第2話-10 ハウス・クリーニング 八万円の価値
それから約1時間半、俺達は家の掃除を死ぬ気でやった。
おかげで俺の家は朝とは見違えるほどにきれいに、美しくなった。
ジョーもチカも俺も一心不乱に掃除をしたのだが、
なかでもやはり、零雨と麗香の貢献は絶大だった。
俺がトイレ掃除にかかった時間で、
零雨と麗香は部屋一つ分丸々の掃除を終わらせる、処理の速さ。
そして掃除のクオリティーも高かった。
ここにクリーンルーム環境必須の製品の生産ラインを置いても、
なんら問題はないと言い切れそうなほどだ。
清掃業者が集まって、ノウハウを共有しながら掃除したとしても、
このクオリティーには足元にも及ばないだろう。
2人が掃除をする際、部屋のドアの鍵を閉め、部屋の中を密室化してから
掃除をしていることから、二人にチート使用の容疑が再び俺からかかっているが、
当の本人は口を揃えてそれを否定している。
なにはともあれ、ようやく掃除が終わったわけだ。
現在時刻は午後3時半。
遊ぶには十分な時間があるから、ジョーやチカが不満を言うことはないだろう。
俺達はリビングに集まった。
「ふう、やっと終わったね」
チカは額から垂れる汗を手で拭う。
ジョーはエアコンのリモコンを手にすると、設定温度を最低まで下げ、強風にする。
普通なら俺が文句をつけながらジョーからリモコンを取り上げ、
設定をもっとゆるくするのだろうが、今回は好きにさせてやろう。
例の二人を除いては全員汗だくなのだ。
エアコンはピッと反応して風力を強めるが、
俺のエアコンの《強風》は弱風に毛が生えた程度のパワーしか出ない。
強風のワンランク上の《暴風》という選択も用意してほしい。
「コウくん、部屋を掃除してて気になってたんだけどさ、これは何?」
麗香が俺が先日購入した、段ボールに入ったままの新品のCDプレーヤーを持っている。
結構な重さのはずだが、麗香は発泡スチロールを持つように軽々と持っている。
「CDプレーヤーか。
前々から欲しかったやつで、この間奮発して買ったんだよ。
そいつが今俺が金欠になってる元凶だ」
「へぇ〜、いくらぐらいしたの?」
と、麗香。
「確か40,000円ぐらい」
「高っ!!」 byジョー
「コウはホントにバカね。
ちゃんと生活に困らないように貯金してから買うのが定石でしょ?」
チカは俺に説教するつもりらしい。
「偶然見つけた一点限りの半額セールで40,000円のシロモノだ。
普通に買ったら80,000円する。
こんな絶好のチャンスを逃がす、それこそ大バカもんがどこにいるんだよ?」
俺の言っていることはすべて事実である。
「それなら分からないこともないけれど……
そんなに高いの、本当にいるの?」
チカが俺に疑問を投げ掛ける。
「普通のCDプレーヤーが壊れちまったし、それに満足できなくなったから買ったんだ。
この機種は巷では結構評判が良かったし、試聴してみて気に入ったからな。
まだ後悔はしていない」
「『まだ後悔はしていない』って、後悔する予定なの?」
麗香がちょっとおかしな質問。
「まだそいつは箱から出してないから、いざ使ってみたら期待はずれの音だったとかで、後悔する可能性がある。それだけの話だ。
……そうだな、この際箱から出しておくか」
俺は段ボールを開け、一番重い再生装置を持ち上げる。
これはマジで重い。
年寄りに持たせたら一発で腰が逝くね。
まあ、ホントに高いやつはスピーカーの方が断然重いんだが。
スピーカー一つ100kg越えもあるらしい。
そこまでいくと、持ち運びには、クルマを持ち上げるあの赤いジャッキが要りそうだ。
段ボールの中には、大まかに、CDを読み込んだり、再生・音量操作などをしたりする心臓部と、
2個のスピーカーの3つが入っている。
アルミの光沢のある心臓部をリビングにある収納ラックに納め、その両端にスピーカーを置く。
なかなかいい。
コンセントにプラグを差すと、本体の液晶パネルが光る。
「ねえ、CD入れてみようよ!」
おやおや、さっき説教しようとしたチカの早い変わり様。
「コウが80,000円の価値と認めた音を聴かせてくれ!」
俺は評論家じゃねえんだよ。
気に入ったから買っただけだ。
それにスピーカーにはな、エージングっつうのが必要なやつがあるんだ。
エージングっていっても、ただ音楽をかけっぱなしにするだけだが。
スポーツをするときにやるウォームアップのスピーカー版だ。
それをやると音が良くなるらしい。だが本当かはやってみねぇと分からん。
「んじゃ、テストも兼ねて、一枚流すか。
CDは俺が勝手に選ばせてもらうぞ」
「そうだな……」
俺はきれいに整頓されたCDケースの中からどれを流そうかと悩む。
80's、90'sは古臭いと引かれそうで却下。名曲が多いんだがな〜
JAZZ?渋いと言われそうだな。
CLASSIC?硬モノと言われそうだ。
それともPOPS?数が多くて困る。
こうして見てみると、意外と広いジャンルの音楽を聞いてたんだな。
お、これは何だ?
……デスメタル。光速で却下。音の良さが分かるとは思えん。
というか、こんなもの買った覚えも借りた覚えもない。もちろん聞いたこともない。
お前は一体どこから来た?
「コウ、迷ってるの?
私が決めようか?」
チカが俺の後ろに歩み寄って急かす。
POPSでいいか。一番新しい奴を流しときゃ、何も言われないだろう。
「ほら、チカ。
コイツを持って行け」
俺はCDをチカに渡すと、早速プレーヤーにIN。
解像度の高い、きめ細やかな音が部屋に響く。
そうそう俺が聞きたかったのはこの音だ。
「うん、何か表現しにくいけど、しっかりした音が出てるね」
チカの感想。
ふにゃふにゃな音しか出ないでこんな値段で売ってたら、ぼったくりだろ。
「やっぱり迫力あるな。
俺もちょっと欲しくなってきた。
コウ、今度それ貸してよ」
ジョーは羨ましそうに見つめる。
「拒否する。」
これは自宅据え置き用のプレーヤーだ。
コンセントがない時は、裏に乾電池を入れて〜というタイプじゃない。
「そうだ、トランプやろうぜ!」
ジョーは思い出したかのように言うと、
持ってきたショルダーバックからトランプを出す。
麗香がジョーの顔をじっと見る。
「私、トランプっていうゲーム?やったことないんだけど……」
麗香の一言でジョーとチカが耳を疑う。
「え?ちょっともう一回言って」
「私、トランプやったことがないの」
今度はジョーとチカのあごが外れる。
俺だけ納得。
「それ本当?」
「まあいいじゃねえか!
俺が教えてやるから、それで問題ないだろ?」
それから俺達はまず単純なババヌキから始めた。