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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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39

 まず、馬が見えた。

 艶やかな毛並みの良質な馬が二頭、ゆっくりと歩いている。穏やかな気質をしているのだろう。その目に賢さを感じさせる二頭の栗毛の馬が、屋根のない二頭立ての馬車を曳いている。

 その馬車に、王族のご一家が乗っていた。

 国王陛下のご夫妻が先頭で、子供五人が後ろにならんでいる。一番年上の王女殿下を筆頭に、馬車の両脇に並ぶように王子と王女が並んで手を振っている。幸いシャルルはこちら側を向いていた。

 とはいえ状況が万全というわけでもない。


「むー……」


 満足いかない現状にちょっと頬を膨らませる。

 見えるには見える。だが視界が良好かと言えば微妙なところだ。人垣の合間合間から何とか見えているという程度で、動く馬車が相手だと時々シャルルの姿が隠れてしまう。欲を言えばもう少し高さが欲しい。

 その要望を伝えるべく、ぽんぽんと膝の間にある頭をたたく。


「レオン。今すぐもうちょっと身長伸ばせないか?」

「お前さっきからくっそ我がままだけど、俺のことなんだと思ってんの?」

「平民だろ? 偉い私の言うことが聞け。私の望みを叶えろ。それがお前の責務だぞ」

「はっはっは。なるほどこれが貴族かよ。……わがまますぎると革命すんぞこら」

「む」


 担ぎ上げられている現状でそんなことをされたらたまらない。いくら私が貴き一族であれ、土台となっているものから反乱されたらかなわない。


「わかったわかった。現状で満足してやるから最低限今の高さを維持しろよ」

「うわぁー、マジでうぜー……」


 膝の間から文句が聞こえるが、視界の高度が下がることはなかった。あんまり無理を言って反感を買うのは愚策だ。まあこれでいいかと妥協しておく。

 シャルルはちゃんと約束した通り頑張っているようで、笑顔を張り付けて手を振っている。王族していると言えばその通りなのだが、作り笑顔が似合わないことはなはだしい。


「いつも通りに笑えばいいのに……」

「あ? なんか言ったか?」

「何でもない」


 ぽつりと漏らした声に反応したレオンにそう返してから、改めてシャルルを見る。

 なんともつまらなそうな笑顔だ。シャルルの本来の笑顔は見ているこっちが楽しくなるくらいに純粋な笑顔だ。あからさまに作り笑顔なのがばれないだろうかと傍から見ててひやひやするが、両脇に並んだ国民は特に違和感を抱いた様子もなく歓声を送っている。

 その人ごみ埋没するようにして私もシャルルの姿を追う。シャルルから見れば、人垣の間から頭の上半分しか出ていない状態だろう。私から見る分でも支障がある状態だ。この人ごみのなか、顔の上半分しか見えない私をシャルルが見つけてくれることを求めるのは酷だろう。仕方のない事と諦めるのが賢明だ。

 ちょっとだけ期待していたけど、見つけてもらうのは無理かな。

 そう諦めかけた時、何の偶然だろうか。

 シャルルと目が合った。


「あ」


 瞬間、シャルルの顔が輝いた。

 いままでの義務的な様子を放り出して、身を乗り出して大きく手を振る。いきなりの行動に隣りに立っていた第二王女殿下がぎょっとした顔をしたが、シャルルはまったく遠慮する様子もない。その笑顔はさっきまでの作り笑顔ではなく、いつも私に向けてくれる満面の笑顔だ。

 気のせいではない。シャルルは完全に私と目が合って、一瞬も迷わずそれを私だと判別したのだ。本来なら私がこんなところにいるわけがないのに、そんなこと関係なしに私を見間違えることがなかった。そうして全身を使って喜びを表現したのだ。

 場をわきまえろ、と注意するのが友達として正しいのは分かってる。

 公務中だぞ、と口うるさく言い聞かせてシャルルを押さえつけるのが婚約者として正解なのも知っている。

 でも、なんだかおかしなくらい嬉しくなって胸いっぱいに喜びが広がった。


「あいつは……」


 本当に素直なやつだ。

 やっぱりそれはシャルルの大きな美点だ。私もシャルルに応えて大きく手を振り返す。今回だけは、シャルルをとがめる気なんて全く起きなかった。

 馬車が通り過ぎて見えなくなるまでそうしていると、ぷにっと私の頬を引っ張る指があった。


「……なんだマリーワ」

「いえ。だらしなく頬が緩んでいましたので、つい」

 

 そりゃ嬉しいことがあれば頬くらい緩むのが人情だ。ほっぺたを引っ張っていい理由にはならない。


「むう」


 理不尽な理由にほっぺを膨らませて、マリーワの指を弾く。マリーワは未練もなく私の頬をつまんだ指をひっこめた。


「殿下に好かれていますね。よろしいことです」

「もちろん。なにせ友達だからな!」

「……はぁ」


 ふふんと胸を張ると、なぜかため息を吐かれた。


「そういうことにしておきましょう」


 何だろうか。何やら含みのあるその反応はちょっと気に入らない。

 半眼でマリーワをにらみ付けるが、当の本人は素知らぬ顔だ。もう見えなくなった馬車の行方を追うように視線を送って、何かを小さく呟く。


「しかし公務中にあの反応……あの世代のアレはシャルル殿下なのですね。てっきりミシュリー様かと思っていましたが、考えてみればあの方は少し違いましたね」

「何か言ったか?」

「いいえ」


 聞き逃した言葉を拾おうとしたが、落とし主のマリーワは肩をすくめて捨て置いた。


「大したことではありません。それよりも、失礼します」


 断りをいれたマリーワが私の両脇に手を入れて、ひょいと持ち上げられる。


「ん?」


 なんだ突然と思ったが、その行動の理由はすぐに判明した。


「あれ、なんか軽く――うわぁ!?」

「どーん!」

「どーん?」


 レオンの悲鳴とかわいらしい掛け声がほとんど同時に響く。世界で一番耳に心地よい声に振り返ると、なぜかレオンが突っ伏していた。

 ミシュリーがレオンを突き飛ばした格好でマリーワに抱えられた私を見上げる。


「お姉さま、なにやってるの!?」

「うん? むしろミシュリーがなにやってるんだ?」


 完全にミシュリーがレオンを突き飛ばしている格好だが、なんでそんなことをしたのだろうか。


「肩車してる人間を突き飛ばすのは危ないぞ。めっ、だ」

「あ……ごめんなさい、お姉さま」


 注意されて勢いのまま行った自分の行為の危険さに気が付いたのだろう。実際に突き飛ばされたレオンはその勢いのまま人波に飲み込まれて見えない場所まで流されていった。

 危ないことをしたと自覚したミシュリーはぺこりと頭を下げる。

 うん。ちゃんと自分の非を認められるのは良いことだ。マリーワに地面へとおろしてもらった私は、よしよしとミシュリーの頭を撫でる。わしわしと頭を投げる感触に、ミシュリーは機嫌よさそうに目を細めた。


「えへへ。ボードゲームのルール覚えたから、追いかけてきたの」

「そうか。なら、今度一緒に遊ぼうな」

「うん!」


 目的を達成したのなら、ちゃんと褒めてあげるのが当然だ。妹離れを計画していてもそれは変わらない。妹離れをするのと妹を放置するのとでは、雲泥の差があるのだ。

 だからちょっとぐらい妹に甘えても許される。だって頑張って妹離れを実行した直後でちょっぴり淋しい気分に陥っていたのだ。そのすぐ後でミシュリー成分を補充するのに問題なんてあるわけない。


「ミシュリーは一人でここまで来たのか? サファニアは?」

「サファニアさんは置いてきたよ! 迷子になったらこまるもん」

「うん、そうだな」


 ミシュリーは何にも間違ったことは言っていない。姉妹の絆があればちょっと離れた場所ならば、頑張ることによって姉妹の元までたどり着けるのは必然だ。ついでにこの人ごみの中を歩くのに、サファニアが足手まといなのも事実だ。

 ……サファニア、置いていかれて泣いてないよな?

 護衛と使用人がいるとはいえ、本来の連れである私とミシュリーがいなくなってこころぼそくなっていないか。そんな不安の可能性を考慮していると、突き飛ばされて人ごみに飲まれていたレオンがようやく戻ってきた。


「ったく、なんだいきなり。誰だよっ、さっき突き飛ばした……って、ミシュリー!? なんで――」

「そんなことよりお姉さまっ。なんで肩車なんてしてるの? だめだよそんなことしちゃ!」

「え? ダメなのか?」


 起き上がったレオンをガン無視する勢いで訴えられたが、肩車なんて祭日の今日はそこかしこで見られるものだ。

 なんかダメだっただろうか。

 首をかしげる私に、ミシュリーはぐっと握り拳を作る。


「うんっ。ぜっっったいダメ! よくわかんないけど、なんかダメ!」

「そうなのか? せっかくだし、ミシュリーとも肩車しようと思ってたんだけど――」

「する!」


 するのか。

 もちろん断る理由はないので、ミシュリーを肩に乗せる。肩に乗るのは二歳年下の妹だ。その重みを受けて成長を感じる喜びはあっても、レオンのようにぶつくさと文句をこぼす理由はない。


「あの、マリーワさん。あの二人――というか、ミシュリーが何言ってるかよくわからないんだけど……」

「安心しなさい、レオン君。私にも良くわかりません。そしてひとつ知りなさい。世の中、ああいうわけの分からない行動原理を持つ人間がたまにいるのです」

「へえー……嫌なこと聞いたなぁ」


 マリーワとレオンの二人の会話を聞き流して、ミシュリーを落とさないようにしっかり支えて立ち上がる。

 仲良し姉妹の二段重ねの完成だ。高くなった視界に歓声のひとつでも上げてくれるかと思いきや、私に乗ったミシュリーの反応は予想とは違った。


「あれ?」


 ミシュリーがわたしの予想を超えて成長しているせいだろうか。もしくは、妹離れを敢行した成果もしれない。私の頭上で響いたのは疑問の声で、次の瞬間それはさらに膨れ上がった。


「さっきのレオンのとなんか違う!?」

「なんにも違わないぞ?」


 喜ぶべきか、悲しむべき。 

 一瞬ごとに目を見張る成長を遂げていくミシュリーの言動は、マリーワとレオンどころかこの天才たる私でもつかみ切れない域に達しつつあった。

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