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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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 サファニアはまだ楽しそうにボードゲームを続けている。連勝を続けており、まだ負ける様子もない。勝ち続けているサファニアの卓には、ちょっとした人だかりもできていた。ミシュリーはきちんと初心者用のスペースに入り込めたようだ。主にミシュリーと同い年ぐらいの年少者が集まって駒の動かし方を習っている。

 それらを確認していると、横でぽつりと声が漏れた。


「あんた、ミシュリーと仲いいんだな」

「姉妹だからな」


 一部始終を見ていたレオンがそんな当たり前のことを呟いたから、私も当然の言葉を返す。姉と妹の仲が良いなんて、世界の常識だ。

 ただ、たぶん私とミシュリーはその距離が近すぎた。屋敷の中という狭い世界で人生を過ごした弊害ともいえるだろう。

 依存。それも共依存。

 前世の知識で頭に入っているそんな言葉がちらつくくらいには、私とミシュリーは近すぎた。


「このお忍びな、ほんとはミシュリーの友達を作りに来たんだ」

「へえ」


 特にすることもないので、レオンに話を振ってみる。

 私以外にミシュリーが誰かを話せるようにしたかった。心を打ち明けることができる相手を作りたかった。

 貴族では無理だ。私を防波堤にした相手を別とすれば、つながり過ぎたら探られかねない立場の相手と必要以上に仲良くなれない。相手がどんな人物であれ、後ろにある家が危険なのだ。そしてシャルルにしたってサファニアにしたって、私を介した関係でしかない。

 だからミシュリーがミシュリーとして話せる相手を探しに、身分を隠して平民と。そう思った私は、たぶん短絡的なのだろう。


「……あれ?」


 そこまで考えて、ふと今の状況とは全く関係のない疑念が湧いた。

 今から八年後を描いた『迷宮ディスティニー』の舞台は王立学園だった。そこにミシュリーが入学してから物語は始まった。

 けど、なんでミシュリーが王立学園に入学した?

 あそこへの入学は強制ではない。なのに不特定多数の人間と接触を余儀なくされる場所に、どうして隠されるはずの立場にいるミシュリーは――


「あんたいろいろ考えてるんだな。意外だ。正直、単なる偉そうなやつだと思ってた」


 話しかけられた言葉に、思考が現実に引き戻された。

 というか、いま思いついた疑念は解き明かすにはちょっと要素が足りない。いったん横に置いてレオンに応える。


「私はそれなりに偉いからあながち間違いじゃないな。許してやろう」

「ははっ。……でも今日一日で友達作るとか、無理だろ」

「知ってる」

「知ってんのかよ……」


 呆れてたようにレオンが言うが、そのくらい天才たる私が予測してないわけない。

 このお忍びですれ違うように交流しただけの相手と本当に仲良くなれるだなんて思っていない。

 でも、一時の楽しみでいいのだ。一回の出会いでほんの少しの時間でも打ち解けて笑い合えれば、それだけでミシュリーは他人を知れる。世界は私だけじゃないと理解できる。

 それはきっとミシュリーの中で思い出と経験になるはずだ。


「でもさ、あんた……クリスティーナ、だっけ?」

「そうだぞ平民」

「あっそ」


 歩みよりあえて上から目線で言ってレオンの反応をうかがってみれば、苦笑いだった。

 ここで反論せず苦笑交じりの返事ですませるあたり、冗談が分かるやつで結構なことだ。予想通りの反応に、うむと満足して頷く。


「で、クリスティーナは妹のためだけにわざわざお忍びなんて面倒そうなことをしたのか?」

「ん? そうだな。その通りだ」

「じゃあさ」


 こちらに言葉を向けたレオンの黒い瞳と視線が合う。特に何の含みもなく、純粋な疑問を抱いている目だ。

 ああ、私と同じ色だな。

 特に脈絡もなく、当たり前のことを思った。


「あんたは今日、何かしたいことがあるのか?」

「は?」


 虚を付いた言葉に面食らう。

 私が、したいこと。

 意識が空白になって言葉を失った隙をついて、レオンが言葉を重ねてくる。


「そ。クリスティーナ。ミシュリーのためじゃなくて、あんた自身のために何かしたいことがあるのか? 俺この後ヒマだし、やりたいことあるんなら案内してやるぞ?」

「……なんだお前。友達いないのか?」

「いるわボケ」


 だんだん遠慮がなくなって来た返しに肩をすくめる。今のは自分でもごまかした自覚がある。


「そうだな。やりたいこと、か」


 いまレオンに言われたことを自分の中で反芻する。

 ミシュリーを抜いてやりたいこと、か。

 なんにも思い浮かばないかとおもったけれども、意外なことにひとつ思いついた。


「そうだなぁ。食べ歩きをしてみたい」

「食べ歩きって……いつでもできるだろ、そんなこと」

「いつでもはできないだろ」


 レオンの否定的な言葉に憮然とする。私がしたことのある食べ歩きなんて、立食式のパーティーに参加した時くらいなものだ。それは私が憧れている食べ歩きとはなんか違う。


「そうかもしんないけど食べ歩きなんて特別なもんでもないだろ。今日はお祭りなんだし他に……って、クリスティーナの家の親、厳しいのか?」


 何か禁則事項がないのか気になったのだろう。レオンの確認に首を振る。


「いや、超甘いな。たぶん類を見ないレベルだ。だいたいなにやっても許してくれる」

「まじか」

「まじだ」


 うちのお父様はだだ甘だ。大抵のことは見逃してくれる。

 とはいえ、私とミシュリーの親である前に貴族であり、権力者である。普段は全然そんな風に見えないけれども、お父様はそれを揺るがすことはないだろう。

 ま、いまは関係のないことだ。


「やりたいことなんて食べ歩きしてるうちに見つかるだろ。とりあえずまずはよさげな屋台に案内しろ」

「へいへい……って、そういえば、クリスティーナはどんくらい金を持ってきてんだ?」

「お金?」


 言われて、ぱちくりと瞬きをする。

 お金というと、あれだ。この世界で経済という概念を一つ上の段階に押し上げた、人類の発明品の中で間違いなく三指入る至高の創造物であり、この世にもっともありふれた物品の一つだ。


「ふむ。そうだな」


 万が一の可能性を考慮して一応ポケットを探ってみてから、私は堂々と胸を張る。


「そんなものはない!」

「ふうん」


 レオンが満面の笑顔で頷いた。無意味ににこやかだ。


「んじゃ食べ歩きは無理だ!」

「む」


 無慈悲な要望の却下に唇を尖らせる。

 なるほど。そういえば世の中何かを手に入れようとするには金銭が不可欠だった。いままでお金なんて実際にやり取りしたことがなかったからつい失念していた。これも経験不足によるものか。

 もちろんサファニアについている使用人に言えばいくらか出してくれるだろう。

 だが、それはなんかカッコ悪い。カリブラコア家の使用人ということもあって、完全に私とは関係のない出所のお金に頼ってしまうのだ。


「まあなんだ。俺とボードゲームするか?」

「サファニアに負けたお前とやってもつまらん」


 同情の視線がムカついたので乱暴に一蹴する。

 お金お金……そうか、食べ歩きにはお金がいるのか。お金はないけど、ここで諦めるのもしゃくだ。なにか無からお金が手に入る手近な錬金術はないものかと思索していると、ふとある一角が目にとまった。


「レオン。お前はお金を持ってるのか?」

「そりゃ多少は持ってるけど……」


 祭に遊びに来てるのだから、当然持ち合わせはあるだろう。それを巻き上げられると思ったのか、嫌そうに顔をしかめる。

 だが見損なわないでほしい。平民から権力を背景にした圧力で小銭巻き上げるほど私は落ちぶれてなどいない。

 元銭があると知って、私はにやりと笑う。


「レオン。私がお前の小遣いを増やしてやろうじゃないか」


 金がないなら、増やせばいい。

 口角を持ち上げた私が指さしたのは、ボードゲームで賭場をしている一角だった。


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