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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十三歳編

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 マリーワ・トワネットは、実家の応接室で紅茶を飲んでいた。

 生家に戻ってくるのは、随分と久しぶりだ。実家に帰っても自室ではなく応接室に通されるようになっているあたりにも疎遠ぶりは感じられる。マリーワも家から独立して生活しているし、一時は縁が切れていたこともあるから、仕方のないことではある。

 マリーワの生き方は、決して行儀が良かったというわけではない。当時の女性の当たり前の生き方とは外れた人生を歩んできたことは自覚している。だから父親とは上手くいかず、当主が兄の代になってようやく少しずつ交流が戻っているという事情だ。

 そうして久しぶりの実家でゆっくりと紅茶を飲みながら考えていたことは、数日前まで教え子だった少女のことだった。

 クリスティーナ・ノワールが最後に見せた表情。あれは、マリーワにとって予想外の物だった。

 マリーワが語った『運命愛』。自分のすべての行動は自分だけの意思と決断によってのみなされるのだという、誰もができそうでいて誰しもが完遂しえない世界観を実践するための心構えだ。そしてそれは、ある意味いままでのクリスの生き方に沿っている。

 だというのに、あの時どうしてクリスは諦めたように笑ったのか。

 その反応が、どうにも引っかかる。

 なにか決定的な齟齬があるはずなのに、その原因がどうして思い至らない。


「お待たせいたしました、叔母上」

「……いえ」


 応接室に入ってきた人物を見て、マリーワは思索を中断した。マリーワの対面に座ったのはまだ三十には届いてない男性だ。整った細面に人好きする笑顔を浮かべている。

 イグサ・トワネット。

 トワネット家当主の跡取り。年の離れた兄の子供で、マリーワの甥にあたる人物だ。実の兄より年齢差がない彼は、マリーワにとって年の離れた弟のような存在でもある。


「そういえば、お父上から子爵位を譲られたそうですね。おめでとうございます、イグサ」

「また随分と前なことになりますが……」


 遅れた祝辞にイグサが苦笑する。

 高位貴族の中には複数の爵位を持つ貴族も少なくない。爵位の低い方を家を継ぐ前の長子に譲るのはよくあることだ。トワネット家の場合は伯爵位と子爵位の二つの持ち合わせがあったので、イグサは成人すると同時に子爵位だけを受け取っていたのだ。


「それと、エンド殿下の剣術指南役も勤めているとか。順調に仕事をこなしているようで、親族としても鼻が高いです」

「いえ、王女殿下の教育係も務めたことのある叔母上ほどではありません。むしろこれも、昔に叔母上に剣と心構えを習った賜物かもしれませんね」

「謙遜をしなくて大丈夫です。あなたの力でなしたことですよ」


 トワネット家は、もともと騎士の家系だ。その流れを汲んで、マリーワも剣の稽古に励んでいたこともあった。その時に、ついでとばかりに剣を握り始めた頃のイグサに指導をし始めたのが、マリーワの初めての教育だった。


「まあ、私は結局、叔母上に一本とれませんでした」

「それこそ昔の話でしょう。あなたが子供だったから私に勝てなかった。それだけのです」

「そうですか? あの技の冴えぶりを思うととてもそうとは……」

「思い出というものは美化されていくものですね」


 そうしてとりとめのない近況報告と思い出話を交えながら雑談していると、マリーワの仕事の方まで話題は流れていった。


「そういえば、叔母上はクリスティーナ嬢の家庭教師をされていたとか。あの方の淑女ぶりを見た時は、さすがと思いましたよ」

「あの子に会ったのですか」


 オフということもあって少し気を緩めているマリーワは、軽くため息を吐く。


「あなたは昔から人を見る目に欠けているところがありますね。そういうところが、少し心配です」

「はい?」


 不思議そうに首を傾ける甥の脇の甘さを矯正できなかったのは、マリーワの失態だ。イグサもあと二十年も経てばトワネット家の当主になる。それまでに自分で改善していければいいのだがと思う。


「よくわかりませんが……そういえば叔母上はこれからなにかご用事がありますか?」

「今日は一日空けてあります。特にこれといった用事はありませんよ」

「それはよかった。実は、知り合いから叔母上に会わせたい人物の仲介を頼まれていまして。待ってもらっているのです」


 悪だくみをしているかのように、いたずらっぽく笑っている甥の表情に、マリーワは待ち人の顔が浮かんだ。


「そうですか。どうぞ、入っていただいてください」


 きっと黒い髪と黒い目をした子供が入ってくるのだろう。最後の授業の気がかりを晴らすいい機会だ。そう思って素知らぬ顔で待ち構え、そして、その予想は外れた。


「……失礼します」


 現れた人物は、予想していた年齢よりさらに一回り幼い子供だった。


「こんにちは、マリーワさん」


 金髪に、碧い目をした少女。

 貴族の令嬢らしく長く伸ばしてあったはずの髪は肩口より短く切り落とされており、なによりその瞳の色は、ぞっとするほどの冷たさを放っていた。


「叔母上もご存知かと思いますが、ノワール公爵家の――」

「イグサ」

「はい?」

「少し、この子と二人にしてくれますか?」


 紹介しようとしてくれたイグサの言葉をさえぎる。突然の申し出にイグサは戸惑ったようだが、マリーワの声に混ざった真剣さを汲み取ってくれたのだろう。追求することもなく、マリーワの言葉に従ってくれる。

 そうしてイグサの気配が遠ざかって行くのを確認してから、マリーワはミシュリーに視線を戻す。


「ごきげんよう、ミシュリー様。今日はなんのご用件でしょうか」

「……聞きたいことが、あって」


 どういう経路でマリーワを見つけて、どういう手段でたった一人でトワネット家までやってきたのか。

 ほの暗い光を宿した少女は、問いかける。


「最後の授業で、お姉さまに、なにを言いました?」


 小さな子供にふさわしくない激情が膨れ上がった。

 殺意にも似たそれはミシュリーの年と見た目からはあまりにもかけ離れたものだったが、マリーワを取り乱させるほどのものではない。

 それよりも、腑に落ちた。

 クリスにべったりだったミシュリーが、わざわざこうしてマリーワをたずねてきた。やはりクリスは、なにかを自分の予想外の理解をしたのだ。

 だからこそ、マリーワは正直に答えた。


「わかりません」

「はい?」


 はぐらかされたと感じたのか、ミシュリーが顔をしかめる。


「私はあの子に『運命を愛しなさい』と言いました。己が己自身の意思で歩む道にあるものは、全て己自身のものであり、その一切を否定せず受け止め糧にして愛しろと、そういう意味で伝えたつもりです」


 いままでの授業の成果とクリスの気質を考えれば、あの時の説明で伝わるはずだった。

 だというのに、クリスは諦めたのだ。

 諦めて、力なく笑ったのだ。

 その反応は不可解で、なによりあの子に似合わなかった。


「あの時、あの子がどういう理解をしたのか、答えがいまだにでません」

「運命を、愛しろ……」


 ぽつりと呟いたミシュリーが、おもむろに顔をあげる。


「……お願いがあります」

「なにをですか?」

「お姉さまへの、勝ち方を教えてください。私はきっとこれからお姉さまに勝たなきゃいけないです。だから、教えてください」


 今日は、一つとして予想通りことが運ばない。だが、そんな日もある。納得して息を吐いたマリーワは、ミシュリーを推し量るため質問をなげかけた。


「それはつまり、あなたに私が家庭教師をしろということですか?」

「はい」

「私は、対価をもらってクリスお嬢様の家庭教師をしていました。あなたは、なにか私に教わるに足りえるものを差し出せますか?」

「マリーワさんは、お姉さまに期待をしてましたよね。レオンにも、無料で教えてたって聞きました。お金が欲しくて家庭教師をしてたんじゃないってことぐらい、わかります」

「……」


 あっさりとピンポイントに的確なところを突いてきた。口をへの字に曲げたくなったが、堪える。


「あのままのお姉さまの将来は、きっとマリーワさんの期待とは違います。だから、私の将来をかけます」

「……」

「わたしはわたしのためにわたしの将来をかけて、お姉さまの未来を取り戻します。そのために、教えてください」


 強い瞳だった。

 いつもふざけていたあの人には浮かぶことのなかった、強い強い信念がそこにあった。


「あなたは、ちっともあなたの母親に似ていませんね」


 実の母にはまるで似ず、血のつながらない姉によく似ている。

 ああ、と小さく頷いたミシュリーがなにかに納得する。


「やっぱり、マリーワさんはわたしのお母さんのことを知ってたんですね」

「ええ。知りたいですか?」

「ううん。どうでもいいです。……がっかりしましたか?」

「いいえ。私は、あの人が大嫌いですから、似なくてよかったです。今も、心の底から安堵してますよ」


 マリーワはかつて神にすら愛された姫君を、遠慮容赦なく評する。


「いいでしょう。ですが覚悟しておきなさい。私は、甘くありませんよ」

「はい、マリーワさん」

「違います、ミシュリー・ノワール。『マリーワさん』ではありません」


 ノータイムで頷いたミシュリーにマリーワは鋭い視線を飛ばす。

 資質は十分、熱意は膨大、意思の強さは無限大。そんな新たな生徒に、マリーワは凛と響く声で最初の教えを叩き込む。


「ミス・トワネットです」

ミシュシャル陣営+ミス・トワネットの教育

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