高いところはやはりいい。他人を見下ろして、他人から見上げられる。その立ち位置の心地よさは、悪役令嬢として歩む運命のサガなのかもしれない。

 入学式の祝辞など捨て去る。居並ぶモブども見下ろして、憎まれ役たる私は他の誰よりも私らしく堂々と胸を張り、他のどれより手慣れた口上を並べるべく、大きく口を開く。


「私は、クリスティーナ・ノワール」


 お母様の祝福を受けて立ち上がり、最愛の妹のために歩き始めた運命の終わりを、私は知っている。私がやり遂げるべき結果とその原動力はただ一つ。そのために、私は私のすべてを賭けようと決めたのだ。

 他人の評価などいらない。

 友人たちの絆も絶つと決めた。

 あの人の期待も、裏切ろう。

 だって、私は――


「天才だ!」


 ――ヒロインな妹がかわいすぎるので、悪役令嬢を完遂することにした。


 旧タイトル『ヒロインな妹がかわいすぎるので、悪役令嬢を完遂することにした』完・全・回・収! できました! 長文タイトルはこれができるから好きです!


 ここまでお付き合いいただいたみなさま、誠にありがとうございます。評価、感想は常に励みになっております。


 今後の予定としては、人物紹介やら間章を挟んだ後は、タイトル通り『ヒロインな妹、悪役令嬢な姉』なお話となって行く予定です。シリアスさん? やつは死にました。運命さんも虫の息です。


 下部リンクにある人気投票はGW終わり頃まで設置しておく予定ですので、気が向いた時にでもどうぞ。


 これからのクリスたちにもお付き合いいただきましたら、これ以上ない喜びです。


 それでは。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス 【書籍化】
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