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私、クリスティーナの心情について、少し深く考えてみる。現状と未来に対して必要不可欠と判断したから、客観性を持って自己分析を進める。
私はなぜミシュリーとレオンが話しているだけで腹を立てていたのか。
それは父親が娘を嫁にやる際に複雑な気持ちになるものと同種のものだ。一種の独占欲に似た感情から生じた嫉妬。自分が一番ミシュリーと親しいという確信と、妹の成長をもっとも近くで見ていた肉親としての自負からその独占欲は湧いて出た。
でも、本当ならそんな風に思うのは間違いだ。
あの場面、本来なら私は喜ばなければいけなかった。ミシュリーの世界が広がったことを、私の手から離れる準備を始めたミシュリーの成長を祝福しなければならなかったのだ。それができなかったのは、天才にあるまじき自分勝手と未熟さが招いたことだ。
だから私はひとつ決意した。
「私も、妹離れをしようと思うんだ」
カリブラコア家三女の自室。そこでボードゲームの盤面を挟んで私とサファニアは向かい合っていた。
対面するサファニアは私の差した手に眉を寄せている。盤面の趨勢はほぼ互角。ただ、いまの一手でほんの少しだけサファニアに天秤が傾いている。その情勢を見抜いたサファニアは、きらりと目を光らせる。
「……あなたが妹さんのこと大好きなのは今更じゃない。妹離れなんてできると思っているの?」
「できる。私は確かにミシュリーのことが大好きだが、別にミシュリーを独占したいわけじゃないんだ」
少し間を置いて慎重に差された一手に、私も同じくらいの時間をかけて慎重さを装った手を返す。またひと段階私が不利になった情勢にサファニアの表情が明るくなった。
「あら、そうだったの? てっきりあなた達、二人の世界に閉じこもって幸せになりたいものだとばっかり思ってたわ」
「私はあくまでミシュリーに幸せになって欲しいんだ。ミシュリーに笑顔でいて欲しい。ミシュリーに幸福な人生を歩んで欲しい。そのための礎になってもいいという覚悟が今までの私には足りなかったんだ」
サファニアは優勢の盤面にうきうきと声を弾ませる。私はそれに苛立ったふりをして、少し強めに手に取った駒を盤上にたたきつけた。あからさまな悪手にサファニアの口角が吊り上がる。
「私は、ミシュリーへの幸福と自分の幸福を等式に結んでる部分があった。もしかしたら気が付かないうちに私はミシュリーに依存していたのかもしれないな。愛情を注いだから、ずっとこっちを見てほしいなんて言う浅ましさが出かけていたんだ。だから独占欲からくる嫉妬なんてものが生まれる」
「ふ、ふふふ。そうなの。まああなたが残念なのは元からよ。気にすることはないわ」
「……今日だけは言い返せないな」
このゲームで初めて優位に立てたサファニアは、やたらと嬉しそうに言った。
親友の態度につんっとそっぽを向く。このまま進めば、私はミシュリーを囲い込んで満足してしまうような最低な姉になってしまう。それは幸福に見せかけた不幸だ。世界は広い。いくらでも思い通りになるこの小さな盤上とは比べるまでもなく、この世の中は広がっている。
私は姉としてその広い世界をミシュリーに見せてやらなければいけない。最初は手を引いて、次に横を歩いて、最後には別々に分かれるかもしれない道を歩けるようにしなくてはならない。
「だから私は、私とミシュリーの世界を今より広げて行こうと思ってるんだ。お互いだけやなくて、もっともっと外にも目をやれるようにな。それで今度の建国祭でやりたいことがあるんだけど……手伝ってくれないかな、サファニア」
姉という立ち位置にいることになって四年。それだけの年月をかけてようやくそのことに気が付くなんて何とも情けない話だ。自嘲しながらボードゲームの駒をひとつ前へ置く。
いつものサファニアなら私の提案なんて一蹴しただろう。しかし今の彼女は別だ。差し出された生贄に、サファニアは嬉々として食らいつく。
「ふふっ。できるできないはともかく、いいんじゃないのかしら、妹離れ。建国祭? そうね。何をする気か知らないけど、今日のゲームで私に勝てたら可能な範囲で手伝ってあげてもいいわ」
自分の理想通りにゲームメイクを進めているサファニアはいつになく上機嫌だ。初勝利の道筋が見えて、明らかに浮足立っている。そう。普段なら『めんどくさいから』という理由で断る申し出を、条件付きで受け入れるような約束をしてしまうくらいには。
その答えを聞いて、私はにんまり笑う。
「さすが親友。そう言ってくれると思ったぞ!」
「……勝てたらって言ったでしょう?」
サファニアが急にテンションを上げた私にうろんな目を向ける。この不利な盤面見えてるのかとその目が語っている。
やっぱりサファニアはまだまだ詰めが甘い。世の中は自分の思い通りになんてならないということを知るべきだ。天才の私ですら不確定要素に惑わされるのだから。
ここで言葉を返すのも芸がないので、無言のままにやりと唇を持ち上げて次の一手を打つ。
「あ」
その一手を見て、サファニアは自らの失言を悟ったようだ。自分が見逃していた急所に差された一手に、愕然と目を見開く。
親友のその顔に私はますます笑みを深くして意地悪く催促する。
「サファニア。お次をどうぞ? よおく考えろ。なにせ約束がかかってるからな」
ちなみに今日のボードゲームだが、何をどう頑張っても後十六手でサファニアが詰む。




