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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
学園編

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 フリジアを連れて行かないのを条件に、私はおとなしく連行されることにした。

 フリジアとマリーワに面識はない。ないが、だからと言ってマリーワにフリジアを紹介できるかと言われれば無理だ。連れて行ったら混沌が降臨する。そうしてなぜか私がその責を負うはめになる。

 フリジアを連れて行かせないというのは、私をおとなしくさせるだけの絶大な効果があった。

 学校の応接間の扉の前で、ごくりと唾を嚥下する。

 この扉をくぐれば、中にはマリーワがいるというのだ。いやがおうにも緊張する。

 今日の弁論会を除けば、マリーワに面と向かって顔を合わせるのは、もう三年ぶりだ。家庭教師時代で刷り込まれた苦手意識は健在である。嫌でも緊張する。


「どうしたの? さっさと入りなさいよ。背中蹴っ飛ばして押し入れるわよ」

「いや、だって……ん?」


 もうツッコミを入れる気もおこらない乱暴な言い分はスルーするにしても、いまの言葉に引っ掛かりを感じた。


「サファニア。お前は一緒に入らないのか?」

「なに? 一緒に来てほしいの?」


 てっきり一緒に入ってくるものだと思っていた私の問いに、サファニアは意外そうな顔を返す。


「私も空気が読めないわけじゃないわよ? そもそも、あなたが叱られて涙目になるところを覗き見るような悪趣味じゃ……せっかくだから私もお邪魔するわね」

「やめろそこにいろ」


 余計なことを言った。痛恨の失態だ。

 当初の予定通りおとなしく引っ込んでいろと言ったつもりだったが、サファニアはそれをわかったうえで一歩前にでる。


「嫌よ。こうなったら是が非でも――」

「レオン。そいつを抑えてろ」

「あいあい、了解」

「なっ!? 裏切ったわね! 離しなさい、レオン!」

「ほら、空気読もうぜ。サファニアはそんなだから、新しい友達ができないんだよ。もうちょっと欲望を抑えろよ。お前、ただでさえ嗜虐気質なんだからさ、好きに生きてると普通の人は引くんだよ」

「大きなお世話よ!?」


 急にノリノリになったサファニアはレオンに抑えてもらって、ノック。息を大きく吸って、吐いての深呼吸。

 大丈夫。マリーワは鬼だが、理性のある羅刹だ。だからちゃんと言い訳をすれば助かる見込みはある。学園に入って以降の素行不良に対する正当性を証明すればいいのだ。

 自分にそう言い聞かせながら私は入室する。気分は死刑階段を自ら登る死刑囚だ。


「し、失礼します」


 部屋に入ると、マリーワはそこにいた。

 ノックの時点でそうしていたのだろう。ソファから立ち上がっているマリーワは、見事な所作で一礼する。


「ごきげんよう、ミス・ノワール」


 見ていて気持ちがいいほどぴんと伸びた背筋。いつかは見慣れていた姿なのに、まったく馴れない呼び方をされた。

 予想できなかった挨拶に、心が戸惑う。

 マリーワが他人に対するみたいに私に挨拶をした。

 それは当たり前のことだ。マリーワは、もう私の家庭教師ではない。ならばマリーワの立場で私に敬称を付けて目下として振る舞うのは当然のことだ。

 でも、マリーワがそんなことをするだなんて、私は思ってもみなかった。


「お久しぶりですね。どうしましたか。何か、御用でしょうか?」


 息をのんで言葉を詰まらせた私に、マリーワは問いかけてくる。

 予想とはだいぶ違う反応で、まさしくお客様に接する態度に近い。その態度に、もしかして、と思う。

 サファニアは、マリーワに対して何も話を通してないのだろうか。


「えっと、サファニアから何も聞いてないのか?」

「なにも聞いていません。ミス・カリブラコアに請われたのは、あくまで弁論会のジャッジのみです」


 やはり何も話を通してはいなかったらしい。ある程度、流れができていたものだと思い込んでいた分、予想外の事態に用意していた言葉が全部吹っ飛んだ。


「弁論会の審判も務めましたし、そろそろ帰ろうかと思っていた頃です。もう事務室で退館の手続きを取ろうかと――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 事前に話が通してあるとばかり思っていた私は混乱する。落ち着くためとマリーワを引き留めるための言葉を出す。

 マリーワに話を通してないとか、あいつ、何のつもりで私を叩きいれたのだろうか。いまちょっと泣きたいんだけど。


「どうされたのですか、ミス・ノワール。申し訳ありませんが、私も全くの暇人というわけではありません。ご用件をお伺いしても?」

「あ、いや、その……」


 思考が混乱してテンパった末に、私はとりあえず頭を下げた。


「ご、ごめんなさい」


 我ながら唐突でぎこちない謝罪に、マリーワがわずかに首をかしげる。


「突然、なにを謝っているのですか。学生とはいえ、あなたのような身分にいる人が軽々しく頭を下げるものではありません」

「な、なにって……」


 問われてうろたえて、自分の心を探ってから、はたと気が付く。

 何だろう。

 私は、何を謝っているのだろうか。表面的なものだったら、いくつもある。学園に入学して以来の私の振る舞いは到底淑女にふさわしくない。マリーワの経歴にも少なからず泥を塗っているだろう。

 けど、そういうこと以前に、マリーワにまっすぐ顔を向けられない罪悪感が確かに胸の中にある。

 その理由は何だろう。


「だ、だって……」


 私は、たぶん。

 理由を探して、気が付いた。

 私は、自分をごまかしてきた。自分をごまかす理由に、マリーワの言葉にすがりついた。

 ミシュリーが絶対に助かると、信じたいがために。


「いろいろ、たくさん、ごめんなさい」


 その理由を、うまく言葉にできなかった。決まった運命があったはずだなんて語ったって信じられるはずもない。それに甘えて努力を怠ったなど、何の言い訳にもならない。だからどうしても曖昧な言葉になってしまった。

 たぶん、ぶたれるなと思った。

 未熟な私を見れば、きっと怒るだろうなと思った。マリーワから施された教育は、いまの私とはまるで違うところを目指していた。

 成長してないというサファニアの言葉はきっと正しい。目指す未来のために運命を頼った私は、きっとどうしようもなく昔のままだった。

 はぁ、というため息が聞こえた。

 マリーワが息を吐いた音で、その瞬間、ちょっとだけマリーワの雰囲気が変わったのが分かった。


「少し、落ち着きなさい」


 ぽん、と掌が怯えていた私の心に置かれた。

 マリーワに頭を撫でられるのは、とても久しぶりだった。

 昔みたいに、大きな掌じゃなかった。昔は全部を包まれるんじゃないかと思うほどの大きさだったのに、いまは本当に置かれている、という感触だ。

 顔を上げると、見上げるまでもなくほとんど真正面でマリーワと目が合う。

 まっすぐ向き合える視点に気がつき、私は自分がどれだけ大きくなっていたのか初めて自覚した。


「あなたが何を謝罪しようとしているのか、何となく理解はできます。ただ、そもそも謝ることはありませんよ。たぶん、悪かったのは私なのでしょう」


 私の頭を撫でるマリーワの体温は、とても暖かかった。

 くしゃくしと、少し乾いた不器用な手つき撫でられて、私は溢れそうになる涙をこらえるために俯いた。


「ごめんなさい……」

「だから謝らなくていいのです。あの頃からずっと、あなたは、まだクソガキでしたね」


 高貴な私の耳に、ありえないほどの低評価が聞こえた気がした。


「……お前いま、クソガキって言ったか?」

「ええ、言いました」


 思わず涙が引っ込んだ。むっつりと口を曲げて聞き返すと、マリーワはあっさりと肯定する。


「あなたはまだまだ小生意気なクソガキです」

「そっか。私は、そんなものか」

「ええ。その程度ですよ」


 さらりと肯定したマリーワが言葉を続ける。


「それを失念していた私も愚かだったのでしょう。弁論会であなたの持論を聞いた時は、思わず公衆の面前でしばこうかと思ってしまいました」

「そ、それはやめてくれ」

「ええ、しませんよ」


 あながち冗談でもなかったはずだが、するりと言葉を引っ込める。


「いまのあなたは自分の現状を後悔しているのでしょう。そこで、あなたにどうしろともどうした方がいいともいうつもりはありません。気ままなあなたに理論理屈をこねるのは、ふさわしくありませんからね」


 それで昔、失敗しましたし、と付け加える。


「ただ、ひとつだけ言わせてください」


 マリーワが、小さな子供を慰めるように、私の頭を胸に抱える。私も抵抗せず、マリーワに体重を預けて目を閉じた。

 感じる体温と心音が、心地よい。ここは安心できる場所だった。


「台本などなく好きに動き回るいつものあなたの方が、私は好きですよ」


 ほんのちょっとだけ、こらえきれずの涙が滲んだ。

 後悔でも罪悪感でもなく、うれしさがこらえ切れなかった。


「ねえ、マリーワ」

「何ですか、クリス」


 たぶん、今の一回限りに違いない。

 マリーワが、私のことを呼び捨ててくれた。


「私、ミシュリーにひどいことをした」

「そうですね。あとでごめんなさいをしにいきましょうか」

「こんなダメなお姉ちゃんを、許してくれるかな」

「無用な心配です」

「……未来をさ、やり直せるかな」

「当然です」


 私の後悔を聞いて、力強く保証してくれる。


「失敗など、誰にでもあります。一秒先も知らない私たちですが、あなたの一日は私の一か月よりはるかに濃いのです。そんな一日が三百六十五日あるあなたに、何を恐れる必要がありますか?」


 どうして、マリーワの言葉はこんなにも私の胸に響くのだろう。


「マリーワ」

「なんですか」

「私は、私のままでいていいのかな」

「勘違いしてはいけません。あなたは、どうしたってあなたのままです」


 私を肯定してくれる言葉を聞いて、私らしい自信が溢れて笑顔に変わる。

 抱擁の体勢を解いて、まっすぐマリーワと顔を合わせる。


「ありがとう、マリーワ」


 満面の笑みでお礼を言うと、本当に珍しいことに、マリーワがわずかに頬を綻ばせ


「お気になさらず、お嬢様」


 そう言って、私に微笑んでくれた。

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