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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
九歳編

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 サファニア・カリブラコア。

 カリブラコア侯爵家の三女として生まれた彼女は、天才の私が言うと嫌味に聞こえるかもしれないが九歳という割にはかなり賢い。艶のある栗毛と冷たさを感じるとび色の瞳の持ち主で、私が素をさらして接することができる数少ない相手で、一番の友達だ。


「感想も述べたことだし、読書に戻っていいかしら。私は読書の邪魔をされるのが、姉と会話する次くらいに嫌いなの」

「いいわけないだろ。私の話をちゃんと聞け」


 非常に冷たい言葉だが、いま程度の言葉で撃ち落とされるほど私はやわではない。

 まずは許可を取るふりをしているくせにもうページを開いているサファニアから、ひょいと本を取り上げた。


「あ、ちょっと」


 奪われた本を取り返そうと手を伸ばしてくるが、サファニアは九歳という年齢を考えても小さい。七歳になったミシュリーと同じ程度だ。すくすく健康に育った私が掴んだ本を頭上高くにあげてやれば、それだけでもう届かない。


「返しなさい。返しなさいよっ」


 サファニアもつま先立ちで精いっぱい腕を伸ばしているが無駄な努力だ。返す気はない。そもそも話し相手が真正面にいる状況で読書に励もうなんて無作法が過ぎるのだ。

 私は上にかざした本をちらりと一読して、その内容にため息。


「あいっかわらずお前の読む本は娯楽小説ばっかりだな」


 数行読んだだけだが、その内容が活劇物だろうということだけは分かった。

 私が読む本と言えば知識の蓄積を促す書物だが、サファニアが好むものは違う。こいつは市井で流行している娯楽小説ばっかりを読み漁っている。

 完全に知性と時間の無駄遣いだ。もったいないと息を吐いた私に、サファニアは目をとがらせた。


「なによ。娯楽小説を読んで何が悪いの。娯楽小説をバカにするのは許さないわ。面白いのよっ」

「悪いに決まってるだろう。こんなものばっかり読んでいるとバカになるぞ」

「ならないわ。どんな娯楽小説を読み漁ったって、あなた以上のバカになんかなりようもないわ」

「ほほう?」


 ぴょんぴょんと跳ね始めたサファニアが、私にもっとも似合わない称号を贈ってくる。ちなみにひきこもり気味のサファニアの運動能力は残念の一言に尽きるので、いくら跳ねようともお目当ての高さまでは届きようもない。


「だいたいいくら既読の知識書を積んだところで真に賢くなれないというのはクリスが体現しているわ。よりによってその体現者が娯楽書をバカにしようなんてバカの所業じゃない。クリスはやっぱりバカなのよ」

「言ってくれるなサファニア。誰が、何だと? 天才の私の目の前でもう一度言える勇気があるなら言ってみろ」

「あなたが、とてもバカなのよ。だってホントのことだもの。バカをバカと言って何が悪いの?」

「サファニア。その態度は何だ。私は誇りある公爵令嬢だぞ? 由緒正しい御三家の一員だ。そしてなにより正式に招かれた客人だ。あらゆる立場から見て、お前より偉いんだ。もっとちゃんともてなせ」

「嫌よ。私だって歴史ある侯爵令嬢だわ。公爵家の不当な権力に屈しないくらいには偉いのよ。第一、客人? 予定もとらない飛び込み客がよく言うわ。私がどうしてそんなバカをもてなさないといけないの? そんなのおかしいじゃな――あうきゃんっ」


 ぴょこぴょこ必死にはねていたサファニアが、とうとう足をずるりと滑らせた。崩れたバランスを取り戻せるような体幹の持ち合わせなんてもちろんあるわけもなく、べちゃりと潰れるようにすっ転ぶ。

 これは予想外だ。


「お、おい。大丈夫か、サファニア」

「……当然よ」


 慌てて声をかける。

 床につっぷしていたサファニアは、むくりと起き上がった。平静を装っているが、目尻に涙がたまっている。顔面から床にぶつかっていったのだ。絨毯がひいてあるとは言え、そりゃ痛いだろう。


「いいから早く本を返しなさい」

「う、うん」


 ここまで身体を張られたら仕方がない。サファニアの強情さに押し任され、本を元の持ち主に返す。

 私の手から本を奪い返したサファニアが娯楽小説を大事そうに胸に抱く。


「ふんっ。計画通りよ」

「あー……うん。そっか」


 わざと転んで本を取り返したのだというあたり、相も変わらずプライドが高い。


「でもちょっと跳ねただけで転ぶとか……少しは外に出たらどうなんだ?」

「嫌よ」


 さっき私が本を取り上げたからだろう。今度は本を開くことなくしっかりと胸に抱きしめたまま会話を始める。


「家の中でも手袋をして、部屋の中からすら出ないで過ごすのが貴族の淑女よ。私はそれを目指しているの。庭を駆け回ってうっかり日焼けしたどこかのバカとは違うの」


 私の過去の失点を引きずり出し、屁理屈をこねて引きこもる行為を正当化する。

 言っていること自体は一概に間違えとも言い難いのだが、こいつは社交界にでる気すらない真性の引きこもりだ。

 カリブラコア侯爵家の三女という高貴な生まれであるというのに、何をどう間違えたら彼女のような令嬢ができるのかは不明だ。カリブラコア家は子供の教育を間違ったとしか考えられないが、長女と次女は優秀な淑女であるあたり、サファニアの特性だろう。おそらくサファニアは成長の過程で素直さをはき違え、生まれる前段階で配慮を母親のお腹の中に置き忘れたのだろう。

 そんなサファニアが私をにらみつけながら言う。


「あなたこそどうして来たのよ。今日はシャルル殿下がいらっしゃる日じゃないの?」

「ん? シャルルが来るまでには戻るよ」

「それは嬉しいわ」

「おい、さみしがれ」

「無理よ」


 私の要求に、つんっとそっぽを向く。こういうところは、何となく猫っぽい。


「まあ、もしこっちは長引いたり、シャルルが早く来るようだったらミシュリーに相手をしてもらう手はずになってるからな。安心だ」


 この二年でシャルルミシュリーも幾度となく顔を合わせている。年も同じだけあって、二人とも私を相手にする以上に遠慮のない言葉を交わすこともしばしばだ。


「……そう」


 だから安心だという保証にサファニアは何故か沈痛な表情になった。


「クリスが帰った頃に、シャルル殿下はたぶんいないわね」

「なぜそうなる」


 万全の理由を述べての返しが今のとか、意味がわからない。というか、サファニアのいまの顔で「いなくなっている」というと、まるでこの世からいなくなっているかのような誤解を生みかねない。


「どうもこうも、そのあたりがわからないからあなたはバカなのよ。まあ、そのバカさ加減には私もいくらか恩恵を受けているからいいの強く責めたりはしないけど」

「どう好意的に解釈してもただの悪口のそれがなにをどうしたらお前の益になっているのな聞かせてもらおうか。ん?」

「簡単よ。出会ってからこの二年近くあなたが突発的に来るから、両親が私の時間を空けておいてくれるのよ。公爵令嬢との縁を逃さないようにしたいのね。いいことだわ。おかげで余計な交流会に煩わされることもなく、読書に励む時間が増えるもの。クリスはいい風よけだわ」

「なあ、サファニア。ちょっと前から思ってたんだけど、お前もしかして私が何を言われても傷つかないと思ってないか?」

「あなたの心が安っぽい髪飾りのように簡単にひしゃげることくらい知ってるわ。ただね、クリス」


 安い髪飾りなんか手にしたことがあるはずもないほど高貴な生まれのサファニアは、幼くとも怜悧に整いつつある美貌によく似合う冷笑を浮かべた。


「あなたの能天気な心がいくら傷つこうと、私の心は平穏なの。あなたがくだらないと評する娯楽小説はいつだって私に色とりどりの感情をもたらしてくれるけど、あなたはダメね。いつ見てもバカがいるとしか思えないもの」

「よろしいっ、ならば戦争だ!」


 さすがにこれ以上黙って言われっぱなしというのも腹が立つ。宣言とともに、部屋に置いてあるボードゲームを持ち出す。


「勝負だ! とっとと遊ぶぞ、サファニア!」

「……まあ、いいけど」


 勢い任せているように見えるかもしれないけれども、この流れはいつも通りだ。

 軽く口論のようなやり取りをして、ついでボードゲームで遊ぶ。サファニアもこの手のゲームは好む傾向にある。しぶしぶと言った呈を装っているが、対戦相手がいなければできないボードゲームのやり取りを楽しみにしていることぐらい、天才の私は見抜いている。


「ふふんっ。先行は譲ってやろう」


 先行がやや有利とされているゲームだが構わない。コマを並べながら余裕たっぷりにハンデをくれてやる。サファニアの屋敷に来る時はほぼ毎回対戦しているが、いまのところ私の全勝だ。


「私は天才だからな。多少の不利などものともしないぞ!」

「……そうね。私は確かにボードゲームであなたに劣るし、読書量もとてもかなわないわ。でもね、クリス」


 コマを並び終え、一手目をさしたサファニアは言う。


「なぜかしらね。他の全てで劣ろうとも、あなたには口で負ける気がまったくしないの」

「言ったなお前」


 遠慮なく本音を刺してくる一番の親友の挑発にあえて乗る。


「そこまで言うなら、私を打ち負かしてみせろ。私は天才だぞ? ボードゲームだろうが口論だろうがそうそう負けない。何せ五歳のころにはもうお父様を論破していたほどだからな」

「ええ、知ってるわ。……ああ、そうだわクリス。全然関係ない話で悪いけれども、二人の姉を持つ末妹の身から忠告させてもらうわ。……あんまり妹を構いすぎるとウザいと思われるわよ」

「う、ううう嘘だぁ!?」

「本当よ」


 サファニア・カリブラコア。

 私に及ばずとも明晰な頭脳を持つ侯爵家三女の彼女は、お父様をも論破する私を打ち負かすこともある口論のライバルでもあった。

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