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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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 連戦連勝とは私のためにある言葉である。

 私は今、それを確信していた。


「ふ」


 私の対面には、打ちひしがれた相手がいる。ボロボロになった自陣の様子を見て、そしてそれをなしたのが九歳の子供だという事実に打ちのめされているのだ。

 だが落ち込むことなどない。そんじょそこらの九歳児に負けたのならば赤っ恥もいいところだが、相手はこの私、クリスティーナ・ノワールだ。


「ふふ」


 一歳で屋敷を駆け回り、三歳で言葉を自在に操り、五歳で書斎の書物をことごとく読み尽くし、七歳で初めて参列した舞踏会では幼くとも完璧な淑女として社交界をあっと言わせた完全無欠の天才少女である。多少年季を重ねようとも、凡俗がこの天才に勝利できないのは道理なのだ。


「ふふふ」


 またひとつ勝利の星が増えて輝く。

 彼で何人目だろうか。入れ替わりで入って来た相手も大したことはない。さしたる時間をかけることもなく、難なく一蹴。その結果またひとつ積む上がった勝利に「おお」と周りがどよめく。

 私に負けはない。天才の私が積みあげるのは勝ち星だけで、目の前に転がるのは敗者の屍のみだ。


「ふふふふ」


 私が座ったテーブルの周りには、私の勝利を祝福するかのように人だかりができていた。大人に交じった私が珍しいのだろう。その子供が圧倒的な実力で大人たちをねじ伏せているとなればなおさらだ。

 そして、その中でも一番小さい黒髪黒目のレオンが私をほめ立てる。


「お前すごいなクリスティーナ!」

「ふ、ふふふふ! 当然だ!」


 レオンの顔は喜色満面だ。私の勝利が嬉しくてしょうがないのだろう。たとえそれが私の勝利に賭けることで元の十倍あまりに増えた小遣いに喜んでいるにだとしても、称賛の声はそのまま私の力につながる。私は褒められたら伸びる子だ。


「もっと私をほめたたえろ、レオン!」

「分かった! クリスティーナ。お前には勝利の女神が付いて……いや、実はお前自体が勝利の女神なんじゃないのか!?」

「ふふふふふっ!」


 レオン以外にも私に賭けて儲けている連中がいるらしく、追随するように囃し立てる。そのどれもが私を持ち上げる声だ。

 注ぎ込まれる勝利の美酒に、私は存分に酔いしれる。


「褒め言葉のセンスは悪くないな、レオン。あとついでにそのもうけた金でおごってもらうからな」

「買い食い分ぐらいは喜んで謙譲させていただきます女神様!」

「失礼。次は私が」


 とてもいい気分でレオンと買い食いの予定を立てていると、私の対面にまた一人生贄となる人物が座る気配がした。


「お、次か。クリスティーナ! 今回もお前に賭けにいってくるぞっ」

「行ってこい。当然私が勝つからな!」


 対戦相手が誰だろうと負ける気はしない。いったん卓を離れて、倍率と賭け金を設定している賭け場に向かったレオンを見送って、私は対戦相手に向き直る


「ふふん、待たせたな。そろそろ私の腕にこの場が怖気づいてくる頃かと思ったが、ここには身の程知らずカモがわんさか――え」


 余裕綽綽、公爵令嬢という隠した身分にふさわしい傲岸さで相手を見下そうとして、固まった。

 対面にいる相手は、そんな私の反応を気にした様子もない。


「どうかいたしましたか、勝利の女神様」


 対面の座り淡々と問いかけてくる人物は、女性だった。

 妙齢を過ぎた、三十半ばに見える夫人だ。背もたれもないイスに座っているのに、その背筋はすらりとまっすぐ伸びている。いつものかっちりとした服装ではなくラフな平服だが、いくら装いが変わろうがその悪鬼羅刹を私が見間違えるはずもない。


「あ、あの」

「なんでしょうか」


 情けのないほど声を震わせてしまった私をゾッとするような鋭さで一瞥する人など、この世に一人しかあり得ない。


「いえ、その……な、なんでここにいるのでしょうか、ミス・トワネット」


 マリーワ・トワネットがそこに鎮座していた。


「それはこちらのセリフだと思うのですが、まあいいでしょう。私に勝てたらお教えしますし、いまこの場に勝利の女神様がいらっしゃる理由を追求することも後で叱りつけることもしないことを誓いましょう」


 マリーワは語尾を荒げるでもなく、口調を怒らせるわけでもなく、ただただ極寒の冷気を放っている。その冷たさに、体の芯から凍えてきた。


「おーい、クリスティーナ。いま賭けて……どうした、クリスティーナ?」


 小さく縮こまって震えだした私に戻ってきたレオンが不審そうに聞いてくるが、危機に陥った私が答える余裕なんてもちろんない。どうしたもこうしたもないのだ。なぜこんな恐ろしい怪物が目の前にいるというのに平然としていられるのだろう。

 それでも念のため、ひとつ聞く。


「レオン……お前、私にいくら賭けた?」

「ん? 全額だけど?」


 くらりと目眩がした。


「……は? 全額?」

「いやー、最初はクリスティーナがかなりの大穴だったからちょっとでも倍々にふえたけど、勝ち重ね過ぎたせいで大分倍率さがっちゃってさ。どうせクリスティーナが勝つんなら、一気に賭けちまおうと思ったんだよ」

「は、ははは……そうか。いや、そうだな。勝てば、いいんだな」


 そうだ。取り乱すな。とりあえず、勝てばいいのだ。マリーワがどれだけこのゲームをやりこんでいるか知らないが、勝てば失おうものはない。私は怒られることもなく、レオンが小遣いをなくすこともなく、なんの気兼ねもなく無事に買い食いに行ける。

 そう、勝てばいいのだ。

 絶対勝つ。決意を込めてマリーワをにらみつけると、そこには退屈そうな顔があった。


「お友達との確認は終わりましたか? それでは始めましょう」


 マリーワの思考は、もはや勝敗になかった。勝つことなど当然で、だからこそ勝負自体にはなんも関心も抱いていない。この子供をどうあしらってどう打ち負かすか。そんなことを考えている顔だ。

 挑戦者のマリーワが先行。その手がひとつの駒を選び取る。


「市井に出てくる好奇心は否定しませんが、火遊びは感心しませんね。増長した自尊心、己の力量に対する過剰な自身、周囲に対する無警戒、何より賭け事に手を出すような身の程知らず。少しばかり目に余りますね」


 持ち上げた駒を下ろし、迷った様子もなく一手目を差す。


「その心、へし折ってからちょうどいい形に矯正して差し上げましょう」


 カツン、と駒が響かせた音はまるで今の私の心を表したかのように、ひどく水気がなく乾ききっていた。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
シスコン姉妹のご令嬢+婚約者のホームコメディ、時々シリアス 【書籍化】
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