いつの間にか遠恋してました
無等転
10の9086519502435948349928368576135168乗
不可説転
10の9304595970494411110326649421962412032乗
らしいです。ググったんで間違いはないと思います。
中学三年生の秋の終わり頃だった。
『はじめまして。転校生の大和スカーレットです』
おかしな時期にやってきてニコッと微笑んだ美少女は、またたくまにクラスの男子を虜にした。一週間後には、男子全校生徒は軒並み惚れてしまっていたと言っても過言じゃなかった。
大和さんは見たこともないワインレッドの髪に、ダーククリムゾンの瞳をした、いかにも外国人の美少女だ。
そしてあまりにも遺憾なことに、彼女はわたしの幼なじみの康太を掻っ攫っていった。
おかしいでしょ、学校一速く走れる佐川先輩じゃなく、全国模試でベスト十に入る二宮先輩でもなく、他校からもファンクラブに入りたがられている生徒会長の池田先輩でもない。より取り見取りのくせに、大和さんはそんじょそこらの一般生徒である康太にメロメロになり、見事にそのハートを射止めてみせたのだ。
ちなみにわたしは、康太に十年以上ものあいだ片思いしていた、筋金入りの幼なじみだ。告白しようとしたのは数知れず。でもこの居心地のいい幼なじみって関係を手放せずに、ずるずるここまで来ていた。だからこそ余計に悔しかった。
今思えば、あれはフラグだったんじゃないだろうか。
『万里子、今度の期末テストが終わったら、話がある』
康太がいつになく真剣な顔して言うから、いよいよかなって思ってたのに。大和さんは期末テスト直前にやってきて、見事にそのフラグをわたしから回収しておおせたのだ。
でも大和さんは本当にかわいかった。
並み居るイケメンたちを押しのけて、康太にひたすら積極的にアプローチしていた。こんなにかわいくて、一途で、頭もよくて、お料理も上手(お弁当を康太からちょこっともらった。おいしかった)。そんな女の子が自分をすきなら、どんな男の子だって大和さんに惚れてしまうだろう。彼女の女子力の前では、わたしたちの幼なじみの絆なんて、吹けば飛ぶような砂の城だったということだ。
だったらわからせてやらなくてはいけない。わたしがいかに康太を愛していたか、そのすべてを。 康太たちが付き合いはじめてから、わたしは大和さんへ宣戦布告した。
『康太はぜったい取り返すから!』
彼女の返事は、くすりと笑ってこうだ。
『コウちゃんが貴女のものだったことなんて、あるの?』
よろしい。ならば戦争だ。わたしは康太へそれはもうアプローチを開始した。
同じ美化委員なのを盾に、放課後はべったり張り付いていっしょに掃除したり、図書館へ勉強に誘ったり、手作りのクリスマスプレゼントをあげたりした。最終的にはお泊りに家までおしかけた。
じゃあ康太はどうしたか。きっぱりとフッてくれればいいのに。あいつときたらめちゃくちゃ複雑な顔して謝るばかりで、そうだよ、わたしはこういう優柔不断なところもムカつくくらいすきだった。わたしにまだ気があるんじゃないかってくらい、優しくたしなめるのだ。
そして大和さんはカノジョの余裕か、わたしが康太の家へおしかけたときでさえ、何も言ってこなかった。
でもわたしが次なる一手としてバレンタインデーのチョコレートを用意しているときだった。
『ねえ、康太が苦しんでるから、ちょっと距離を置いてくれない?』
大和さんまで、何かを堪えるように勧告してきた。
わたしが康太をすきだと、康太は苦しいの? 想うことも、許されないの?
苦しいなら別れてよ。それでわたしを選んでよ。
でもそんなのがわたしのひとりよがりだって、そのときようやく気がついたのだ。
冷静になってまわりを見渡す。
わたしはラブラブカップルに横恋慕する、お邪魔虫認定されていた。
完敗じゃないか。
そうしてわたしは中学校卒業まで不登校になり、高校へ進学することもやめた。ひたすら引きこもって、部屋でネット、ゲーム、漫画を読みあさる日々は、じょじょにわたしの心を枯らしていった。このままゆるゆると死にたいと思った。
そうしてひたすら無為に年を連ねて三年が経った。こんな生活が、唐突に終わりを告げる。
わたしの部屋の窓から、金髪金眼の美青年が飛び込んできたのだ。
その金の御仁は開口一番。
『スカーレットを取り戻す! 手伝え!』
こんなことを宣ったのだった。
+ + +
金の御仁はアルトゥンと名乗った。言いにくいので発音できないでいると、アルさまと呼ぶことを許された。敬称は必須らしい。
アルさまは『無等点個目の地球の可能性』から跳んで来たらしい。
どうやらアルさまのいる地球は異世界や平行世界の研究が進んでいるそうで、便宜上それぞれの世界に番号を振り分けているそうだ。
平行世界は触れないし感じることはできない次元に存在しているらしい。
わたしのいるこの地球は、アルさまの世界から数えて無等点個先にあるのだと言う。
隣り合った次元には、それはよく似た自分がいたりするらしいんだけど、その辺は小数点以下不可説転ぶんの一の単位で区切ってあるそうだ。つまり異次元にはわたしが不可説転人存在すると、そういうことか。そして不可説転とんで一つ隣の次元からは、もはやわたしのいない世界になるらしい。ここからようやく異世界と呼べるわけだ。もう途方もなさすぎてわけがわからない。
多分おおざっぱに言うと、世界はいっぱい存在して、次元的に近いほどよく似た世界ということだ。
うーん、アルさまの世界とわたしの世界は、とんでもなく離れているということはわかった。これだけわかってれいればきっと大丈夫だ。
「スカーレットは本来、我の伴侶になるはずだったのだ」
一人称が我のひとってはじめて見た。って今聞き捨てならないことを聞いたような!?
「大和さんは、アルさまの世界のひとなんですか?」
「ヤマト……? スカーレットは、ここではそう名乗っているのか? あんまり勉強して来なかったから、こっちのことはよくわからん」
すきって気持ち一点で、世界を超えて追いかけてきたのか。ならばその情熱は買ってやらねばなるまい。
「んじゃ、大和さんの家の住所教えるよ。でもその格好じゃ目立つから、お兄ちゃんの服貸すね」
アルさまは歌劇団の仮装のような、華美なお召し物だったのだ。
ワイシャツにチノパンというありふれた服を渡したら、その絶世の美貌上どんなブランド物をも凌ぐ神コーディネートに仕上がる……わけもなく、裾が足りなくてめちゃくちゃダサく見えた。脚が長すぎるってのも考えものですね。上半分だけは完璧なのでギャップが凄まじい。
「よし、行くか!」
でもこっちの美的価値観がよくわかっていないアルさまは、気にせずくたびれた兄のスニーカーを履く。そして当然のようにわたしの手を引いた。え、わたしも行くの?
「もちろんだ。我に異世界の土地勘があるわけもなかろう」
じゃあどうやってわたしの部屋の窓から転がりこんで来たというのか。
たまたまらしい。たまたま、大和さんにゆかりのある人間の家へ飛び込めた、この人の幸運たるや。
しかしヤバい。こんなのの隣を歩きたくない。それにわたしだって中学の芋ジャーだ。だいたいこの三年、新しい服など買っていない。
わたしはやむをえず、母のスーツを着込んで、自分のサイフを持って家を出た。
目下のところ、みっともなくない服の調達が先決だ。わたしは近くの繁華街へ向かい、適当な男性用ブランドのお店へ入った。
「スカーレットはどこだ?」
「先に服を替えます」
「む、これだとドレスコードに引っ掛かるということか?」
「そんなところです」
めちゃくちゃダサい二人組に、店員たちは顔を引き攣らせて遠巻きにしている。ありがたい。コミュ障は放置プレイに安堵する生き物なのだ。
わたしがネットで適当に画像検索をかけた男性用ファッションを思い出しながら、これまた適当に選んだ服をアルさまに押し付け、フィッティングルームへほうり込む。
「む!? なんだこの狭い箱は!?」
「そこで着替えてください。誰にも見られませんから」
「なるほど!」
アルさまがゴソゴソと着替えている間に、帽子やら靴なんかも適当に物色する。わたしは凝り性なのだ。やるならば完璧に全身コーディネートしてみせる。一個の店で成してしまう横着さとかはこの際気にしないでほしい。
「どうだ!」
アルさまが、ドヤ顔でフィッティングルームの扉を開けた。一瞬マネキンが立っているのかと思った。顔小さいし、端正だし、金髪だし、足長いし。
「おいバカ本気で見惚れるな。照れるだろう」
「すみません。お似合いです」
選んだ靴を渡そうとしたら、途端に店員がなだれ込んできた。きちんとした格好をしたアルさまがイケメンすぎたせいで、あれもこれもと押し付けにきたのだ。
アルさまは気をよくしたのか、渡される最新鋭のファッションを次々と着こなしていく。
あっという間にわたしが選んだのより格好よくなったアルさまは、わたしから財布を引ったくって買い物を済ませ店を出た。どうやら買い物の仕方は異世界共通のようだ。
「ふふ、下々のものどもの期待に応えてやるのも骨が折れる」
そんな清々しい顔して言われても……。アルさまは褒められるのがすきのようだ。その分きちんと付け上がるあたりちょっとイラっとするが、実際隣に立つ彼は外国のファッション誌から飛び出してきたようなイケメンだった。そして引きこもりというのは、そんなキラキラとした人種が大の苦手である。
わたしは極力アルさまから離れて歩いた。このまま繁華街を出ていざ大和さんの家へ赴こうとしたところ、アルさまがやたらとキョロキョロしているのが気になった。
「どうかされましたか?」
しばらく難しい顔をして考え込んで、アルさまはおもむろにつぶやいた。
「マリーは、その格好で大丈夫なのか?」
「はい」
だいたい、アルさまの服を買ったせいで、わたしの予算は残っていない。
アルさまを大和さんへ引き渡したしたらおさらばする関係のくせに、なんでここまでしてやっているのか。
それは、わたしではできなかった可能性を見たかったからだ。
わたしみたいな平凡な小娘では、大和さんにかなわなかったけど。このアルさまならもしや、彼女を康太から引き離してくれるんじゃないかと、淡い期待に先行投資したのだ。
いまだにわたしは、康太を諦められていない。その執着っぷりに自分でも引くくらいだ。でも簡単に諦められる恋じゃないから、わたしは今なおこんなに苦しんでいる。そろそろ楽になりたい。誰でも、なんでもいいからわたしに康太を返して。
アルさまは難しい顔をしたまま、黙ってわたしに付いてきた。
そしたら兄と鉢合わせた。バイトを梯子している途中だったらしい。わたしが脱引きこもりしたと泣いて喜ばれ、イケメンまで連れている(ネットで出会ったと思われているようだ)ので、いきなりお小遣を渡された。わたしの格好を見兼ねたらしい。
「はあ!? ちょ、こんなにもいらないよ、お兄ちゃん!」
「いいんだ万里子、このお金でかわいくなって、カレシと遊んでおいで」
なんなら泊まりでもいーし、母さんには俺から説明しとくから、とわけのわからないことを言い残して、兄は爽やかに去っていった。いい人なんだけど、ちょっとズレてるよなあ。でも我がことのように喜んでくれるのがうれしい。わたしは本当に、家族に恵まれている。
「よし、その金でパアッとやるか!」
「やめてよ! 今わたし感傷に浸ってたのよ!」
「まあまあ。新しい服を買ってやろう。機嫌をなおせ」
「お兄ちゃんのお金だけどね!」
アルさまはわざとらしくわたしをなだめすかし、ぐいぐいと腕を引っ張っていく。
「いらっしゃいませぇ〜」
わかりやすい猫なで声で擦り寄ってきたショップ店員は、わたしじゃなくてアルさまに夢中である。コミュ障的にありがたい。さっさと服を選んで出て行こうとしたら、耳を疑った。
「ああ、連れに似合うものがほしいんだが、頼めるかい?」
慌ててアルさまへ振り向く。なんだそのとろけた微笑みは!? どこに飼ってた猫かとわたしが問いただす前に、眼をハートにしていたショップ店員が血眼になってわたしに服を押し付けにきた。
「これなんていかがです?」
明らかに適当すぎるコーディネートだが、わたしの着ている型落ちのスーツよりかはマシかと思い直し着替えた。その間、アルさまはショップ店員となごやかに談笑していたのだが、出てきたわたしを見て首を横に振った。うっせー、どうせ似合ってねーよ。
「もっといいものはない?」
そんな、イケメンに伏せ眼で切なそうに言われたら、もう全力を挙げるしかなくなるだろう。ショップ店員のお姉さんたちは、鬼の形相でわたしを飾り立てにかかった。途中からはアルさまのためじゃなくて、いかに野暮ったい子をかわいくするかに本気になっていた。さすが本職者。すでにわたしは着せ替え人形だ。 彼女たちの本気と、男性目線の意見が取り入れられたわたしは、どこに出かけても恥ずかしくない都会ガールに変身していた。髪もセットしてくれたし、メイクまで施されたんだよ。ここまで気合い入れたのってもう何年ぶりだろう(三年くらい)。見せる人がいなくなってから、わたしはずいぶんと自分を着飾ることをやめていたから、ちょっと気恥ずかしい。
「うん、かわいくなったね」
アルさまが眼をほそめて微笑んだ。後ろのショップ店員が何人か倒れた。
不覚にも、わたしもちょっとだけときめいてしまった。
「よ、よし! ほら、もう行こう?」
恥ずかしくなったので急かすと、アルさまは頷いて支払いを済ませた。わたしの財布で兄のお金だけどね!
そしてもはや当然のようにわたしの腕を引いて店を出た。
+ + +
それからは、アルさまと繁華街をまわった。なんでだ、はやいとこ大和さんに会いに行ったらいいじゃないか。
でもアルさまがお腹が空いたと言うからファミレスへ入り、あれはなんだと言われたから、電気屋さんのディスプレイに設置されたマッサージチェアに現を抜かした。
手相を見せてほしいと擦り寄ってきた怪しげなお兄さんからはさりげなく庇ってくれて、かと思えば今度はアルさまが試供品を配っているお姉さんに囲まれてちやほやされはじめ、わたしは遠巻きに眺めてそれが静まるのを待った。
こうやって遠目に見ていると、ほんとうにカッコイイ男の子だと思う。隣に並んで遊んでいられる図太さに、自分で脱帽だ。わたしは自画自賛を厭わない性分である。
時計を見ると、そろそろ午後四時をまわる。いいかげん大和さんの家へ向かったほうが良さそうだ。ちらりとアルさまを見ると、女の子たちをやんわりと振りほどきこちらへ向かってきた。
「すまない、待たせた」
「平気です。ではそろそろ行きますか」
「そうだな――む! あれはなんだ、マリー!」
アルさまが指さしたのは、ゲームセンターだ。
ちょっとだけ覗くつもりが、アルさまが眼を輝かせて喜ぶものだから、わたしも太鼓のゲームに夢中になって叩きまくった。カーレースに興じ、シューティングで辛酸を舐め、アーケードのダンスゲームで恥をかいた。ことごとくアルさまのせいで目立ったんだよ。
スロットに手を伸ばそうとしたのはさすがに止めた。これはわたしたちのような素人が手を出しちゃいけない。
「マリー、あれも見たいぞ!」
次にアルさまがお気に召したのは、プリクラだった。とりあえずやって見せるのが手っ取り早いので、二人して幕をくぐる。最近のは中がけっこう広いのねーなんて思いつつ、画面を操作する。無難に全身と顔のアップでいいか。色白とか小顔とか足長とかあるけど、それを全部やるとアルさまがお化けになっちゃうしなあ。こういうとき、片割れがイケメンの弊害が出るんだな。一緒になって足長効果使えないもんなあ。
ふむふむとわたし一人で納得していると、焦れたアルさまに勝手に操作された。慌ててポーズを取る。急ごしらえな面白くもなんともないダブルピースは気に入らないので、何回か撮り直した。
そこからはテンプレやらスタンプなどをデコって完成を待った。おもしろおかしく落書きもしたので、出来上がりには二人で爆笑した。
設置されたハサミでちゃんと半分こした。
ほくほくとプリクラを眺めていると、不意にアルさまに腕を引かれた。そのままふたたび幕の中へ引きずり込まれる。
「どうしたんですか?」
「別に」
明らかに様子がおかしい。顔色が悪いし、眼を合わせないし、手は離さないし。
訝んで顔を覗き込むと、見るなと言って顔面を押しのけられた。酷いやつめ。
「なんにもないなら、そろそろ大和さんのところへ行きますか」
そう言ってわたしが出ようとしたら、物凄い速さで後ろから羽交い締めにされた。く、苦しい!
「やめろ! 今出るな!」
「ちょ、わか、った、から!」
首! 首が締まってますアルさま!
ぎゅうっと力がこもって、あ、限界と思ったときだった。
幕の隙間の向こうに、康太がいた。大和さんもいる。カップルが二人でプリクラなんて。キスプリとか、撮ったのだろうか――。
+ + +
わたしが意識を取り戻したのは、しばらく経ってからのようだった。ゲームセンターのベンチにて、アルさまに抱え込まれ、横抱きにされていた。
「ア、アルさま!?」
声を上げると、一層強く抱きしめられた。アルさまが胸に顔を埋めてくる。この変態が! って心の内だけで罵りながら、彼が落ち着くのを待つ。
アルさまは、わたしよりも先に康太たちに気がついたんだろう。愛しのあの子が他の男と歩いて個室に入って行ったら、やっぱりショックだもんね。
「我の世界では、マリーたちは運命の恋人たちなのだ」
え、頭おかし――いのは元からだったわ。そんな頭をぽふぽふとなでてやって話を促す。
なんとわたしと康太は、不可説転個ある異次元のそのどれもで、必ず恋人同士になる奇跡のカップルだったらしい。それってとんでもない確率じゃないか!? まさかの百パーセントかよ!
それじゃあ隣の次元の今のわたしは、康太とラブラブってことか?
めちゃくちゃ理不尽な話である。じゃあそいつで良かったじゃん。わたしじゃなくて、隣の次元のわたしで良かったじゃないか! なんでわたしなんだよ。これもたまたまなんだろうけどね。理不尽な話だ。
不可説転人いるわたしだけど、たったひとり、このわたしだけが康太と結ばれていないのだ。そんなの、横暴だ!
「異世界の研究が発達してるからって、他の世界は歪めていいわけ!? あんたたち勝手だよ!」
「耳が、痛い」
こんなのが八つ当たりだっていうのは自分でわかってる。大和さんに直接言わないと意味がない。アルさまは大和さんを連れ戻しに来たひとなのに、でもわたしの口は止まらない。
「わたしや康太に詳しいみたいだけど、あんたらは他人の人生まで盗み見てたわけ? 悪趣味! 変態!」
どうやらアルさまの世界の地球は発達しすぎていて、他の異世界のことなら時間さえ超えられるらしい。だからわたしと康太の運命だって知ってたのだそうだ。
そして異次元のすべてで同じ時代に生まれ結ばれるわたしと康太は、本当に奇跡と呼ばれるカップルで、アルさまの世界では伝説やら神話呼ばわりして崇拝されているのだと。
大和さんは、そんないつだってひとりの女性を愛する康太に憧れて、時間も次元も世界も飛び越えて会いに来たらしい。その情熱には恐れ入るけどね。取られたわたしにはたまったもんじゃないよ。
ちなみにアルさまの世界と次元で大和さんとくっつける確率は五分五分らしい。そのくっつけない要因のほとんどが、大和さんの出奔らしい。大変ですね。他人事じゃないのが恨めしい。
そして普通は運命のひとなどという定まった相手がいるほうが稀で、そもそも出会えないことだってあるそうだ。
アルさまは不遜な態度がなりをひそめ、懺悔し祈るようにすべて話してくれた。こんなふうに話されたら、わたしも冷静になってくる。八つ当たりできたし、もういいよ。
「はあー、しょうがないか」
「マリー?」
わたしはアルさまから降りる。
「わたしがもっと魅力的なら、康太を取られることもなかったんだろうしね」
ひょっとしたら、わたしがもっと早く康太に思いを伝えていたら、取られることもなかったかもしれない。幼なじみの関係にあぐらをかいて、努力を怠ったツケを払わされているのだろう。きっと自業自得なのだ。
そして大和さんは、ありとあらゆる手を講じて、康太を手に入れた。敗者のわたしは、おとなしく舞台を下りねばなるまい。
「いろいろ聞けてよかったよ。ありがとう、アルさま」
「マリーはこれでいいのか!?」
信じられないと首を横に振られる。でも大和さんの情熱を受けると、納得もしてしまうよ。単身で異世界へ飛び込んで行く覚悟なんて、わたしには康太のためくらいにしかできない。あ、これじゃ同じか。まあ、わたしと同じくらい康太を愛してくれる女性なら、ようやく任せられるかもなんて思えるようになったのだ。
それもひとえにアルさまのおかげである。
今日一緒に遊んでみて思ったのだ。康太以外にも、わたしにはいいひとがいるかもしれないしね!
「わたし、もっと視野を広げて、世界を拡げてみるよ」
アルさまは眉を寄せ、眼を伏せ、ぎこちなく笑った。
「貴女がそう言うのなら、我はもう何も言わぬ」
「え、アルさまは大和さんを諦められるの?」
「もともと、意地で繋ぎ止めたかっただけだからな!」
フラれたのが気に食わないだけとか、めちゃくちゃアルさまらしすぎる。
でも相変わらず、わたしをいらつかせて、はぐらかしたつもりらしい。
わかってるよ。君が本気で大和さんがすきだったことなんて。じゃなきゃこの世界の文化の予備知識を入れる時間も惜しんで、こんな離れたところまで乗り込んで来られるわけがない。
心からの本気の称賛に弱い照れ屋な彼のために口にはしないけど。わたしはほんとうに君を尊敬してるよ。ありがとう。
それからわたしたちは、黙って家まで帰った。家では母と兄が待ち受けていて、クラッカーを鳴らされた。初カレ祝いらしい。ええい、うっとうしい!
母と兄を振り切って自分の部屋まで戻る。なんか『あら、ごめんなさい! お母さんったら気がきかなくて……』とか『お、俺らは外食してくるわ!』なんて甚だしい勘違いをされているが、訂正するのも面倒なので放置だ。
アルさまが元の服に着替えるのを、わたしは後ろを向いて待つ。
「マリー」
「はいはい?」
振り返って、今度はアルさまの言葉を待つ。
ちょっと言い淀んでから、アルさまことさら不遜に言い放った。
「達者に暮らせよ!」
大和さんが、彼のこういう強がりを察してくれる女の子だったらよかったのにね。
「アルさまもお元気で」
金色の瞳がぐにゃりと歪んだと思った次の瞬間には、アルさまはもういなくなっていた。自分の世界へ帰ったのだ。
わたしは無等点個先にある地球を想って、しばらく泣いた。
おかしいな。初恋のときだって、泣いたことなかったのに。
そして不可説転人存在するわたしの誰もが、こんな切ない透明な涙を流すことなどないというのだから、とんだ貧乏くじだ。
でもわたしにとっては、不可説転回成就する初恋よりも尊い失恋だった。
+ + +
ひたすら泣きつづけるわたしを、帰ってきた母と兄は慰めてくれた。『失敗して逃げられたか……!』とか、『しかたないわ! 万里子の良さは、わたしたちがちゃーんとわかっているからね!』などと明後日の方向へ勘違いが継続しているが、どうでもよかった。続いて帰ってきた父まで『そいつどこ行きやがった!? ぶん殴ってやる!』などと憤るが、できるものならわたしだって行きたい。でも彼は遠いところへ帰ったのだ。
それからわたしは本格的に脱引きこもりした。中卒ではいろいろと問題があるので通信教育を受けることにして、空いてる時間はバイトを始めた。
そしておあつらえ向きにも中学の頃の同窓会なんてものが催されるようなので、わたしは勇気を出して参加した。
仲の良かった子たちとは軒並み疎遠になっていたので、わたしは隅っこでひたすらもくもくと冷奴を食べていた。冷奴処理班である。
すると真打ち登場。カップルで遅れて参上したのは、康太と大和さんだ。
二人はわたしの姿を見つけると一瞬だけ固まった。わたしは臆することなく二人へ近づき、大和さんへたずねた。
「康太ちょっとだけ借りるから」
大和さんは頷いた。周りは制止をかけてどよめいているけど、気にしない。康太の腕を掴んでお店を抜け出した。
一本道を逸れたら住宅街だ。歩いた先にあった閑静な狭い公園で、わたしは康太と向き直る。
「わたしさ」
単刀直入だ。別にもったいぶる必要もない。
「コウちゃんのこと、すきだったよ」
幼い頃の大事な呼び方は、これで最後にする。だってこれはもう、大和さんのものだし。
康太はみるみる瞳を潤ませた。
「俺も、マリちゃんのことっ……!」
「ああ、その呼び方二度としないで」
あの人がわたしを呼んでくれるのに、似てるんだよね。わたしは康太のことを呼んだくせに、狭量だとは思うよ。でも嫌なことははっきり言いたいじゃないか。
康太は息をのんで言い直す。
「俺も万里子が、誰よりもすきだった」
うん、これでわたしたちは決別できた。
わたしはニカッと笑って背中を向けた。やっぱり泣けない。
そこではたと、大和さんが息を切らせて入口に立っているのに気がついた。
「ごめんなさい。コウちゃん、やっぱりまだすきなんじゃないかって、心配で……」
そうだね。なりふりかまわない大和さんらしい。こういう行動を取れるから、彼女はゼロパーセントを覆す。
康太が愛されているのがうれしくて、わたしはるんるん気分で大和さんの隣をすり抜ける。大和さんは顔が強張っていた。そりゃわたしがご機嫌だと不安が増すよね。これくらいの意地悪は許してよ。ただの負け惜しみだからさ。
こうしてわたしの初恋は幕を下ろした。奇跡の二回目の恋のほうがはやく決着が着いていたんだから、おかしな話だ。
鼻歌まじりにスキップまで踏んでいると、不意に声が聞こえた。
「楽しそうじゃないかマリー。我も混ぜてほしいものだな」
弾かれたように振り向く。
知ってるひとに似てる男のひとが立ってた。
でもその色彩は、間違いなくわたしが焦がれてならない、眩しい黄金色だ。
「アル、さま?」
「ああ、貴女には一月ぶりくらいか? 我は十八年待ったのだがな」
わたしは無我夢中でアルさまの胸に飛び込んだ。
なんとアルさまは御とし三十六歳になるらしい。実は十八歳のアルさまが自分の世界に戻った年に、わたしがこっちで生まれるのだそうだ。見せられたロケットの中のプリクラは、色素が飛んで薄くなっていた。なるほど、時間さえ超えられる異世界トリップには、そんな弊害も起こりうるんだね。しかしこの変顔でわたしへの想いを繋いでくれていたとは、やっぱりアルさまは変態で間違いないな。これは照れざるを得ない。バカップルで申し訳ない。
そしてアルさまは、故郷では王子さまだったらしいので(そんな気はしてた)、王位継承権の破棄だとか、執務の引き継ぎだとか、異世界永住許可などをもぎ取り、正式にわたしへ会いにきてくれたらしい。
捨てられたもの同士の、傷の舐め合いだとかなんとでも言ってくれてかまわない。わたしは不可説転ぶんの一の確率で出会えたこのひとを、運命だと信じて疑いはしない。