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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十一歳編

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 シャルルが来る日は、ほぼ例外なくミシュリーの機嫌が悪くなる。

 考えてみれば昨日の髪の毛の一件もそうなのだろう。ミシュリーがシャルルの訪問を前にぴりぴりしていたから、あんなおかしな言動を取ってしまったに違いない。でなければ私のかわいい妹があんなによくわからないことで取り乱し始めたりするわけがない。


「というわけで、シャルルを迎えに行くんだけど……」

「べーつーにー。いーよー?」


 いーよーと言いながらも、廊下でたまたますれ違ったミシュリーは私の裾をしっかりとつかんで離さない。馬車で我が家を訪問してくるシャルルを迎えようとメイドを引き連れ屋敷の正面玄関に向かっていたのだが、その途中で偶然に出会ったミシュリーに捕まったのが今の状態だ。

 ミシュリーはまだまだちっちゃな手でしっかり私の服を掴んで、ぶすっとした表情で拗ねている。

 なにこれかわいい。


「……こほんっ」


 随行していたメイドの咳払いにはっと我に返る。

 いけないいけない。ついついミシュリーに魅了されてしまうところだった。このままではミシュリーに囚われてシャルルを迎えに行けなくなるところだった。さすが私の妹である。不機嫌な様子すらかわいいなんて、もはや魔性と言ってもさしつかえない吸引力である。

 しかしこんなにかわいい妹を力づくで振り払うことなんてもちろんできようもはずがない。はずがないが、シャルルを出迎えるのは婚約者たる私の役目でもある。じっとりした視線を向けるメイドの圧力もどんどん強くなっていってるし、私は進まねばならないのだ。


「えっとミシュリー……」

「なに?」

「一緒にシャルルを迎えに行くか?」

「ぜぇっったい、やだ」


 毅然とした即答が返ってきたが、そんなことを言われても困ってしまう。後ろに控えているメイドの圧力に怒気が混ざり始めた。なんだこのメイド。使用人が主人に怒りを向けるとかありえないぞ。

 まあ、それはさて置いていまはミシュリーだ。

 こうしてミシュリーが私を引き留めているのは、まだまだ私になついてくれている証だ。姉離れという自立を始めたミシュリーとはいえど、まだまだ十にも満たない子供である。そのミシュリーがお姉ちゃんを取られたくないと思うのは自然であり、それは姉として嬉しい。いっそ誇らしいほどだ。

 だが、ミシュリーとシャルルだって別に仲たがいをしているわけではないのだ。私とミシュリーとシャルルの三人で遊んでいる時なんて、感心してしまうくらい息がぴったりの時もある。だからミシュリーの内心もいろいろと複雑なのだろう。その思いを力づくで振り払うような真似がミシュリーの健全な成長を祈る姉である私にできようはずもない。

 どうしようか。いっそいまこの場でミシュリーをお姫様抱っこしてシャルルの出迎えに向かってしまおうかという名案に自分の体力が持つかどうか真剣に検討し始めた時である。

 とうとうしびれを切らしたのか、メイドがそっとミシュリーの握り拳に手を伸ばす。


「ミシュリーお嬢様」

「……なに?」


 静かにミシュリーに呼びかけたメイドが、そっとミシュリーの手を包み込む。

 いまからミシュリーの説得を始める心づもりだろうが、このメイド、普段は使用人らしくあまり前に出たりで意見を申し立てたりすることはない。だからこいつ、たぶんオックスに会いたいという私情でこんなことしてるんだと思う。


「お嬢様は決してミシュリー様をないがしろにしたりは致しません。なにせ妹ぐる……ミシュリーお嬢様のことを誰よりも大切に思っているのです。それは、傍で見ていただけの私ですら理解できることです」

「いやお前いま、なに言いかけた?」

「だから、ご理解されてください。クリスティーナお嬢様の想いは、私などより深くご承知かと思います。クリスティーナお嬢様を信じるならばこそ、このまま行かせてください」

「なあ。だからお前さっきなにを言いかけた?」


 いい事言ってるようで失言しかけたメイドを追求するが、就職してきたばかりの頃と比べて随分と図太くなった使用人は私の追及を一顧だにしない。かがんでミシュリーに顔を近づけたメイドは、ゆっくりと


「ご納得いただけますでしょうか?」

「……むー。わかった」


 メイドに諭されてミシュリーが手を放してくれたのはいいが、メイドの行動原理がオックスに会いたいだけというのがいまいち納得いかない。

 だがミシュリーはメイドの言葉で自分の気持ちに折り合いをつけたのだろう。曇りのない世界一かわいい笑顔を私に向けてくる。


「じゃあ、お姉さま。いってらっしゃい。……あとで遊びに行くね?」

「ん。それはいいんだけど……」

「はい。それでは失礼いたします。ほら、お嬢様。行きましょう」


 さっきの失言と合わせてメイドの態度にもやっとしたものを抱える私の背を、気に障らない程度の力でメイドが押して先を促す。


「……まあ、いいか。それじゃあ、またあとでな、ミシュリー」

「うん!」


 輝くミシュリーの笑顔に見送られた私は、メイドを伴って屋敷の入口までシャルルを迎えに行くと、ちょうど馬車が屋敷の入口に着いたところだった。本来はもう少し余裕を持って待ち構えるだったのだが、ミシュリーとの会話でぴったりになったようだ。

 間に合ってよかった。なにやらそわそわした様子で自分の髪型を気にし始めたメイドを横目にシャルルとオックスが馬車から降りてくるを待ち構える。

 だが、王家の紋が確かに入った場所から降りたった人影は見慣れた二人ではなかった。


「……あれ?」


 小さく声を上げたメイドは作法がなっていないが、その失態をこぼしてしまった気持ちは分からないでもない。


「お久しぶりです、クリスティーナ様」


 極めて紳士的に膝を折って挨拶をしてきたのは、もちろんオックスではない。基本的に私に対してやたらと失礼なあいつがこんな上等な挨拶を私によこしてくることは終ぞなかった。

 おやと思いながらも、そこは天才の私である。如才なく淑女の皮を着こなし見るも見事なカーテシを披露する。


「お久しぶりですわ、イグサ子爵」


 非の打ちどころのない作法でもって私に挨拶をよこしたのは、イグサ子爵だった。エンド殿下の剣術指南を任されている彼が、なぜか馬車から降りて来たのだ。

 私の完璧な礼儀作法に、なぜか後ろで控えている教育のなってないメイドがびくっと震えた気配があったが、まあ気にしないでおく。この家の使用人に淑女第二形態を披露する機会も少なかったから、慣れていないのだろう。

 カーテシーから顔を上げた私は、わざとらしくない程度に首を傾げて疑念の表情を浮かべる。


「しかしなぜイグサ子爵が? シャルル殿下の随行はオックス様の役目だったはずですが――ああ、いえ、失礼いたしました」


 途中まで言いかけて、自分で答えを見つけてしまった。

 考えてみればオックスがいないのは意外なことではない。むしろ予想してしかるべき事態だった。


「とうとう、オックスさんは免職されたのですね」

「えぇっ!?」


 しおらしい淑女の皮を被りつつも半ば確信を持って断言する。

 短く驚愕の悲鳴を上げたメイドには悪いが、間違いない。あいつの仕事ぶりから見るに、いつかは絶対クビになると思っていた。

 私の素早い理解に、イグサ子爵は柔らかく微笑んだ。


「ふふっ。さすがクリスティーナ様は場を和ませる冗句も心得てらっしゃいますね。もちろん彼は首になったというわけではありませんよ」

「そうなのですか?」


 どうやら免職というのは私の早合点だったらしい。イグサの言葉にメイドがほっと息を吐く。

 そうだ。よく考えてみれば王宮勤めがそう簡単に免職などされるはずもない。それも踏まえて考えてみれば順当なのは……左遷か。

 できれば辺境の辛いところにとばされていてくれると嬉しい。北の方は凍えるほど寒いというから、そっちの方だといいなと期待しておこう。

 ふむふむと一人納得している私に、イグサ子爵は言葉を続ける。


「はい。聡明なクリスティーナ様なら私が現れた時点でもう察しておいでだとは思いますが、実は――」

「久しいな、クリスティーナ・ノワール」


 イグサ子爵の説明のの途中を遮って投げかけられた声に、淑女形態の私の顔が固まった。

 いま、声は。


「……っ」


 ぎぎぎっと音が鳴りそうなほどぎこちない動きで聞き覚えのある耳障りな声の方を見て見れば、何ということだろうか。イグサ子爵に続いて馬車から降りて来たその人物は金髪碧眼ではあるが、その色はシャルルのような澄んだ青でもなく、まっすぐ整えられた直毛はくしゃりと撫でたら気持ちのいいくせ毛でもない。

 シャルルが出て来るんだろうとばかり思っていた馬車の出入り口から、果たしてどういうことなのか。


「なんだ、その顔は。この俺様、エンド・エドワルドがわざわざ足を運んでやったんだぞ? 光栄に思え」


 成長の様子が欠片も見えないバカ殿下が私の前に現れた。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
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