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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
学園編

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 ロナとカタリナが逃げ出してから四日目。


「やっと終わった……」


 空き教室でファンクラブ解体を終えた私は、ぐったりと机にうつ伏せになっていた。

 逃げたカナリアの部屋を漁ると、ありがたいことにファンクラブ会員のリストが出てきたのだ。

 プライバシー? 知るか。背信者には厳しいのが私だ。私の知らないところで私のファンクラブなど作り上げたうえ、釈明もせずに逃げ出した奴らのことなんて知るもんか。

 なんにしてもそうした経緯で手に入れたリストをもとにメンバーを割り出して集め、ファンクラブから脱退するように説得したのだ。

 そこで、彼らが何の目的でファンクラブなどというものに入っていたか、その時に判明した。

 会員の多くの人間が脱退の代わりに私へ金品を求めてきたのだ。

 わかりやすい対価の提示には、むしろほっとした。やはり利害や利益を得るために

 良かった。クリスティーナ・ノワールが評判がよろしいご令嬢で生徒の多くから著しく好かれている事実なんてなかったのだ。

 賄賂とか、いかにも悪役令嬢っぽくて素晴らしい。だからノリノリでなんでも言えと宣言した。私に用意できるものならば何でもばらまいてやると大声で啖呵を切った。

 山吹色のお菓子か。公爵令嬢の後ろ盾か。他の何かの交流関係や利権か。

 お母様の遺品と引き出しの奥にこっそり隠してあるミシュリーとの思い出の品以外ならなんでも差し出してやろうと太っ腹な態度の私に対して、彼ら彼女らは欲望を爆発させた。

 身に着けている制服のボタンをくれとか、スカーフをくれとか、リボンをくれとか、サインくれだとか握手してくださいだの、いろいろだ。

 ……なぜか請求されたものがどうしようもない小物ばかりだった。

 このぬぐいきれない違和感はなんだろうか。もっと直球に価値のあるものを要求されると思っていたのに、なんでこう、思い出に残るような品を請求されたのだろうか。

 おかげで私のボタンがなくなり、横でせっせとボタンの縫い付けにいそしむリンディスの機嫌があからさまに悪くなり始めたあたりで、フリジアの提案により私のサイン会が開催された。

 それぞれバラバラではなく、皆がある程度納得のいくものということで、私のサインを配るという妥協点に落ち着いたのだ。

 バカにしては冴えた案だったが、なんだかんだ百以上のサインを書くのは正直とても疲れた。


「終わりましたわね」


 そのぷちイベントの人の流れをさばききったフリジアは、まんざらでもなさそうに労働の汗を拭いていた。

 とても楽しそうだ。悩みがなさそうなフリジアの人生は幸せでいっぱいなのだろう。素直にうらやましい。


「ああ、そうだな。くだらないことに一日をつぶした……」

「そうですか? わたくしはとても充実した一日でしたけど……ところでクリス様」


 列をなしていた人がいなくなった教室で、くるりと振り返ったフリジアが申し出る。


「わたくしにもクリス様のサインをふひゃ!? な、なにをするんですの!?」

「よしよしくれてやろう。私の直筆をくれてやるからじっとしてろ、このアホ」

「ひゃい!?」


 くだらないことを申し立ててきたので、フリジアの顔面をつかんでから空いている手でほっぺたにさらさらっとサインを書いてやった。


「しかし、サインはともかく私の持ち物だとかもらってどうするんだかな……」

「それは、飾るのではありませんの?」

「飾ってどうする」


 ほっぺに私のサインを付けたフリジアが相変わらず見当違いのことを言っている。こうして名前が書かれている様子を見ると、なんか私の持ち物みたいだ。

 しかしフリジアではないが、私のサインがほしいというのはわかるのだ。私の署名でも見せれば、ある程度の融通が利くところもあるだろう。どうにかして悪用する輩もいるかもしれない。使いどころに困るということもないだろう。

 少なくとも、制服のボタンとは違って。


「今回の大量生産でいささか希少価値が薄れたとは言っても、クリス様のサインがあれば将来的にも自慢できることは間違いありませんもの。わたくしも、この顔のサインをどう保存すれば――」

「普通に顔を洗って消し流せ」

「そ、そんなご無体な!?」


 顔に落書きをされてまんざらでもなかったという驚異のアホさを見せつけてくれるあたり、フリジアは底が知れない。

 まあ、私はすぐに落ちぶれる予定だからサインなんて使いどころはなくなる。だからこそ直筆サインの大量生産に踏み切ったという面もあるのだ。

 何にせよ、身辺整理は終わった。私に対しての好意的に見える集団は解散に持ち込むことができた。これで、次のイベントに向けて心置きなく行動できる。


「さて、フリジア。そろそろ新入生のお披露目があるのは知ってるな」

「もちろんですわ」


 私が言っているのは、建国式の最終日に行われるパーティーのことだ。そこで、十四歳の紳士淑女の仲間入りをした新入生は出席することになっている。

 学園側としては、こんなに多くの生徒がうちに所属しているんですよ見せつける目的もあるのだろう。

 さすがのフリジアでも自分が出席するパーティーのことを知らないということはなかった。

 ちなみにこのパーティー、上級生はでられない。二年生以上は、校内にある会場でまた別のパーティーをすることになっている。その運営に殿下をはじめとした生徒会が頑張っているはずだ。……生徒会の一員であるロナがいなくなってるけど、大丈夫だろうか。まあ、殿下が忙しくなる分には構わないからいいけど。

 私に代わってミシュリーをいじめるための人員がいるのだ。

 そのためのフリジアだ。


「そのパーティーで、お前にミシュリーをいびってもらう」

「わかりましたわ!」


 意外なことに、フリジアは乗り気だった。

 詳細を話す前のあっさりした了解の言葉に、目をぱちくりとする。

 この娘はバカだがひねくれてはいない。素直で善良な気質だ。バカだけど。

 人を傷つけるようなことは嫌うと思っていたのだが、簡単に頷いたのは私が命じたからだろうか。


「いいのか? 難癖をつけてミシュリーをいじめろという命令だぞ?」

「ご心配なく。むしろ望むところですのよ」


 ぐっと拳を握ったフリジアの言葉には戦意がこもっている。


「あの性悪には、ちょっと痛い目を見せなければなりませんものね!」

「性悪?」

「はい!」


 この世界のヒロインにして天使に最も似合わない言葉に首をかしげる。

 だがここで私が「ミシュリーは天使だろ?」という常識をフリジアに説くことはできない。私はミシュリーを虐げる悪役令嬢なのだ。フリジアには、私の愛を悟られてはならない。


「クリス様のお考えも分かりますわ。あのどうしようもない性格を矯正するには、ちょっとくらいイジワルな方法を使ってもいいと思いますの」

「お前、ミシュリーと何かあったのか?」

「子供の頃、少し……」


 私の質問に、フリジアはぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く。


「聞いていいことか?」

「大したことではありませんの。仲のよい友達かと思ったら、何かさんざん利用されて、挙句にぽいされた感じですわ」


 愚痴るようにフリジアが言うが、どういうことだろうか。

 いうまでもないことだが、私の妹が無意味にそんなことをするわけがない。大天使だからだ。しかしフリジアが嘘を言っているようすもない。

 となると、おそらくフリジアが話している時期は、私がミシュリーを突き放した時期と一致するのだろう。

 その頃はミシュリーもいろいろとあったはずだ。私がいうのもなんだが、大好きなお姉ちゃんに突き放されて、傷ついて孤独感を味わっていたのだろう。その時に交友関係にかまける心の余裕がなくなり、何か誤解が生まれたのだと推測できる。


「そうか……」

「そうですの。だからわたくしは、もう他人に利用されないと決意したのですわ」


 決意するのは結構だが、バカだから他人に利用されるのは変わらないと思う。

 私がいま利用してるし。いや、巻き込んで悪いとは思ってる。思っているが、フリジアと話していると、利用していることに対しての罪悪感と同情が薄れていくんだ。


「異存がないなら説得する手間が省けるな。お前がミシュリーにどうするべきか、いまから説明する。ちゃんとそれに沿って行動しろ」

「心配しないでくださいませ、クリス様。弱さはもう昔に打ち捨てましたの。いまのわたくしに隙はありませんわ!」

「おい、嘘つくな」


 いまでもフリジアは、ちゃんとアホ娘だという隙だらけの弱点を抱えている。


「嘘ではありませんわ。昔にあった内気さを打ち捨てて、人見知りも頑張って直しましたの! 己に自信を持つことこそがまず自立の第一歩になると、クリス様の姿を見て学んだ姿勢を実践しているのですわ!」

「お前が内気で人見知りだったとか嘘だろおい!?」


 フリジアの決意表明は、本日の一番の驚きどころだった。

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ヒロインな妹、悪役令嬢な私
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