第3話-24 音楽祭と妹 スーパーボールの使用法
必要なものを買い揃え、
俺の財布が寂しくなっちまったと嘆いていると、実は零雨が大金を持っていたというとんでもない事実が発覚した、
ホームセンターからの帰り道、俺達はさっきの工場に寄った。
「足立さん、つい今しがたスーパーボールを臨時で生産しました」
工場長はこれが今さっき生産したものです、と俺達の目の前の、大きな二つの段ボールを指差した。
「ありがとうございます」
「では、代金は……」
「いくらですか?」
「ええと、合計で三万円になります」
さ、三万円……高けえなぁ、おい。
それを聞いた零雨が、工場長にきっちり耳を揃えて三万円、無言で渡した。
「あ、持ってた……ですか」
「すみません、よくよく探したら、お金あったんで」
工場長は零雨を見た。
背中に背負った木の棒やら板が零雨を覆い尽くさんとばかりに迫っているのを、
彼女は背中ですべて受け止めている。
零雨が、小学校によく置いてある、
背中に荷物を背負って書物を読んでる、あの「二宮金次郎」もビックリの状態である。
「……足立さん、何か持ってあげたらどうですか」
「彼女に、『私はこれを持つから、あなたはスーパーボールを運んでほしい』と言われて。
俺は逆の方がいいだろって言ったんですが、言うことをきかなかったんです」
これは事実で、俺が持とうとすると零雨が強く拒絶し、
仕方なく手ぶらでここまできたってわけだ。
もちろん、ここにくるまでの周りからの
「どうしてあいつは隣の少女に荷物を持たせておきながら、平然と歩けるのか」
という痛い視線の矢面に立たされたことは言うまでもない。
「えっと、では三万円、確かに頂きました」
それから工場長は重い荷物を背負っている零雨に視線をなげながら聞いてきた。
「これから良条高校に向かわれるんですよね?」
俺が頷くと、工場長は俺達を工場脇の駐車場に誘導した。
「ここから歩いて十分程のところとは言えど、その荷物じゃ大変でしょう。
うちの社用車で送っていきますよ」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
社用車はあくまで会社で使うクルマであり、このように私的に利用していいはずがない。
「いいんですよ、この工場は私の工場なので、誰も文句を言えませんから」
工場長は停めてある白の社名入りワンボックスカーのトランクを開けると、
零雨の荷物を下ろし、放り込んだ。
彼女は嫌がったが、工場長はそれを遠慮ととったらしく、それは少々強引だったが、まあ気にしない。
時間もあまりなかったこともあり、俺達は工場長の好意に甘えることにした。
ワンボックスカーは三分ほどで校門前に到着した。
後部座席に座っていた俺と零雨は、後ろのスライドドアから降りる。
校門の前に立っていた男性が、それに気がついて近寄ってきた。
「なんだ、誰かと思えばまたお前らか」
その男=俺の担任は、どうやら校門前で
不審者侵入防止の見張りを任されたらしく、
昼からここにいるのはそのせいだと言った。
まあ確かにそんなバカ元気で下品な大声の持ち主、
不審者もあまりのエネルギッシュな下品さに近寄らないのは当然の……ゲフンゲフン。
いや、何でもない。
「おい、足立、今(担任)俺のこと見て変なことを思ったんじゃないだろうな?」
「いいえ、何も思ってないっす」
リアル敬語と砕けた敬語、やっぱ俺は砕けた敬語の方が性に合うな。
「そうか……ならいいが」
荷物を運び出し、工場長にお礼を言うと、
工場長は、また何かあれば宜しくお願いしますよ、と軽快に去って行った。
「足立、今日は先輩が楽器運んできたり、
今の何か中小企業かなんかの社用車で登場したりと、お前ら大忙しだな」
「そもそもジョーが……牧田の親父さんが事故に遭ってしまったから
こういうことになってるだけで、こんなの二度とゴメンっすよ」
「いやあ、足立がどんどん社交的になっていくようで、
俺としては卒業時はどんな風に『出来上がってる』のか楽しみにしてたんだがな……
やっぱ変わってないか」
「人間、そう簡単には変わらないもんすよ」
「学生の分際で分かったような口を……まあ確かに的を射てはいるが。
俺もこの間同窓会があって行ったんだが、性格はやっぱりみんな変わってなかったなあ。
変わったといえば、学生時代、あんなに髪フサフサだった奴が、
寂しい毛髪事情を抱えてるぐらいだったしな、ガハハハハ……」
また始まった、この下品な笑い。
耳に悪いからもうちょっと上品な声で笑ってくれたまえ。
荷物を持って、俺達が楽器を運んだところに行くと、
チカと麗香が首をうなだれて座っていた。
麗香はチカの背中に手を回して、慰めようとしている。
ただ麗香には人を慰めるようなことをしたことはなかったから、その動きは手探りにも近かった。
「チカ、やっぱ見つからなかったのか?」
俺が話し掛けるとチカは俺の声に驚いて一瞬びくついた。
「あんたたち、どこほっつき歩いてたのよ……」
そう言ったチカの目が赤い。
「頼み込んでみたけど、やっぱりダメだった。
『とっとと帰ってその寝癖みたいな髪直して、
ステージで謝る準備でもしておきなって』って言われちゃったし……」
「さっき俺達はスーパーボールすくいをしてた。
その時に零雨が名案を思いついたんだよ。それで、その準備で遅くなった」
「準備って、何するのよ」
「俺達四人で、五人分のパートをやる。その準備だ」
「無茶よ!自分のことでも精一杯だったのに、誰が二人分請け負うのよ?」
「電子ピアノ担当の零雨だ。彼女が自ら申し出た」
「確かに零雨はどの楽器を持たせても上手だったけど、物理的に無理よ。
両腕で鍵盤触りながらドラムも同時にやるなんて。
腕が四本ないと無理な技よ?」
「分かってる。だから俺達は準備してきたんだよ」
俺は段ボールの箱を開けた。
「スーパー……ボール?」
「そうだ。スーパーボール、こいつが不可能を可能にする」
「どうやってやるのよ?」
「ジョーが担当するドラムは、叩いて使うものだ。
バチで叩くのは無理だが、このスーパーボールで叩く。
原理はこうだ。
床に設置されたスーパーボールをテコの要領で上に射出する。
ドラムの上にスーパーボールが着地するように、だ。
着地したスーパーボールの音でドラムが鳴る。
ちゃんと音が出るよう、大きいサイズのものを注文しといた」
「そんな人間離れした荒業、どう考えても無茶よ」
「俺もそう思う。だが、当の本人はやる気満々みたいだぜ?」
零雨は、どこから持ち出したのかは分からんが、すでに工具箱を開いて、
さっきホームセンターで購入した材料で射出装置の製作に取り掛かっている。
射出するのに、零雨の空いている片足、
この足でテコ棒を踏み込んでスーパーボールを射出する高さ、
叩くドラムへの軌道調整を行うのは当然のこと、
きちんとリズミカルに音が鳴るようにしなければならない。
つまりは決められた位置に、決められた速度で、
そして決められたタイミングで正確に鳴らさなくてはならないということだ。
「……まあ、パフォーマンスには、なるかもね」
チカが首肯した。
「もう出ないわけにもいかなさそうだし、
メンバー不足のまま普通にやって顰蹙買われるよりはマシかも」
「俺達の出番はあとどれぐらいでまわってくる?」
「今やってるバンドの次の次がうちら。
……あんた達、もしかしたら逃げ帰ったんじゃないかって、
心配してたんだからね?」
「お前らを置いて逃げるほど俺は性格は腐れてねえし、
逃げてもそれは一時的なものしかならない、
というよりも俺の世間に対する評価がさらに悪化することのは目に見えている。
そんなどこぞの大企業がやるような浅はかな真似、
俺はよっぽどのことがない限りしねえよ」
チカは俺の顔をまじまじと見つめる。
「……コウ、あんた変わったね」
「お前が俺の性格を知らなすぎるだけで、これは俺のデフォだっつうの」
「コウくん、かっこいいね」
麗香が口を開いた。
「『嫌なことから逃げない』って、難しいことだもんね」
「そ、そーいうはなしはまた後だ。
それにしても、お前の髪のことバカにした奴、ちょっとバカだな……」
「でしょ!?
あたし、本気でぶん殴りにかかりそうになったんだけど、麗香が止めてくれたの。
そんなこと言う脳みそがあれば、ちょっとは知恵をかしてくれたっていいじゃんねえ?」
「いやそっちじゃなくてよ、そういうものは
自分の心だけで思ってれば良いのにって意味で、
そんなの口に出して言ったら、自分の評価が下がることぐらい目に見えてるだろってもんだ。
誰が言ったのかは知らんが、お前の髪が寝癖っぽいのは俺も同感……ぐはっ!」
ああ、まずい、俺も余計なことを言っちまった、チカの鉄拳制裁がくるぞ、これ。
これは……逃げても良いいな?逃げてもいいよな?
「言ってくれるわね……あんた」
「じょ、冗談だ、本気にしなでくれよ?」
「……いいわ、ジョーをシバき倒すのはやりがいがあるけど、
あんたはどっか殴っちゃいけないような雰囲気があるのよね……
だから、あんたには罰として、これが終わったらたっぷり奢ってもらうから、
お財布の方、覚悟しておきなさいよ」
「殴っちゃいけない雰囲気って、お前、今さっき確かに俺を殴ったよな?」
「え?何のこと?」
とぼけるチカ。徐々に元気を取り戻してきたようだ。
十五分後、零雨が声を発した。
「……完成」
零雨が作り出した射出装置、その構造は非常に簡素なものだ。
ボールを射出すると、オートマチックに次のボールが発射台にセットされるようになっている。
「できたか、なら発射テストだな、零雨やってみろ」
零雨が足でテコ棒を踏み込むと、勢いよくボールが飛んで行く。
ドン、とドラムに着地し、音が出る。
バチで叩いたのとは音が違うが、まあこれぐらい良いだろう。
「零雨、あんた簡単そうにドラムに当ててるけど、ちょっとあたしもやってみていい?」
チカがテコ棒を踏むと、ボールは明後日の方向に飛んで行く。
「難っしい!零雨、あんたこんなんで演奏できるの?」
零雨は頷くと、論より証拠といわんばかりに、テコ棒連打的踏み込み。
雲一つない西日の中、空に舞ういくつもの球体は、ドラム目掛けて落ちて行く。
そして見事百発百中、リズム感のあるビート+シンバルの音が響いた。
「零雨って、意外にすごい技持ってるのね……」
「それでだ、一番デカイ、名前なんつうやつだったかな、
零雨はこのリアルの方のペダル踏み込み式ドラムまでは扱えない。
片足はピアノのペダル、もう片足はテコ棒、両腕で鍵盤だからな。
麗香、お前出来るか?」
俺が聞くと、麗香は笑って頷いた。
「コウくん、私が練習してるとき、私が足でリズムとってたの知ってたでしょ?
練習中、ずっと私の足ばっか見てたんじゃなかった?」
「まあ、そうだが」
「イヤラシイなあ、練習中どこに目がいってるのかなって思ったら……
コウくんもやっぱりオトコノコだね」
「あのなあ……演奏中に足でバシバシと耳障りな程大きな音立てながら
リズムとってるアホは世界中探してもお前一人だ。気にならないわけがねえだろうが。
それにイヤラシイ目をしてたのは俺よりジョーの方だ」
「へえ~、『俺より』、なんだ……
とにかく、ペダルのドラムは私がやるね。
『バシバシ』ペダルを踏んであげるから、安心してね♪」
バシバシ叩きすぎてブッ壊すなよ…………
絶望にうちひしがれてる匠先輩を想像しちまう。
「練習と違うことをやるわけだし、ちょっとここで練習しようよ」
麗香は言った。
俺達の最後の練習、リハーサルが始まった。