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0.2

 部屋に入ったミシュリーがまず感じたのは、肌をちりりとあぶる熱だ。

 室内で暖炉がたかれていたとかそういうことではない。もっと感情的な熱が、錯覚としてミシュリーに熱を感じさせていた。

 その熱源は部屋の真ん中にいる少女だ。一人の女の子が膨大な熱を放ってずんと仁王立ちをしていた。


「やあお父様。ご機嫌いかがだ? ちなみに私は結構怒っている」


 熱量にあふれるその視線は、ミシュリーを飛び越えて横にいるノワール公のみに注がれている。

 見つめた相手を燃やしつくさんばかりの灼熱の視線を受けて、ノワール公はたじりと後ずさり。


「ど、どうした、クリスティーナ」

「はっ。どうしたもこうしたもあるか」


 クリスティーナと呼ばれたまだ幼い彼女は、実の親の質問を鼻で笑ってこきおろした。


「いきなり引き取ることになった養子を引き連れて、いいご身分だなお父様。ああ、そうだった。お父様は我がノワール家当主というとてもいいご身分だもんな。しかたなかったよ、ああそうだ仕方ないさ」

「く、クリスティーナ?」


 怒涛の勢いで言いつのられる言葉の勢いにノワール公はたじろぐ。


「お前ほんとうにどうしてそんなに機嫌が悪いんだ……? なにか勘違いでも――」

「ふんっ。勘違いも何もあるもんか! 私は怒っているんだぞっ、お父様のロクでなし!」

「ロクでなし……!?」


 実の親を出迎えしだいに言い訳もろくに言わせず圧倒的な熱量で勘気をたたきつける。その苛烈さはミシュリーが初めて触れるものだった。

 なんだろう、この激しさは。

 初めて体験する熱に呆然としていると、その矛先がミシュリーに向いた。


「それで、そこの娘が例の――え?」


 激していた少女が、ふっと言葉を切った。ミシュリーを視界に入れると同時に、今までの熱を霧散させて驚愕に目を見開く。

 どうしたんだろう。疑問に思った答えは、次の瞬間すぐに出た。


「か、かわ――」


 震える声で口から出された最初の二文字に、ミシュリーは彼女の行動の理由を理解した。

 ほら、と肩を落としてうつむく。

 最初の時は驚いたけれども、結局は一緒だ。きっと、この人も自分のことを『かわいそうな子』だという目で見るに――


「かわいい!」


 ミシュリーの予想したのと違う単語が部屋いっぱいに響いた。


「え?」


 聞き間違えかと思って、反射的に顔をあげる。

 かわいい、だなんて初めて聞く言葉だ。

 その単語の意味がわからなくて、ミシュリーはただただ困惑する。


「かわ、いい?」

「うんっ、かわいい!」


 オウム返しの単語だったが、それでもここに来て初めて言葉を漏らしたミシュリーにノワール公が驚いた顔をする。ミシュリーはそれに気が付くこともなく『かわいい』という言葉の意味を知るために、それがどんな感情の発露によるものかを見るためにクリスティーナの目をまっすぐ見抜いて、動揺した。

 そこには、いままで見たこともないくらい純粋にきらきらと輝く瞳があった。


「お前、名前は――ああ! ミシュリーだ!」

「……」


 なぜか名乗ってもいないのに名前を言い当てられた不思議さよりも、ミシュリーは彼女の真っ黒な瞳に吸い寄せられた。

 そこに、ミシュリーの嫌う色は一片も交じっていなかった。『かわいそう』ではなく『かわいい』という言葉と一緒に浮かび上がった色。クリスティーナの瞳は、光を吸い込むはずの黒色をきらきらと輝かせる不思議な不思議な色に満ちている。

 黒い瞳にミシュリーが初めて見る色を浮かべた少女が手を伸ばす。


「わぁっ、うわあ! きれいな青い目だなぁ! 髪もこんなぴかぴかの金色で……あ、触ってもいいか?」

「……う、うん」

「ほんとか!? じゃあ、触るぞ」


 気圧されて頷いた後に、喜び勇んでミシュリーの髪に触れる。

 宝物にでも触っているかのように優しい手つきでミシュリーの髪を撫でるクリスティーナが、うっとりと吐息を漏らした。


「やわらかくてふわふわしてる……いいなぁ」

「クリスティーナ……。よくわからないが、もう怒ってないのか?」

「うん? ああ、うん」


 ご機嫌な様子のクリスティーナにおそるおそるノワール公が問う。相好を崩してミシュリーを撫でていたクリスティーナはぞんざいに頷いた。


「どうでもいいや」

「どうでも!? さっきあんなに怒っていたのにか?」

「うん。ていうかお父様。邪魔だからちょっと黙っててくれ。この子のかわいさを堪能したいし、いまなんか頭がちょっと情報にあふれてて――」

「ねえ」


 クリスティーナとノワール公が話している最中にミシュリーは言葉を差し込む。人の話している最中に割り込むのが無作法だなんていうことをまだ知らないのだ。どちらにせよ、そのまま会話を続けさせてもノワール公のダメージが積み重なるだけだったのだから良いだろう。

 そんな機微は読めないが、ミシュリーはただ純粋に自分が気になったことを遠慮なく訊ねた。


「それ、なにいろ?」


 疑問とともにクリスティーナの目を指す。

 始めて見る色だったのだ。だから聞いた。その黒い瞳に浮かぶきらきらとした色は、どういう感情の色なのかと幼い言葉で問いかけた。

 ミシュリーの問いかけに、クリスティーナは屈託なく笑う。


「黒だ。髪の色も一緒だな。どこにでもある、つまんない色だろ」

「……ううん」


 自分の求めていた答えとは違ったけれども、クリスティーナの卑下を否定する。

 そっと瞳と同じ色の髪の毛に触って、心の底から素直な感想を吐露した。


「きれいだよ」

「……ほう?」


 意外だったのだろう。少し驚いたように口を開いたクリスティーナは、すぐにその形を優しい笑みに変えた。


「かわいいこと言ってくれるな、ミシュリーは!」


 優しく自分の頭を撫でる手つきがくすぐったくて、なによりクリスティーナの言葉が心をくすぐって、なんだか無性にうれしくなる。


「……」


 途中から口を挟むのをやめたノワール公は、その光景を見てここに来るまでの心配が杞憂に終わったことを知った。

 他所の子が気に入らないと怒り狂う少女も人形のように無感情な幼女も、もうどこにもいない。


「ふふっ」

「……えへへ」


 ノワール公の目には仲の良い娘が二人、姉妹同士で笑顔をかわし合っている光景が映し出されていた。

三日後には立派なシスコン姉妹になってたとさ。


あ、次から九歳編になります。

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