第5話-A2 Lost-311- "I am Jamie"
「コウ、今日も散々な一日だったな」
今日はジョーと二人で帰宅だ。
というのも、放課後になると例の二人が教室に押しかけてくるため、
執拗な勧誘から逃れるためには、授業が終われば即帰宅、これしか方法がない。
今週掃除当番に当たっている零雨と麗香とチカを待つ時間はない。
待っていれば即、勧誘の餌食になってしまうからだ。
「ああ、まったくだ。
あの部長らのしつこさは並大抵じゃない」
俺は後ろに注意しながらジョーに言う。
この間、俺がジョーと一緒に帰ってたら軽音部の部長に見つかって捕らえられ、
強制的に部活の見学をさせられた。
後ろからの追跡者に注意しつつ、慎重に帰宅しなければならない。
「確かに、お前が後ろから捕獲された時は俺もビビったぜ」
「ハハ……だろうな」
「あ、そういえばコウ、あれは買ったか?」
「ん?ああ、まあ買ったが……まだ開封してない」
「あれ、絶対面白いから、帰ったらやってみてくれよ!」
「そうさせてもらおう」
ジョーの言う「あれ」とは、ゲームソフトのことだ。
ゲーム機でやるゲームじゃなくて、パソコンでやるやつだ。
昨日の帰りにジョーが珍しく勧めてきたゲームソフト、
名前は忘れたが、ジャンルはロールプレイングゲームだ。
それを買い物ついでにショップへ行って買ってきたんだが、昨日は洗濯物も溜まってたし、
することが多くてやってる暇がなくてできなかったが、今日は出来そうだ。
「俺さ、今レベル22なんだけどさ、
洞窟のボスが難しくてなかなかクリアできねえんだよな〜」
「ああ、そう」
「何だよ、反応が薄いな。
お前も同じゲーム買ったんだろ?」
「いや、まだやってねえからゲームシステムとか全く分かんねえし、
どうせ今日始めたところでせいぜいレベル3ぐらいまでしか上がらん。
レベル22なんていうのはまだまだ先の話だ」
「そうだろうけどさ、お前、もうちょい人の話に興味を持って聞いたらどうなんだ?」
「結構興味を持って聞いてるつもりなんだがな」
「残念だけど、傍目からみたら全然興味がないような風にしか見えないんだ」
「じゃあ、今から興味があるような返し方するように努力する」
「そうしてくれ」
「でさ、そのボスが堅くて堅くて。
俺剣士でいってるんだけど、なかなか攻撃は当たりにくいし、
当たっても堅いからライフが全然減らないし」
「へえ〜、そんなに堅いんか?ダイヤモンド級?
そもそも、そんな堅いって分かってんのにわざわざ剣で行く理由が分からん。
俺だったら機銃で蜂の巣にしてるね」
「なんかうざいが……まあ仕方ないか。
それからもう一つ突っ込ませてくれ。
大体、RPGに機銃とか出てこねえしっ!!」
「あ、そう」
「『あ、そう』じゃなくてよ、
そんな現代兵器でボスを駆逐できるならとっくにボスは絶滅してるわ!!
核とか使えば一発じゃねえか」
「それでいいんじゃね?
武器屋かなんかに核弾頭が置いてあるのも風情があってなかなか面白いと思うぞ、俺は。
誰が最初にその核弾頭を買うだけの資金を調達できるか、とか」
「何か違わなくないか?それ」
「ゲームだから何でもありだろ」
「まあ、とにかく、お前とはここでお別れだ、じゃあな!」
ジョーはT字路を左に曲がって行く。俺は右だ。
「帰ったら絶対にやってくれよ〜!!」
「分かったから大声出すな」
*****
家に帰った俺は、鞄を自分のベッドの上に放り投げ、制服から私服に着替えると、
すぐにそのゲームソフトを開封してみる。
まずは説明書の熟読からスタートだ。
……意外と説明書、薄いな。これならすぐ読める、
手の平大ほどの小さな冊子に8ページという分量の少なさだ。
説明書の所々に“詳しくはチュートリアルで”などと書かれているのが気になるが、
冊子のページをこれだけ削れるということは、よっぽど詳しいチュートリアルなんだろう。
とりあえず俺はパソコンにディスクを入れてみることにした。
ゲーム機でいろいろゲームをすることはよくあるが、パソコンでゲームをやるのは初めてだ。
ディスクを入れてしばらくすると、インストールウィザードなるものが始まった。
説明書にも、まずこのウィザードに従ってインストールしろと書かれている。
長ったらしい利用規約を読み飛ばし、同意しますにチェックをつけ、
≦インストール(I)≧のボタンをクリックした。
……ん?
インストール中に、エラーが出た。
「不明なデバイスが不正に接続されています。
このデバイスがこのゲームの動作に支障を来たす可能性があります。
インストールを続行しますか?」
続行ボタンと中止ボタンと、二つの選択肢が俺に提示された。
恐らくこれは以前零雨と麗香が俺のパソコンを闇改造して取り付けた基板のことだろう。
どうせ中止してまたやり直したとしても、このエラーが出るに違いない。
俺は続行ボタンを押した。
その直後だ。
突如黒画面に変わり、画面の中心に白い文字で
《How are you?》、訳せば《お元気ですか》と表示されたのは。
……ウィルスか?
いやいや、まさか市販のソフトにコンピュータウィルスが紛れ込んでるなんてまずありえない。
怪しいところのメーカーならまだしも、このゲームは大手ゲームメーカー製作のゲームだ。
ゲームにウィルスが紛れ込んでるとなれば、
メディアも大々的に報じ、メーカーも製品の回収を始めるだろう。
ならば、このHow are you?は一体何なんだ?
How are you?と書かれた文字の二段下に、
入力待ちを示すカーソルが点滅している。
俺は冗談混じりにこう書いた。
《Who are you?》
“あなたは誰?”
Enterボタンを押すと、何と答えが返ってきた。
《I am Jamie》
“私の名前はジェイミー”
……ハッカー?
せっかくなので、ジェイミーと名乗る相手といろいろ会話してみることにした。
多分違うだろうが、もしかしたら、こういうゲームの始まり方なのかもしれん。
《Where do you live?》
“どちらにお住まいに?”
《…………》
“(無回答)”
《Un......Hello?》
“えっと……もしもし?”
《I am Jamie》
“(私の名前はジェイミー)”
《OK,You are Jamie》
“オッケー、あなたはジェイミー”
《I am Jamie》
“(私の名前はジェイミー)”
様子がおかしい。
相手は人間じゃないのか?
……となると、やはりこれはこういったゲームの始まり方なのかもしれん。
こいいうのは時間が経つと勝手に先へ進むものだ。
今度は放置してみよう。
《Press Enter key to continue》
“続けるには、ENTERキーを押してください”
ほら出た、やっぱりこれはプレイヤーを驚かすためのちょっとしたジョークだったらしい。
全く、心配させやがって。
俺は何のためらいもなくそのボタンを押した。
《Welcome to my world》
“私の世界にようこそ”
私の世界?
言葉の意味合い的にちょっと引っ掛かるが、まあいい。
そういう設定のゲームなのだろう。
今度は画面に日本語で“転送開始”の文字とともに、
作業の進捗状況を示すバーが現れ、ロードが始まった。
なかなか面白いゲームだ。
やっぱ、ゲーム中にもこういったビックリネタが潜んでいるのだろうか。
俺の携帯電話に麗香から通話着信が入った。
パソコンの画面に意識が向いていた俺は、半分興ざめ感を味わいながら、
携帯電話を手に取る。
「はい、もしもし」
《コウくん、今パソコンで何しようとしてるの!?》
「何って、ゲームだが。
ていうか、お前、俺を監視してるのか?」
《い、いいから、手遅れになる前に早くパソコンの電源を切って!!》
「は?手遅れ?何の話だ?」
《そのジェイミー……ブツッ、プー、プー、プー……
あ、電話が切れた。
今、麗香はジェイミーと言ったよな?
もしかしてこれは……ジョークじゃ、ない?
だとするとこれは一体何なんだ!!
俺は急いでPCの前に急行し、電源を切ろうとするが、同時に激しい光が俺の周囲を包み、電源を切ることができなかった。