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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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 思い出す。意識を集中して記憶を取り出す。頭を回転させて現実と記憶を照らし合わせる。ミシュリーとレオンが出会った時。『迷宮ディスティニー』のこの場面で、私はいただろうか。その疑問を解くために、前世の知識を必死に掘り出す。

 そうして結論を出す。

 『迷宮ディスティニー』のあの時あの場面で、たぶん私はいなかった。今この時は物語通り進んでいるわけではない。多少セリフが被っていようと運命を連想してしまったのは私の考えすぎなのだろう。

 レオンは運命に手先ではない。疑いすぎるな。そう結論付けて思考に沈めていた意識をミシュリーとレオンの会話に戻す。


「にしても、良かった。俺、このまま殺されちまうんじゃないかって思ってたよ」

「殺されるってなんで? そんなことしないと思うけど」

「そ、そっか。俺、貴族っていうのは怖いやつらばっかりだと思ってたけど、お前みたいな良いやつもいるだな」


 私が呼んだ使用人に治療されているレオンはミシュリーと仲良さげに話している。レオンの傷は軽い打ち身と擦り傷ぐらいなもので、大したことはないようだ。身元不明の子供を屋敷に入れるわけにもいかないが、ミシュリーのおねだりを無下にするわけにもいかない。使用人をこの場に呼んで簡単な応急手当だけをしている。

 レオン・ナルドは特に問題のある人物ではないはずだ。この頃は多少の悪ガキではあるが、ある程度の分別もある。だからまあ、ミシュリーと話していても危険なことはない。それは分かっている。前世の知識でレオンについては設定という名のプロフィールで把握している。頭ではレオンに問題はないと判断を下しているのだ。

 しかし、だ。


「あ、そうだ。俺の名前はレオン。レオン・ナルドだ。お前の名前は?」

「ミシュリーだよ?」

「ミシュリー……ミシュリー、な。へへっ、分かった」


 傍で聞いていて、どんどん自分の顔が不機嫌になっているのが自覚できる。

 これはおかしい。私は上級貴族として誇りある生を受けた淑女だ。少なくとも、淑女を志す心を忘れたことはない。マリーワの薫陶を受け、現実を呑み込みあらゆる事柄に対処できるよう鍛え上げられ、いつかは生まれ持った天才的頭脳を駆使して社交界で燦然と輝く綺羅星である。

 その私が、ミシュリーが男子と話しているだけで苛立つほど心が狭いわけがない。

 そうだ。実際、シャルルがミシュリーと仲良さそうに遠慮のない言葉を交わし合っていてもほほえましい気持ちしか浮かんでこなかった。だから私がおおらかな心を持ったお姉ちゃんだというのは証明しているに等しい。

 だというのに、どうしたことだろう。


「……ちっ」


 私の心が狭いわけがないけれども、わけもなく舌打ちが出る。

 やっぱり気に入らない。

 レオンの何が気に入らないって、運命がどうこう以前にミシュリーと仲良くしていることが気に入らない。レオンが顔を赤らめてミシュリーの名前をねだったのも気に入らない。ミシュリーの名前を聞いて嬉しそうにしているレオンの態度も気に入らない。

 レオンの手当てを済ませたメイドがちらちらと私の機嫌を窺っているのも気が付いている。メイドの目が語っている。お嬢様、落ち着いてくださいと。

 客観的に見ても私は不機嫌らしい。でも気に入らないものは気に入らない。いら立ちを抑える努力を放棄しかけているぐらいにはイライラが募っている。なぜだと原因を探り、気が付いた。


「でも、なんでレオンはうちでケガをしたの?」

「あはは……ちょっと友達遊んでたんだけど悪ふざけが過ぎたよな、うん。俺、ミシュリーみたいなきれいな金髪初めて見たよ。すっごいな」

「お姉さまのほうがきれいだよ?」

「え? お姉さま?」


 私はもしかしてミシュリーに悪い虫がとりつこうとしている場面を目撃してしまっているのだろうか。

 思いついてしまった仮定によって、苛立ちが怒りにランクアップした。心が燃料となり、ごうっと音を立てて瞳に怒りの火がともる。


「お姉さまって、もしかしてそこにいる――」

「おい、そこの平民」

「――ひぃっ」


 自分でも信じられないくらい低く声をかけると、レオンが短く悲鳴を上げる。淑女の呼びかけに悲鳴で応えとはなかなか最低だ。ぶしつけな態度に気に入らない要素をもう一つ頭の中で追加しながら、私はミシュリーをそっと引き寄せて最愛の妹とレオンは分断する。


「貴様が今、身分不相応な施しを受けていることは分かっているな?」


 もちろん、初対面の分際でミシュリーと仲良さそうに話していることを示している。

 必要以上にゆっくりと含ませた言葉に、レオンはこくこくとタガが緩んだみたいな動きで何度も頷いた。


「その時間ももうおしまいだ。治療も終わったし、すぐにここから出ていけ」

「え? で、でも……」


 ほう。

 レオンの視線の向きを確認して目を細める。

 なぜそこで直接治療をしていたメイドではなくミシュリーを見る。私の大天使がついつい見つめてしまいたくなるくらいかわいいことは認めるが、何度もその慈悲にすがろうとするな。


「なあ、平民。私が話している最中に目をそらすなんて勇気があるなお前は」

「え、あ、いや……す、すいませんでした!」

「ほう。謝罪がきちんとできるのは感心だな。親御さんはきちんと貴様を躾ているとみえる。それに免じて今回は見逃すが、二度とノワール家の敷地をまたぐなよ。次に見つけたら……わかるな?」

「は、はいっ。分かってます!」

「分かればよろしい」


 ふんっ、と鼻息荒く話を打ち切る。

 いま多少強く脅しておけば次も優位に立てる。私の不機嫌に見える態度はそう言った打算からくるもので、ただ感情に身を任せた子供じみた駄々では断じてない。


「そ、それじゃあ俺はもう……」

「ああ、とっとと帰れ。……迷われても迷惑だから門まで送ってやれ」

「かしこまりました、お嬢様」


 もちろんレオンを追い出す際はミシュリーに見送らせるようなことはさせない。治療を請け負った使用人にそのまま門まで送らるよ命じると、彼女は苦笑しながら承った。レオンも抵抗することもなく大人しく彼女に付いて行く。


「ふう」

「……ね、お姉さま」


 わたしの天才的判断による対処をすべて完璧に終わらせ一息つくと、悪戯っぽく輝くミシュリーの青い目が私の黒い瞳をのぞき込んだ。


「不機嫌?」

「……まさか。そんなことない」

「……えへへ」


 私の答えを聞いて、人の感情を読むのが誰よりもうまいミシュリーが嬉しそうに笑う。


「お姉さまの嘘つき」

「……なんでバレたし」


 年々ミシュリーに隠しごとをするのが難しくなってきている。

 私の嘘をあっさり看破したミシュリーはなぜかいつもより上機嫌だ。ぎゅっと私の腕に抱き付いてくる。


「えへへ。お姉さまも不機嫌になってくれるんだね」

「ふん、だ。私だって不機嫌になることくらいある。……ミシュリーはご機嫌だな」

「うん。いま、うれしいことがあったから」


 ミシュリーが声を弾ませて肯定する。やっぱり嬉しそうな声色に、むむむと唇が尖っていく。

 ……もしかして、レオンと話したのが楽しかったのだろうか。

 ほとんど屋敷の敷地から出ることのないミシュリーの世界は狭い。同年代で話したことがあるのは私とシャルルと、後はサファニアぐらいなものだ。だから少し年上でも同じ子供のレオンと話せたのは楽しかったのかもしれない。ミシュリーにとっていい刺激になったのだろう。

 でも、やっぱりレオンは気に入らない。

 改めてレオンに対して敵意を固めていると、不意にミシュリーが私の髪に触れてきた。


「お姉さま。同じ色でも、全然違うんだね」


 楽しそうに笑顔を輝かせたミシュリーがしっかり私の目を覗き込む。

 レオンと私の髪と目の色は二人とも黒だ。同じ色だというのは確かにそうだが、黒は黒以外の何色でもない。なにが違うのだろうか。


「どういうことだ?」

「えへへっ」


 私の投げかけた疑問符に、ミシュリーは軽やかに笑った。


「ひみつ!」

「……そっか」


 やっぱりミシュリーには叶わない。

 世界一堂々としたかわいらしい隠ぺいには、とがっていた唇も緩んでしまった。


読者様からいくつか頂いたミシュリーへの謎の信頼によるクエスチョンに対するアンサーです。


Q.ミシュリーがレオンの治療を申し出たのって絶対に無償の好意じゃないよね?


A.レオンの髪と目が黒かったのでお姉さまと見比べてみたかったみたいです。純粋な純粋な好奇心です。

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