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 ご飯がおいしいのは幸せだ。

 酒場で出されたシチューを平らげた私は、ほくほくと満足をしながらささやかな幸せをかみしめていた。

 粗食といって差し支えないけれども、それはそれ。大衆料理には大衆料理の良さがある。その良さを満喫した私は、改めていま自分がいる場所を見渡した。

 酒場にいる人間は、ほとんどが二十代後半から四十代だ。その中でガイストはかなり若い部類である。

 働き盛り共が仕事はどうしたと言いたいところだが、実際こうして昼間から群がっているのは悲しいことに事実だ。

 店内の喧噪は、意外に静かだ。落ち着いた声量で会話が交わされている。バカ騒ぎをしないからこそ気に入っているという面もある。大きすぎない声量で、同じテーブル同士で何事かを話し合っている。

 政治の不満を語りたがる年代なのだろう。よく話題に上がるのが税収がどうだの政策どうだのあの貴族がどうだの官僚がどうだのというもので、時折私に意見を求められることもある。

 天才の私の見識で答えられないことはほぼないと言っても過言ではない。それは平民の僻みが入った意見の場合もあるし、あるいは至極真っ当な不満であったりもする。それを聞いて同意したり、反論したりしつつも、なにか行動を約束するようなことはしない。利害を一切絡ませないで会話のやりとりだけにまかせているのは、私が遠くない未来に破滅する立場だからだ。

 私がやっているのは、ただ話を聞くだけ。それにとどめている。

 そうして時間をつぶしていると、新規の客が入って来た。


「お、レオンか」

「クリスティーナ?」


 私の顔を認めて意外そうな声をあげたのは、学園の同級生でもあるレオンだ。男らしく伸びた背丈。精悍になった顔立ちに悪戯小僧じみた幼さは消えつつある。


「お前、授業来てないと思ったら、今日はこんなところにいたのかよ」

「こんなところに来ているやつにそんなことを言われる義理はない」

「ま、そうだな」


 我ながら意外なことに、レオンとの気軽な関係は継続している。それはレオンが踏み込んで来ないの大きな理由だ。

 足を組んで傲然に言い放つと、レオンも肩をすくめた。実際ここは、学園の生徒が来るような場所でもないし、本来ならば来られるような場所でもないはずだ。そこの常連となっている私とレオンが異端なのだ。


「おお、レオンかよ。ここをこんなところ呼ばわりとは、お前も学園のお貴族様に染まったな。親父さんが泣くぞ」

「うっせえ、ガイスト。そんな場所にお貴族様のクリスティーナを連れて来てるお前がなに言ってんだ?」


 ここが貴族嫌いの平民の溜まり場のひとつであることくらいは、さすがに察している。そもそも『迷宮デスティニー』でのレオンの存在は、貴族、もしくは皇族の血をひくミシュリーと平民の折衝てきなポジションでもある。そんなレオンが度々ここを訪れているということは、つまりはそういうことだ。

 そんな場所でありながら、なおここいるメンバーが私の存在を黙認しているのは、金づる扱いと、情報源にでもしたいのだろう。愚か者であらねばならない私は、その思惑を知らないふりをして乗っかることにしている。


「姐さんはいいんだよ。むしろ大歓迎だね」

「はいはい。それと俺、忘れてないからな。お前が子供の頃に俺を煽ってそこにいるお貴族様の家の塀に登らせた挙句、薄情にも見捨てやがったことをな」

「塀から落ちるバカがわりぃだろ。それと今となっては、その事故そのものが羨ましいわボケ」

「ああん? お前、あの時どんだけ怖かった知らねーだろ」

「黙れビビりが」

「真っ先に逃げたお前こそビビりだろ?」


 実は幼馴染らしいガイストとレオンが、顔を付き合わせて交流を深めていた。

 それはさておき、真面目に学生をしているレオンがここにいるということは、もうとっくに放課後だということだ。


「じゃあ、私はそろそろ帰るか。真昼間からこんなところにたむろっているような穀潰し共。あとの質問はレオンにでもしてくれ。私程じゃないにしても、あいつもそれなりに詳しいはずだ」

「え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ、姐さん」


 雑な捨て台詞を吐いて席を立つ。他のみんなはさすがに大人でケラケラ笑って見送る態度だったが、ガイストが慌てて立ち上がった。


「おいレオン。てめー帰れ。即刻。速やかに」

「はぁ? なにお前。ケンカ売ってんのか?」


 まさかの難癖に入店したばかりのレオンが呆れ顔になるが、ガイストも引き下がらない。


「姐さんが学園に戻っちまうじゃねーか! 姐さんはあれで義理堅いから、言い出した口実がなくなれば帰らねーんだよっ」

「くっだらねえ浅知恵だな。戻せよ。それでいいだろ。あいつ、学園の素行不良で悪ぶってるけど、いま帰ろうとしてるのは、帰りが遅くなったらメイドに怒られるのが怖いからだぞ。クリスティーナのためにも、早く帰らせてやれよ」

「おい」


 何を口走ってくれてるんだこいつは。

 よりによって高位貴族の私が、メイド風情が怖いとか、そんなことあるわけないし。

 あまりに不遜なレオンの言葉に口を挟みかけたが、当人どもの耳には届かなかった。


「知らねーし。いいか、そういう問題じゃねーんだよ。それで姐さんが学園に嫌気がさせば万々歳だね。だから失せろ、こら」

「お前に言われると是が非でも居座りたくなったな。俺としては、クリスティーナには学園にいて欲しいしな」

「妹から聞いてんだよ。お前、よりによって姐さんの敵対派閥の悪女に誑かされてるだろ?」

「は? てめえ、俺のお嬢様になにいってんだ? ぶっ殺すぞ」


 ガイストの一言に刺激され、レオンが一気に凶相になる。


「そもそもなにが『姐さん』だよ。お前、クリスティーナ担いでなんか企んでるのか?」

「姐さんは姐さんだ。ここにいる全員も認めてんだよ」

「クリスティーナのほうが一線引いてるんだろ。そのくらいは知ってんだぞ」


 いつサファニアがレオンのお嬢様になったのか。それはさておいて、幼い頃から知り合いの二人の間で、私とサファニアをだしにくだらないケンカが始まっている。周りの年長者どももケンカを諌める気はまるでないようで、面白がってからかっているか、新しい話題の種にしている。

 仲が良さそうでうらやましい事だ。話題も私からそれてきているようだし、それは無視して店員に勘定の相談をする。前払いした分がまだ残っているようなので、それがなくなるまでは残っている奴らにおごってやってくれということで話がまとまった。


「ああ、そうだクリスティーナ。お前、いい加減サファニアと仲直りしてくれないか? あいつの強情さは知ってるだろ。不機嫌をこじらせたままだとだと俺も困るんだ」

「大いに困ってろ」


 素っ気なくひらりと手を振って酒場を出る。

 外に流れる風の清涼感に、私はほんの少し目を細めた。

 私への対抗心が悪い方向にいった結果か、いまのサファニアの評判は著しく悪い。だが、いや、むしろだからこそ、サファニアの心は昔と変わっていないだろうことが分かる。

 なんだかんだ、あいつはさみしがりやだ。いつかいなくなる私と仲良くしては、サファニアが辛い。そして、私がいなくなればサファニアは無茶をやめるだろう。

 道を歩きながら、なんとなく空を見上げる。日は傾いて、夕陽になりつつある。

 学園に戻る時間だ。あんまり遅くなると、寮で待っているメイドが心配する。

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