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 シャルルとミシュリーは、赤の他人というには似通ったところがある。

 金髪碧眼という共通の要素が揃っているということもあって、並べて兄妹として紹介すればすんなり通るだろう。実際に従兄妹という比較的近い血縁関係の二人には、その程度には近しい面影がある。

 そんな二人が、お互いの視線をぶつけ合っていた。


「……あれ?」


 私は予想と違う展開に戸惑っていた。

 『迷宮ディスティニー』の知識がある私は、この二人が出会ったら何か取り返しのつかないことが起こってしまうのではないのかと根拠ない不安に取りつかれていた。笑われることを承知で言えば、運命というものが怖かったのだ。あの物語の主要人物であるシャルルとミシュリーが出会うことによって今の何かが変わってしまうのではないかとあいまいな焦燥に駆られ、もしかしたら私というバグが強制的に正されるんじゃないかという怖れを抱いた。

 だが、二人が邂逅した現状はどうだろう。


「……っ」

「……!」


 なんか激しく見つめあってはいるものの、ふたりの間に運命的な雰囲気は一切感じない。初対面で間違いないのに天敵を見つけたとばかりに火花を散らしてにらみあっている。

 特に、心優しいミシュリーがシャルルを強くにらみつけているのは驚きだ。いつも癒しにあふれる私の大天使が、あんなに強い目で一歩も引かないぞとばかりに毅然としている。

 うん。

 あれはあれでかわいい。

 そうか。ミシュリーもあんな風に負けん気を発揮することができるようになったのか。やっぱり成長してるんだなといつもは見られないミシュリーの一面に接してしみじみ感じいっていたら、二人の視線のぶつかり合いはようやく終わりを迎えた。

 鍔迫り合いの果て、先に目をそらしたのはミシュリーだった。


「……おねえさま」


 先に目をそらしたからと言って、それはシャルルに気圧されたからではない。ふいっとシャルルから目線を外したミシュリーは、とてとてと私に近づいてくる。

 そして、シャルルなんて眼中にありませんよとばかりに完全無視して私の胸に飛び込んできた。


「あえなくてさみしかった!」

「私もだミシュリー!」


 いろいろ気になることはあったが、最愛の妹からの抱き付きに抱擁を返すのが最優先事項だ。もろもろ考えていたことは全部すっとばして、胸に飛び込んできた幸せをしっかり逃がさないように抱きとめる。


「あえてうれしい、おねえさま!」

「ふふっ、私も会えて嬉しいぞ。……でもこんな急にどうしたんだ、ミシュリー。いつもはもっとこらえ性があるだろう?」

「ごめんね。でも、今日はとちゅうでシャルルとかいうやつのせいでひきはなされちゃったから、いつもよりずっとずぅーっとさみしくなっちゃったの。……わたし、じゃま?」

「ううん。そんなわけ――」

「うん、じゃま」


 私たち姉妹の会話に、つっけんどな声が割って入った。


「クリス。そいつなに?」


 遠慮ない言葉を投げかけてきたのはシャルルだ。放っておかれたのが不満だったのか、私たち姉妹が抱き合ってるところから少し離れたところで眉根を寄せてミシュリーをにらみつけている。


「ん、ああ、ごめんな、シャルル」


 客人でシャルルを放っておいてしまったのは確かに私の落ち度だ。不機嫌になっても仕方がないだろう。


「こちらはミシュリーだ。私の最愛の妹だぞ。かわいいだろ!」


 鼻高々と語った妹自慢に、シャルルがぼそっと呟く。


「べつにかわいくないけど……」

「お前いまなんて言った?」


 あり得ない返事を是正させるために笑顔で凄むと、シャルルはぷいっとそっぽを向く。

 ミシュリーの輝かしいばかりのかわいさに照らされた照れ隠しだとしてもよろしくない態度だ。どうやらシャルルの特殊な感性というのは人物の好みも含めたものらしい。ミシュリーがかわいくないと思えるなんて、美意識のねじが吹っ飛んでいるとしか考えられない。

 同情はするが、感性というものは一日二日で治るものではない。これから根気よく付き合ってミシュリーのかわいさが理解できるように磨きなおしてやろう。

 ミシュリーがかわいくないなどとたわごとをほざいたシャルルへの教育計画を素早く組み立てて、今度はミシュリーにシャルルを紹介する。


「で、ミシュリー。あいつはシャルルだ。ほら、この間ちょっと話した私の友達だよ。あいつ偉いからな。一応こっちから挨拶をするんだぞ」

「うん、わかった。……はじめまして、シャルル」


 私が促すと、ミシュリーはぺこりとお辞儀をした。敬称が抜けているが、この場だったら別にいいだろう。そもそもミシュリーはシャルルがどこの誰だか知らないのだ。


「ミシュリー・ノワールです。おねえさまの『さいあい』の妹です。よろしくお願いします、おねえさまの『ともだち』のシャルル」

「………………へぇー」


 まだ舌足らずなミシュリーが、自分なりに考えた口上を述べる。たどたどしさがにじめどきちんと言い切ったミシュリーの偉業に頬が思わず緩んでしまう。

 かわいいがあふれているミシュリーの自己紹介だったが、シャルルは何故だか目を不機嫌に細めた。

 なんで不機嫌になるのか。意味が不明だ。ミシュリーの挨拶には確かに至らないところもあるが、礼儀作法もまだ習い始めていない五歳の自己紹介としては十分だ。やり遂げたミシュリーをいっぱい褒めるべく、私は愛する妹の頭を優しく撫でる。


「よくできたぞ、ミシュリー。さすがは私の妹だ!」

「えへへっ。うん! わたし、おねえさまのさいあいの妹だもん!」

「……なら、今度は僕の番だね」


 わざとではないだろうが、姉妹の触れ合いの合間に入りこんでくるようにしてするりとシャルルの言葉が入ってくる。

 確かに礼儀として、今度はシャルルが自己紹介をする番だが、しかしという逆接詞が脳裏に浮かぶ。

 今までの言動から察するに、シャルルはおそらくほとんど礼儀作法の薫陶を受けていない。言葉使いなどから育ちの良さは感じるが、それだけだ。まだきちんとした教育を受けていないシャルルは良くも悪くも自由で型にはまっていない。

 はてさて、そんなシャルルの自己紹介がどんなものになるのか。ちょっと楽しみになった私が見つめる中、シャルルが口を開いた。


「僕はシャルル・エドワルド。クリスの『こんやくしゃ』のシャルルだよ」


 シャルルの口上に私は内心で眉をひそめた。

 未熟すぎる自己紹介だ。強調するところがおかしいし、王族だということすら言っていない。必要な部分が欠け不必要な要素が含まれた自己紹介には、ちょっと合格点はあげられそうもない。

 私の感想としてそんなものだったが、ミシュリーの反応は違った。


「……え?」


 シャルルの短い自己紹介を聞いたミシュリーが愕然と目を見開いた。


「こん、やく……?」

「ああ、そうだよ!」


 驚きのままに言葉を漏らしたミシュリーに、シャルルがやたらといい笑顔で頷いた。

 こぼれんばかりに目を見開いていたミシュリーが、ばっと振り返って私の顔を見上げる。


「おねえさま、なんで!?」

「え? どうしたミシュリー」


 質問が唐突すぎて、ちょっと意味が分からない。

 困惑顔の私に対し、ミシュリーは必死な形相で言いつのる。


「だってともだちって言ってた! きぞくのぎむだから会うんだって! なのにこんやくってなに!?」

「婚約っていうのは、後々私とシャルルが結婚することもあるっていうことだけど……」

「そんなのしってる! なんでおねえさまがこんなのと!?」


 なんでミシュリーはこんなに取り乱しているのだろうか。


「まあいろいろ事情はあるが、ざっくりいえば家同士の取り決めだな。選ばれた誰かと結婚するのも、私が背負う責務だ」

「そんな……け、っこん……おねえさまが、これと……」


 私の言葉が相当ショックだったのか、呆然としてうわ言を繰り返す。無理もない。まだ幼いミシュリーの耳には、結婚も含めて己の人生の道筋をがんじがらめに決められる貴族の半生は聞き入れ難いほど衝撃的なものだろう。

 でも、いつかは知らなければならないことだ。私はまだ自失したまま「おねえさまが……やだ……おねえさまはわたしのおねえさまで……」と呟き続けているミシュリーの頭をそっと抱きしめる。


「わかった、ミシュリー? 僕とクリスはしょうらいけっこんするの。ふたりともそれぞれが一番に――」

「は? なに言ってんだシャルル。私の一番はいつだってミシュリーだからな」

「――え」


 何故か勝ち誇ったシャルルに私はごく当たり前のことを言う。


「シャルル。将来のためも含めてあえて言うが、私は別にお前が好きだから婚約の取り決めに従ったわけじゃないからな」

「で、でも、僕とクリスは友達じゃ……」

「友達だな。でもそれとこれとは話は別だろう」

「え」


 私の正論に反論の声が途絶えた。

 シャルルは友達だしそれなりに好きだがそれだけだ。さっきからミシュリーに対する態度に腹が据えかねていたし、いい機会だ。とうとう絶句したシャルルに教え聞かせるため、私は強い口調で説明を続ける。


「今回の婚約は私達の意思が及ばないところで決定されたものだ。だからこれから私達の知らないうちに解消されることだってあるかもしれない」

「だよねっ、おねえさま!」


 私の説明に、なぜかミシュリーが飛びついた。


「こんやくなんていつかやぶられちゃう口約束といっしょだよね!」

「うん? いや、さすがにそこまでは言わないけど、将来どうなるかわからないからちゃんと責務ある者としての心構えはしておけよという話を――」

「でも、こんやくなんていううすっぺらいやくそくしかないシャルルとちがって、私とおねえさまは、ずっとずっといっしょだよね! それはぜったいそうだよね!?」

「あったりまえだろミシュリー!」


 かわいいことを言ってくれるミシュリーに全力で賛同する。


「私とミシュリーの姉妹の絆は永遠だっ。絶対に誰にも壊せないぞ! だって私達姉妹は最強だからな!」

「うんっ、しってた! ……ふふんっ」

「ああ! クリスっ、いまそいつ舌だした! クリスに見えないように勝ちほこった顔してべーってした! ぜんぜんかわいくない!」

「ばっかシャルル。ミシュリーがそんなことするわけないだろ? なー、ミシュリー」

「ねー、おねえさま!」

「……っ!」


 初めての友達にそれ以上に仲睦まじい相手がいることが悔しいのか、よくわからない嫉妬をしたシャルルは怨敵でも見つけたかのようにぎぃっとミシュリーをにらみ付ける。ミシュリーはミシュリーでお姉ちゃんが独り占めできなくてかわいらしい嫉妬を燃やしているらしく、私の前に出て一歩も引かずににらみ返した。

 青い目と青い目がぶつかり合い、火花が散らされる。

 最初の焼き直しか。そう思ったが違った。


「このぉ!」

「なにぉ!」


 叫ぶやいなや、次の瞬間には互いが互いの胸ぐらを掴んで取っ組み合いを始めようとした。


「ちょ!?」


 子供のケンカとはいえ、これはさすがに見過ごせない。私はあわてて間に入って仲裁する。


「何やってるんだ二人とも! やめなさい!」

「だっておねえさま! やっぱこいつイヤ! きらい!」

「それはこっちのセリフだよ! お前じゃま! どっか行け!」

「いいから二人とも離れろっ。こら!」


 お互いを指差してののしる二人を、私は必死になって引きはがそうとするが、私が危惧した運命の二人の磁力は強かった。

 前世の物語『迷宮ディスティニー』での二人には似た者同士寄り添い惹かれあうような強い引力があったけれども


「クリス! クリスこいつにだまされてる! こいつかわいくないよ! クリスをだましてなんかたくらんでる!」

「おねえさまにへんなこと言わないで! シャルルなんておうちの力がないとおねえさまに会えもできないくせに!」

「なにおう!」

「なによぉ!」

「二人ともいい加減にしろぉ!」


 今世の二人には反発しながらぶつかっていくという、それはもう不思議な法則はあるようだった。

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