第4話-14 スパイラル・トレイン ?日目-消えた乗客
俺は恐る恐る部屋のドアの鍵に手をかける。
俺が鍵を開けた瞬間に、例の気味悪い青年が待ち構えてるんじゃねえかと思い、
鍵を回すのを一瞬躊躇する。
あの青年のニヤリ顔はマジで気味が悪い。
……男のくせに、何ビビってんだよ、俺。
ヤツがいたらその時はその時、襲ってきたらヘビィな一撃を腹にでも喰らわせりゃ……
……あ、俺、殴り合いの喧嘩、したことねえじゃねえか。
この完全無欠のハト派人間、つまり俺はここで自分の身の程と無力さを感じた。
襲われたら抵抗する間もなく一発でゲームオーバーになるだろう。
開けるべきか、それともそのままここにいるべきか。
………………。
携帯電話の時刻表示は、
≦1:27am≧のまま変わらない。
壁に備え付けのデジタル時計も同じ時間を指している。
このままここにいて、時間が元のように進み、朝が来ることはあるだろうか。
始まりがあるものには、必ず終わりが来る。
この奇妙な現象も、始まりがあれば終わりは来るはずだ。
だが、終わりがいつ来るのか、それは誰にも分からない。
もしかしたら、それはずっと先のことかもしれない。
最悪の話、
そもそもこの現象自体がメビウスの輪のように、
始まりも終わりもクソもないようなものだったとするならば、
俺は来るはずのない終わりを待ちながら、一生このままここに居続けることになる。
当然俺達が目指していた終着駅には着かないだろう。
深く深呼吸して、頭の中をきちんと整理してみる。
しつこいようだが、冷静な状況の整理はいかなる場合においても重要だと俺は考えている。
気持ちが少し落ち着き、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
列車の走る音。
それによって起きる、不規則な振動。
カーブを曲がり続ける列車。
暗闇の中に一人取り残されたような感覚。
通路からは何も聞こえてこない。
「よし」
俺は思い切って、しかしそっと鍵を回し、開錠する。
カチャ、という音が聞こえた。
続いて俺はそっとドアを開け、通路に顔をだして周りの状況を確認する。
心配は不要、通路には誰の姿もなかった。
ふう、無駄な心配をしちまったな。
俺は零雨がいる隣の部屋のドアを軽くノックした。
部屋には零雨とジョーがいる。
そのどちらが出ても俺は構わない。とにかく独りでいるのは精神的にキツイ。
え?寂しかったらあの青年の所に行けばいじゃねえかって?
確かに独りじゃなくなるけどな、
あの奇妙な人間は既に俺の主観フィルターによって敵属性に分類されてんだ。
分類した理由は何となくだが、あの青年が俺の味方になってくれるとは考えづらい。
さっきノックしたが、部屋の中から反応がない。
零雨ならすぐ反応して起きそうなものなんだが……
もう一回ノックしてみる。
………………(無反応)。
出て来ない。
……ちょっと不躾だが勝手に部屋の中に入らせてもらう。
もちろん鍵が開いてれば、だがな。
ドアノブに手をかけ、ゆっくり回すと、ドアは簡単に開いた。
「邪魔するぞ……」
そっと声かけして部屋の中に入る。
……どうなってる?
部屋の中は空だ。何もない。
置いてあるはずのジョーと零雨の荷物もさっぱりなくなって、
部屋には綺麗にセットされたベッドが二つ、
通路の光に照らされ、暗闇の中でほのかに発光しているだけだ。
もちろん、二人の姿もない。
ジョーと零雨はどこに消えた?
まるでこの部屋には宿泊客はいません、というような様相だ。
俺は部屋を飛び出し、その隣のチカと妹の美羽が寝ているはずの部屋のドアを、勢いよく開けた。
やはりいない。
さっきの零雨の部屋と同じく、きれいにセットされたベッド。その他には何もない。
ふと目に入った壁に埋め込まれているデジタル時計は、≦1:27am≧と表示されている。
ここの時計もそうか。
今更だが、どうやら時計の表示は正しいようだ。
時計が壊れたにしてはあまりにも確率が低すぎる。
つまり、実際にこの30秒間を何往復もしているということだ。
やはり、午前1時27分ちょうどから午前1時27分30秒の間を、
あのアナログ時計が示すように繰り返しているのか?そうなる意味が分からねえ。
俺はまた部屋を飛び出し、消え入りそうな僅かな望みを胸に、
匠先輩が寝ているはずの部屋のドアを開けた。
「チッ、いない」
やはり、部屋の中は零雨やチカのいるはずの部屋と同じ状況だった。
これは大掛かりかつ悪質なイタズラなのか?
俺以外の全員が部屋を綺麗さっぱり掃除して抜け出し、
時計も午前1時27分から進まないように改造し、
ペットボトルの茶も俺が飲んで、寝た隙に仕掛人が新しい茶と入れ換えた。
だが、携帯電話が繋がらないのはどう説明する?
いくら大掛かりなイタズラだったとしても、電波塔まで改造は出来ないはず。
だから繋がってもいい、というか繋がらなくてはならない。
…………。
あああああっ!!!!
俺の頭の中を整理不可能なカオスが沸き出してきた。
事実との整合性がどうしてもとれない!矛盾しまくりだ!
俺は他の乗客がいるいないに関わらず、片っ端からドアを開けていくことにした。
ドアを開けて他の乗客がいたなら、それはそれは気まずいどころでは済まないが、
そうであってほしいと俺は思う。
俺は次々とドアを開けていくが、中はすべて、空、空、空。
何両にも渡ってすべてといっていいほど多くの部屋を調べたが、どれも空室同然だった。
ここから導き出される更なる異常事態、“乗客が消えた”。
ふつう、跡形もなく人が消えるなんぞ、UFOにでもさらわれない限り不可能だ。
だがしかし、現実問題、それが実際に起きている。
いずれにせよ、今この列車の中には、
乗務員、俺、謎の青年しかいない、ということになる。
八方塞がりだ。何もできねえ。
運転手に異状を知らせようにも、
この列車は旧型の客車で、非常通報ボタンがない。
運転手は先頭で電気機関車をグイグイ操作してるはず。
普通一般人が電気機関車の中に入ることはないはずで、
電気機関車と直接連結している先頭客車もそういうこと前提の設計になっている。
車掌がいたとしても、最後尾の車両にいるのかもしれないが、
途中で青年がいた休憩室を通過しないとたどり着かない。
そもそも乗務員がいるかどうかさえも怪しい。
これから俺は何をすればいいのか、全く理解できない。
…………困った。
俺は絶望的な状況にやりきれない溜息を盛大に漏らす。
寝台列車という閉鎖された空間の中で起きる怪奇現象。
孤立無援。逃げ場はない。
……待てよ、そもそも俺はこの怪奇現象の「例外的」存在じゃねえのか?
俺は30秒どころか10分以上の連続した記憶を保持している。
時間が進まない世界の中で、俺だけが……
いや、俺と例の青年だけが正常な時間で進んでいる。
こういう考え方もアリかもしれん。
“周りの世界は正常な時を刻んでいる。異常なのは実は俺達のほうである”
……もうやめとこう。
これ以上考え込むと俺の脳がオーバーヒートして茹で上がっちまう。
茹でたカリフラワーのようになるのはゴメンだ。
俺は誰もいない通路に出て、例の青年がいないことを確認すると、
特に何かをするつもりはないが、適当に壁にもたれ掛かって、
この状況から脱出できるいい名案が、どっかに落ちてないものかと思う。
しばらくそこでボーッとしていると、どこからかジリジリという音が聞こえてきた。
…………!!
俺が音がする方を向くと、
網目状に組まれたオレンジ色レーザーっぽい光がこっちに迫ってきているのが見える。
何かを探しているかのようだ。
コピー機が原稿をスキャンするように、一定の速度で迫ってきている。
嫌な予感しかしない。本能が危険なものだと警告している。
その光は小走りに近い速度で襲ってくる。
この程度の速さなら何とか俺でも逃げられそうだ。
俺は隣の車両に逃げ込み、連結部分のドアの窓からその光の様子をうかがう。
光は減速することなく一定の速度でなお近づいてきている。
その光は車両のドアをすり抜け、俺が逃げ込んだ車両に侵入してくる。
まずい!
俺はどんどん列車の隅に追いやられ、とうとうあの青年がいた車両にまで追い詰められた。
どうする?
隣の車両を覗き込むと、
例の青年が俺が話し掛けた時と同じ姿勢でソファーに座ってうつむいている。
どうしようかと一瞬の迷いが生まれ、それが俺の判断を誤らせた。
俺が青年がいるのは我慢して、隣の車両に逃げ込もうと決めた時には時既に遅し。
レーザーは俺の目の前まで迫っていた。
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