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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十三歳編

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 昨日のお父様は頑迷だった。

 全寮制という不合理なシステムへの文句を食後も訴えようと思ったのに、仕事中だという言い訳を盾にお父様の書斎に入れてもくれない。扉をバンバン叩いていたら、とうとうつまみ出されて部屋に閉じ込められた。私とミシュリーを引き離そうなどと、それは世界に対する反逆に違いないのに私たち姉妹の言うことを聞いてくれないのだ。


「王立学園の入学にしても、別に教育が義務というわけでもないんだっ。なにより私は、もうすでに学園で学べる程度の教科は修めている! だから無理に行く必要はないんだっ。そうだろう、シャルル!」

「そうだね、クリス!」


 私の意気に目を輝かせて答えたのは、シャルルだ。

 王族のくせに我が家に割と頻繁に訪れるかわいいやつである。今年で、もう十一歳になったのか。背も伸びてきて、ミシュリーとほとんど同じだった背丈ははっきりとシャルルのほうが大きくなりつつある。

 それでも利点である素直さには変わりなく、感情がはっきりと表に出る。今朝の顛末を聞いた私の婚約者は、なぜか嬉しそうだ。


「今日のクリスは元気がいいね!」

「当然だ! 今の私は怒っているからな!」


 シャルルの理解の方向がずれていた気がするが、些細なことだ。気炎万丈。拳を振り上げて怒りを示す。シャルルもつられてか「おー」と手を振り上げた。


「お父様はもうちょっと使えるお父様だと思ってたんだがなぁ! 私とミシュリーを引き離すことをよしとするなんて……おい、シャルル! お前もなにか言いたいことがあるだろう!?」

「うん!」

「よしっ、言え!」


 私とミシュリーが引き離されるなんて言う事態には、やっぱりシャルルも思うところがあるらしい。さすがは私の婚約者だ。

 私の促しに、シャルルは上機嫌に口を開き


「ざまぁみろ!」

「わかったシャルル。私にケンカを売るとは相変わらず勇気があるな、お前は……!」


 笑顔でびっくりするようなことを言いやがったシャルルの顔面をわしづかみにする。前世の知識でいう、アイアンクローだ。そのまま握力に任せて締め上げる。


「痛い! なんかこれ痛いよクリス!?」

「しばらく甘んじて受けろ。お前のことは好きだけど、それとは別に私は厳しい女だ」


 ぎりぎりと締めあげる力からじたばたして逃れようとするシャルルだが、私の握力は年下を逃すほど弱くない。

 まさかのまさか。私の正当なる演説を聞いた感想が「ざまぁみろ」とは。温厚な私でも、ぴきっと来た。なかなかのタイミングでの煽り文句だ。


「好きって言われたのは嬉しいけど、違うよっ? ざまみろはクリスに言ったんじゃないよ!」

「ほう?」


 シャルルの訴えに一考の余地が生まれた。ちょっとだけ腕の力を緩める。


「じゃあ、誰に言ったんだ?」

「ミシュリーにざまみろって言ったんだよ? だから離してくれるよね!」

「分かった。延長戦に突入だ。覚悟しろシャルル」

「えぇ!?」


 なんでいまので離してもらえると思ったんだ、こいつは。さっきより返事がよりひどくなっている。

 どうしてとばかりに悲鳴を上げたシャルルの顔面を、ぎりぎりと締め付けてやる。ちなみに力具合は、さっきよりちょっとばかり強めだ。

 そうしてシャルルにお仕置きをしていると、横合いから声がかけられた。


「おい、クリスティーナ・ノワール。その手を離――あだっ!?」


 聞こえて来た声の方向に向かって、近くにあった小物入れを掴んでぶん投げた。適当に投げたのだが、悲鳴からして命中したようだ。


「貴様……なにをする!? 俺を誰だと思っているっ。この国の第一王子に不敬だとは思わないのか!」

「いつの間に私の部屋に入り込んだ、変態王子が」

「誰が変態王子だ!?」


 いま叫んだ相手の名前は、わざわざ言う必要もないだろう。

 シャルルとは少し色違いの青い目に、まっすぐの金髪をしたエンド殿下だ。ここ二年、シャルルの訪問に合わせてたまに我が家に入るこむ害虫の一種である。どうもシャルルとのやりとりにまぎれて私の部屋に入り込んだようで、声を掛けられるまで気が付かなかった。


「あ、兄様だ」


 この屋敷に入り込んだバカを叩き潰さなければという使命感に駆られたせいで、うっかりアイアンクローを解除してしまった。意外とけろっとしているシャルルが殿下に寄っていく。


「どうしたの、兄様。ミシュリーの相手をしてくれるんじゃなかったの?」

「ああ。彼女の部屋まで行ったのだが、なぜかミシュリーが見当たらなくてな。おい、クリスティーナ・ノワール。ミシュリーはどこにいるんだ?」

「さあな。私にだって知らないことくらいある」


 こっちに目を向けてきた殿下の問いに、しらばっくれてごまかす。

 もちろん、私がミシュリーの所在を知らないなんてことはあり得ない。エンド殿下が来るから、ミシュリーは部屋から逃がしてある。今頃メイドと一緒に刺繍をしているはずだ。エンド殿下が消えたら合流する予定だ。


「そうだよね。ミシュリーなんてどうでもいいから、クリスが知らなくてもいいよね」

「よくない」

「あいたっ」


 相変わらずミシュリーに対してよくわからない対抗心を抱いているシャルルには、軽くチョップをいれておく。


「ふむ。まあ、ミシュリーにも予定はあるだだろうから、仕方ないな。しかしさっきの話が少し聞こえてきたが……貴様、全寮制だということも知らなかったらしいな。見識なしが」

「黙れ王家のできそこない。盗み聞きとはいい趣味してるな」

「不利になったら悪口でごまかそうという腹か? 引っかからんぞ。だいたい、俺が訪れる時期を考えれば王立学園が全寮制なのは分かることだろうが」

「時期……? ああ、そうか」


 確かに今年のエンド殿下が来たのは夏と冬の時期だ。考えてみれば殿下は私の一つ年上だから、王立学園の生徒だった。なるほど。年に二回ある休暇中に来ていたのか。殿下のことなんて考えたこともなかったから、思い至らなかった。


「悪いな。殿下のことは夏と冬にわいてでるなにかだと思っていたから、推論の種にもならなかった」

「貴様は俺のことを何だと思ってる!?」

「ん? いま言ったとおりだけど?」


 今年は季節の節目に来るようになったなぁとしか思っていなかった。


「でも、寮に入るのは決まりならしょうがないんじゃない? クリスは寮に入って、ミシュリーは取り残されるんだよね。つまり、ミシュリーざまみろだよ」

「後半はともかく、前半は正論だな、シャルル。兄からの忠告だ。あまりそいつと話すな。アホがうつるぞ」

「お前がシャルルと話すな。私の婚約者にバカと変態がうつったらどうしてくれる、変態王子」


 私がこいつと仲良くすることはない。二年前にミシュリーに一目ぼれして以来、ちょくちょく我が家に訪れるこのストーカー気質と仲良くできる理由がない。粘着質でキモイ。ミシュリーと顔を合わせる資格すらないから、全力で妨害してやっている。しかも私の妨害をかいくぐってミシュリーに会えても、なにかできるというわけでもないヘタレだ。


「おい、クリスティーナ・ノワール。その変態王子とかいう呼び方はいい加減やめろ。さすがに聞こえが悪すぎる……!」

「はっ。私がお前をどう呼ぼうと私の勝手だ。その言質は二年前にとってあるからな」

「ぐうっ」


 ふふんと胸を張って殿下を言い負かす。

 妹に近づこうとする変態を変態と呼んで悪いことはないので、今後ともに改める気はない。二年前に手に入れた権利は思ったより使える。このバカ王子、プライドだけは高いから、自分からした約束事を撤回しようとはしないし。


「なんなら撤回をかけて剣の勝負でもやるか? 今の私は、そこそこやるぞ」


 殿下との一件もあったので、護身術程度ではあるがマリーワから体の動かし方の手ほどきを受けてある。たしなむ程度にはできていた方がいいだろとマリーワも賛同してくれた。しかも、護身術に関してはなぜか「……筋がいいですね」と、かつてないほど率直に褒められた。

 本気で誰かと打ち合うことなんてもちろんしたことはないが、マリーワが褒めてくれたのだから私はそれなりのはずだ。

 ちなみにマリーワがなんでそんな手ほどきができるんだという疑問はもう捨ててある。マリーワだからだ。むしろマリーワに教えられないものがある方が驚くぐらいだ。

 私の挑発交じりの提案に、殿下は腕をくんでそっぽを向いた。


「ふん。女と剣で打ち合えるか」


 昔に打ち合おうとしたバカがなにかほざいた。


「二年前よりはイグサ子爵の教育が行き届いているようでなによりだけど……シャルル。そのバカから離ろ。こっちに来い」

「うん。……うん?」

「ちょっと待て」


 素直にこっちに寄ろうとしたシャルルを、エンド殿下が引き止める。


「おい、アホ女。俺の弟を誑かすな。こっちにいろ、シャルル」

「うん? えっと、別にいいけど……」

「誑かすもなにも、私の婚約者だ。シャルル。いいからこっち来い」

「うーん……」


 間に挟まれたシャルルが、どうしよっかなーみたいな顔で私と殿下を見比べる。もちろん私たち二人にわかり合う気も譲り合う気もなく、シャルルを挟んで剣呑な視線をぶつけ合っていた。

 その真ん中でしばらく悩んでいたシャルルが、不意に私たちの手を取った。


「お?」

「む?」


 困った顔のシャルルが、私と殿下の手を引き寄せて軽くくっつける。指先が軽く触れ合う程度の接触だ。シャルルらしいといえばシャルルらしく、それでも意外な行動にとっさに反応できない。


「こうやって仲良くできない?」

「……」

「……」


 シャルルの言葉に虚をつかれ、エンド殿下と触れ合わされた部分を無言でしげしげと眺める。

 いや、まあ、シャルルの意図は分かる。なにが言いたいのかも伝わる。ただ、これは、そうだな。端的に言うと、あれだ。


「淑女である私の玉の肌がかぶれそうだな」

「王者の俺の肌に合わな過ぎて、鳥肌が立つな」


 結論。

 シャルルが何を言おうと、こいつとだけは仲良くなれる気がしなかった。

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