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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十一歳編

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「不覚……!」


 悔恨の言葉が口をついて出た。

 言葉とともに吐き出された感情は、少し前までの油断しきった自分に対する後悔だ。

 過去を思い『もしも』を想像するなどただの時間の無駄でしかないのは重々承知だ。いくらい悔いたところで時間は巻き戻らない。人間は失敗する生き物だ。天才の私ですら誤ることはある。だから、間違った時にどうするか、どうやって失敗を修正できるか、その臨機応変さにこそ価値がある。過去の失敗しなかった自分を夢想するなど時間の浪費で、いまの自分がどう動くべきかを考えるのが建設的な思考というものだ。

 しかし、それがわかっていてなお、殿下が提示した勝負方法を聞いて後悔せずにはいられなかった。


「くくく、ふははは! どうしたその顔は! 小生意気なやつかと思ったが、存外素直だな!」


 エンド殿下が私の顔を見て哄笑を上げる。自らの勝利を確信している表情だ。本来ならばその傲慢さを叩き潰し、殿下の顔を歪めさせて吠え面をかかせなければいけない。

 だが、いまばかりは私とであろうともすぐさま言い返せなかった。


「はははっ! どうした、クリスティーナ・ノワール! さっきまでの良く回る口を閉じていれば、まあ少しは噂通りの淑女らしく見えなくもないなぁ!」

「ぐぬぬ……!」


 歯痒さにうなり声をあげるが、どうしうようもないのだ。好き勝手に言葉を叩きつけられるなど天才にあるまじき醜態だが、殿下の提示した勝負方法で戦えば万が一にも私が勝利することはない。

 勝負方法を事前に決めていなかったのは、言葉通り不覚だった。いくら絶大な自負があるとはいえ、白紙の契約書にサインするよう真似はいくらなんでも軽挙だった。

 だが。だが、しかし、それでも、だ。

 どうしても言っておかなければならないことがあった。


「……殿下」

「なんだ、クリスティーナ・ノワール」

「剣で勝負とか、殿下は頭がおかしいのか?」


 そう。あろうことかこのクソ殿下、淑女の私に剣での勝負を挑んできたのだ。

 よく考えても見てほしい。いや、よく考えなくともいい。ただ自分の常識と照らし合わせてくれればいいだけだ。

 自分より二つ年下の女の子に、剣で勝負を挑む男がいるだろうか? 常識的に考えて、そんな提案する男がいるとは思わないだろう。

 だが残念ながら、広い世界にはそんな恥知らずなことをしようとしている人間がいる。

 エンド殿下だ。死ねばいいのに。


「ふっ、早すぎる負け犬の遠吠えだな。俺の頭は誰よりも優秀だ」


 そんな常識外れの勝負を申し込んできた殿下は、私の訴えを聞き入れるそぶりもない。自分の勝利と正当性を露とも疑っていない顔で、傲然と言い放つ。


「自分の優位な勝負を持ち掛けることの何が悪い? そもそも事前の取り決めがない勝負を受けると言ったのは貴様だぞ」

「お前の底意地が悪いということだけはよく分かるぞ、クソ殿下……!」


 例え勝つためといっても、普通は手段を選ぶ。世の中には明確なルールと暗黙の了解と呼ばれるものがあって、無意識であれ意識的であれそれを犯さないように行動するのだ。

 殿下は、それをぶち破ってくれた。

 予想外だ。あまりに想定外な申し出だ。他人を下に置いて世間体をくだらないと切り捨てているエンド殿下だからこそ提示が可能な勝負方法だ。他の人間だったら、婦女子相手に剣を振り回そう打なんて提案は絶対にしない。婦女子は剣を持たざるべきというのが、この世の暗黙のルールだからだ。

 だからこそ、天才たる私に勝つという一点のみを考えれば、この上ない勝負方法でもあった。


「殿下。これは忠告だが、もし本当に私と剣での勝負をするとなったら、より大きな傷を負うのは殿下のほうだぞ?」


 主に世間体という意味でだ。

 剣で勝負をしたのなら、なるほど私に勝ち目はないだろう。だが、本当に私を剣で打ち据えたら、エンド殿下の評判は地に堕ちる。

 だが殿下は、再三に渡る私の忠告に聞く耳を持たなかった。


「くだらんな。誰がなにを言おうと、実際の俺が傷つくことなどない。この俺が優れているという事実は変わらんのだ」


 ダメだこいつ。

 殿下の怖いもの知らずの言動に悟った。

 前世の知識で言う『空気読めない』とはこういうことをいうのだろう。基本的に周りから称えられて育った殿下は、他人が自分に悪影響を及ぼさないと思っている。だから自分がなにしようがよかろうと判断してしまっているのだ。

 そんな考えでは、必ずいつかは手痛いしっぺ返しをくらう。まだ幼いからと見過ごされている部分も、大人になるにつれて看過されなくなる。エンド殿下はその時に初めて自分の身の程というものを思い知らされるだろう。

 だが、そんな訪れるべき未来など知ったことではない。勘違いの傲慢を育てたエンド殿下の未来にどれだけの苦難が待ち受けていようとも、その前に私がこの勝負で負けてしまっては何の意味もないのだ。

 さて、どうしてくれようか。どのような自体であれ、負けるわけにはいかない。勝つための策を張り巡らせようとしたが、それより先に殿下が口を開いた。


「まあしかし、だ。そこまで言うのならば勝負方法を変えてやっても良い」

「なに?」


 自らの優位を捨て去ろうという言葉は意外を通り越した不審の領域のもので、驚くより先に眉をひそめてしまう。


「当然だろう? 万全を期して剣での勝負を提案したが、この俺は至高の存在だ。例えどんな勝負方法だろうと貴様ごときに負ける道理はない。剣での勝負が嫌だというのなら、貴様が好きに勝負内容を決めるがいい」


 至高というのは自意識過剰すぎる。

 少しばかりしゃくだが、ありがたい申し出でもある。ここは半歩だけ殿下に譲って勝負方法を変更してもらい、その傲慢さが命取りになるということを知らしめてやれば――


「だから勝負方法の変更は認めるが……そうすれば貴様は王になる俺との契約を軽んじたということになる。自分が不利になったから前言を翻し己の利ばかり訴える。なるほどなるほど愚物にふさわしい行動だ。貴様の誇りというものは随分と薄っぺらいな、クリスティーナ・ノワール!」

「――は?」


 度を越した屈辱に、一瞬思考が止まった。

 誇り。

 お母様から証明された天才たる誇りに、貴族として生まれた青き血を持つ者としての誇り。その二つを合わせた誇りは、天才の私が掲げる唯一無二の感情だ。あのマリーワですら、私の誇りという領分を汚したことはなかった。誇りというものは、私にとって生まれ持って育った神聖な場所なのだ。

 それを、踏みにじられようとしていた。


「は、はは、はははは」


 いま眼前に突きつけられた屈辱を十全に理解して沸き起こったのは、笑い声だった。感情の発露にしてはあまりにも平坦な声が口から垂れ流しにされ、とめどなくこの場に響き、ある一点で突如沸点を超えた。


「ははは、はははははっ、はははははははははは! 分かったよ剣での勝負でいいんだなっ。受けてやればいいんだろうこの野郎がぁ!」


 私は、貴族だ。

 了承の言質をとって満足そうに頷いた殿下を睨みつけて、たとえ不利と知っていても誇りを押し通す。

 貴族には、負けるとわかっていてもなお引いてはならない時があるのだ。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス 【書籍化】
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