112
私とミシュリーが、和解した。
いや、そもそも私が一方的にミシュリーをさけてしまっていただけで、私たち姉妹は明確な仲たがいをしていたというわけではない。
でも、私の愚かさのせいでミシュリーと一緒に過ごす時間が削れてしまったのは事実だ。
なので私とミシュリーの仲直りパーティーを開催することにした。
「ばっっっかじゃないの?」
招待客のサファニアが何か言っていたが、痛くもかゆくもない。私は今、ここ数年で一番幸せだ。妹成分を充填して幸せバリアーを展開している私に嫌味を通そうなど無理な話である。
パーティーというか、規模としてはお茶会というべきだろう。あくまでパーティーと称しているのは、私の気持ちの問題だ。つまり私のテンションがパーティータイムなのだ。レッツパーリーモードなのだっ。
会場である私の部屋に招いたのは、ごく身近な知り合いだけだ。
昔の知り合い枠で、サファニアにレオン。取り巻きからは、ロナとカタリナ。本当はマリーワも呼んでおきたかったのだが、それは仕方ない。こういう催しに招いても、マリーワは絶対にこないだろうという確信があった。
規模としては本当にささやかな催しだ。でもそれでいい。
私とミシュリーの最強姉妹の絆を知らしめるための第一歩である。私がかわいいかわいい世界で一番かわいいミシュリーのことを愛してやまないことを隠さずにすむのだ。まずは身近なロナとカタリナに知らせ、そこから学園中に私とミシュリーの仲の良さを知らしめてやるのだ。特にカタリナの口の軽さと情報伝達力は今回役に立ってくれるだろう。
こうやって優秀な人材が周りに集まったのは私の人徳だ。間違いない。
「……むー。結局、妹の座はミシュリーに奪われてしまいましたわ」
ところでなんでフリジアがいるのだろう。
ふくれっつらで私の部屋付きのメイドが用意したお茶菓子を食べているが、なぜか当然のように参加している金髪ロールの存在が不思議でならない。元から不思議生物だったが、その存在の不可解ぶりには磨きがかかっていた。
私、こいつも呼んでないんだが。
困惑に首を傾げる私に、気が付いたのか、ミシュリーがフォローを入れる。
「あ、ごめんね、お姉さま。フリジアちゃんは私が呼んだの。昔からの友達だし」
「そっか。なら仕方ないな」
もちろん殿下はいない。私、殿下にだけは頭を下げたくないし、そもそも謝る理由がない。大丈夫。私は天才、クリスティーナ・ノワールである。殿下の恋に協力する理由がなくなった今、妹に近づく虫は駆除の一択だ。
「でも、みんな集まってくれたよね。みんなお姉さまが大好きだから来てくれたんだよ?」
「そうだな。ありがたいことだ」
私は学園に入学してから自分勝手に生き、そして自分勝手に破滅しようとしていたのに、それでもそんな私についてきてくれる人がいた。この光景は、いままで省みようとしなかったことを再確認させてくれた。
ただ、私が招待した人物の中で足りない人物が一人いた。
シャルルも呼んだのだが、来てくれなかった。
「……やっぱり、シャルルとは連絡取れなかったのか?」
「うん。シャルルとは、途中で方向性の違いで決別したから、もうつながりがないの」
私の問いかけにミシュリーは目を伏せて答える。
「そっか……」
私からの招待のほか、念のためミシュリーからも話を通してくれるようにお願いしたのだが、答えはなかった。
シャルルだけは、いまいち行動が読めない。あの中庭でのことを考えると私に愛想が尽きたというわけではないとうぬぼれてもいいと思うんだけど、特に行動を起こしている節がないのだ。
ところで、方向性の違いって何だろう。私との関係修復に途中までシャルルと協力していたらしいのだが、それが決裂した理由がちょっとよくわからない。
「まあ、シャルルのことは忘れよう? はい、お姉様。あーん」
「あーん」
私の顔が暗くなったのを見抜いてか、ベストのタイミングでミシュリーが切り分けたケーキを差し出してくる。
久しぶりのおいしくなる魔法がかけられた食事だ。なんかロナやらカタリナの視線を感じたが、気にせずゆっくり食べる。
「えへへ。お姉さま、おしいしい?」
「うん、おいしいぞっ。じゃあ、ミシュリーも――」
「クリス様! わたくしにもお恵みを!」
「ほーれ、とってこーい」
「はいですわ!」
欠片も空気を読む気がないフリジアが生意気にも姉妹の交流に割り込んで来たので包装されたものをポーンと投げたら、予想通り喜び勇んで追いかけていった。
犬か、あいつは。
「フリジアちゃんは、楽しい子だよね」
「ああ。まったくだ」
「……かわいいよね?」
「そうでもない」
「そっか!」
しみじみとフリジアへの認識をミシュリーとすり合わせながら、私は周囲の様子を確認する。
今回の仲直り会は、私が築いた主な人脈同士の交流会の面もある。特にサファニアとレオンの二人は、私の取り巻き組との交流はない。変な噂も流れているし、誤解もあるだろうと交流の場を作ったのだ。
どうやらサファニアも私以外の人間ともしゃべれるようにはなっているらしい。さりげなく様子をうかがっていたが、おしゃべりなカタリナとフォロー上手なレオンの助けもあって、なんとか交流できている。
「さて。交流が深まっているところ申しわけないが、本題にはいりたい」
宴もたけなわ、場が温まったところでみんなの注目を私に集める。
「私がみんなをここに集めたのは、話したいことが
「妹自慢でしょ」
「そうだな。私の妹は世界一だな!」
不機嫌な面でサファニアが水を差すが、別になにも間違ってない。確かに私はミシュリーを大いに自慢したい。私の妹は世界一だと公言することに、今の私はためらいない。
だから私は声を大にして言うのだ。
「そんな世界一の妹を、私は救いたい」
ここにいるみんなに。私が知り合って私と関係を築いてきたみんなに、私の生きる目的を語る。
「私の妹は、少し特殊な生まれでな。それが原因で、卑怯卑劣にして冷血漢、最低最悪の父親であるノワール公爵によって、僻地へと飛ばされてしまうんだ。でも、私一人じゃどうにもならない。だから、みんなの力と考えを借りたい」
私はお父様の正当な評価をここぞとばかりに力説する。
社交界では穏健で通っているらしいお父様だが、その実は娘をないがしろにする冷血漢だ。国の暗部に巣くう悪徳貴族であるお父様を打倒するために、ここにいる全員からつながるすべての力を使っていきたい。
「問題は複雑で、ミシュリーを本当の意味で救うにはたくさんの困難がある。その一筋縄でいかない問題を解決するために、みんなで考えて、みんなの力を借りたい。礼はする。私のすべてにかけて、みんなに報いる。だから協力してくれると、嬉しい」
横にいるミシュリーを見て、私は頭を下げる。
私は上に立つものであり、命令する立場にいる人間だ。ここにいる誰よりも身分的な上位者である。
でも、仲間に頼みごとをするときに頭を下げるのは当然だと思って、そうした。
「……わたしのためじゃなくて、お姉さまのために、お願いします」
私に続いて、ミシュリーも頭を下げた。
二人そろって頭を下げる私たち姉妹を見て、最初に声を上げたのはサファニアだった。
「……まあ理由はともかく、クリスにしてはマシな頼みかただったわ。いいわよ。付き合ってあげても」
「同じマリーワさんの門下生だからな。俺も協力するよ」
「私は当然付いていきます……けど、カタリナ。その不気味な笑顔はなんですの? あなた、また悪巧みをしてませんか?」
「ふふふふ――へ? いやっすねぇ、ロナ様。本心からクリス様に付いてきてよかったって、いま思ってるところっすよ」
「よくわかりませんけど、クリス様がおっしゃるならかしこまりですわ!」
一人状況を理解できていなさそうな娘がいたが、それはそれ。次々と上がる賛同の声に頭を上げて、ミシュリーと笑顔を見合わせる。
やっぱり、私が見込んで仲良くなった奴らだ。本当にありがたい。
だからもう一度礼を言おうとしたとき、扉が開いた。
誰が来たんだと扉を開けた人物を確認した瞬間、ミシュリーの顔が凍りつき、私はぽかんと呆けてしまった。
「僕も協力するよ、クリス」
シャルルが、扉を開けていた。




