第2話-12 ハウス・クリーニング イメージチェンジ
俺は今、開いた口をどう塞ごうか、そのきっかけも方法も思い付かないでいる。
「どう?」
俺をこんなみっともない状態にさせたのは、そう言って自慢げにする神子上麗香だ。
この凶悪な単独犯は、部屋から最初に出てきたのだが、それはなんの問題もない。
問題はその後に出てきたチカだった。
そう。チカの髪がストレートになっている。
髪形が変わっただけだが、チカの印象がガラリと変わった。
本当にイメチェンしやがった。
しかもババ抜き1ゲームという短時間に、だ。
ただそれだけと言われればそれまでだが、こいつは俺の中でこの奇妙な二人組が現れる事件に次ぐ大事件である。
例えるなら、サッカーの国際試合をサッカーボールではなくゴルフボールでプレーするようになるぐらいの大事件だ。
「なんか、知らない間にストレートになってて、超ビックリなんだけど」
チカが突然の変化に対応できず、少しオロオロ。
そんななかから垣間見える、チカの喜びの顔は印象的だ。
ここで少し、ジョーのリアクションを観察することにしよう。
まず、ジョーの驚く顔が面白い。
尻餅をついたような状態で、目と鼻は大きく開き、俺と同様口が開いている。
それはまるで……
「ちょっとジョー!バケモノを見たような顔しないでよ!」
その表現がバチッとはまるね。《バケモノ》。
「わ、ワカメが……チカのワカメが湯がかれて伸びてる……」
誰か、牧田に座布団一枚やってやれ。
チカは溢れ出すうれしさをこらえながら、むっとした表情を強引につくると、
ジョーの頭をゴツン、とゲンコツで一発。
「うまいこと言ったつもりか!!」
チカは俺を見ると、
「コウもいい加減そのマヌケ面をどうにかしてよ」
と言う。
おっと、開いた口を塞ぐのを忘れていた。
元に戻しておく。すんなり元通り。
「チカちゃん、満足した?」
麗香の質問にチカは考え込む。
「う〜ん、どうやって真っすぐにしたのか、麗香が教えてくれたら、一番いいんだけど……」
「おいおい、どんな風にしてたか、そこは覚えておくべきだろ……」
俺はチカのマヌケっぷりに内心、頭を抱える。
お前なあ、どうやったら今あったことを見事にご放念できるのか、
ちょっとやり方を教えてくれ。
「だって、麗香にちょっと座ってって言われて座ったら急に眠くなって、
起こされてふと気がついたら、もうこの状態だったのよ?」
ん?つまりこれは……
俺はその話を聞いて、麗香に目で信号を送る。
《お前、今度こそはチート使っただろ》
麗香は俺にだけ見えるよう、舌をちょこんと出した。
これは明らかに認めた。あとで現行犯逮捕だ。
「麗香、どうやったのか教えてくれる?」
チカは麗香の肩に両手を乗せ、その切実な願いをぶつける。
「あー…それは秘密」
「え〜、教えてくれたっていいじゃない」
「ごめん、言えないの」
「言えないことはないでしょ?ねえ?」
「あのね、ホントに秘密だから……」
やはりどうしても納得できないチカは、教えろ〜と手で麗香の肩をブンブン揺すってやめない。
麗香は麗香であうあう〜とか変な声だしてる。
あのー、俺いつまでこの二人のバカを鑑賞しなくちゃいけないんでしょうか?
この話題もそろそろお開きするには適している頃合いかと……
ジョーはこの二人の織り成す光景を、ほほえましそうに眺めている。
チカにボコボコに殴られ、最後のゲンコツでとうとう頭が逝ってしまったか?
さよなら、サンドバッグ1号。
「…………」
零雨はというと、非の打ちどころのない、完璧なまでの蚊帳の外の雰囲気を周囲に醸し出している。
場に溜まって放置されていたトランプをパパッと集めて、
まるで熟練者のようにキレイにカードの順番を並べ、
ダイヤのエースからキングまで、スペードのエースからキングまで、ときっちり整頓している。
零雨、無表情で状況の把握が苦手なところは困りもんだが、
そういった縁の下の力持ちみたなところは俺は嫌いじゃないぜ?
零雨はA〜Kまでの52枚のカードを整頓し終え、整頓されずに残った、
さっきババヌキに使ったジョーカーと、使われなかったジョーカーの2枚をどうしようかと考えているようだ。
特別なカードだからな、どこに入れるかは迷うのは当たり前だろう。
あるときはハズレのカードとして、またあるときは最強のカードとしてゲームに存在するそれは、他のカードとは一線を画したものである。
カードの最初に入れるか、それとも最後に入れるか。
それが零雨の迷っている内容のようだ。
零雨は俺の視線に気づき、ふと顔を上げた。
俺と零雨の視線が合い、俺は気まずくなってさっと視線をそらす。
すると零雨はすぐに作業に戻った。
零雨はジョーカーをどう処理するのかやっぱり気になり、俺は感づかれないように観察する。
しばらく考えていた零雨の頭上に、電球が一つ光った。
零雨は2枚のジョーカーの一枚を最初に、もう一枚のカードを最後に入れトランプの整頓を終える。
ほほう、彼女らしい考え方だな。
さて、視線は変わってチカと麗香。
「ねえ、一生のお願いだから、どうやったのか教えて」
チカはまだ麗香を揺すりつづける。
麗香は秘密といって譲らない。
そりゃそうだろ、どうやったか教えたら、大変なことになりかねないからな。
何だったっけ?
確か記憶によれば、世界が不必要に変化してしまうんだったかなんかだったな。
「なあ麗香。
チカのその髪はいつぐらいまで持つんだ?」
チカと麗香の延々と続く問答も聞き飽きてきた。
そこで小型ではあるが、よっぽどのことがない限り壊れない、
頑丈な俺の使い捨ての助け舟、通称《丸太号》が出航。
この舟は頑丈だが、あいにく動力は非搭載。
出航したら最後、潮の流れに流されるタイプの舟だ。
チカは揺する手をはたりと止めて、俺を見る。
見る方向が違うだろ。答えを知っているのは俺じゃなく麗香だ。
「……大体、2週間ぐらいかな」
「そんな……」
麗香が答えると、チカはがっくりと落ち込む。
どうやら、この髪型が半永久的に持つとでも考えていたらしい。
それを見た麗香は、慌ててチカに付け加える。
「あ、でも、完全に元通りになるのは一月ぐらいあるから、ね?
それに、ストレートでも元の髪型でも、どっちも似合ってるから。
チカちゃんが思ってるほど悩む問題じゃないって!」
「やっぱし結局は元に戻るんだよね……」
「……そうだ、いいこと教えてあげるよ!
髪の手入れがずっと楽になる私だけが知ってる、秘密の方法」
チカはその言葉にピクッと反応。
秘密とか誰にも言っちゃダメとか、そういうのにチカは弱い。
案の定、チカはこの話に食いついた。
「誰にも言っちゃダメだよ?あのね………」
麗香はチカに耳打ちをしながら話す。
「……それだけ?」
チカはキョトンとした顔をする。
「それだけ」
チカがキョトン顔のまま硬直した。
「ホントにそれだけ?」
麗香は頷く。
「帰ったらやってみて」
「やってみる」
「じゃあ、この話は終わり。トランプやろう」
麗香は言う。
「トランプはさっき零雨が片付けちまったんだが……」
俺が助け舟を出した代金として、余計な一言を添える。
「せっかくやってくれたのに、ごめんね」
チカは零雨に一言言うと、キレイに整頓されたカードの束を掴んで、
バラバラにする。
「…………」
零雨だからこれを黙って見ていられるのであって、
カードを整頓したのがもし俺なら、一言ないし二言文句をつけただろう。
配られたカードは、俺は10枚。他も一人当たり10,11枚程だ。
やるゲームはもちろん暗黙の了解でババヌキ。
大富豪とかその他諸々の別のゲームをするなら、
その度に二人にルールからやり方まで、ゼロから教えなければならない。
ジョーの口がV字に曲がり、目が自慢げに俺を向いている。
ほほう、俺がジョーにやったあの技をやろうってわけだな?
フッ……そうはさせないぜ。
俺は右手を小さく上げる。
「俺にちょっと提案があるんだが、5人でババヌキとなると1周するのに時間かかる。
それにボーッとするやつとか出てくるとさらに時間がかかるよな?」
俺は上げた右腕をジョーの方に指差す。
「ああ、ジョーのことね」
チカが相槌。
「何で俺限定なんだよ!」
はい、無視。
「で、『順番が回ってきたら3秒以内にカードを取る』っつう特別ルールの導入を提案する。
制限時間以内にカードを取らなかったら、ジョーが1回パスという罰則付きでな」
「ちょっと、お前それは明らかにおかしいだろ!
もしチカが3秒経っても取らなかったら、俺が1回パスか?」
「ああ、その通り」
流石ジョー、自分の立ち位置をわきまえてやがる。
「ちょっとそれはないぜ、コウ!」
「なんだ、パス1回じゃ物足りないか。そうかそうか。
それならパス3回でどうだ?」
「そうじゃないだろ!
『制限時間以内にカードを取らなかったら、その人が1回パス』が普通だろ」
「じゃあ、今ジョーが言った特別ルールでいいな?」
「そうしてくれ」
「そういうわけだ。どうだ?」
「それは名案ね。
あと、負けた人はやっぱり罰ゲームよねー……」
チカがジョーの案に賛成した。
よし、これでジョーはあの技モドキを使えなくなった。
というか自分で使えなくした。
ハハハハハ、愚かなやつだ。
たったの3秒では、あの技は使えない。時間が要るからな。
そのことに本人は気付いてないようだが、そんなことはどうでもいい。
それよりも今チカが言った罰ゲームシステム、そっちの方が重大だ。
「おい、罰ゲームって、何すんだよ?」
そんな《負けたら●●》のダルいシステムは、TVの中だけで十分だ。
「そうねぇ、小麦粉とか、パイとか、ドライアイスとか……
「ねーよ」
「そうだよね、あるわけないもんね……
じゃあ、ゲーム毎に私が決める!」
あくまでも罰ゲームシステムは導入するつもりらしい。
「ま、いいんじゃね?」
ジョーの役に立たない一言で、なんと導入が決定してしまった。