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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十一歳編

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「兄様。クリスが来てることを教えてくれてありがとう」

「なに、気にするな。お前の婚約者なのだろう? 久しく対面していないと聞いていたからな。兄からの心付けだと思って受け取れ」

「うん。本当にありがとう」


 王族兄弟の会話に、じっとりと手汗がにじむ。白々しいエンド殿下の口を引き裂いてやりたい衝動に駆られたが迂闊には動きは晒せない。何せシャルルのやつ、エンド殿下と話している最中も、私から視線を離さないでいるのだ。心なしか、その目がぎらついているようにも見える。

 よっぽどフラストレーションがたまっていたのだろう。何せ二年だ。

 そうしてシャルルが待ち望んでいた再会は、私が恐れていたものでもある。

 エンド殿下がシャルルを連れて来た目的は明白だ。

 エンド殿下は私がシャルルを避けていたことを知っている。その噂を聞きつけて私を呼び寄せたのだから、知らないはずがない。だから私とシャルルをぶつけようという策を思いついたのだろう。

 だがおかしいだろそれは。


「バカかエンド殿下! いや知ってたけど!? エンド殿下がバカなことなんて会った時から知ってたけど、お前やっぱりバカだったんだな!」

「はぁ!? なんだいきなり貴様は!」


 指をさして罵ってやれば、エンド殿下はあっさりと挑発に乗ってくる。

 だが猿みたいに顔を赤く染め上げたエンド殿下とは対照的に、シャルルは静かでいて苛烈な目をしたまま距離を詰めてくることはない。私が逃げ出さないように、唯一の出口でもある部屋の扉の前を陣取っている。

 くっ。らしくもなく慎重だ。絶対に逃がさないという意図をひしひしと感じる。

 やはり、この場で隙をつくるとしたらエンド殿下を使うしかない。


「いきなり人を無根拠にバカ呼ばわりとは、淑女が聞いて呆れるな!」

「なら私を呼び出した目的を言ってみろ! きちんと言えたらおバカさんじゃないですねってほめてやるよこのバカ!」

「俺の目的だと? 貴様に勝つ以上の目的などあるわけないだろうが!!」

「違うだろ!?」


 予想の斜め上をいった殿下のアホっぷりに目をむく。

 なに言ってんだこいつは。こいつあれだろ。確か、シャルルをぎゃふんと言わせたいから私を呼び出したんだろ? 自信満々で『王妃になれ』とか言ってたもんな。

 そいつが私と殿下を引き合わせるとかどういうことだよおい!


「エンド殿下……お前、それ本気で言ってるのか?」

「当たり前だ。今日はっきりと悟った。俺は傲岸不遜な貴様を叩き潰してやるために生まれてきたのだ」


 なんだその世界で一番不必要な生誕目的は。そもそもクソ生意気なエンド殿下にだけは傲岸不遜だなんて言われたくない。


「クリスティーナ・ノワール。貴様に目にもの見せてやるためなら、弟との和睦などたやすいことだ」

「和睦って……兄様? 僕、兄様とケンカしてたっけ?」


 案の定というべきか、シャルルはエンド殿下に敵意を抱かれていたことにすら気が付いていなかったらしい。非常にシャルルらしい反応を横目に、私は射殺さんばかりの眼力を込めてエンド殿下をにらみ付ける。


「そうかそうか。私が原因で兄弟が仲直りか。それは大層ようございますねぇとでも言うと思ったら大間違いだぞ。何が目的だ」

「よく事情は知らんが、貴様はシャルルを避けているんだろう? ならば引き合わせてやればさぞ面白かろうと思ってな。くっくっく。予想以上に効果覿面じゃないか!」

「くっ。この初志貫徹もできないブレブレ野郎め……! お前いつか絶対ぶっ殺してやる!」

「はっ! その時は貴様、国家反逆罪で一族郎党死刑だな! ノワール一族を離散させる覚悟が貴様にあるのか? ないだろうなぁ! 無駄にプライドが高そうな貴様に、そんな真似はできるはずもあるまいっ!」

「ふざけんなアホ! 私が証拠を残すわけないだろうが!」


 ミシュリーにさえ累が及ばないなら、こいつを今ここでぶっ殺してやりたい。そうでなくても、いつか必ず陰謀でもってエンド殿下を誅殺してくれる。こんなアホが国王になったらこの国は終わる。


「第一なぁっ、エンド殿下! 私に勝負を挑んできた時のセリフをちょっと思い出せ! あの時、私が負けたらどうしろって言った!?」

「ああ? 確か『負ければ貴様は王妃となごふぅっ!?」


 ためらわないことで定評のあるシャルルが、流れるようなグーパンチをエンド殿下の腹にめり込ませていた。


「ちょ、シャルル、貴様――」

「え、兄様? なに? 兄様も僕の敵なの? ミシュリー二号? ミシュリー二号なの? ほっぺ? ほっぺたもいでいい?」

「いふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!?」


 無表情のシャルルが痛みにうめくエンド殿下のほっぺたを、何の遠慮もなく引き伸ばす。今度は痛みよりも今までやられたことない仕打ちに目を白黒させていた。


「お、おい待て、シャルル」


 慌ててシャルルの手を振りほどき距離をとったエンド殿下が言い訳を始める。


「やめろ。やめるんだ。俺は貴様の敵ではない。味方だ。なによりあの時の俺は少し……いやっ、だいぶおかしかったのだ! あんなクソ生意気な女なんぞ頼まれたっていらん!」

「え? なに? クリスをバカにされると、それはそれで腹立つんだけど僕はどうすればいいのかな兄様」

「どうしたシャルル!? お前の敵はあっちだぞ!?」


 突如として勃発した兄弟喧嘩は、弟の変貌ぶりに狼狽する兄が劣勢だ。なによりシャルルのブレーキが行方不明なせいでカオスだ。この場には混沌が降臨している。だが同時に望んでいた好機でもある。話術による誘導でエンド殿下の失言をひきだし、シャルルの注意をそらした今がチャンスだ。

 兄弟喧嘩とは蚊帳の外の私は混乱に乗じてひっそりと場を抜け出そうとして


「どこ行く気、クリス」

「ひゃう!?」


 びくっと肩が震える。

 さっきまで完全にエンド殿下へと注意が移っていたはずなのに、なんでバレてしまったのだろう。

 背後から私を引き留める力を感じる。後ろにいるから見えないが、どうやらシャルルは私の裾を掴んでいるようだ。

 こうなったら逃げられない。

 観念しておそるおそる振り返った私は意外なものを目にして息を飲んだ。

 泣きそうな青い目が、そこにあった。


「なんで、逃げようとするの?」


 指先で私の裾を掴んだシャルルが、顔を歪めて、泣きそうになっていた。


「あ、いえ、そのですね、シャルル殿下――」

「どうして僕が会おうとすると逃げるの? どうして話すとき、クリス第二形態なの? さっきまで兄様と話してた時は、クリスだったじゃん。わかんない。ずっと考えてたけど、分かんないよ」

「――ぁ」


 泣きそうな顔のまま問い詰めてくるシャルルに、淑女の仮面で取り繕おうとした私は言葉の接ぎ穂を失ってしまった。


「最適距離の話なの? 確かに僕が、クリスの好きな距離にすればいいって言ったけど、これがそうなの? だとしたら、僕は、やっぱり嫌だよ」


 もう二年も前に話題にしたことを引き合いにされて、なお私は何も言えない。

 泣きそうになってもなお青い瞳で私の目を見て、のどが震えそうになるのを唇を噛み締めてこらえている。そんな初めて見るシャルルの顔が衝撃的すぎて、どうしても口から言葉が出せない。


「クリスは……僕のこと、嫌い?」

「……っ」


 そんなわけない。

 嫌いだったら、どんなに簡単だろうか。そこにいるエンド殿下みたいに自尊心をへし折り、屈服させて二度と逆らわないようにすればいいのだから。

 でも、好きだからどうすればいいのか分からない。好きだって自覚したあの瞬間から、どうしたらいいかさっぱり分からなくなってしまった。

 いくらなんでもミシュリーと同じように接していいわけがないのは分かっている。

 サファニアとのじゃれ合いとも違うのだって分かる。マリーワにどうすればいいのか聞いても、いつもは明快な答えを出す家庭教師はただ自分で考えろと言うばかりだ。

 もう、どうすればいいのかが分からない。分からないものを分からないまま逃げ続けたせいで、どうしようもなくなってしまっているのだ。

 いつか離れてしまうかもしれない他人の心をどうにかする方法なんて、天才の私にだってわからない。

 どうしたら、分かってもらえるだろう。

 どんな言葉を出せば、私の不安を理解してもらえるだろう。

 どうすれば、私はシャルルに嫌われないで――


「おい何をやってるんだ貴様ら。見つめ合ってどうする」

「…………」


 存在を忘れていたエンド殿下の唐突な横やりに、感情が無になった。


「……」


 心の内側が虚無になった私が、虚ろな瞳でエンド殿下を見やる。

 そこには予想と違う展開が繰り広げられたせいか不服そうな顔をしたバカがいた。


「もっと憎しみあえ。争って戦って俺を楽しませろ。貴様らはそういう関係なんだろう?」

「なに言ってるの兄様? 大丈夫?」


 勘違いから発展した盛大な検討はずれを言い出したエンド殿下に、さしものシャルルも困惑を通り越して心配そうな顔になるが、残念ながらそいつの頭はもう手遅れだ。

 そして完全に無表情になった私は、立ち上がって扉へ向かう。

 もちろん逃げるためではない。能面の私が無言のまま扉を開いて呼び鈴を鳴らすと、目当ての人物はすぐさま駆けつけて来た。


「御用でしょうか、クリスティーナ様」

「エンド殿下をつまみだしてください」

「はっ。かしこまりました」


 完全に無の境地に達している私を見て何か察したのか、イグサ子爵は何も聞かずに了解した。するりと入室するや、逃げる間も与えずエンド殿下の後ろ襟をとっつかむ。


「あ、ちょっ、イグサ! 離せ! クリスティーナ・ノワールがこれから無様をさらす――」

「分かりました、エンド殿下。厳しい厳しい剣の修練を志願されるなんて、指南役として望外の喜びです。このイグサ、粉骨砕身の心で指導いたしましょう」


 エンド殿下の声は、イグサ子爵に襟を引かれて遠ざかっていく。しばらくなにやらわめいていた声も、完全に聞こえなくなる。


「ふっ」


 消え失せたエンド殿下の運命を思い、口の端を持ち上げる。

 諸悪の根源が消え失せて、うつうつしていた私の気分はとても晴れやかなものへと様変わりしていた。

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