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あなたの知らない物語

作者: 水守中也

「今夜、星を見に行こう」

 いつもどおりのある日のこと、君が突然立ち上がって言った。


 ☆☆☆


 明かりもない道を、三台の自転車が通り抜けていく。家の中にいると蒸し暑い熱帯夜も、自転車で走っていれば心地よさしか感じなかった。

「麻衣ったら、ホワイ連れてきて大丈夫?」

 私はひとつ向こうの隣を走る麻衣に向けて怒鳴った。自転車なのでどうしても声が大きくなってしまう。麻衣の自転車の前かごには、小学生の頃私たちが拾った猫で今は麻衣の家で飼われているホワイが押し込まれている。白っぽい毛並みだからホワイ、と名づけた麻衣に思わず「なぜっ?」とつっこんでしまったグレーの毛並みを、窮屈そうに丸めていた。

 亜麻色の髪と銀杏柄のワンピースをなびかせて麻衣が答える。

「うん。ホワイって夜になるといつも空を見てるんだもん。きっと星を見るのが好きなんだろうなーと思って」

 笑顔で語る麻衣を見て、私は思わず言葉を忘れてしまう。デニムのジーンズに横じまのTシャツ姿の亮が口をはさむ。

「めぐには一生思い付かない発想だよなー」

「うるさいっ。亮だっておんなじでしょ」

 並んでやりあう私たちのやりとりを、一つ隣の麻衣は楽しげに見ながら言う。

「それにもう、こうやって三人がそろって出かけること出来なくなっちゃうかもしれないもん。だったらホワイだけ仲間外れにしちゃ可哀そうでしょ」

 麻衣の言葉に私はどきりとした。自分が責められているような気がした。

「ごめんね。私が……」

「やだっ。めぐったら。こっちこそごめんねっ。あたし、そういうつもりで言ったんじゃなくって……」

 麻衣が慌てた表情を見せる。

 私と麻衣と亮は、近所に住む幼馴染でいつも一緒だった。子供のころは、一緒の中学に行って一緒の高校に行くものだと思っていた。麻衣も亮も市内にある咲高を受験する。けれど私は、市外の別の高校を本命に選んだ。

「めぐ頭が良いんだもん。上の高校を目指すのは当然だよねっ」

 取り成すように麻衣が言うけれど、別の高校を選んだ理由は偏差値云々よりも別の理由があったから、私は何も言えなかった。すると、亮が茶化すように言った。

「まぁあれだ。滑り止めで落ちて来るなら歓迎するぜ」

「麻衣はともかく、亮が咲高に受かっていればいいけどね」

 亮のノリに合わせて私が笑顔を向けると、ようやく麻衣も笑ってくれた。

 その後、私たちは近所迷惑を顧みずに、馬鹿みたいにはしゃぎながら住宅街を走った。抱え込んだ不安を押しつぶされないように。

 住宅街をぬけ、目的の公園の入り口に着いた。深夜なので当然人気はないけれど、代わりにセミと虫が大合唱していて寂しい感じはしなかった。私たちはがらんとした駐輪場に自転車を並べるようにして止めた。

「止まったら急に暑くなったわね」

 肌に当たっていた風がやみ、汗がじんわりと滲んでくる。

「うん。そうだね」

 私のすぐ近くで麻衣が髪をかきあげる。シャンプーの香りが立ち込めて、私は反射的に彼女のふんわりしたウエーブの髪の毛を手に取ってしまった。

「あ、もしかして、麻衣もうお風呂に入ってきた?」

「うん。帰ってからだと、遅くなって家族に迷惑かけちゃうから」

「誰かさんとは大違いだな」

「うるさいっ。亮だっておんなじでしょ」

「ねぇねぇ。早く早くー」

 私と亮がいつもどおりのやり取りをしているうちに、麻衣にすでに階段を登っていた。私と亮は顔を見合わせて苦笑した。公園は階段を登った丘の上にある。今いる場所でさえ結構高台にあるので、公園の敷地内からは町を一望できるのだ。ここからの夜空は私も見たことないけれど、遮るものもなくきっと綺麗だろう。

「いつだか麻衣が言っていたよね。ここで星を見てみたいって」

「ああ、でも家からは遠いし、星を見るのは夜だから、今まで来られなかったけどな」

「もしかして、だからあんなこと言ったの?」

 麻衣は滅多に夜歩きしないけど、たまに夜祭や花火とか夜に出かけると、いつも空を眺めていた。公言しているわけじゃないけど、麻衣のことが好きでいつも見ているのなら、麻衣の星好きに気付くだろう。

「さぁな」

 亮は照れ笑いして、自転車の前かごに入れてあるリュックサックから下敷きのようなものを取り出した。青と黄色の点々。天体図だ。

「ほい。めぐの分」

「あ、別に私はいいよ」

 天体図は三枚用意されていた。けれど私はつい断ってしまった。

「ほうほう。秀才様には説明は不要ってか? ふふ。けど星に関しては俺もちょっとは詳しいぞ。どうだ? 少し講義してやろっか」

 亮が慣れない図書室に通っては星の本を読んでいたことを知っている。まぁ私だって知識じゃ負けるつもりはないんだけど、ここはおとなしく譲ってあげた。

「へいへい。お願いします」

「よし。いまの季節の目玉といったら天の川だよな。んで、その周りを囲むように夏の大三角ってのがあって……」

 亮が私に寄り添うようにして、天体図と空を指差して私に教えてくれる。不意に亮が大きく感じた。幼馴染三人組。いつの間にか、亮だけ大きくなってしまった。男から当たり前だけど。

「あれがデネブ・アルタイル・ベガ。これが夏の大三角だな。実は七夕の織姫がベガで、アルタイルが彦星なんだぜ」

 亮が指差す夏の大三角。覚えて空を見る。

 えーと、右上のおっきな星が織姫様のベガで、その左下のおっきな星がアルタイルの彦星様ねぇ。知識があっても実際夜空を見上げるとなかなか見つからない。

 あ、あれがベガかな。でも彦星様が見つからない。

 代わりにもうひとつの星、デネブを探す。ベガが織姫でアルタイルが彦星なら、もう一人のデネブは、なんなのだろう。

 ぼんやり上を見ていると不意に髪の毛を亮に触られた。

「な、なによっ」

「あ、悪ぃ。なんか無防備だったから」

「……麻衣の髪もこんな感じかなって思ったの?」

「うっ……」

 押し黙った。さっき私が麻衣の髪に触れたときのことを思い出したのだろう。案の定図星だったらしい。分かりやすい奴。

「私と麻衣とじゃ全然違うわよ。触ってみたら?」

 私の視線の先には、なかなか後をついてこない私たちに痺れを切らして、階段から下りてこっちに向かってきている麻衣がいた。

「できるか、馬鹿っ」

 亮は顔を赤く染め、逃げるように階段に向かった。不審がる麻衣とすれ違いざま、天体図の一枚をぽんと彼女の頭を叩いて渡し、一人階段を上っていった。

 麻衣はきょとんとしたのち、亮にお礼を言い、階段を上る亮と立ち尽くす私の両方に視線を向け少し悩んで、私のほうに向かってきた。

 けれど私は何の反応も見せないまま突っ立っていた。亮にお礼を言うとき見せた、麻衣のとってもうれしそうな笑顔が印象的だったから。

「何なに? 二人で何を話してたの?」

 ぼんやりしていると、突然頬にぷにっとした感触を受けた。いつの間にか目の前に来ていた麻衣が、私の頬に胸に抱いたホワイの肉球を押しつけていた。

「めぐと亮、なんか、いい雰囲気だったかも」

「そんなんじゃないよ」

 自分でもびっくりするくらい、剣呑な口調になってしまった。

 少しおびえた様子の麻衣に、私はあわてて謝る。

「ご、ごめん。麻衣」

「ううん。いいの。あたしの方こそ変なこと変なこと言ってごめんね」

 私は麻衣の胸元とホワイの間に挟まっている天体図に目をやった。大事に抱えているせいで、ホワイが少し窮屈そうだった。

「でも、ね……」

 二人並んで階段に向かって歩いていたら、急に麻衣が駆け出して、ぴょんと先に階段に飛び乗った。

「相手がめぐだったら諦められるのになぁ……って」

 背を向けてぽつりと呟いた一言は、私の耳にもはっきり届いた。

 このお姫様は何もわかっていないのだ。それどころか勘違いしている。とっても残酷な勘違い。

 私が誰を好きなのか、本当の気持ちを伝えたい。けど言ったところであなたを混乱させてしまうだろうから伝えていない。だってそれじゃ本末転倒じゃない?

 だから私はとぼけた口調で聞き返す。

「え? なにか言った?」

「ううん。なんでもないよ。それより早く行こうよっ」

 階段の上から、亮の声がした。

「おーい。凄いぞ。早く来いよ」

 私と麻衣は顔を見合わせて、駆け足で階段を上った。

 立ち木に囲まれた階段を上りきって、丘の頂上に広がる公園に出た途端、私たちは思わず声を上げた。


「わぁぁ」

 真っ暗な世界から見上げた夜空は―星が降るようだった。

 亮が手招きをして、麻衣と私を呼んだ。


 まるで一枚の絵画のような光景だった。

 丸い夜空を覆い隠すかのように張り巡らされた星々。地平線の先まで続いて、地上の光と合い混ざり、今度は地上の星が眼下で光り輝いてゆく。

 麻衣は公園の真ん中にある子供が飛び移って遊ぶ円柱型の遊具の上に立って、夜空を見上げている。天体図を両手で持って瞳を輝かせていた。その足元では、ホワイも同じように飼い主と同じ空を見上げている。

 亮も麻衣と同じように遊具の上に立って夜空を見上げていた。きっと見つめたいのは星空より隣にいる人なんだろうけどね。

 私は二人から少し離れて、ひんやりとしたコンクリート製の遊具に腰掛け、町の明かりを見つめていた。眼下に広がる夜景は、夜空に負けず劣らず輝いている。

 不意に、麻衣が私に振り返り、無邪気な声で天を指さして叫んだ。


「ねぇねぇ。めぐ、ほら見てみてっ。流れ星っ」

 見上げた夜空を流れ落ちる一筋の光に、私はあなたに伝えられない想いを乗せた。


以前、ライトノベル作法研究所に投稿した作品です。

せっかくみなさまからいろいろご指摘いただいたのに、その時点で直さず感想の保存もしていなかったため、そのままになってしまいました。

反省しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 君の知らない物語は僕も好きです、いろいろと連想しますし、いくつか物語が起こせるなと思ったこともあります。 そんな共感もあって読ませてもらいました。 ただ、比較的淡白な状況描写が多く、いまいち…
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