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 この学園の生徒会室はある種の聖域だ。

 教師はめったに入ってこないし、入室する生徒も限られてくる。 

生徒会室には一部の生徒しか入れない。生徒会のメンバーは、特に高位貴族と王族の集まりだ。一度、平民出身の生徒が半期も持たずに自主退学に追い込まれたという恐ろしい話もある。

 そういう話を聞くと、この学園もゆがんでいるなと思う。

 我が国も、貴族の身分に属さない富裕階層が勃興している。そのため、親の出生や身分に関係ない学校が必要となった。貴族以外の富裕層が経済を回し始めた現状、以前の学校と違い、一般にも開かれた寄宿生の学習機関としての役割を期待されていたのだ。

 だが、学習機関としての権威が高まるとともに、もとは家庭教師をつけての個人学習だった王侯貴族まで、学園に入学するようになったのだ。

 そのために学園にも身分意識がはびこるようになったのだから、しょうもないなと思う。

 まあ、私は途中で退場することが約束された身だ。この国の構造としての歪みがそのまま表れている学園に対して、なにができるというわけでもない。

 つまり生徒会室はあまり外に漏らしたくない話をするのにぴったりなのだ。

 その生徒会室で、私は殿下と向かい合って話をしていた。


「それで、殿下。昨日はどうだったんだ。うまくいったのか?」


 二人きり、というわけではない。私の取り巻き筆頭であり、生徒会の書記を務めるロナが同席していたのだが、いまは別室で紅茶を入れている。空気を読んで席をはずしてもらったのだ。

 話題はもちろん、昨日のミシュリーと殿下の邂逅に付いてだ。シチュエーションの提供は私の手によって万全に整えられていたが、役者が殿下ということもあって不安がぬぐえない。


「俺は、貴様を信用するべきかどうか大いに悩んでいる」


 仔細な説明を求めたら、なぜかそんな言葉を返された。

 なんでそんなことを言われたか分からない私は首を傾げるほかない。

 殿下には、前世の知識や運命のことこそ話してはいないものの、私がミシュリーを迫害することはあらかじめ知らせてある。


「……どういうことだ? 私の助言に何か間違いがあったのか?」

「ああ、大いに間違っていた。根本的に間違っていた。お前の言葉」

「は?」


 根本的にというのはどういうことだ。

 まさか綿密に練られた私の計画に、初めから不具合が出たというのか。そんな馬鹿なことはありえない。ありえないとは思うのだが、張本人の殿下の言葉だ。無視するわけにもいかない。

 私は予定されたストーリーを円滑に進めるための役者にして演出家だ。齟齬が出たというならば、それは私の愛すべき運命との差異だ。なんとしても修正しなければならない。


「なにが間違っていたんだ。ミシュリーは、あの食堂で泣いていたはずだ。それを慰めて好感度を稼げといったはずだぞ」

「ああ、泣いていたな」


 殿下が私の言葉を肯定する。

 それならば私の助言は何も間違っていないはずだ。


「ミシュリーは、涙ぐんで喜んでいたぞ」


 ちょっと、意味がわからない。


「喜んでいるミシュリーを慰めろなどと、どういうつもりだったんだ貴様は。意味がまるで分からん」

「え? いや、どいうことだ?」

「……察しの悪い貴様にこれ以上かける言葉はないな。やはり、貴様を信用するのはやめにするか」


 む、殿下のくせに生意気だ。


「なんだそれ。殿下の勘違いじゃないのか? 私が完璧に整えた状況を、殿下が読み違えたんだろ。それで失敗したからって私に責任を擦り付けるとか、見苦しいぞ」

「黙れ見苦しい。それよりも、だ」


 殿下は私の不服をスルーして話題を切り替える。

 都合が悪くなったから逃げようとしているのだろう。だが私はごまかされる気はない。そのまま言葉で噛みついてやろうと思い


「クリスティーナ・ノワール。貴様、シャルルと会ってないだろう」


 提示された都合の悪い話題から、さっと目をそらす。


「な、なんのことだ」

「シャルルが入学したのに、まだ学内で顔を合わせてないだろうといっているんだ」

「……うっさい」


 なんでそんなことを殿下から聞かされなきゃならないのだ。

 そう思うものの、反論できない。私がまだ学園内でシャルルと顔を合わせていないのは、れっきとした事実だ。

 黙り込んだ私に、殿下はため息を吐いた。


「正直、三年間前の貴様にどんな心変わりがあったのか、俺の知ったことではない。都合がよいなら利用しようと思ったし、邪魔をされないだけで十分だ。だから別に追求はしないがな」


 我ながら不審だった態度を見なかったふりをしてスルーする。

 殿下は、大人になった。交流に身を置くことによって人間関係のバランス感覚を身に着けた。殿下にとって、四年に及ぶ学生生活は、人格形成の面でも良い影響を与えたのだろう。

 それは素直に認めてやろうと思う。


「貴様とシャルルの問題だ。どうせ、後悔するのはお前ひとりだしな。俺の知ったことではない」

「……後悔なんかしないし」


 唇を尖らせる。

 私は、私のなすべきことをなしにきたのだ。そこに後悔なんてあるわけがない。だから、それに必要がないものに手を伸ばすつもりはない。

 私は、シャルルのことが好きだ。その思いは変わらない。

 でも、私の破滅まであと一年もない。

 エンド殿下のルートを進行させようと決めたとはいえ、それを知ってシャルルと顔を合わせるのは、あんまりにも残酷だ。私にとっても、シャルルにとっても悲しいだけの結末に身を投げることもない。

 私の深慮を知らない殿下は、はんっと鼻を鳴らした。


「貴様の心がどうなってるかなんぞ、どうでもいい。あんまりシャルルを安く見積もるな。あいつは……ぶっちゃけ怖いぞ」


 遠い目になった殿下に、私も苦笑する。

 身内だからこそ、わかる部分あるのだろう。そしてそこは、私も承知している。


「そうだな」


 シャルルは、そういうやつだ。

 私だって、それくらい知っている。シャルルは自分の気持ちに素直で、だからこそその行動にためらいがない。周りを気にせず欲求に忠実なその姿勢は、時々怖くなるくらいだ。

 でも、残り時間はもう一年を切っている。さしものシャルルも、一人ではどうしようもない。

 しんみりした私の相槌に、ふっと会話が途切れる。話が落ち着いたのを見計らってか、紅茶を入れていたロナが戻ってきた。


「どうぞクリスティーナ様。心を込めて入れた紅茶です」

「ありがとう」


 ロナが笑顔で差し出した紅茶を飲んで落ち着く。

 これ以上殿下と話しても仕方ないので、ロナに雑談をふる。


「生徒会はどうだ。殿下がいると大変だろう」

「はい。特に二年前は大変でした。本当に殿下は世間と人の心をご存じなくて……最近は、ずいぶんと柔軟な態度の持ち合わせを得たかと」


 私とロナの会話に殿下は苦い顔をしている。いい気味だ。


「それに次の会長がクリスティーナ様と思えば、いくらでも頑張れます!」

「……そ、そうか」


 にこやかに訳のわからない未来予想図を語るロナの言葉は聞き流す。私の取り巻きになって耳障りの良い言葉を投げかけるのはいいが、イエスマンになってしまっているのは考え物だ。

 そもそも生徒会長は生徒会内における指名で決まる。厳密にいうと私は部外者である。生徒会のメンバーではないのだ。ただ殿下と話すのに都合がいいから入り込んでいるだけで、生徒会に所属すらしていない私が一足飛び出で会長になどなれるわけもない。


「変な話を進めるな、ローナフィア。その野蛮人を歴史あるこの学園の生徒会長にすることなど、現職の俺が許さんぞ」

「そうですか、エンド殿下」


 現会長である殿下の言葉に、書記を務めるロナは冷え冷えとした声を返す。

 冷めきった視線を殿下に向け、カップを差し出す。


「どうぞ殿下。心を込めて入れた水です」

「おい」


 事前に用意しているあたり、ロナは空気の読めるよくできた人物だった。


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