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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十三歳編

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 なにを言われたのかわからなかった。

 なにを言われたのか頭の中で復唱して、それでもわからなかった。


「二年後、ミシュリーを王立学園に入学させる。そして、四年の学園生活を終えて無事終了した後、ミシュリーは修道院に送る。これは決定事項だ。わかったら、下がりなさい」


 それだけ言って退出を促された。

 ぷちん、と頭のどこかがぶち切れた。





 我にかえると、肩で息をしていた。

 呼吸が荒く乱れて息苦しかった。

 腹の底から噴き出した激情が、そのまま口から飛び出した。気が付けばぜいはあと息を切らせている自分がいて、吐き出せる限りの罵詈雑言をたたき出しただことだけ分かった。

 なにを言ったか、正直、覚えていない。

 ただ私の吐き出した激情をすべてを受け止めたお父様の顔は、まるで揺らいでいなかった。


「気はすんだか、クリスティーナ」

「――ッ!」


 反射的に怒鳴り返しそうになって、ぐっとこらえる。

 半分以上開いた口を無理やり閉じて、吐き出そうとした言葉はぎりぎりとかみしめる。

 お父様はきっと、私がこういう反応することは分かりきっていたのだろう。家を離れる少し前に伝えてきたのも、このためだ。私がこの家でなにかを画策する時間を与えないため、それでいてミシュリーと触れ合える時間はあるこの時期を選んだ。

 小さく息を吐きだし、大きく息を吸う。そうしてから、改めてゆっくりと息を吐きだした。

 落ち着つくんだ。ただ感情的になっても、どうこうなることじゃない。

 そう。感情で、物事は解決しない。事実関係をはっきりさせ、解決方法を考える。そうやって建設的にことを進めていくのだ。私はそれを学んできたはずだ。感情に振り回されるのではなく、感情を振り回すのだと、マリーワの授業で習ってきた。

 怒りを自覚する。湧き上がる怒気の源泉を特定して、管理する。そうすれば、いつも通りの冷静さが戻ってきた。

 もちろん、怒りは収まんないけどな。


「なんでだ。なんで、ミシュリーを修道院に入れるなんていう話になった。理由を教えろ、お父様」


 どろりとお腹の底でゆだる怒りを抑えながら問いかける。

 原作のクリスティーナの一つのルートとして、政治犯として修道院に送られたものがある。この国ではそれは死刑の減刑によるもので、一生を不自由な禁域で過ごさせる終身刑の一種だ。

 だが修道院に入る理由は様々で、刑罰として送られる事例はむしろ特殊なものだ。実際のところ、貴族の子女が修道院に入るのは珍しくない。財産相続の散逸を防ぐために次男、三男を、あるいは結婚の意思がない息女が入れられることはよくあることだ。簡単に言えば、仕事もなく結婚もできなかった貴族の子弟が入れられる扶養施設といっていい。

 修道院は、「貞潔」「清貧」「従順」という誓願を立て、奉献生活を行なうための聖域だ。

家族を持たず、私有財産を放棄し、長上の指導に従い、徹底的に神に倣って生きていく。

 お父様が送り出すというなら、相応の寄進とともに入会させるだろう。あるいは、ノワール家私有の修道院に入るかもしれない。それを考えれば、ミシュリーの身の扱いは原作で余生を不自由に過ごしたクリスティーナとは天と地ほどの差はあるはずだ。

 本来、修道女になるということは敬われる尊い生き方だ。私には間違いなく合わない生活だが、その生きざまが不幸だなんて思わない。高潔な志であり、望んで修道院に入る人だって数多くいる聖職だ。

 ただ、お父様の一存でミシュリーの将来が閉ざされるのが許せなかった。


「話す必要はない……といって納得しないだろうな。これは、ミシュリーの生まれのせいだ」

「生まれ? 王妹殿下がなんだっていうんだ」


 私が思わず口走った言葉に、お父様が顔をゆがめた。


「……知っていたのか」


 苦々しく言われて、ミシュリーの母親については私の知るはずのない情報だと思い返したが、開き直る。


「知ってるから、なんだ」


 お父様に多少不審に思われようと、そんなことはどうでも良かった。強くにらみつけた私の視線に、けれどもお父様はうろたえない。


「クリスティーナ。私たちは、王族ではない」

「……は?」


 そんなこと、言われなくてもわかっている。

 貴族と王族は、似ているようで、ありかたがまったく違う。ノワール家は王権派の貴族筆頭ではあるが、それでも王族とは求められているものもこなしている実務もまるで異なる。


「だから私はミシュリーを引き取った。王族であの子が囲われるのを良しとしなかったからだ。イヴリア殿下の子供を、目の届くところに置いておきたかった。手元に置いて、監視をしておきたかった。あの方の子供だというだけでそうしたくなるほど、私たちの世代にとって、イヴリア殿下の存在は大きい」

「親は関係、ないだろ」

「やはり、お前は知らないんだな」


 さっきと正反対の言葉だが、そのとおりだ。私はイヴリア王妹殿下のことを知らない。だからお父様がその人のことをなんというとどう評価しようと知ったことではない。私にとって重要なのは、いまいるミシュリーだけで、いまはミシュリーの将来について議論しているのだ。

 なのに、お父様は過去を思い返して語りきかせる。


「イヴリア・エドワルド殿下。あの方は、人を誑かすのが異様なほどうまかった。ごくごく自然に、誰にも疑われず、誰にも悟られず、あっさりと人を見抜いて踏み込んだ。そうして気が付けば、誰もがあの人の味方だったんだ。それでいて、私たちは彼女のことをなにも知らない。誰も、探ろうとも思わなかったからだ。彼女の交友関係も、なにを考えて行動していたのかも……私たちはな、ミシュリーの父親すら知らないんだよ」


 貴族の特権と王権は、密接な関係にありながら繊細な駆け引きが常にせめぎ合っている。イヴリア殿下がいた頃は、それがおおきく王族側に傾いていたということなのだろう。


「そうして貴族社会を籠絡した彼女が私たちを貴族足らしめるものの多くを自ら差し出すように仕向けた。それがどれだけ恐ろしかったか気が付いたのは、あの方がいなくなったあとだ。もしあのままだったら、今頃貴族社会が終わっていたかもしれない。そう思えるほどの手際だ。まるで神に愛されているかのような方で、万人に愛された人だった。そんな、恐ろしい傑物だった」

「……で?」


 お父様のどうでもいい昔話を耐えて聞き、威嚇するような低音で本題を促す。


「ミシュリーは、その才能を継いでいるよ。あの子には悪いが、このままノワール家には置いておけない。学園の卒業は、いい区切りだ。修道院に送るといっても悪いようにはしない。納得しなさい、クリスティーナ」

「するか。親を見て子供をわかった風に言うな。ミシュリーはミシュリーだ。ふざんけんなよ、お父様。いままでミシュリーのなにを見てきたんだ? 亡き王妹殿下の影でもみてたんじゃないのかっ。ちゃんと、ミシュリーを見ろ!」

「いいや。見れば分かる」


 毒を吐く私に、お父様は素っ気なく答える。

 見ただけなんていう戯言は、天才の私に対抗するにはあまりに不足な根拠だ。すぐさまお父様を論破してやろうと身構えて


「誑かされたお前を見れば、わかる」


 あらゆる言葉が、消え失せた。

 用意していた反論も、ぐつぐつとたぎっていた怒りも、その一言でまとめて吹っ飛んだ。


「他の誰よりも、己自身よりも、あるいはノワール家よりも、ミシュリーのことを優先するお前を見れば、分かるよ」

「……ぁ」


 だって、それは。

 ミシュリーは、私の妹で。

 だから、私が。


「……なあ、クリスティーナ」


 断片的に浮かんで弾けていく言葉を出せず絶句した私に、お父様は不意に優しく微笑む。


「私はね、ミシュリーのことを大切に思っている。けれどもそれ以上にお前を愛している。そして……お前よりも、私はこの国に仕えるノワール家当主であることを優先させるよ」


 それは紛れもなく高潔な貴族の義務であり、お父様は間違いなく高位貴族の体現者だった。

 ぎゅうっと手を握る。拳の形にして、強く強く、爪が掌に食い込むくらいに強く握り込む。

 お父様の信念に対して、私が絞りだせたのは、情けなく震えてしまった一言だけだった。


「お父様は、なんとも思わないのか……?」

「思うところはある。ただ、それだけだ」


 それが貴族だ。

 その温度の欠けたお父様の言葉は、ほんの少しだけ寂しげだった。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
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