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 お父様が私を呼び出すことは時々あることだ。

 いつもは執務で時間を取られており家族との時間をないがしろにするお父様だが、何か用事があればこうやって部屋に呼びつけてくる。しかもその用件は大概が一方的なものだ。娘のことをなんだと思っているんだと言ってやりたい態度は少しばかり腹立たしい。

 しかし今日は何故呼び出されたのか、きちんと理解している。


「お父様」


 だから私は部屋に入るなり開口一番に申し立てた。


「今日呼び出された理由は分かっている。だから何も言わずにまず私の話を聞いてくれ」

「よく来たクリ――ん? クリスティーナ。お前、もしかしてまた勘違いをしてないか?」


 お父様は機先を制した私の言葉に出鼻をくじかれたようだ。天才の私がこんな簡単な問題で間違えるはずもないのに、勘違いだなんてことを言ってしまうなど不用意にもほどがある。そもそも「また」ってなんだ「また」って。まるで私がいつも勘違いしてるみたいな言い方はひどい。

 だから私は『うちの娘がまた変なこと言い出した』とでも言いたげな目をしているお父様に、ふっと余裕の笑みを見せつける。


「勘違いなどするものか。この時期に呼び出される理由なんて一つしかない。ずばり、私の悪評に関することだろう」

「は?」


 予想以上に的確な言葉だったせいか、お父様が目をまん丸にした。勘違いだなんて思っていたお父様のことだ。私が見事に言い当てるだなんて思ってもみなかったのだろう。呆気に取られたお父様の反応に気をよくし、ふふんと肩をそびやかす。


「いままで完璧をこなしてきた私の唯一の傷になりうる事柄だから、お父様が心配するのも仕方がない。だが安心してくれ。元凶はもう見つけた。後は叩き潰すだけだ!」


 勢いよく跳ねあげた語尾と一緒に、ここまで持ってきた例のリストをお父様の机に叩きつける。そこには私の噂を恣意的に曲解し、悪意を持って噂を社交界に流した人物が書き連ねてある。

 私のあまりに迅速な対応に驚いたのか、呆気に取られた様子のお父様がおとなしくリストを受け取った。


「くっくっく。どうだお父様。恐れ入ったか!」

「クリスティーナ……」


 私の執念がこもったリストに目を通したお父様が、なぜかとても悲しそうに眉を下げた。


「お前はここまで調べられるのになんで努力をそういう方向に……いや、もういいか」


 何か言おうとして、結局言葉を濁らせたお父様に、おや、と内心で小首をかしげる。

 なんかお父様の反応がおかしい。ここは私の優秀さに驚き慄く場面だというのに、お父様の表情はむしろ逆だ。なぜか呆れている気配すらある。

 深々とため息を吐いたお父様が、リストをそっと横に置く。


「クリスティーナ。今日はお前をそんな用件で呼んだわけではない」

「え。う、嘘を吐くなお父様!」

「本当だ」


 負け惜しみに冗談を飛ばしたのかと思って言及したが、念押しで訂正が入る。どうやら今回の呼び出しは本当に別件らしい。

 自信満々だった分、ちょっと気まずい。


「そ、そうか……。本当にこの件についてのことじゃないか」

「ああ。別件だったが、まあついでだ。クリスティーナ。お前に対する悪評だが、なぜこんな風評が流れているのかわかるか?」

「ん? そりゃ、ノワール家への攻撃だろう?」


 情報の元はあのパーティーの参加者、つまりは子供だ。ほとんどがまだ社交界にデビューしていない年頃の人間が、社交界に噂を流せるはずがない。

 つまり私の悪評を流しているのは、それを聞きつけた一部の親だ。

 大人がそんな噂を流しているのだから、ただのゴシップですむわけがない。十中八九、ノワール家の一人娘である私の評判を落としノワール家を貶めようという陰謀だろう。ちなみに憂さ晴らしとも言う。ノワール家の悪口を言えればなんでもいいのだ、やつらは。

 そこはお父様も同意見なのか、うむと鷹揚に頷いた。


「半分正解だ」

「半分?」

「ああ、半分だ。お前の言ったとおりノワール家を貶めようという意図もあるが、実際はもっと悪質だ。もし噂の内容がクリスティーナのことだけだったらよかったのだが――」

「よくない」

「よかったのだが、な」


 自分の悪評が流れたままなど、私のプライドが許さない。だというのにお父様は、私の横槍さらっと流して言葉を続ける。


「ノワール家の評判を落とすために、ミシュリーのことも噂に混ぜる必要はない」


 ミシュリー。

 これまた予想外の名前が挙がった。

 確かにノワール家を貶めようというのなら、その養子であるミシュリーを持ち上げるような噂をながす必要はない。だが、天使的にかわいい私の妹が噂になってしまうのは仕方のない事ではないだろうか。それは悪意の意志を超えた必然だ。


「ミシュリーの噂が入っている時点で、この件はただのゴシップでは済まなくなっている。その意味が分かるか?」

「どういうことだ? ミシュリーの名前が出たことがそこまで重要なのか?」

「私はミシュリーの出席も含めて今回のパーティー開催の許可を出した。だからこういう事態になるかもしれないとは思っていたが……お前がわからないのならそれも仕方ない。あの子の出生にも関わることだしな」

「……出生?」


 ミシュリーの出生と言えば、母親である今は亡き王妹殿下イヴリア・エドワルドのことだろう。

 しかし、それが今の噂とどうつながるのか。まるで関連性がうかがえない。


「この話はここまでだ。それより、これを見なさい。お前宛ての招待状だ」


 戸惑う私に、しかしお父様は明確な答えを提示しない。代わりに、机に置いてあった封筒を一通差し出してくる。

 肝心な部分を誤魔化されて話を切り上げられた。変に推測できそうな要素だけ並びあげた後に話を宙ぶらりんにされては生殺しのようなものだ。そもそもお父様の意図が読めない。

 追及しようかどうか、一瞬迷ったがお父様の表情を見て諦めた。

 公私を分けた、貴族の顔だ。今のお父様は、私の父親としてではなく一人の貴族としてそこにいる。直接聞き出そうとしても無駄だろう。

 隠し事をされてむくれようとしていた心だったが、封筒をとじてある蝋の印を見て一転。ぎょっと目をむいた。


「げっ。これって……」

「ああ。王家からの呼び出しがあったぞ」


 封をしてある印は間違いなく王家の紋章だ。差出人の心当たりは、もちろんある。この手紙を出したのはシャルルだろうと予想をつけ、顔に苦味を走らせる。


「あいつ、とうとう……」

「ちなみにそれは、シャルル殿下からではないぞ」

「え?」


 きょとんと目をしばたかせる。

 シャルルがしびれを切らして権力を行使してきたのかと思ったのだが、違うのか。てっきりシャルルからだとばかり思っていたから、差出人を確認していなかった。

 封筒を裏返して確認しようとしたが、それより早くお父様が差出人の名前を言う。


「それは第一王子、エンド・エドワルド殿下からの招待状だ」

「……は?」


 予想をことごとく外された会話だったが、最後に告げられた名前は最大級だ。差出人の名前を聞いて思考がぴたりと凍りつく。

 しかしなが、いくら衝撃の事実とはいえ回転の速い私の思考を凍らせることができたのは一瞬のこと。すぐにその事実を理解した私は、ゆっくりと顔を上げる。


「……お父様」

「なんだクリスティーナ」

「これ、断れないか?」

「無理だ。断る理由がない」


 本日初めて予想通りの答えが返ってきたが、ちっとも嬉しくない。無慈悲な却下に、がっくりと肩を落とした。

 エンド・エドワルド。

 この国の第一王子にして、王位継承権第一位の持ち主。シャルル、レオンに引き続き、前世の知識『迷宮ディスティニー』でミシュリーと結ばれる可能性がある三人のうちのひとりだ。

 そしてなにより、特筆すべき要素がもうひとつ。

 前世の知識で把握しているエンド・エドワルドは運命がどうとかいう以前に、その性格が心底毛嫌いしたくなる類のものだったのだ。

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