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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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29

「ね、クリス。そろそろ建国祭だね」

「そうだな」


 建国祭の前日、私は自室でシャルルと話をしていた。今は二人きりだ。部屋に招いて適当にしゃべる。それだけのことだけれども、最近はシャルルと話す時間が前より待ち遠しくて予定の日が近づくごとに胸が嬉しくなる。きっと、この前のミシュリーの助言でシャルルとの距離が一歩近づいたからだろう。

 そんな待望の対面の日、直近の話題である建国祭の話になったのだ。


「建国祭と言えば、シャルルは王族だからいろいろ用事があるんじゃないか?」


 建国祭は年に一度の国を挙げての祭催だ。その行事に振り回され、国の代表ともいえる直系の王族のスケジュールは相当過密にある。その煩雑さは今のところ公的な用事に縁のない私とは比べるまでもないだろう。

 事実、私の言葉にシャルルは頷く。


「うん。めんどくさい」

「シャルル。お前正直なのはいいけど、素直すぎてちょっと将来が心配だ」


 準備段階の今から嫌そうな顔をしているシャルルにちょっと苦笑してしまう。たぶん王宮でもこういう振る舞いをしているんだろう。だから王位継承権を持っているのに公爵家に婿入りとか決められるのだ。

 まあシャルルはそのことを苦にしているようでもないし、私も嫌じゃないから別にいいけど。

 当のシャルルは建国祭の予行演習のことでも思い出しているのか、ぶすっとした顔になっていた。


「だってめんどくさいものはめんどくさいよ。ねえクリス、聞いてよ。たった一日なのに覚えることいっぱいあるんだよ? 一日だけで五回以上着替えるんだよ? あっちこっち移動しなきゃいけないんだよ? しかもそれ全部笑顔でやれって言うんだよ? 絶対におかしいしめんどくさいよ」

「おかしくないしめんどくさくもない。当たり前のことだ」

「えー」


 いま言った儀礼的なものをおかしいと思うのは、どちらかと言えば庶民的な考えだ。天才であり前世の知識という異端を持つ私ならともかく、まだ幼く王宮というかごからロクに出たこともないシャルルがどうしてそんなに自由な思想を持てるのかはなはだ疑問だ。


「意味のないことに時間をかけるって、おかしくない?」

「意味はある。少なくとも誰かの心には残ってる。行事だの慣習だの何だの、バカらしく見えるかもしれないけど大切なことだぞ?」


 それが国のものならなおさらで、王族のシャルルはそれを守らなければいけない。

 とはいえまだ御年七歳の心を納得させることができるような説得ではなかったようだ。


「……わかんない」

「そっか。分かんないか」


 私は貴族としての誇りを持っているから責務は責務としてこなすことには異存はない。だって、貴族なのだ。そう求められ、そうあるべきと定められた流れでも、私はそれが誇らしいと思えるからこそ貴族の生き方を全うする。

 でもこんな些細な義務を煩わしく思ってしまうあたり、シャルルは確かに王族に向いていないのだろう。生まれついてしまったものは代えようがないとはいえ、それはシャルルにとっての不幸なのかもしれない。

 だとするなら、これに関して私ができることはたった一つだけだ。


「ならとりあえず頑張れ、シャルル」


 応援。

 私には手伝えないけれども、お前は努力しろよというある意味ではずいぶん皮肉な内容だ。一応は説得させようとした先ほどに比べれば適当な言葉に見えるかもしれない。それでも私は精一杯心を込めてエールを贈る。

 シャルルは一瞬面食らった後に、にこりと笑った。


「……ん。クリスが言うなら、頑張る」


 励ますとあっさりやる気を出すシャルルに、頬をほころばした。

 例え王族らしからぬところがあってもこういう素直なのはいいことだし、シャルルのそういうところが私はけっこう好きだなのだ。


「そういえば、クリスは建国祭の日は何するの?」


 来た。

 実は建国祭の話題になってからこっそり待ち望んでいた質問ににやりと口角を持ち上げる。


「ふ、ふふふっ。聞きたいか? 聞きたいんだな、シャルル!」

「……あ。やっぱいいや」

「おいなんでだ。いいから質問しろ」

「えぇー」


 あっさり質問を翻しかけたシャルルに、再度の質問を強要する。不満の声が上がったけれども、私は私の思い通りにならないことが嫌いだ。それを知っているシャルルはしぶしぶと言った様子で改めて質問してくる。


「はぁ。……で? クリスはなにするの?」

「ふふふふ。絶対に秘密にしろよ? 周りにばれたらめんどくさいことになるからな」

「はいはい。秘密にする秘密にする。それで?」


 なんだか適当にあしらわれている気がしたが、まあいい。会話の主導権はちゃんと私が握っている。私がリードして思う通り会話が流れているのだから不満に思うのはおかしいだろう。

 だから私は厳かに言う。


「その日は、妹離れ計画を実行する」

「え? 妹離れ? クリスが? ミシュリーと? ……ウソだぁ」


 シャルルがまず驚いて、次に少し喜んだ後に不審な目つきになるという器用なことをした。


「ウソじゃない」

「じゃあ無理だ」

「無理じゃない」


 私に不可能なことなどない。実際に天才たる私が立てた妹離れ計画は破たんする要素なんて全くない。


「じゃあ、妹離れって具体的に何するのさ」


 不毛な問答の後にようやくやってきた質問に対し、私は堂々と胸を張って宣言する。


「屋敷を脱走してミシュリーと一緒に下町の市に行く!」


 明日の建国祭の日、私はミシュリーと一緒に手をつないで下町で開かれているという市を見てまわるのだ。たぶん楽しい。間違いなく楽しい。今からわくわくが止まらないくらい楽しみだ。


「へぇー」


 生き生きと表情を輝かせる私に、シャルルは『やっぱりクリスはクリスだった』とでも言いたげな顔でポツリ一言。


「……で、どこら辺が妹離れ?」

「全体的に妹離れだ」


 私の妹離れ計画にケチをつけるシャルルには、きっちりと釘を刺しておいた。

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