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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
間章

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78/124

-2

 マリーワの周囲は、祭りの喧噪であふれていた。

 年に一度の建国祭。

 国の誕生を祝うその日は、国を挙げてのお祭り騒ぎの日だ。中央広場に続く大通りにはずらりと出店がならび、客引きの声も絶えない。誰もかれもがいつもより羽目を外して楽しんでいる様子が見受けられる。

 ただ、その誰しもがすぐそばを王族が闊歩しているなどとは思わないだろう。

 今日のマリーワは、一人で市井の祭に足を運んだわけではない。一人の友人に、話したいことがあるからと引っ張りだされたのだ。

 その友人は、目立った護衛も付けずに串焼きを売っている出店へと突撃していた。やわらかな金髪を粗末なローブの中にしまい込み、フードを被って人目を惹く美貌を抑えている。それでもきらきらと輝く青い目と人懐っこさは隠しようもなく、商品の受け渡しをするだけで出店の店主を笑顔で和ませていた。

 社交界でいる時も楽しそうだが、こう言った時は活き活きとしている。似ているようで明確に違うその雰囲気を、その女性の隣で歩くマリーワは感じていた。

 ドレスで着飾るのも好きだし、こう言った下町で遊びまわるのも好んでいる。イヴリア・エドワルドはそういう女性だった。

 ただ、その足取りがいつもより地に足を付けた重みがあるように思えるのは、さきほど聞いた事実のせいだろう。


「で、相手は誰ですか」

「処女懐妊」


 妊婦がふざけた単語を発した。

 あからさまにはぐらかした答えに、びきっとこめかみに青筋が走る。

 当たり前だが人間の子供というものは男女の営みで授かるものであり、例外は存在しない。赤ん坊はキャベツ畑で生まれてくるものでもなければ木の股の間からつるりんと出てくるものではない。そんな常識は、市井の十歳児でも知っている常識だ。

 教会で語られている聖典にある『処女懐妊』だなんてものは聖人の神秘性を高める方便でしかないということぐらい、よっぽど信心深い人間でなければ知っていながら口には出さない当たり前の知識だ。


「この子供は神様から授かりました。えっへん!」


 だというのに恐ろしいことに、二十半ばも超えた女性が堂々と胸を張って臆面もなくそんな戯言を言い放った。

 まさしく神をも畏れぬ放言である。地位も教養もあるはずの高貴な女性がそんな阿呆なことを言い放ったのだ。頭をひっぱたかれ胸ぐら掴まれ前後に揺さぶられたって文句が出ないはずである。

 だが何より恐ろしいのが、その答えを聞いた五人中四人が引き下がったという事実だ。


「で、誰ですか?」

「だから私が頑張って一人でいひゃいひゃい! ふぁんでほっぺたひぃっはるの!?」

「それが分からないほどバカだったらあなたの頬を引きちぎりますよ? そうすれば世の中が少しは静かになりますし、いいことづくめです」

「ひゃめてよ!?」


 そして引き下がらなかった唯一の人物、マリーワ・トワネットは遠慮なくイヴリアのほっぺを掴んで釣り上げていた。

 少しばかり騒がしいが、今は祭の最中だ。目立たないように服装も周囲に合わせているため、多少声が高くなっても注目を集めても不審に思われることはない。


「ふぉーしてマリーワはふぉんなふぃどいふぉとふぉもいふくの!? ふぉになの!?」

「れっきとした人間です。そもそもアホですかあなたは。人を呼び出したかと思えば相も変わらずバカげたことをペラペラぺらぺらと、よくもしゃべりますね。生きていて恥ずかしくないのですか。私はあなたの横を歩いていて恥ずかしくてたまりません。お願いですから少しはまともな口を聞けるようになってください」

「ふぃどい!」


 別にひどくはない。どう考えてもひどいのはこの王女殿下の頭の中だ。その確信のあるマリーワに容赦はない。無駄にすべらかな頬をつまんでいる指に一層の力をこめた。


「いたたたたたぁ!」

「で、誰ですか?」

「ふぁんでマリーワふぁひんじてふれないふぉかなぁ。ふぃんふぁふぃきふぁがったのに」

「確かにあなたのアホな理由を聞いて引き下がったらしいですが……別に他のみんなも信じたわけではないですよ」

「ひゃん!」


 気が済んだわけではないが、このまま言語が不自由だと意思の疎通に不便が生じる。置き土産代わりに最後にひときわ強く引っ張ってから、つるし上げた頬を解放した。


「うぅ……ほっぺた痛い。これ、絶対赤くなっちゃってる奴だよ」


 泣き言を言いながらつねられた頬をさすっているイヴリアを、マリーワは半眼で眺める。大仰に痛がっている割には一連の騒ぎの間に先ほど買った串焼きを落としそうになるそぶりすらなかった辺り、まだまだ余裕があったに違いない。

 ぶつくさ文句を垂れるイヴリアが、ぱくりと串焼きを一口。どうやらおいしかったようで、あっさりと笑顔になった。

 マリーワはそれを横目に、ゆっくりと人の流れに沿って歩き始める。


「あなたの答えを聞いて、事情を詮索しなかっただけです。誰があなたの阿呆な自己申告なんて信じますか、バカらしい」

「えぇー、じゃあ何? マリーワがデリカシーないですっていうだけのお話なの? 人のプライバシーにずかずか踏み込んでくる迷惑屋さんなのかな、マリーワは。素敵な性格だね。私は嫌いじゃないよ?」

「違います。ふざけないでくれませんか、うっとうしい」


 串焼きがおいしかったらしく、さっそく上機嫌になったイヴリアはからかい気味にけらけら笑う。

 出会ってからもう三年以上。現行貴族の特権排除という、平民と、なにより王族に大きな意味のある活動を通して、この王女殿下とも気安くなったものだ。もちろんここまで遠慮のないやり取りをするのは、せいぜい今みたいに市井にまぎれてお互いの身分を隠している時に限られている。社交界で会う時は、基本的に他人のふりをしているのだ。

 イヴリアはその関係を「秘密の友達だね!」と評していたが、ちっとも嬉しくない。人間は近づいた分だけ粗が見えるものだが、これほど顕著な例もないだろう。こんな時でも変わらないイヴリアの軽々しさに、マリーワは不快に眉を顰める。

 けれどもその程度ではイヴリアもへこたれない。


「えへへー。じゃあ何でマリーワはわざわざ聞いたの?」

「誰かが聞かなければいけない質問でしょうに。私があえて泥をかぶって聞いたんです」


 マリーワの言葉は事実だ。実際、常識的に考えて誰が処女懐妊などという戯言を真に受けるだろうか。他の引き下がった四人は、ごまかしたイヴリアの宣言を追求する勇気を持てなかっただけだ。


「ふーん? そうだね。なるほど納得の説明だね。……でもさ、マリーワ」


 イヴリアは青い瞳をきらりんと光らせる。


「本当に? ほんとーに、みんな私が処女懐妊だなんてしたわけがないだろうバーカって思ってるの? まったく、ちっとも、欠片もそんな可能性がないって断言したの?」

「当然です。……おそらくは」


 言い切ろうとして、しかしマリーワですら断言ができなかった。

 本気で信じた可能性も、まったくないとは言えない。それは聞いた側の愚かしさではなく、話した側の恐ろしさだ。マリーワですらイヴリアの懐妊理由で『処女懐妊』と聞かされた時、ああなるほどそうですかと一瞬納得しそうになったのだ。そういう雰囲気をイブヴリアは持ち合わせていたし、だからこそ彼女は社交界でも光り輝いていた。

 それに、そもそもイヴリアは結婚はおろか婚約すらしていない。

 王家の二十代も半ばに至った女性としては異例なことだが、独身を貫いている。直接聞いた話だと「結婚したくないから」と答えていた。聞いた当時は意味が分からなかった。したくないとかそういう問題ではないはずだが、親交を持った今となっては理屈ではなく感覚が納得してしまっている。

 そんな彼女が赤ん坊を宿した。

 結婚をする気もなく、婚約した相手もおらず、通じ合っていた異性がいたという話も聞いたことがない。そんなイヴリアが子供を授かった理由がどうしても素直に祝福できるものだとは思えなかったのだ。

 だからこそ、マリーワですらそこで詮索の手を緩めてしまう。


「あなたが話す気がないのなら、いいんです」

「あらら」


 ほんの少し弱気になった声に、イヴリアも意外そうに目を丸める。だが間をおかず、ふんわり優しく笑った。


「マリーワは気遣い屋さんだね。好きだよ、そういうところ」


 何とも気に入らない反応に、ちっ、ととげとげしく舌打ちが漏れた。

 昔は舌打ちをするような、はしたない癖などなかったのだが、これもイヴリアと付き合うようになって身についてしまった悪癖だ。


「私は、あなたのことなど嫌いです」

「そう? ま、何にしても子供なんてできちゃったから、いままで通りってわけにもいかないや。王家秘蔵の別荘行くことになったよ。しばらく島流しだね。ちょっと楽しみ」

「そうですか。いっそ帰ってこないでください」

「私、都会っ子だから田舎の生活に耐えきれなくなって、そのうち帰りたくなると思うんだー」

「心配しないでください。あなたなら立派な野蛮人になれますよ。私が保証します」

「淑女になんてこというのかなぁ。等価の黄金よりも価値があると呼ばれる、この真の淑女に! そこのところ、マリーワはどう思ってるの?」

「この国の社交界はおかしいと思っています」


 ふふんと胸を張って見栄を切るイヴリアに対するマリーワの評価なんて、そんなものだ。マリーワの中のイヴリアの心象は、初対面から三年経って見事な急落をみせている。恐ろしいことに、まだまだ底はないようで地獄に奈落かと思うほどに低落しているのだ。


「だめだよー、マリーワ。自分じゃなくて世間がおかしいだなんて思っちゃね、人生うまくいかないんだから。そんなことでつまづいちゃバカらしいでしょ?」

「はいはい、そうですか」


 何故か偉そうな忠言を聞き流し、ちらりとイヴリアの下腹部に視線を走らせる。

 こうやって胸を張っていても、お腹のふくらみはまだ目立っていない。王都から別荘に移されるということは、おそらくお腹がおおきくなる前に人目のつかない場所へと移されるのだろう。

 王家はイヴリアの懐妊を発表していない。今後おおやけにする気もないのだろう。王家の未婚の女性が懐妊したなどという話は、きっと歴史の闇に葬られる。


「野生に帰りたいというのは理解しますけど、戻ってきてくださいよ。あなたが居なければ、私たちはロクな活動ができませんから」

「あいさい! 大丈夫。一年くらい空けるだけだから、その間は頑張って」


 気軽に頷いたイヴリアに、心の中でほっと息を吐く。

 イヴリアを中心とした活動は、まだまだ時間がかかる。強権を使わず、ゆっくりと意識を改革して行き、味方の数を増やして法案を通していく。そんな活動内容は王女殿下という象徴が居なければ、何よりイヴリアという支えがなければ自分たちは動くことすらままならないだろう。誰一人だって、彼女の代わりになれる人はいないのだ。

 一年ばかり活動は休止するのは痛手だが、致命的というほどではない。


「心配性だね、マリーワは。失敗しても、次があるよ」

「あなたはどうしてそんな適当なことを言えるんですか」


 マリーワからしてみれば、イヴリアが楽観的過ぎる。そもそも失敗を前提にするのは不吉だ。


「私たちが、この国を変えるんです。そのために惜しむものなどありません」

「ふーん? 私たちとか、そんなのはどっちでもいいんだけどなぁ」

「いいわけありません」


 何気なく責任感のないことを言い放つイヴリアを、ぴしゃりとしかりつける。

 イヴリアは時々、口癖のように言うのだ。

 どっちでもいい、と。


「ううん、マリーワ。本当に、どっちでもいいんだよ。どっちであっても、それは等しく未来だもん。良くも悪くも、いつかは変わるものでしかないんだよ。早いか遅いかだけで、なら、どっちでもいいじゃん」


 串焼きの肉を食べながら言うイヴリアのセリフには、不思議と確信があった。

 失敗も成功も、彼女にとっては大したことではないのだろうか。

 その気持ちは、マリーワには分からない。自分の及ばなかった未来など、想像もしたくない。だからこそ、自分の持てる力を注いで現実に立ち向かっているのだ。自分が立ち向かって、それでも及ばなくて、自分以外の誰かが自分のやりたかったことを達成したのなら。

 それは、とても悔しいではないか。

 どっちでもいいなんていうイヴリアの気持ちに一部も賛同できなかったからだろうか。不意に疑問が思い浮かんだ。


「ねえ、イヴリア」


 イヴリアは、かつて言った。

 王族には自由を好み、愛が深い人間が生まれる。一世代に一人は必ずいるそれが自分なんだと。そして自分はこの国を愛しているのだと。確かにそう言った。

 イヴリアが自由を好むのは見ての通りだ。だが、口癖になっている今の言葉を聞いて、ふと思った。


「あなたは、本当にこの国を愛してたのですか?」

「…………」


 唐突な質問に対する答えは、返ってこなかった。

 いつも笑顔で、話しかければすぐにテンポよく答えを返すはずのイヴリアが、その時だけは故意にマリーワの問いかけから目をそらした。

 マリーワから目をそらしたイヴリアは、何かを探して上を向く。


「……私がさ」


 ふいっと空を仰いで、太陽に向かって手を伸ばす。その何気無い仕草が、なぜかとてもイヴリアらしくなかった。


「私が、庶民に生まれたならもっと簡単だったと思うの」

「……はい?」


 脈絡のない仮定は突拍子がなく、何が言いたいのかつかめない。珍しくきょとんとしてしまったマリーワをからかうこともなく、イヴリアは意味のないもしも話を続ける。


「だって、私が庶民に生まれたら、きっと革命を起こしてたもん。今みたいな頭の悪いシステムが大嫌いになって、仲間を集めて抗議して、力を集めて国をひっくり返すの。下から突き上げて上を壊すっていうのは、それはそれで楽だったと思うし、私だって満足してたと思うの」

「……誰が国を崩した後始末をするんですか?」

「きっとマリーワかな?」


 くすくすと笑うイヴリアの仮定に、冗談じゃないと肩をすくめる。


「あなたは、実はそういう生き方をしたかったのですか?」

「うーん……なんていうかね。そうしたいってわけじゃなくて、庶民に生まれたのなら私はそういう生き方ができた。上に挑戦する生き方ができた、っていうもしも話。でも、私は王族に生まれちゃった。上がいないんだよ」

「上、ですか?」

「うん。私より上ってなぁに? お父さんとかお兄ちゃん? 他の国の王侯貴族? いっそ神様? 違うんだよねー。それはさ、挑むものじゃないんだよ」


 語り口調に合わせてくるりくるりと回していた串焼きの串を、ぽいっとゴミ捨て場に放り込む。


「だから、下を抑える生き方になっちゃった」


 まるで王族に生まれたことを恨むかのような不遜な物言いだ。


「嫌じゃないんだけどね。みんなと仲良くして、不満がないようにしてゆっくりと変えていくのも、悪くはないんだよ? えへへー。これでも私、反発されないことには自信があるんだ」

「それは初耳ですね。ぜひとも打ち砕きたい自負心です」

「なんでマリーワは手をグーにするの!? やめてよそれは痛そうだよ!」


 やたらとうるさい叫び声に、マリーワはこめかみに当てていた拳をそっと下す。イヴリアのようなアホがいたら、今度はためらわないで拳を振り落とそう。そう決めて、さっきの話題は流すことに決める。


「そういえば一年くらいで帰ってくるといっていましたが、あなたは子供はどうするつもりなのですか?」

「え? それこそどうでもいいじゃん」


 今度こそ、ためらわずにバカの脳天に拳を打ち下ろした。


「あなたの生き方は、あなたのものです。好きになさい。ただ、子供は子供です」


 どっちでもいいどころか、どうでもいい呼ばわりなど人でなしもいいところだ。どうしてできた子供だかはこれ以上詮索するつもりもないが、いまの言い方はマリーワをして許せるものではなかった。

 マリーワの鉄拳制裁を受けたイヴリアは殴られた頭のてっぺんを抑えてぷるぷる震えうずくまっていた。


「ぐっ。いまのは本気で痛かったけど……大丈夫だよ。なんとかなるって」

「あなたは……いえ。もういいです」


 あまりに無計画なそれを聞いて、マリーワは諦めた。

 バカの考えなど、マリーワでは及びつかないのだ。

 この三年間でマリーワは学んだ。バカは早めに直さないと手遅れになる、と。そして手遅れになったバカに関わってしまった自分が迂闊だったのだと諦めた。


「ねえ、マリーワ」

「なんですか?」


 ため息を吐いたマリーワの反応をうかがっていたイヴリアが、いつものように底抜けの笑顔を浮かべたまま、純粋な疑問を浮かべる。


「私さ、親になれるのかな」


 不意をついた問いかけに、思わず息を飲んでしまう。

 イヴリアの表情はいつもどおり気負いなく、不安の色もない。


「あなたは……」


 なんと答えるべきか一瞬言葉に詰まったが、それでもいうべき言葉を続ける。


「……きっと、立派な親にはなれません」

「そっか」

「ええ。でもですね」


 きっと自覚はあったのだろう。気落ちした雰囲気はなかったが、だからこそ真摯に語り掛ける。


「子供が生まれたら、全力で周りを頼りなさい。子供のために、周りの愛情を今以上に集めなさい。それができる立場にいるんです」


 イヴリアの家臣を、友人を、知り合いを、あるいは――自分を。

 それを頼れば、きっと彼女は親としても何とかやっていけるだろう。

 真摯な口調に何を感じたのか、イヴリアは嬉しそうに笑った。


「そう? なら、いつか、お願いね」


 そう言って、いつものように笑った。






 思えば、あれが最後の会話だった。

 その後、イヴリアは避暑地にある別荘へと移り、ひっそりミシュリーを出産し、産後が悪く急逝した。その真実を知っているものは少なく、公には病気にかかっての不幸とされ、彼女の早すぎる死は国民に痛まれることとなった。

 愛されて愛されて愛されて、誰からも愛された、だけの王女、イヴリア・エドワルド。

 彼女は楽しんで生きていたが、それでもきっと足りないものがあった。だからイヴリアは生涯をかけて自分の愛するものを探していた。まるで挑みかかるようにして生きていた。愛される自分を愛さないものがあるのかどうか試すかのように挑戦的に生きた彼女は、だからこそ魅力的だった。

 それからもう、十年あまりが経った。


「……そろそろ時間ですね」


 仕事場からの出迎えの馬車がくる時間だということに気がつき、自宅で物思いにふけっていたマリーワは身支度の準備を始めた。

 イヴリアが死んだ後、マリーワ達の活動は空中分解した。意義のある活動だったが、それでも要がいなくなった後に全員を牽引していけるような人物がいなかったのだ。

 たまに、マリーワは思うことがある。

 もしもイヴリアが庶民に生まれて自分と出会い、無事に子供を産んで親として育ったらどんな親子になっていたのだろうか。

 最後に話したもしもの話。

 それを、空想で遊ばせるくらいは許されるだろう。そんな世界があったらいいなと感傷にふける権利もあるはずだ。


「トワネット様。お迎えにあがりました」

「いま行きます」


 ノワール家の迎えに答えて、己の姉を怖いくらい愛している友人の忘れ形見を思い出し、そっと笑う。

 自分たちの次の世代。その卵たちを思い出し、いつもは厳しくしている顔に微笑が浮かぶ。

 イヴリアは、人に好かれる天才だった。確かに誰もかもに愛されていた彼女だったが、それでも。


「自分の娘には、たぶん嫌われたでしょうね」


 あの親子は、似ているようで正反対だ。そして、その性質があまりにも噛み合っていない。

 自分の愛情をまとめ上げて一心にして注ぐ妹と、それに劣らない愛情をもって周囲を振り回して生きる姉。もしかしたら自分たちが及ばなかったところに手が届くかもしれない姉妹の生き方を思い浮かべても、悔しいなんていう感情は浮かんでこなかった。


「さて、教育の時間です」


 自分の届かなかった将来への期待を抱いて、マリーワ・トワネットは迎えの馬車に乗るために身をひるがえした。

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