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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
学園編

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103


 空に帳がかかる夜の時間。

 学校の中庭に設置されたベンチに私は一人腰かけていた。

 講堂では、学生主体によるパーティーが開かれている。

 ここから見える窓から光が漏れている。喧騒と音楽がわずかに私のところまでわずかに聞こえていた。殿下は王宮の方へ生徒の代表として赴いているため、ほかの生徒会のメンバーが進行を取り仕切っているはずだ。

 悪役らしく、その主導権を奪ってやってもよかった。

 実際去年はそうして好き勝手したものだ。殿下への嫌がらせも兼ねて、ロナと共謀して主催を奪い、カタリナに進行役を与えて楽しんだ。

 けど、今年はそんな気分でもない。

 ここから見える講堂よりも遠くにあるはずの場所へ視線を向ける。そんなことをしても、ここよりずっとずっと遠くにある物語の会場は見えない。でも、そこで何が起こっているかは手に取るようにしてわかっていた。

 我が国の中心地である王宮で、今頃ミシュリーはつらい思いをしているのだろうか。その原因が自分だと思うと、心がきしむ。

 夜空を仰ぐ。

 暗いばかりの空には、夜を切り取る月はない。届きもしない星に手をのばして、ぼんやりとつぶやく。


「月は、ないか」


 月のない星明りでは、私を癒すに足りない。センチメンタルな気持ちになっているが、私だって乙女だ。最愛の妹が傷ついているだろうと思えば感傷的にもなる。

 これから私はミスの一つもなく悪役令嬢をこなす。誰に褒められることもなく、自分の評判を地に落としていく。大切な妹に光を浴びせるため、私は闇に浸らなければならない。そのためにミシュリーを傷つけてしまうことが、どうしても悲しいのだ。

 いまは見えない月のように、揺らめきもせず静かに、泰然と冷たく運命を見下ろすことができればよかったのに。誰よりも憧れたあの人みたいになれればよかったのに、私はどうしようもなく私のままだ。

 それでも私は悪役令嬢として生きていかなければならない。

 瞬く星は私の気持ちに似ていて、月のない夜空は暗さはこれから先の私の運命を暗示しているようだ。


「……ふっ」


 誰も見ていないという安心感からか、自嘲が口から零れ落ちる。

 久しぶりに、高笑いでも上げようか。

 ふとそんなことを思いつく。

 子供の頃の悪癖で、いつの間にか直っていた笑い癖。

 いまの私なら、誰に見られたってどうということはない。どうせなら胸を張って高らかに自分を笑ってやろうかと立ち上がる。


「ふふっ、ははは! はははは――」

「何やってるの?」

「――は?」


 聞き覚えのあるような、聞いたことのあるような不思議な声が耳に入った。

 やけに記憶と心を刺激する声音だったけれども、誰だっただろうか。

 声の聞こえたほうに顔を向ける。

 いるはずのない人物を視界に入れて、ゆっくりを目を見開く。

 声の主は、柔らかい金髪と碧い瞳の持ち主だった。


「シャルル……?」

「そうだよ、クリス」


 二年前とは比べ物にならないくらい成長していたシャルルがいた。

 身長も伸びて、体つきもしっかりしている。ほんの少しだけ子供らしさを残しているものの、もう青年と言ってもいい。声も、変わっている。もうかわいらしいばかりの少年ではなくなっていた。

 けど、なぜシャルルがここにいるのだろうか。

 いま新入生は、王宮のパーティーに出席しているはずだ。

 慎重に問いかける。


「お前、何しにここに来たんだ?」

「本を読みに来た」

「ほー」


 何言ってんだこいつは。

 あっけらかんとしたシャルルの態度に緊張感と毒気が抜けた。

 なによりさっきのセリフにシャルルらしい執着を感じない。逃げれば追ってくるような切迫感を感じず、あくまで自然体で微笑んでいる。

 ああ、でも、そっか。

 少し考えて、その理由に思い至った。

 きっとシャルルは、私に対する好意をなくしたのだ。

 思春期の二年間。人が心変わりするには十分だろう。いまのシャルルは、偶然見かけた知人に話しかけているだけなのだ。

 それならば私としても気が楽である。警戒するのも馬鹿らしくなって、肩の力を抜いて話しかける。


「読めるのか?」


 くらいからむり。

 そんな返答を期待してしまった自分に内心自嘲しつつも、からかうために問いかける。

 月もない今日の夜は、いつかの時よりもさらに暗い。とはいえ、いまは私が明かりを持参している。

 なんなら貸してやろうかと思っている、シャルルはこともなさげに一言。


「本は読むだけが能じゃないよ?」


 そう言って、ぽんと私の頭に分厚い本を乗せる。


「……お前な」


 まさかの対応に、顔が引きつる。

 この懐かしいやり取りは、もう十年近く前に初めて会った時を連想させる。さすがの私もこの年になって大道芸を披露する気にはならない。

 ため息を吐いて、頭の上に乗った本をどける。


「娯楽小説か。なんか、サファニアが好きそうな本だな」

「うん。カリブラコア三女の、サファニアさんから借りたから」

「ふうん?」


 シャルルとサファニアで親交があっただろうか。

 パラパラとめくって中身を確認してから、返すために本を差し出す。


「ほい、返す」

「ありがとう」


 最後のページ『バーカ』と大きくサファニアの字で書いてあったのは見なかったふりをして、シャルルに本を差し出す。

 シャルルはためらいなく本を受け取り、そのまま私の手をとった。


「クリス。せっかくだし、踊ろう?」


 それは、あるいは過去にあった好意の欠片が言わせたのだろうか。

 差し出された言葉に、私はうなずかなかった。


「ダメだ。気分じゃない」

「ふうん。二年ぶりだけど、クリスは踊らないの?」

「……そうだな」


 まだ、じゃない。

 もう、だ。

 もうずっと、私は踊らないのだ。


「そっか。無理には誘わないよ」


 シャルルは紳士らしく、でもシャルルらしくもなくあっさりと引き下がる。

 愚かにも、それに失望する私がいる。

 未練だ。かつての繋がりから紡がれ、糸のように絡まる感情を振りほどくため、私は微笑む。


「そろそろ帰――」

「これは大丈夫?」


 私が言うより早く切り替えたシャルルが、下が地面なのも気にせず跪く。

 それは手の甲へのあくまで挨拶のための口づけ。

 だが、許さない。


「キザな挨拶だな。許可を取れと、前に言ったはずだ」


 乱暴にふるって手を振りほどいた私を、シャルルが上目遣いで見てくる。


「……これもダメ?」

「ダメだ」

「そっか」


 今度もまた、シャルルは素直に引き下がる。

 その素直さがシャルルらしいようで、シャルルらしくないと感じる。きっとそれは、シャルルが子供なだけではなくなったことを示しているのだろう。

 それに寂寥感を覚える私は、愚か者だ。かまってほしいのだろうか。求めてほしいのだろうか。自分勝手な自分の心に嫌気がさす。

 もう帰るのだろう。

 シャルルがゆっくりと立ち上がり


「じゃあこっちで」

「ん?」


 にっこり微笑んだシャルルが一歩近づいてきて、私の前髪をかき上げる。

 立ち上がったシャルルを見上げて、目を合わせる。

 シャルルを見上げるのが新鮮で、反応が一拍遅れた。

 そんな私にシャルルが顔を寄せ


「は?」


 額に、口づけられた。

 額の感触に、思考が止まった。


「これはいいよね。クリスだって、許可を取ってなかったし」

「ソーダナ」


 もちろん動揺なんてちっとも欠片もほんの少しだってしてない私はいつもどおりのマイペースで静かに口を開いて普通の単語を出す。

 そうして澄まし顏のまま、シャルルを追い返す。


「夜モ遅イシ、ソロソロ帰レ」

「うん。満足した。じゃあね、クリス。忘れてないし、忘れないでね。僕はこの国の第三王子で――クリスの婚約者だよ」


 そういったシャルルは振り返ることもなく去っていく。

 その背中が角を曲がって見えなくなってから、私はその場で膝から崩れ落ちた。


「……くっそ」


 なんなんだよ。あいつ、何をしに来たんだよ。

 結局何が言いたかったのか。偶然だったのか、狙ってきたのか。執着を見せない自然体はブラフで、結局、私のことを未だ好きでいてくれてるのか。

 いろいろ言いたいことと聞きたいことはある。

 ただ、今は一言だけ。


「はずいぞ、シャルルめ」


 うめいた私の顔は、鏡で確認するまでもなく耳の先まで真っ赤になっていた。


その頃の王宮の舞踏会



フリジア(服に飲みものをかけて嘲笑する服に飲みものをかけて嘲笑する……よし、いまですわ!)


フリジア「あーら、ごめんあそばせ。そこにいるのに気がつき……なんで腕をつかみますの? ちょ、み、ミシュリーちゃん!?  目がこわ--」


ミシュリー「違うからいまからするこれは八つ当たりじゃないんだよ勝手に抜け駆けしたシャルルとか関係ないからフリジアちゃんならわかってくれるよねふふふふふふ」


フリジア「ひぃ!?」


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