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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
学園編

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 マリーワが、ほんの少しだけ助けてくれた。

 情けなくも迷走していた私を受け止めて、どうしようもなく行き詰っていた自信と勇気を注いでくれた。立ち止って砕け散ってしまいそうな私をやさしく導いてくれた。そうして一つだけ、私がやるべきことを指示してくれた。

 ミシュリーに会うべきだと言われた。

 マリーワにアドバイスされれば是非もない。今更反抗する気もない。マリーワは、これからの私に協力できることならしてくれるとまで言ってくれた。こんなに心強いことはない。

 そうして、ありがとうと笑った私を見て、マリーワは力強く頷いて帰った。

 あっさり帰っちゃったのだ。

 ちょっと冷たいと思う。これからミシュリーに会うのにあたって付き添ってくれてもいいんじゃないのなかって思う。いや別に、私はやればできる子だからマリーワがいなくたってミシュリーと仲直りするのなんて楽勝だけど。それでも、やっぱり結果を見届けてくれることくらいはしてくれてもいいんじゃなかいって思うんだ。

 それくらい、私の師としての義務だと思う。


「それならそもそも仲直りにだなんて行かなくてもいいと思――あいだっ」


 何か言いかけたサファニアがレオンに小突かれる。

 今は、マリーワと会った応接室から寮に戻っている帰りだ。善は急げ。巧遅より拙速を尊ぶ。天才たる私なんだから、そのままミシュリーに会って謝ろうとしている。


「なによ、レオン」

「冗談でもやめろって、そういうこというのは」

「……割と本音よ」


 たしなめるレオンに、サファニアは唇を尖らせてぶーたれる。

 レオンもちゃんとサファニアに意見を通せるようになっているようで何よりだと思う。もうヘタレとは評価しないでやろう。


「気にするな、レオン。サファニアの言葉なんかに惑わされる私じゃないからな」

「そうか? いつものクリスティーナだと、ここでヘタれてサファニアの言葉に乗って、ミシュリーとの話し合いを後回しにしそうなんだよ」

「あんまり調子に乗るなよ平民」


 ぎろりとにらみつける私の視線にレオンは肩をすくめる。

 私の気を紛らわせようとしているのか、場を和まそうとしているのか。どちらにしても、冗談でもありえない。この天才の私が目の前の困難から逃げるなどするわけがない。

 それに、マリーワから回りくどいことはしなくてもいいと言われた。

 ただ、ごめんなさいと謝ればそれで何もかも解決するだろうとマリーワが私の背を押してくれた。だから、大丈夫だ。

 それを現実にするためミシュリーの部屋に向かうと思って、ふとそもそもミシュリーの部屋の場所を知らないことに気がついた。


「そういえば、ミシュリーの部屋ってどこだ?」

「どこもなにも、隣じゃない」

「サファニアの部屋のか?」

「は?」


 問いかける私に、バカを見る目を向けてきた。


「おい、失礼だからその目はやめろ」

「無理言わないで。あなたがバカなのが悪いのよ」


 さらりと失礼の上塗りをしてきたサファニアがミシュリーの居場所の答えを出す。


「あなたの部屋の、隣よ。あの性悪は」







「いいよ、もちろん」


 私が頭を下げると、ミシュリーは至極当然のように私を許してくれた。

 ミシュリーの部屋に来たのは私と、サファニアとレオンだ。マリーワとのやり取りの後にそのまま来たので、このメンバーになった。

 突然の私の訪問に戸惑った様子もなく、ミシュリーはあっさりと私を迎え入れ、謝罪を受け入れた。その一連の流れは、ミシュリーになら土下座ぐらいできる私にとって、むしろ肩透かしだった。


「事情とか、聞かなくてもいいのか?」

「んー……」


 深々と下げた頭をちょっとだけ上げた私に、ミシュリーはちょっと考え込むように手を顎に当てる。

 そりゃもちろんミシュリーは心の底から清らかで善性の粋を凝らしたような性格をしているから、私の愚行をあっさり許してしまうのかもしれない。でも、それじゃ駄目なのだ。私は、私の行いをちゃんとミシュリーにさばいてほしい。もちろん私のわがままだけど、何もしないで許されるなんて、私の心が許さない。

 そう尋ねる私に対し、ミシュリーはサファニアに目を向ける。


「だって、サファニアさんが嫌がらせなんて照れ隠し半分の理由でマリーワさんを呼んでお姉さまをなんとかしようとしているのを知ってるし――」

「おいやめろサファニア! 殴るのはやめろ! 暴力じゃなんの解決にもならないだろっ」

「止めないでレオンっ。あの性悪はっ、あの性悪だけは別よっ。天誅を下してやるわ!」


 突然サファニアが暴れ出した。

 なんだあいつはといぶかしむ私をよそに、顔を真っ赤にして騒ぎ始めたサファニアとそれを羽交い締めにしているレオンには一切気を払わず、ミシュリーは言葉を続ける。


「久しぶりにお姉さまと会った食堂の時で、お姉さまが昔と変わらないままでいてくれたのもわかってる。それにお姉様があの日、どうしてわたしを突き放したのか、知ってるから、別に怒ってなんかいないもん」

「……ばれてたのか」

「うん、知ってる。私の本当のお母様のことで、お父様が私をどうしようとしてるか、知ってるよ」

「……そっか」


 私の行動原理は、全部見抜かれていた。

 やっぱり、この世界は『迷宮デスティニー』とは違う。

 あっちでは、ミシュリーは知らなかった。『迷宮デスティニー』のミシュリーが自分の出自を知ったのは、物語の終盤も終盤だった。

 私の妹は、私が知っていたつもりの妹よりずっとずっとたくましく成長していた。


「わたし、強くなったよ。ミス・トワネットに頼んで、お姉さまに負けないくらいに強くなった。お姉さまに助けられるだけの妹じゃなくなったよ」


 ミシュリーが強くなったのは知っている。ミシュリーが弁論会で私を打ち負かした。そこに至るまで、相当の努力を積んだのは想像に難くない。


「自己犠牲なんて、駄目だよ。お姉様が不幸になるなんて、わたしは絶対許せないもん」

「……そっか」

「うん。頑張ったんだ。だから、お姉さま。これだけはちゃんとわかって。誤解なんて、はさむ隙間もないくらいお姉さまの心に入れておいて。じゃないと、いくら謝っても許してあげないから」


 ミシュリーが、愛らしいだけではなく、自分の意思を持った強さを見せる。


「わたしは絶対に『かわいそうな子』なんかじゃないよ」


 これだけは譲れないという誇りがあった。

 絶対にそんな評価なんて受け入れないという信念があった。毅然としたミシュリーの態度は、高潔そのものだった。


「わかった。ミシュリーは、すごい子だな」


 心底から、そう思う。

 私はミシュリーへひどいことをした。

 ミシュリーは、それを乗り越えた。私が運命に屈したのを尻目に、ミシュリーは己の道を進んだ。そうして私を打ち負かした。

 そんな私の妹を『かわいそうな子』なんていう目で見られるはずもない。ミシュリーは、輝かしいほどに強くなった。


「わたしは、駄目な姉だったけど、それでもいいのか?」

「わたし達は、姉妹揃って最強なんだよ?」


 ああ、結局、そっか。

 輝かしい笑顔で手を握ってくれたミシュリーに、悟る。自分の愚かさを、思い至らなさを、どうして運命が砕け散ったかを知る。

 とても敵わない。私が天才だからとか、運命を知っていたからとか、なんにも関係ない。

 こんなにかわいい妹に勝てる姉なんて、存在しないのだ。


「なぁ、ミシュリー」

「なぁに、お姉さま」


 罪は消せない。私がやったことは、確かにミシュリーの心を傷つけた。ミシュリーはやさしいからそれを許してくれるけれども、せめて、何かつぐなわせてほしい。それは私のわがままで甘えだけど、それでも言わせてほしかった。


「駄目なお姉ちゃんを叱ってくれ」

「やだ。でもちゃんと仲直りしたら、やってほしかったことが一個だけあるんだ」

「ん。なんでもいえ。なんでもするぞ」


 私のお願いをあっさり却下した天使が、にっこりと笑う。

 天使のお願いだ。なんでも聞こう。フルオープンの心構えでミシュリーのお願いを待つ私に、ミシュリーは頭をずいっと差し出す。


「いっぱい、ほめて」


 それは、不思議な要求だった。


「……そんなのでいいのか?」

「そんなのがいいの」


 あやふやで具体性のないお願いごとに戸惑う私に、ミシュリーは天使の微笑みで答える。


「忘れてないよ。わたしは、そこから始まったんだもん」


 初対面のあの時。まだ透明で砕け散りそうだったミシュリーを、心から褒めたあの時。そこからやり直していこうと、ミシュリーは言ってくれた。

 あるいは、運命なんてものはその時から消え失せていたのかもしれない。


「……そっか」

「そうだよ」


 緊張の糸が切れて、力が抜けた。

 ふらりと揺らいだ私の体を、ミシュリーが抱きしめる。そのまま流れで、ぽすん、とミシュリーの膝に私の頭が乗せられる。なぜか知らないけど、当たり前のように膝枕の姿勢になっていた。

 当たり前だけど、私の妹の膝は最高に心地よかった。


「ミシュリーは、世界で一番かわいいな」

「えへへ」


 ミシュリーを褒めるのなんて簡単だ。息を吸うのと同じくらいに褒め言葉が湧き上がってくる。

 嬉しそうに顔をほころばせたミシュリーが、ゆっくりと私の髪をなでる。


「お姉様は……ちょっとカッコ悪いこともあるけど、それでも世界で一番カッコいいよ」

「そっか。私は、かわいくて強いミシュリーが大好きだぞ」

「わたしはカッコいいお姉様が大好きだけど、カッコ悪いお姉様も実は結構、好き」


 そうやって姉妹の絆を改めて結びなおしている私たち最強姉妹の後ろで


「レオン。今すぐここからでましょう。砂糖吐きそうなくらい気分が悪くなってきたわ」

「ああ。俺もこれ以上この空間にいられる度胸はないな。出よう」


 そういえば同室していたレオンとサファニアはくるりと踵を返して部屋から出て行ったけど、いてもいなくても変わらないので、特に気にはならなかった。


 明日、書籍2巻が発売です! 相変わらず表紙は姉妹で独占してます。


 PASHレーベルのサイトで、発売記念のSSも公開するとかなんとか。メイドとクリスのお話です。よろしければそちらもどうぞ。

 

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