回春の女神(1)
回春の女神(1)
女神ヘラ。
神々の女王にして人々に祝福を与える女神。
特に結婚は彼女が祝福を与えなければ誰も幸せにはなれない。
だが一体どういう運命の空回りか、彼女自身は夫の浮気に悩める哀れな女神でもあった。
何故なら彼女の夫であるゼウスは、かつて世界をかけたあの神々の戦いを勝ち抜いた英雄、全能全能の天空神。
それ故に神々の王として君臨してはいたのだが、何分女性に目がない男神だった。
それこそ見目良い乙女を見つければ、人妻だろうが、貞節の誓いを立てた聖女だろうがおかまい無しに、直ぐにあの手この手で口説いてベッドイン。
その為彼が浮き名を流した女神・人間の女の娘・ニンフさんetc……お相手したのは数知れず。
その結果出来ちゃった子供も数知れず……。
当然、こうもしょっちゅう乙女の貞操ハンティングを繰り返す夫に、ヘラでなくとも心も体も疲れてくるというものだ。
そして今日もまた、案の定、目を離した隙にこそこそと出かけてしまった夫。
―――彼女に内緒で出かける時は、浮気指数極めて高し。
「はあ~、またあの亭主ったら」
いつものごとくヘラは思い溜め息をつく。
それを見て心配したのは、彼女の側近女神イーリスだった。
「ヘラ様」
「なあに、イーリス」
思い溜め息をついてばかりの女神に、とっても麗しい虹の女神は、「あ、そうだ!」とばかりにこう勧めてみた。
「ヘラ様、そろそろ心身共にリフレッシュしてきたらどうでしょうか?」
「リフレッシュ?」
「はい、そうですよ!おそれながら今のヘラ様は、お美しさは変わらずとも、この頃のご心労のあまりやや女神としての輝きを失っているように思いますので」
イーリスの言葉にヘラは思わず無言で目を伏せた。
確かにそうだったのだ。
夫の浮気相手に嫉妬ばかり抱いていては。
「それに今はちょうど時季は春ですし」
「春……」
ヘラは呟くと天空の窓から下界を見渡す。
よく目をこらしてみれば確かに木々は新緑の葉を茂らせ、そして花々の彩りは見渡す限りの下界を鮮やかに美しく照らしていた。
そう、もうそんな季節だったのね。
天上の世界に目に見える四季はない。
いつも常春の様に花に囲まれて暮らす女神は、ついその時の流れを失念してしまうのだ。
だが今、こうしてしっかりと春の訪れた下界の息吹を感じ取ったヘラは、曇天さながらの鬱心を次第に晴らしていくと、改めてイーリスの助言について考え始めた。
『ヘラ様、そろそろ心身共にリフレッシュしてきたらどうでしょうか?』
『今はちょうど時季は春ですし』
―――ならば、美と若さを取り戻そう。
そう、ヘラは意志を固めると、表情を綻ばせて傍のイーリスに向けた。
「そうね、今がちょうど春ならば“あそこ”に赴くのも悪くないでしょう」
「では、ヘラ様」
ヘラは頷き宣言した。
「ええ、これよりカナートスの泉で潔斎を致します」
ヘラの尊意を承った虹の女神は、直ぐに彩色光を作り上げ天にかざし、カナートスの泉に向かい虹を架け、神々の女王のお出かけを知らせる先触れを出したのだった。
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