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私が交流の場に出るのは、実のところごくごく限られている。
まずは私の誕生会。これは私が主役だから当然だ。親しい友人が我が家に集まりみんなが天才の私をいつも以上にちやほやしてくれる良き日でもある。ミシュリーの誕生日はごく小規模なもので、家族間だけで祝うものだ。これはこれで楽しいもので、ミシュリーの誕生日は毎年私が主催して企画している。
あとは、お父様に引っ付いてごく親しい家に顔を出しに行くか、逆に当家を訪れる客人に挨拶するか。そのぐらいなものだ。この国の貴族の交流関係は王立学園に入学してから広がっていく。学園で友人を作り、それが卒業後の社交の場までつながっていく。だからこそ強制ではないのに、男女問わず貴族ならば王立学園に入学するのが半ばしきたりになっているのだ。
だからこの国で最も気高き貴族の直系とはいえ、九歳児の交友なんてそんなものだ。
そんな私だが、年に一回だけ公式な社交の場に出席できる機会がある。
「お久しぶりです、イスタル伯爵」
しとやかに片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手でドレススカートの端をつまんで軽く持ち上げて、一礼。マリーワに叩き込まれ、実践すること幾百回。マリーワからちゃんと褒められた私が行うカーテシーは熟練の域まで達しており、一つの芸術のように見る者の目を楽しませる。
「お久しぶりですな、クリスティーナ嬢。前回会ったのは、ええと……」
「一か月ほど前に当家にいらしてくださった時にご挨拶させていただきましたわ。変わらずご壮健のようでうれしいですわ」
二年前初めて顔を合わせて以来継続的に顔を合わせている数少ない大人の知り合い、イスタル伯爵に、淑女の皮を装備した私はにっこりと笑顔を送る。
年に一回、王宮で行われる舞踏会。シャルルと会ったこの舞踏会は、実は五日間続く建国祭の締めに行う盛大な上流階級のお祭りでもあり、私は毎年お父様に引っ付いて参加している。子供自慢にも使われることもあって、唯一私が堂々と社交界に参加できる機会なのだ。
「おお、そうでしたね! いやぁ、しかしあなた様ぐらいのお年頃ですとひと月も会わないとすっかり見違えますなぁ」
「そうですか? オーギュスタンさまにもご立派なご子息がいらっしゃいましたし、私などの未熟者の成長なんて見飽きたようなものかと不安でしたが……」
「いえいえ。うちの愚息などもう二十歳も近いですから、会う度に美しく成長されるクリスティーナ嬢とは比べようもありませんよ。ノワール家に訪れる時など、もうお父上と顔を合わせるよりクリスティーナ嬢にお会いして成長を見るのが楽しみになっておりますからね!」
「あら、それは光栄ですわ」
まったくいやらしさのないイスタル伯爵の賞賛。恰幅の良いこの方は、その体格に見合った立派な人物だ。お父様もちょっと見習ってほしい。
当のお父様はと探してみれば、淑女モードの私は放っておいていいものと理解しているらしく少し離れたところでまた別の人物と歓談を交わしていた。
「お父上も、クリスティーナ嬢ならば大丈夫だと分かっておられるのですね。信頼されているということで、無関心でいるというわけではありませんぞ? なにせノワール公の子煩悩ぶりは有名ですからね」
「……はい。もちろん分かっていますわ」
私の目線を読んだのだろう。少しちゃかしつつもイスタル伯爵の優しい気づかいをありがたく受け取る。機微に敏く、気配りもこまやかだ。イスタル伯爵は稀に見る好人物だとしみじみ感じる。
「ありがとうございます、イスタル伯爵。今後ともぜひ、ご縁を続けてくださいませ」
「ええ、もちろんです」
お互い手を取り合って友好を示す。そうして挨拶を終えて一人になった、私は軽く辺りを見渡した。
バーティーも半ばを過ぎて、知り合いへのあいさつ回りもほぼ済ませている。お父様はお父様で話に熱中しているようだし、放っておいても何の問題もないだろう。
なら、そろそろ抜け出してもいいだろうと外に向かう。
紳士淑女が遊泳するように踊っているダンスホールから出て、少し道を外れる。外に面した廊下まで来て、人目がないのをちゃんと確認すれば目的地はもうすぐそこだ。天才的な計画力と行動力で人気のない庭園にたどり着くと、待ち合わせていたわけでもないのに先客がいた。
「あ、クリスが来た」
そう言って夜の庭園で顔を輝かせたのが誰かなんて言うまでもない。
シャルル・エドワルド。
この国の第三王子にして、私の友達兼婚約者だ。初めて会った時とは逆で、今日は先回りされてしまった。
「うん。来てやったぞ、シャルル」
五日間続いた建国祭の最終日の夜。
私とシャルルだけが参加する、お祭りの最後を締めくくるささやかな催しが始まった。




