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串にささった団子にかぶりつく。
最初の一口はその無作法に躊躇したが、ためらうと余計に口の周りに蜜が付いて汚れることに気が付いた。二口目から思い切ってぱくりと呑み込み、要領を完全につかんだ三口目で完食する。
記念すべき初めての買い食い品を味わっていると、横では一足早く呑み込んだレオンが感想を求めてき。
「どうだ?」
「大雑把な味だな」
まだ口の中に残った団子を、もぐもぐと咀嚼しながら素直に答える。
黒蜜の甘さが粗雑だ。団子の舌触りも荒い。そもそも弾力のある団子が串にささっているという時点で食べづらくて仕方がない。器か何かにもって、一個ずつに串を差して置けばいいものを、と思う。
「手間と労力を抜いて、人が食べて納得できるラインを狙ったかのような出来だな。味も提供方法も欠点だらけのこの適当さ。なるほどこれが平民の味かと納得できるぞ」
「バカにしてんのかおい」
私の感想を聞いて半眼になったレオンはさておいて、手と口の周りに着いた蜜をどうしよう。まさか服の裾で拭うわけにもいかないし。そう思っていたら、横から布が差し出される。
「屋台の味など、そんなものですよ」
「ふうん。こんなものか」
知ったような顔で言うのはマリーワだが、彼女自身は串団子を食べてはいない。たぶん蜜で手と口を汚すのが嫌だったのだろう。ありがたく手拭いを受け取って、汚れをふき取る。
そんな会話に納得でいないのはさっきの屋台に案内してきたレオンだ。
「マリーワさんもクリスティーナ知り合いだから普段いいもの食べてるのかもしれないけどさぁ……」
眉をひそめるレオンに、マリーワは肩をすくめる。
「それでいいのですよ。別に美食の品評にきているわけではありません。ねえ、お嬢様。味はともかくとして、楽しいでしょう?」
「うんっ、楽しいな!」
味は三流そのものだが、買い物をするという行為そのものが楽しい。実際にお金をやり取りするのも、初めて見る食べ物を口にするのも、無作法をとがめられないという自由さも。
そんなすべてをひっくるめた楽しさに押されて、私はレオンを急かす。
「さ、レオン。次に行くぞ、次!」
「……へいへい」
普段使用人にそうするように指図すると、仕方ないというように苦笑する。
「なんか食いたいものあるか?」
「甘いもの以外」
「んー……じゃ、通りの方に行くか」
雑な甘味を食べた後だから、また別の味を楽しみたい。そんな私の考えを聞いて、レオンが道案内を開始する。
「通りの方って、広場にはないのか?」
「広場って飲み物とかお菓子の屋台はあるけど、ちゃんとした食べ物ってあんまりないんだよな。言われてみればなんでだろ」
「火を使った屋台は密集した広場の市では許可が下りないのですよ。この密集地帯で万が一火事になったら大参事なので、火を使った屋台は大通りで一定の幅を取っての営業しか許されていません」
「へぇ」
理由まではレオンも知らなかったらしく、私と一緒に感心している。
「まあそれでも火を使わないものなら振舞っている屋台もあるでしょうが、どうせなら種類の揃っている通りのほうがいいでしょう」
「うん。そうだな。それがいい! ていうかマリーワも詳しいんだな」
「そうですね。私自身は興味がなかったのですが……クリスお嬢様とミシュリーお嬢様を足して倍にしたような方に、何度か付き人の真似事をさせられたことがあるので、自然と」
「私とミシュリーを足して倍にしたって……なんだ? その人は女神か何かか?」
「思い上がりも大概にしなさい」
天才の私と天使のミシュリーを足して倍にしたらそれはもう女神になるに違いないのに、空いたほうの手でぴんと指を弾いたマリーワに額を小突かれる。
ちょっと痛い。恨みがましくマリーワをにらんでいると、私とマリーワのやり取りを見ていたレオンが聞いてきた。
「貴族って、乳母っていうのがいるんだろ? マリーワさんがそれ?」
「ん?」
見当違いの質問だ。私の乳母はお母様の遺品を横領して売り払った咎で実家ごと叩き潰されている。それが二歳の頃の記憶で、私の知る限りお父様が一番怒りをあらわにしていた出来事だ。
「そんな風に見えるか?」
「見えるけど……違うんだ」
言われてみれば私とマリーワの歳の差だとそう思われても仕方のない。ただマリーワには乳母として雇われることがない要素がある。
「乳母じゃなくて家庭教師だよ。マリーワは結婚したことないから乳母は無理だな」
「お嬢様」
乳母は普通子育ての経験がある人物が雇われる。あくまでミス・トワネットであってミセス・トワネットではないマリーワが乳母として雇われることはまずない。
そんな理由で出た言葉に、ぴしゃりと挟んでくる口があった。
「一応言っておきますが、私は結婚できなかったのではありません。あくまでも、結婚しなかったのです」
「あ、はい」
マリーワから発せられた謎の圧力に気圧されて、思った以上に素直に頷いてしまう。
別に他意はなかったのだが、この話題はまずい。直感でそれを悟った私は慌てて話題をそらためにレオンに視線をやる。
同じく危険のシグナルを悟ったらしいレオンはこっち見るなとばかりに顔をそらした。
……自分から言い出した話題だというのに、いい度胸だ。
よし。
絶対巻き込んでくれる。
「マリーワ。レオンが後学のためにどうして結婚しなかったのか聞きたいって心の中で呟いてる」
「はぁ!?」
声をあげてこっちを向いてくるがもう遅い。私のでっちあげにマリーワは九歳に向けるには凶悪すぎる目をレオンに向けていいた。
「……いいでしょう。私がなぜ結婚しなかったが、恋愛というものがどれだけアホ臭いものなのか、そもそも結婚というものが私にとってどれだけ無駄なものか、道中しっかり聞かせてあげます」
上手くいった。レオンの動転具合に満足して溜飲を下げたが、マリーワの胸には予想以上に大きな炎が燃え上がっていたらしい。
「お嬢様もついでにお聞きなさい。貴族平民問わず現行の結婚制度がどれだけ女性の道を閉ざしているのか、聞いて損のない学術的な観点も交えて説明してあげます」
「え」
自分で付けた火の粉が降りかかってきたと悟った時にはもう遅い。
私としっかり目を合わせたマリーワの瞳は酒でも飲んでいるんじゃなというような据わり具合で、とうてい「私、婚約者いるんだけど」などというマリーワも承知の事実を言い出すことなんてできない雰囲気だった。




